30-1.旅路は北へ
マリアの一行は、サノセクより北の街道をマルボークを目指して進んでいる。
単身で先行するサイファーは、マリアが乗る馬車の前方50メートルで周囲を警戒していた。
「姿を消す魔法ってホントにあるんですね……」
馬車の御者を務めているサリーには、前方にいるはずのサイファーの姿が見えない。
「消えるところは見てたのかい?」
馬車の右側で周囲への警戒を怠らないでいる馬上のガーネットがサリーに声をかける。
「見ました」
「ふーん」
「アタイは魔法の事は何一つ分からないんだけど、あれってそんなにすごいことなの?」
馬車の左側に侍っているバーバラは、騎馬での戦闘に備えて安価な槍をサノセクで買っていた。
「魔法というのは、その現象が起こる原理を理解していないと使えません」
馬車の御者席で手綱を握るサリーが言う。
「どういうこと?」
「人が歩いて前に進むためには、右足と左足を交互に動かすじゃないですか」
「うん? 確かにそれはそうだけど」
「魔法も同じです。魔法で起こす現象は『何がどうなるのか』という物理的な面からのアプローチが必要なんです」
「具体的には?」
「盗賊のアジトを襲撃するときに使った雷が落ちたような轟音を出す魔法を使ったじゃないですか」
「うん」
「音というのは空気の振動です。空気の振動を耳で捕らえて音が鳴っていることを感じます」
「音を出す魔法というのは、その空気の振動を起こす魔法……って訳ね」
「その通り」
「あーそうか。姿が見えなくなる魔法は、どういう理屈でそういう現象が起こってるのか理解できてないってことなんだね」
「少なくとも私の理解は超えてます」
「ふーん、なるほどね」
「!」
ガーネットが身に付けていた腕輪が震えた。それは、先行するサイファーか魔物を発見したことを伝える知らせだった。
「魔物がこっちに向かってるってさ」
ガーネットは二人の会話を遮って魔物の接近の連絡を受けたことを知らせる。
「数は?」
「二体」
一行は戦闘準備にかかる。
サリーは馬車を止め、御者台に立ち防御魔法の準備をする。ガーネットは下馬して手綱を馬車から出ている杭に引っ掛けると前に出て戦斧を構える。バーバラは騎乗したままその横間に隔を開けて並んだ。
後方のフランネル姉弟も連絡を受け取っている、二人は事前の指示に従って戦闘準備をはじめた。馬を走らせて馬車の後方の両翼に陣取る。馬車の後ろからはロベールが飛び出して細剣を抜いた。
御者台のサリーは街道の先を注視していると、大型犬のような魔物がこちらにゆっくり駆けてくるのを確認できた。
「うわ……」
この世界で魔物を魔物として認識する理由の一つは、元から存在している野生動物とは明らかに異なる姿をしていることにある。今回遭遇した魔物には頭が二つあった。魔物というものを始めてみるサリーは初めて見る異形に思わず驚愕する声を出してしまう。
「敵は二体、アタイとガーネットで一体づつ各個撃破で終わりね」
初めて魔物を見るのはバーバラも同じだが、サリーより平静を保っている。
「迎え撃つよ。引き付けて重い一撃で仕留める」
「了解!」
双頭の魔物は獲物に近づくにつれ、駆ける速度を上げた。




