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第28話 竜王破斬撃

2025/10/8大幅修正

 黒の帝国へ侵攻した紺の王国の兵力は、わずか二千。

 その多くは本来の紺領と、旧・紫の王国領からかき集められた寄せ集めの兵だった。

 軍を率いるのはキッド、ミュウ、ルイセ。

 城に残ったルルーは補給支援を一手に担っている。

 キッドとミュウから徹底的に補給のノウハウを叩き込まれた彼女は、もともと素養があったのか、いまやキッドが何の不安もなく任せられるほどに成長していた。


 紺の王国軍は全員が軽装。

 黒の帝国の主力が緑の公国軍の迎撃に向かっている隙に、帝都へ一気に突入する――そのためには、進軍速度を最優先にせねばならなかった。

 本来なら全員に馬を与えたいところだったが、二千騎分の馬を揃えるのは不可能だ。

 結果として、行軍速度は歩兵の歩調に合わせざるを得なかった。

 そこでキッドは、全兵を騎兵・歩兵の区別なく扱い、馬をローテーションで使わせる策をとる。

 疲労は均等に分散され、兵たちは息を乱すことなく、驚異的な速度で帝国領を駆け抜けていった。


 しかし、帝都まで無傷でたどり着けるほど戦は甘くない。

 黒の帝国からは、四天王の一人――「ダブルキャスト」の異名を持つ魔導士ジェイドが、三千の兵を率いて出撃してきた。


 両軍が遭遇したのは、帝都まで残り一日の地点。

 ジェイドは小国の軍と侮ることなく、いきなり騎兵五百騎の突撃を命じた。

 その背後には歩兵、さらに魔導士隊が続く。

 帝国騎兵ならば、五百騎もいれば二千の軍を中央から切り裂くことなどわけがなかった。

 ――ただし、無事に紺の王国兵までたどり着ければの話だが。


「来たか……。ミュウ、後の指揮は任せた!」

「気をつけて、キッド!」


 ミュウの声を背に、キッドは馬の手綱を引き、ただ一人、軍列の前へと躍り出た。

 正面から迫る騎兵の突撃を、迎え撃つために。


(竜王よ、いまこそあなたの力をお借りします!)


 キッドは竜王から与えられた魔法イメージを頭の中で再び思い描く。

 それと同時に、空間を超越して竜王の霊子が流れ込んでくるのを感じた。竜王とはそれほどに超越的な存在だった。


 敵との距離が一瞬ごとに縮まっていく。

 今さら逃げようとしても、騎兵の奔流に呑まれるだけ。

 それでもキッドは馬を止めたまま、わずかに息を整え、右手を高く掲げた。


 脳裏に描くのは――竜王の炎の息(ブレス)

 それは人の身では、いくら思い描いても魔法では実現できない奇跡の業。

 だが、竜王の加護を得た今なら、竜王のブレスそのものは再現できなくとも、それに近い奇跡の再現は可能だった。


(――俺の手は竜の口、敵を焼き払う炎の咆哮!)


 扇状に広がる炎――そのイメージが完成した瞬間、キッドの瞳が鋭く開く。

 先頭の騎兵が、すでに視界いっぱいに迫っていた。


「竜王破斬撃!!」


 咆哮とともに、キッドの右手を起点として扇状の炎が爆ぜた。

 灼熱の波が地を這い、五百の騎馬をまとめて飲み込む。

 本物の竜王の炎ならば、一瞬で灰すら残さなかっただろう。

 だが人の身で放たれた魔法でも、十分すぎる破壊力だった。

 衝撃波が兵を弾き飛ばし、戦闘不能とまではいかずとも確実に動きを止める。

 そして何より、霊子の守りを持たぬ馬たちは致命的だった。

 絶命こそしないものの、多くが焼けただれ、立ち上がることさえ叶わない。

 辛うじて生き延びた馬も錯乱し、騎手を振り落として四方へと暴走していった。


 荒れ狂う熱風の中、帝国軍の前線は一瞬で混乱に包まれた。

 騎兵は崩れ、歩兵は足を止め、魔導士たちも呆然と立ち尽くす。

 これほどの魔法を見たのは、彼らにとって初めてのことだった。

 恐怖――それが全軍を支配する。


 だが、その中でただ一人、冷静さを保っている者がいた。

 白髪で痩躯の男、帝国四天王の一人――「ダブルキャスト」のジェイドである。


「落ち着け! 各自、散開しつつ、迎撃態勢を整えろ!」


 騎兵隊の遥か後方で状況を見ていたジェイドは鋭く指示を飛ばす。

 陣形を崩すのは戦術的に不利だ。だが、あの魔法をもう一度受ければ、戦線そのものが消し飛ぶ。

 それを理解していたジェイドは、冷徹に判断を下した。


「あの魔導士……。奴だけは、今ここで潰さねばならん!」


 副官に部隊を任せると、ジェイドは最も排除すべき障害と見定めた魔導士に向けて馬を走らせた。


 ――その頃。

 竜王破斬撃を放ち終えたキッドは、馬上で荒い息をついていた。

 視界が揺れる。

 竜王の霊子で補助を受けていても、あの魔法の消耗は尋常ではない。


「……ここまで魔力を持っていかれるのか。まるでダークマターをぶつけた時みたいだ……」


 吐き出すような呟き。

 これでは戦場で連発など到底不可能だ。

 だが、今この場面で撃ったことだけは、間違いなく最良の判断だった。


「……この魔法は使いどころを考えないとな」


 自嘲するように笑うキッドの左右を、ミュウ率いる騎馬隊と、ルイセが先頭に立つ機動魔導士隊が駆け抜けていく。

 兵の数ではまだ劣る。

 だが士気と勢いは、完全に紺の王国軍が上回っていた。


「……あとは、あいつらに任せ――」


 そう言いかけた瞬間、キッドはぞくりと背筋を走る魔力の気配を感じた。

 次の瞬間、彼は反射的に馬から飛び降り、地を転がる。

 直後、炎と氷の二本の魔法の矢が、彼の馬を貫いた。

 馬が悲鳴を上げ、黒焦げのまま倒れ伏す。

 炎と氷――相反する二属性の同時発動。

 キッドの知る限り、それを可能とする魔導士はただ一人。


「……違う属性の魔法を同時に!? まさか――」


 キッドが視線を向けると、白髪の男がゆっくりと歩み寄ってくる。

 その双眸には、圧倒的な冷気と炎が交錯していた。


「帝国四天王の一人、『ダブルキャスト』のジェイドか!」


 その名を口にした瞬間、キッドの全身に戦慄が走る。

 二つの魔法を同時に操る唯一の男――

 それが、帝国の魔導士たちが畏怖する二重詠唱(ダブルキャスト)の魔導士ジェイドだった。


「やっかいな相手だが……ここで落とせれば!」


 大量の魔力を失い、鉛のように重くなった身体を無理やり起こす。

 そしてキッドは、馬上のジェイドを鋭く睨み据えた。


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