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第31話 攻城戦

 黒の帝国軍を敗走させた紺の王国軍は、負傷者及びその対応に充てる人員を減じつつも、それでも1500の兵で帝都への進軍を再開した。

 帝都まであと1日の距離とはいえ、キッドは帝都到達までにもう一戦する覚悟をしていた。


「帝都にはまだ『帝国の魔女』エイミが残っているはず。てっきり、俺達が帝都に着くまでに、残った兵と撤退してきた兵を編成し直して陣を張っていると思っていたんだが……」

「そうだね。これは予想外だね」


 紺の王国軍はついに帝都がその目にはっきり見えるところまでやってきた。

 しかし、帝都目前にしても、予想していた敵兵の姿が見えない。

 キッド、ミュウ、ルイセの3人は部隊の先頭に立ち、帝都を見つめる。

 ジェイドとの戦闘で馬を失ったキッドだったが、さすがに今は別の馬に騎乗しており、みっともない姿でルイセの馬に同乗しているようなことはない。


「籠城戦の方が耐えられるということでは?」

「それは確かにそうなんだろうけど、俺の計算ではまだ1000人以上の兵が残ってるはずなんだ。エイミは防衛戦術に長けていると聞いているし、彼女がその気になれば、籠城せずとも十分に戦える。籠城戦になれば街にも被害がでかねないし、それに何より、城は国の象徴。そこを攻められるなんて屈辱を、皇帝がよしとするとは……」


 この敵の出方は、キッドも想定していないものだった。


「相手に想定外の何かがあったのかも」

「その可能性もあるが……相手になにか秘策があるのかもしれない。とにかく、油断だけはしないようにしよう」

「この状況で油断している兵なんていないよ」


 ミュウの言葉にキッドは後ろを振り返り、兵達の顔に目をやる。

 帝都に迫るまで敵を追い詰めているというのに、彼らに慢心の気配はなかった。むしろ自分達の方が追い詰められているかのような緊迫感さえ感じる。

 彼らは自分達が強いとは思っていない。

 それは短所であるかもしれないが、時には長所でもあった。


「頼もしいとは言えないが、生き延びるためにはそのくらいのほうがいい。勝っても生き延びなきゃ意味がないからな。……二人も、こんなとこで死ぬなよ」

「私としてはキッドのほうが心配なんだけどね」

「まったくです。どう見ても一番ひ弱なのはキッド君じゃないですか」


 心配したつもりが、逆に心配されてしまい、キッドは少し気まずくなる。だが、そんな二人だからこそ、心強く思う。


「そう思うのなら、ちゃんと守ってくれよな! さぁ、そろそろ勝ちにいくぞ!」


 三人を先頭にして、紺の王国軍が黒の帝国の帝都へと進軍を開始した。




 帝都は皇帝の住む皇城を中心に広がっている。

 紺の王国の王都に比べて、帝都は遥かに広大だ。その広い帝都の端からでも、中央にある皇城は、はっきりと目についた。

 だが、キッドにはその皇城よりも気になるものがあった。

 帝都に入った瞬間から、霊子がひりつくような奇妙な感覚をキッドは感じていた。


「……なんだかいやな感覚だな」

「キッド君も感じていますか」

「ルイセもか。……ミュウは何か感じないか?」

「緊張感ならひしひしと感じてるけど?」

「いや、そういうのではない感じなんだが……」


(魔法の素養がある者だけが感じているのか? けど、今はその原因を調べている場合じゃないか)


 気にはなったが、今現実的な障害となっているわけではない。

 キッドはひとまずそのことを頭の片隅に追いやると、皇城へ向かうことへと集中した。


 帝都に入り、街の中心の大きな通りをキッド達紺の王国軍は駆けていく。

 帝国民は家にこもり、街に出ている者はいない。

 紺の王国軍から彼らに危害を加えることもなければ、帝国民からの妨害的な行為もない。

 街に暮らす人々は、帝国民ではあるが、帝国軍ではない。

 この世界の兵士は皆職業軍人だ。彼らはそれぞれの国に忠誠を誓い、それぞれの国に属している。

 しかし、街に住む軍人ではない人々は、国や軍から庇護を受け、その対価として税を払っているものの、その関係は国に忠誠を誓うほどの絶対的なものではない。国によって多少は国民の想いの差はあれど、人々は自分達の上に立つ者が変わったとしても、それはそういうものだと案外ドライに受け入れる。支配者が変わっても、彼らにとっては、庇護してくれる相手、及び税を納める相手が変わっただけに過ぎない。

 だからこそ、帝都の民も、自らは干渉せずただ戦いの行方を見守っていた。

 そして、紺の王国側も、自分達が勝てば、この街の民が自分達の民となることをわかっているので、手を出すようなことはない。


 そういう事情もあり、紺の王国軍はさしたる問題もなく帝国の皇城の前へとたどり着いた。

 だが、ここからはそう簡単にはいかない。

 皇城は周囲を高い石造りの城壁で囲まれ、中に入るのは容易ではない。

 唯一と言っていい侵入口は城門だが、木製の扉は防御力向上と炎対策のため外側を金属で覆われ、突破は至難の業だ。

 こういう際の攻略法は、通常、攻城兵器か魔導士による魔法の集中攻撃かの二択だ。

 今回の侵攻は速度優先のため、紺の王国軍は攻城兵器を用意していない。

 そのため、セオリー通りならば、魔導士を城門の前に集めて、魔法の集中攻撃で門扉を破壊することになる。

 だが、相手もそれはわかっているため、城壁の上には、弓矢をつがえた兵士や魔導士の姿が見える。魔導士が存在するため、戦場で弓矢が使われることはほぼなくなったが、城や砦の防衛の際には、魔法を使えない者でも可能な遠距離攻撃として、弓矢はまだまだ有効な武器だった。

 そのため、攻城側は門扉破壊まで魔導士をそれらから守り続けるという、犠牲覚悟の我慢の攻撃を仕掛けなければならない。普通ならば――


 キッドは馬から降り、部隊の最前列で城門を見つめる。

 そこはまだ魔法や弓の射程外。

 人の身では、威力ある攻撃を到達させられぬ領域。

 だが、今のキッドは人を超えた存在の力を借り受けられる。


 キッドは力を込めた右手を門扉に向かって構えた。


(竜王よ! 今一度俺に力を!)


 昨日の戦闘で使用した竜王破斬撃とダークマターによる魔力消費はまだ回復しきっていない。それでもキッドは残った魔力を総動員してでも、早期決着をつけなければならなかった。時間をかければ、緑の公国が足止めしている帝国軍も戻ってくるだろう。そうなれば、キッド達に勝ち目はない。城攻めに時間をかけている余裕はないのだ。


(今は、範囲攻撃はいらない! あの範囲の力を、もっと小さく、城門へと集中させる!)


 竜王のブレスは2種類と言われている。扇型に広がる広範囲の攻撃と、鉄をも溶かす一点集中の攻撃。キッドが実際に目にしたのは広範囲ブレスのみだが、イメージはできる。劣化版とはいえ人の身で竜王のブレスを再現した竜王破斬撃なら、同様に威力を一点集中させられるはずだと、キッドは頭の中で魔法の形を思い描く。

 魔力が溢れるままに放つ範囲型竜王破斬撃に比べ、魔力を制御しながらターゲットを絞るのはひどく精神力を消耗するものだった。

 ただ、キッドにとって幸運だったのは、相手がキッドの竜王破斬撃の存在を知らないことだった。知っていれば射程外からでも、魔法や矢の攻撃をしてきただろう。あるいは向こうから打って出てきたかもしれない。

 そういった邪魔もなく、キッドは静かに集中することができた。


(ここで決める!)


 キッドは門扉の中央を凝視する。

 練り上げた魔力量は、下手をすれば範囲型攻撃の際よりも多いかもしれない。ここまで魔力を込めれば二発目はない。一度放てばそこまでの魔力は残らない。

 それは失敗のできない一撃だった。


「竜王破斬撃!!」


 キッドの気合を込めた声とともに、キッドの右手から赤い炎の塊が伸び、門扉を飲み込む。

 これが竜王のブレスなら門扉を溶かし尽くしただろうが、竜王の力を借りても人の力ではそこまでの威力はない。だがそれでも、金属コーティングされた門扉をひしゃげさせ、そのまま城内へと吹き飛ばすには十分だった。


 一方で、魔力と気力を一気に持っていかれたキッドは、一瞬意識が遠のき、体がふらつく。すぐにそれを支えたのはルイセだった。


「……すまんな」

「いえ、お見事です」


 キッドはルイセの肩を借り、膝を伸ばして、自分が成したことを確認する。

 今、城門に大きな穴が開いていた。城内へと攻め込む、唯一の突破口となる穴が。

 ミュウの指揮のもと、紺の王国軍は歓声を上げながら、城門へと突入していく。

 城壁の向こうには帝国兵も備えており、吹き飛んだ門扉で被害を受けた者もいるだろうに、それでも敵の侵攻を防ぐべく、開いた城門へと王国軍を押しとどめるために向かっていった。


 このまま城門からなだれ込むか、あるいは押しとどめるか、両軍の勝負の行方を左右する最重要局面だった。

 だが、勢いでは確実に王国軍が上。

 このまま一気に帝国兵を押し切れる――王国兵が皆そう思ったとき、城門に押し寄せる王国兵の上に光が射した。

 半径1メートルほどの光だろうか。

 次の瞬間、その光の中にいた兵士達が消滅した。まるで一瞬の内に蒸発したかのように。


 その光景の衝撃に、王国軍の勢いが一気に弱まる。


 ルイセの肩を借りて立っていたキッドは、その光を放った主に気が付いていた。

 城壁の上に立つ、その男に目を向ける。


「あれは、帝国皇帝ガイウス!」


 キッドはそのガイウスの手にある鏡から光が放たれるのを見ていた。


「キッド君、今のは……」

「……あんなのは魔法の類じゃない。人の命を使う邪法だ……」


 皇帝ガイウスは、眼下の王国兵に鏡を向けた。

 そして、また光が放たれる。


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