14.アジト襲撃
打ち合わせを終えた一行は、馬車に戻り再び歩を進める。ただし、前に出たのは近衛兵が乗る馬車だった。馬には視野を制限するための遮眼帯と、音を聞こえにくくするための耳当てを装着されている。
馬車はゆっくりとカーブを回る。するとやがて先頭の馬車の御者、カールの視界に盗賊のアジトが入ってきた。元は砦だと聞いていたが、見た目は赤いレンガ造りの大き目の館だ。大戦時代には砦の守備隊の詰所として機能していたのかもしない。
(さて、来るならそろそろか?)
先頭の馬車がアジトまで50メートルまで近づいた時、周囲の物陰から馬に乗った男たちが現れ2台の馬車を囲んだ。盗賊だ。バラフォー城にいた見張りから、アジトの方向に旅人が迷い込んだと報告を聞いたのだろう。盗賊たちは、煽るように馬車の周りをゆっくりと回る。これが盗賊が仕事を行う時の手順なのだ。2台の馬車は馬を止めた。カールは冷静に盗賊を観察している。
(7人か8人というところか。残りは半分……問題ない。プランA!)
後ろの馬車では、御者台でマリアとサリーが立ち上がっている。
「全員、空を見ろ!」
マリアは、人差し指を立てた右手を天に掲げる。その掛け声に反してマリアとサリー以外は幌の中の者も含めて伏せて目を閉じ、耳も塞いだ。盗賊たちは声に釣られて空を見上げる。
「超閃光魔法!!」
マリアは目を閉じて天に魔法を放つ。横に立っているサリーも目を閉じていた。ほんの一瞬、馬車の上空で強力な光が放たれた。それは殺傷力を伴う熱や爆発を伴うものではなかったが、閃光を直視してしまった盗賊たちは視力が一時的に失われるほどの威力があった。
魔法を放ったマリアは、その効果を確かめることもなく目を閉じたまましゃがみこんで耳を塞いだ。次はサリーの番だった。
「超轟音魔法!!」
サリーも目を閉じて魔法を放つ。サリーは小さな紙を丸めて耳栓をしていた。魔法を放つと同時に、マリアと同じようにしゃがみこんで耳を塞いだ。
閃光がした位置から、今度は雷がその場に落ちたような轟音が鳴り響く。これも熱も爆風も伴わない音だけの魔法だった。轟音がなる事を知っていて耳を塞いでいたマリア以下はなんとか耐えられたが、閃光を受けて目が見えなくなっていた盗賊たちは落雷を受けたとの錯覚をして気絶した。盗賊の馬も同様だった。
「よおし! 突入するぞ!」「おう!」
カールの掛け声と共に、近衛兵がアジトに突入した。アジトに残っていた盗賊のメンバーは、地響きを伴う轟音に、地震か何かの天変地異が起こったものかと誤解して狼狽している状態だった。そのため、さしたる抵抗もなく近衛兵に制圧された。外で気絶していた盗賊は、当然マリアたちに拘束されている。
アジトに突入した近衛兵たちは、中の盗賊を制圧した後は誘拐されて捕らわれていた人々を探すが、全ての部屋を捜索するも盗賊以外は誰一人して見つからなかった。カールは盗賊を問い詰める。
「おい! お前らがここに連れて来た人たちはどこだ?」
「さあな……」
カールは、冷徹に縛られて座っている盗賊を見下ろす。突入する際に鞘から抜いていた剣の切っ先を目の前の盗賊の眉間にそっと当てて見せた。
「う……、分かった分かった。話す、話すよ」
盗賊は観念したようだった。
アジトの外では、マリアたちが盗賊を縛り上げていた。マリアやサリー、ストロベリーはこういう事に慣れていないので手間取ったが、彼女らが軽く縛った後でバーバラが仕上げに”プロ”の技できつく縛った。作業を進めていると、気絶していた盗賊の馬も目を覚まし始めていた。
「このお馬さんたちはどうしますかー?」
「馬屋に繋いでおきましょう。あとでウネンドリッヒで回収してもらいます」
馬屋はアジトの建物の隣にある。ストロベリーは盗賊を縛る仕事では貢献できそうにないので、早々に切り上げて馬を馬屋に戻す作業をしていた。
突入から30分ほどすると、カール隊長たちが盗賊を連行してアジトから出て来た。
「ごくそうさま」
マリアがカールの働きを労う。
「はっ。盗賊の制圧は問題ありませんでしたが……」
「誘拐被害者はいなかった?」
「すでに盗賊の頭目と幹部に連れ去れていました」
「一人が捕まってた事で、アジトの場所が知れることを察知して逃げたのかしら?」
「その可能性はありますね」
マリアは腕を組み、右手の人差し指で頬を叩く仕草をして考える様子を見せる。
「ここに残ってた盗賊は、頭目たちに捨てられたのかもしれません」
マリアはハッとして何かに気が付くと、カールに向き直った。
「カール隊長」
「はっ」
「カール隊長以下、近衛兵たちに命じます。直ちに逃げた盗賊を追い、誘拐被害者の救出をするように」
「マリア姫様のご命令とあらば! しかし、どこへ向かえば?」
「速度重視でサノセクに向かうはずです」
「わかりました。捕らえた者はここに置いて行ってウネンドリッヒの王国兵に託すとよろしいと思います」
「そうね」
カールたち近衛兵はすぐに出発した。一通りの作業を終えたマリアたちもウネンドリッヒに戻る。マリアは、カリナに兄を見つけられなかったことを報告しなければならない事を思うと気が重かった。