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第30話 帝都へ

 キッドの竜王破斬撃により500の騎兵がほぼ無力化されても、兵数では帝国の方がまだ上回っていた。

 しかし、主力の騎兵隊が一瞬にして崩壊したことによる動揺、竜王破斬撃の第二波に備えて兵達が散開したこと、さらに指揮官ジェイドの不在、それらによって、帝国兵は本来の組織的な動きができず、紺の王国兵にほぼ一方的に蹂躙されることとなった。

 もっとも、先頭に立って獅子奮迅の働きを見せるルイセ率いる機動魔導士隊の活躍や、ミュウの指揮による騎兵と歩兵の波状攻撃があったればこそだが。

 そして、そこに追い打ちをかけるようにジェイドの敗北があった。それが決定打となった。その事実を知った一部の兵士が逃げ出し始めると、それが契機となり、敗走の波は伝染し、帝国軍の戦列は崩壊した。


 前線で戦っていたルイセは、その様子を見てさすがに勝敗は決したと判断して、馬を逆方向に向けた。

 ルイセは、帝国の騎馬隊崩壊後に機動魔導士隊を率いて敵陣に攻め入る際、一人孤立した状態のキッドに向かって、魔導士と思しき敵が向かって行くのを確認している。気にはなったが、ルイセには役目があったし、キッドのことを信頼もしていたので、心配は頭の隅に追いやり、彼女はなすべきことに集中した。

 そして、自分の仕事をほぼ完ぺきにやり遂げたルイセは、さすがに少しくらい我を通してよいかとばかりに、キッドへと向かう。


 ルイセが駆け付けると、敵魔導士の亡骸と、少し離れたところに大の字で倒れているキッドの姿が目に入ってきた。


「――――!?」


 一瞬血の気が引いたような顔になったルイセが慌てて馬をキッドに寄せ、そのまま飛び降りて駆け寄ろうとする。しかし、キッドの胸が正常に上下していることと、その目が自分の方に向いたことに気付き、ぎりぎりのところで馬から飛び降りるのを思いとどまった。

 ルイセは一呼吸置いて、顔をいつもの自分らしい表情に戻すと、ゆっくりと馬をキッドの横に寄せた。


「まだ戦闘中だというのに、指揮官がこんなところで昼寝ですか?」

「そう言うなよ。これでも帝国四天王の一人を倒したんだぞ」


 ルイセは亡骸となった魔導士を一瞥する。


(やはりこの魔導士が帝国四天王でしたか。敵の指揮が乱れているとは思っていましたが、キッド君が一人で食い止めていてくれたんですね。……さすがです)


「……おかげでこっちの魔力はすっからかんだ。馬もやられた上に、まともに体を動かす余力も残ってやしない」


 竜王との話はルイセもキッド達から聞いている。当然、竜王から授かった魔法のことも。それだけに初っ端の竜王破斬撃でキッドが大量の魔力を消費したことはルイセも承知している。その状態で帝国四天王と一戦交えたわけだから、魔力も体力も底をついて当然だということくらいは、ルイセにもわかる。


「……そういうことなら仕方ないですね」


 馬上からルイセがキッドへと手を差し出した。


「…………?」

「馬もなくて歩く体力もないんですよね。私が運んであげます」

「そういうことか。すまんな」


 重い体を起こして、キッドがルイセの手を掴むと、ルイセの見掛けからすると意外な力強さで、キッドは引っ張り上げられる。

 気がつけば、キッドはそのまま、ルイセの前に馬に跨っていた。


「……こういうときは、俺が後ろに乗るものでは?」

「馬は後ろのほうが揺れるなんて常識ですよ。今のキッド君では、私の知らないうちに振り落とされかねません」

「……おっしゃる通りです」


 反論の余地もないキッドは、自分の居場所に納得し、せめてルイセの視界を少しでも遮らないようにと背中を丸め、できるだけ身を小さくする。


「頑張ったご褒美です。そこでゆっくりしていてください」


 ルイセは馬を操るため、足に力を入れ、手綱を持つ手に力を込めた。その結果、前に乗るキッドの背中に体を密着させることになる。


(――――!?)


 背中に触れる柔らかな膨らみを感じ、キッドの身体が一瞬ピクリと震えた。

 進軍速度優先のため兵達には軽装の鎧着用を指示していたが、ルイセは鎧さえ身に着けていない。そのため、軍服越しに胸の感触が直に伝わってきていた。

 ルイセは着痩せするタイプなのか、普段会っている時は胸のことなど気にしたこともなかったが、こうして確かな存在として二つの胸の膨らみを主張されては、キッドとしても意識せざるを得ない。


「キッド君、どうかしましたか?」

「い、いえ、なんでもないです!」

「どうして突然敬語なんですか?」

「と、特に深い意味はない!」


(ルイセの胸の感触に驚いたからとか言ったら刺されかねない!)


「そうですか……」


 ルイセはいぶかっているようだが、キッドの戸惑いの理由には気づいていなかった。


「まぁ、いいですが……。このまま後方に戻りますか?」

「いや、自分の目で前線の様子を見ておきたい。頼めるか?」

「もちろんです」


 ルイセは、キッドを乗せたまま、再び前線へと馬を向けた。


 二人が戻った頃には、すでに勝敗は決していた。

 キッド達は無用な追撃をしないよう兵達に指示を飛ばした後、後方で指揮を執るミュウの方へと馬を向かわせた。


 キッド率いる紺の王国軍と、ジェイド率いる帝国軍との戦いは、紺の王国軍の勝利で終わった。




 他者の視界を自分の視界として共有する魔法がある。魔法の効果中は、自分の目で見たものは何も見えないが、代わりに対象とした相手が見ているものを自分の視界として見ることができるというものだ。

 魔法発動には相手に触れる必要があるため、一度中断してしまうと、再び触れない限り、二度と視界共有はできない。逆に言えば、一度発動してしまえば、魔法を中断しない限りは、遠く離れていても、相手の見ているものを見ることができる。

 これを利用して、帝国四天王の一人「帝国の魔女」エイミは、自分の部下の魔導士に、ジェイド率いる兵の一人の視界を共有させていた。

 それにより、エイミは帝都にいながら戦場の様子を部下からの報告で随時知ることができた。

 さらに、エイミ自身が部下の魔導士に視界共有の魔法をかければ、戦場の兵士の見ている光景さえリアルタイムで見ることすらできた。


「まさかジェイドが……」


 その魔法により、エイミはジェイドの死と、自軍の敗北とを、帝都の中で誰よりも早く知った。

 帝都に残っている兵はおよそ千人。敗走してくる兵を加えれば、もっと数は膨らむだろうが、体力や気力を考えれば、彼らをすぐに戦列に加えるのは得策ではない。


「まともな戦力としてはこの千の兵で計算するしかないわね。……守りに徹するなら、倍の戦力が相手でも耐えてみせるわ。帝都には敵兵を入れさせはしない。……私が守り続ければ、ソードが戻ってきてくれるはず」


 エイミは、ジェイドの敗北と、今まさに刻一刻と変わりゆく戦況を紙に書き記した。その細やかな筆跡には焦燥の色が滲んでいたが、震えはない。彼女はそれを一枚にまとめると、魔法を施した使い魔――漆黒のツバメの足へと括り付けた。

 情報を届ける手段としては、通常、帰巣本能を持つハトが最適とされている。だが、ソードの野営地を巣とするハトが都合よくいるはずもなく、今の状況ではそれを用いることは叶わなかった。

 ならば、どうするか……選択肢は一つ。

 ソードの髪の毛など、彼自身の一部を媒介にし、魔法をかけた鳥を彼のもとへと飛ばす。そうすれば、その鳥は迷うことなく、確実に目的地へとたどり着く。

 そのために選ばれたのがツバメだった。身近に生息し、飛行速度と飛行距離に優れたこの鳥こそ、最適な伝令役と言えた。

 ただし、ツバメには帰巣本能がない。つまり、この方法では一方的に情報を送ることしかできず、返答を受け取ることはできない。やがてツバメがソードのもとへたどり着き、使命を果たせば、その瞬間に魔法は解け、ツバメは元の野生に戻る。

 それでも、今はこれが最良の手段だった。


「お願い、この情報をソードに伝えて」


 囁くように願いを託し、エイミはツバメを放った。

 空を切り裂くようなツバメの軌跡を見届けると、エイミは息を整え、次の使命へと向かうべく、皇帝ガイウスのもとへ足を踏み出した。




「陛下、ジェイドが討ち取られました。迎撃の軍も半壊し、紺の王国軍はこのまま帝都へと迫ってくるものと思われます」


 エイミの報告に、皇帝ガイウスは、髪の色と同じ金の眉を少し歪めただけで、慌てた様子を見せなかった。

 敗北を予期していたわけではない。事実を事実として受け入れるだけの度量があるがゆえだった。


「このまま私が城に残った兵を率いて帝都の前で最終防衛ラインを敷きます。帝都には、敵兵一人として足を踏み入れさせはしません」


 それは皇帝に向けたエイミの宣誓の言葉でもあった。唯一、城に残った帝国四天王として、命を懸けてでも帝都を守るという彼女の決意の表れだった。


「……その必要はない」


 だが、皇帝ガイウスは、そのエイミの行動を認めなかった。


「な、なぜですか!? ここで持ちこたえれば、きっとソードが兵を率いて戻ってきてくれます! そうすれば――」

「くどい。私に同じことを二度も言わせるな」

「……申し訳ありません」


 皇帝にそう言われては、エイミは頭を下げ黙るしかなかった。


「やつらを帝都に引き入れ、この城まで来させろ。そこでこの皇帝の力を見せてやろうではないか」


 王座に座るガイウスは、狂気を感じるような笑みを浮かべて、手にした鏡のようなものを握る手に力を込めた。

 エイミは膝をつきながら、そんなガイウスを見上げる。

 ガイウスが現在主流の霊子魔法とは違う異端の力に手を出していることには、エイミも気づいていた。それがどんなものなのかはエイミも知らないが、ガイウスの手に握られた鏡のようなものからは、何か得体の知れない力のようなものを感じる。

 しかし、それがなんであれ、帝国の民のためになるのであれば、エイミは皇帝に忠誠を誓うだけだった。


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