17.フランネル家の姉弟
「この辺でいいですかね」
街を遠景に見下ろしたジェットが足を止めて言った。マリアたちは、ウネンドリッヒの街を見下ろす丘の上に来ている。
丘の上に来る途中でジェットは50cmほどの長さの木の枝を拾っていた。ジェットはあたりに転がっていた大きめの石で、拾ってきていた木の枝を打ち付けて地面に立てた。
「ん、こんなものかな」
そして、木の枝を打ち付けるために使った石をその先にロープで括り付けた。
「それを的にするんですか?」
「そうだね」
ジェットはサリーの問いに答えると、一同を的から15mほどの地点に誘導した。
「それじゃ、ここから撃ってみせますね」
ジェットはそう言うと、胸元のホルスターから拳銃を抜いた。その銃身がやや細めのその銃には、引き金が無い。銃身の火薬に点火するための縄もなかった。続いて内ポケットから円筒状の弾丸を取り出して、銃口の先から挿入した。
そして銃を両手で構え「ティッ!」っと舌打ちに近い声を出すと、強烈な破裂音と共に銃弾が発射された。
「!!!」
銃声を初めて聞いたマリアたちは驚きを隠せなかった。
「すごい音ですねー」
「でも、的の石には……」
「当たってない……かな」
的の石は変わらず木の枝に括りつけられたままだ。
「そう、魔法銃だからと言って特段命中率が高い訳じゃないんだ。この距離だと狙ったところに当てるのは難しい。これでも訓練生の中でじゃ上の方の成績だったんだけどね」
ジェットは、銃の性能を盛ったりせず、その特性を伝えようとする。
「成績は良かったのに騎士団入りはしなかったんですね」
「うん、まあ騎士団の内情を内側から観察しておくのが第一の目的だったからね」
「それで、暇さまの護衛には頼りないということを自分で証明したかったと?」
フランネル姉弟が戦力として期待できないのではないかと疑念を持ったバーバラが皮肉を言った。
「いやいや、騎士団では銃を集団戦闘に組み込むことを考えてるけど、小規模集団間での戦闘での銃の役割は機動戦にあるんじゃないかと僕は考えてるんだよね」
「機動戦? つまりどういうこと?」
「まあ、見てて」
そう言うと、ジェットは姉のミーナと目配せをして的の方向に駆けだした。そしてミーナが少し遅れてそれに続く。ジェットは、的の手前5mで弧を描くような動きをしながら銃を放ち右側に抜ける。ジェットを追っていたミーナはそのまま直進して、駆けている途中で鞘から抜いていた剣で的の石を立てていた木の枝を払い上げて斬った。
「おおー」
即興とは思えない連携を見せた姉弟に、マリアが感嘆の声を上げる。マリアは駆け寄って的になっていた石の様子を確認した。
「凄い! 砕け散ってるよ」
マリアがそう呼びかけると、バーバラたちも的の石が粉砕されているのを確認した。
「命中したのは、たまたまです」
「あれだけ近寄れば、小さな的に当てるほどの精度は必要ないって訳か」
バーバラは、戦闘での銃の役割の考え方を改める必要性を感じた。
「当たれば御覧の通りの威力ですし、敵の動きは確実に止まります。だけど、この連携の本命は後続の剣士なんです」
「なるほど。今の連携は姉弟ならではって事なんだね」
「うちの家に代々伝わる乗馬術でして、小さい頃から仕込まれてたんですよ」
「乗馬術? つまり、本領は騎馬での連携だと?」
「そう、だから僕らは馬車じゃなく、それぞれ騎乗して来ているんです」
「なるほどね」
バーバラは相槌を打ちつつ、マリアの様子を確認する。これで旅が続けられると確信している顔だ。
「サリー」
「はい?」
「どう思う?」
バーバーらはサリーに、ロベールたちが近衛兵が抜けた戦力の埋め合わせが出来るのか、ということの意見をサリーに聞いた。
「そうですね、ミーナさんとジェットさんの連携は素晴らしいですし、騎馬の機動力を踏まえれば戦力としては申し分ないと思います。でも……」
「何か不満がありそうな言い方よね、何だっていうの?」
問題なく旅が再開できる手ごたえを感じていたマリアが不満を漏らす。
「足手まといが1人いれば、台無しになっちゃうってこと」
バーバラが、サリーが懸念している所を代弁した。
「足手まとい……、というのは僕のことかな……?」
ロベールは、自分が足手まといだと指摘されたように感じた。
「貴族の坊ちゃんが自分が守られる立場なのに、姫さまに良いところを見せようとして家来をいい様に使ってるようにアタイは感じたけどね」
バーバラの厳しい言葉に、ミーナが反応する。
「あなた、ロベールさまを侮辱するのですか?」
「まあまあ、待ってよミーナ。きみ、バーバラって言ったっけ。そうまで言うなら僕の実力も試して欲しいんだけど」
「それは、アタイを相手にしてって事でいいのかい?」
「もちろん」
かくして、バーバラとロベールが剣での手合わせをすることとなった。遠巻きに試合を見物するサリーは、マリアに話しかける。
「止めなくて良かったんです?」
「私たちが公国で魔法学院にいた頃、ロベールは騎士学校にいたからね。実力のほどは知らないけれど」
昼下がりの丘の上、若き男女の野試合が始まった。