40-1.マリアの意志
ファムファテルは一人先にマルボークへ戻ると、その足で騎士団長レオン・アーネストと面談していた。
「ほう、ではマリア姫はさらわれたと?」
レオンは、耳にかかる金色の長髪を左手ですくいながらファムファテルに尋ねた。
「そう報告は受けたがな。恐らくは侍女の虚言じゃ」
「では、自分の意志で?」
「あれはそういう子じゃ」
騎士団と不凍の森に拠点を築いている魔族の一派はすでに外交的接触を持っていた。騎士団は魔族軍の情報提供を条件に彼らの不凍の森の占拠を黙認している。
そんな中、数日前に事態は急変した。とある魔賊軍中枢の要人が、追討を受けて逃走した。
一派はその要人を保護して一時的にザグレーブの町に逃げ込んだ。要人を追ってきた魔族軍がザグレーブに寄せてきたのが先日の戦いである。これで一派の魔族軍からの離反は決定的になった。
「連中の事情の説明を聞いて、自分にできる事は何かと考え即断で行動を起こす。ここへの旅を決断した時のようにな」
「では、マリア姫の狙いとは」
「……、自ら人質になること、じゃろうな」
ファムファテルは、うつむいて息を吐くようにそう言った。
マリアとジェノムは夕暮れの中、向かい合って対峙している。
「どれくらい昔か分からない話。歴史書にも書いてない。史料的な証拠はないの」
「滅ぼしたのね」
「軽蔑する?」
「ん……、どう言っていいのか分からない」
ジェノムはマリアの答えを聞いて寂しげな微笑みを見せた。
ファムファテルは窓際に立ち、外を見ながら話している。
「マリアが不凍の森にいる限り、騎士団は連中を裏切らん」
「まあ、それはそうですが、連中も魔族軍に反旗を翻す形になっています」
「だからこそ、ここでの関係強化が有効だともいえる」
「しかし、国王陛下にはどう顔向けできましょう」
「そのために影武者がおるんじゃろう?」
マリアはレオンとの婚儀のためにマルボークへ向かっていたはずだった。その父である国王のあずかり知らないところで、マリア本人は自らが人質になろうかという出奔をして、ファムファテルはその事実を影武者を立てることで誤魔化そうというのだ。
「……本気ですか」
レオンはめまいがしそうだった。
「クシャン!」
マリアに扮したバーバラが突然くしゃみをした。
「風邪ですか?」
馬車の幌の中でバーバラと一緒に揺られているエイムが尋ねた。
「いや、なんでもないよ。マルボークって夜は冷えるのかい?」
「そうでもないですよ。夏も過ごしやすいくらいではあるのですが」
マルボークはその背に断崖の壁と広大な湖を背負った城塞都市である。
北東にはほぼ垂直に切り立った山肌が露出しており、その高さは300メートル程に及ぶ。
北西は対面の北岸から清流が流れ込む豊かな湖が広がっていて、南側全面が強固な城壁で守られた要害だった。
城壁の手前には舌状に盛られた台地の上にさらに砦が建設されつつあり、その様は魔族軍との戦いを予感させた。
この数日後、マリアがいないマリアの一行はマルボークに到着する。
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