5.姫様のご乱心?
「それじゃ、始めます」
マリアとロイは、マリアの私室にある応接用のソファに向き合った形で座り、ロイがテーブルに資料を広げた。サリーはお茶の用意の為に退出している。
「サノセクまで3週間。そこからマルボークまでさらに3週間ほどの旅程です。都合ひと月半、予算は問題ありませんが、近衛が護衛に出せるのは一個分隊5名までです。メンバーの選抜はこれからですが、精鋭を用意しますので安心してください」
「はい」
「姫様の方で予定している同行者は何名になりますか?」
「今のところ、わたしを入れて4名です」
「なら最大で合計9名ですね。2台の荷馬車に分乗して、隊商に偽装します。姫様には申し訳ないのですが、隊商に同行する旅人という体にして、庶民的な出で立ちに変装していただきます」
「はい。それは問題ありません」
「馬車でゆるりと行けば3刻ほどの間隔で宿場町があります。サノセクまでは騎士団領に入っても町に王国から出先の役所がありますので、問題が発生したときはそこに申し出てください」
「サノセクから先ではどうしますか?」
「どこの町にも騎士団の役所はあります。旅が続けられないようなトラブルなら対応してもらうべきですが、かん口令は効きませんし最終手段だと思ってください」
「なるほど、わかりました」
「えーと……確認事項は今のところこんな感じです」
ロイは広げていた書類をまとめた。
「必要な物資はこれから調達するので、姫様もごゆるりと準備を進めてください」
「調達にはどれくらいかかりますか?」
「10日くらいでしょうか……。あ、あと後ほど姫様の服の採寸に係の者がこちらに見えると思います」
「えっ? わざわざ作るの? 買ってくればいいのに」
「あー……、僕が言うのもなんですが、多分そういう訳にはいかないでしょうね」
「まあ、わがままは言えないけど」
「では、僕はこれで」
「ありがとう」
マリアがロイを見送ると、入れ替わりにサリーが戻ってきた。
「もう終わったの? 彼の分のカップが無駄になっちゃったわ」
「じゃあ、一緒に飲みましょう。休憩休憩」
2日後──。
シスターストロベリーがマリアの部屋を訪ねて来た。マリアはシスターストロベリーの旅の同行を承諾してくれると当然期待したのだが、彼女曰く──。
「王宮の通行証と姫様の招待状と一緒に、正式な依頼書が添えられてあったでしょう? それを見せて両親に相談したところ、行ってこい! の1点張りになりまして。あはは……」
シスターストロベリーへの依頼書は、彼女へ支払われる報酬とは別に、働き手を失う教会への補償も記されていた。その額が両親の心に響いたのだろう。
「ああ……そうだったのね。たしかに、教会のご両親にも配慮した条件を……という指示は出していたけれど」
「まあ、それはそれとして旅に出るなんて久しぶりですから楽しみですねー」
「いや、これ遊びじゃないからね」
サリーは、お遊び気分のストロベリーをたしなめた。
「まあまあ……。そうだ! ストロベリーの分の服も仕立てましょう! サリー、作事舎へ行って服飾係を呼んできてくれない?」
「かしこまりました」
サリーは”お仕事モード”に切り替えて、姫様に向き直って一礼し部屋を出て行った。
サリーを目で追って見送ったストロベリーは、マリアに向き直って言った。
「これで私も姫様の同行者に正式に決まりましたし、旅の目的を教えてもらってよろしいでしょうかねー?」
「あ、そうね。あなたには聞いてもらっていた方がいいわ」
マリアはストロベリーにマルボークへ行くことになったいきさつについて話した。
「そうだったんですねー! 素敵なことじゃないですかー」
「やあね、ストロベリー。母さまと同じ反応じゃない」
「照れなくてもいいんですよー。うらやましいなあ、もう」
ストロベリーはニコリと笑みを見せるとすっと立ち上がり、テーブルの向こう側にあるソファーのマリアの横に座る。急な行動にマリアは戸惑った。
「ス、ストロベリー?」
ストロベリーは、マリアの頭を胸にうずめるように抱き寄せた。すると、あまりにも急にマリアの意識はなぜか半分うつろになってしまった。甘い香りに酔ったような気分になり、流されようとする意識に、正気の部分の意識が逆らえない。マリアはストロベリーの背中に両手を回して抱きしめ、そのまま押し倒した。
「あん」
ストロベリーは抵抗しない。マリアは、右手をストロベリーの額に乗せて優しくなでるように髪をとかす。
マリアが顔をストロベリーの顔に近付けて、互いの唇が触れようか、というその時──。
「こらこらこらこらーーーーーーー!」
タイミング良く(悪く?)戻ってきたサリーが慌てて駆け寄って二人を引きはがす。明らかに正気ではないマリアに、少しためらう表情をしたサリーだったが、覚悟を決めて頬を叩いた。
「しっかりしてください!」
「はっ! あたしは何を?」
マリアは正気に戻ったようだ。
「もう! これが心配だったんですよ! わたしは!」
これくらいだったら全年齢でも大丈夫ですよね? 大丈夫ですよね?
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