12.港町の夜
「なるほど、カリナのお兄さんはバーバラと同じように裏道に入った時に誘拐された可能性があると姫さまはお考えなのですね」
4人は街の中心部にある大きめの酒場に来ていた。
ホールは賑やかで、少々不穏な会話をしているマリアたちを誰も気にしている様子がない。
「そう。まだ、あくまでその可能性があるって話だけどね」
「アタイもその説には賛成かなー。適当に女をさらって乱暴してやろうって輩にしては手慣れてるところがあったし」
マリアの説にバーバラが乗った。
「どうしてそう思ったんです?」
「大通りを歩いてる時から尾行けられてたからね。裏通りで撒いてから港に行こうとしたんだけど、尾行けてたのと別の奴が先回りしててね。王都じゃこんなヘマはしないんだけど」
「初めての街なんだもの。それは仕方ないわ」
「なるほどですねー」
エールを飲んでいたストロベリーの顔は少し赤くなっていた。
「ストロベリー、その一杯だけだからね」
「はーい」
「組織的に誘拐を繰り返している連中がいるとすれば、考えられる線はひとつ……」
「順当に考えれば、この地域で活動してる盗賊が怪しいですね」
「あら、そうなんですか?」
酔って話を半分聞いていないストロベリーが間の抜けた質問をした。それを聞いたサリーがあきれた視線を向けた。
「まあまあ」
マリアはサリーに落ち着くようにたしなめた。
「近衛の隊長の話だと、この地域の盗賊は格が落ちるそうなのよ。そんなに稼ぎがいいわけじゃない。だから、その足しにするために街で適当に人をさらって奴隷として売ってるんじゃないかって想像できるわけ」
「あらまあ、それは許せませんねー」
「奴隷市場ってどこにあるんでしょう? 少なくともこの辺りじゃないですよね」
「恐らくはサノセク、あるいはもう少し東か……」
「そこまで連れて行くことを考えると、ある程度集まってからでないと効率が悪いですよね」
「じゃあ、さらった人を一時的にどこかで監禁してるはずよね。それは、バーバラならどこだと思う?」
「むぅん?」
バーバラは突然話を振られたので、食べかけのパンをくわえたまま変な声が出てしまった。
「んっ……、そうね」
バーバラは水を口に含んでパンを飲み込むと、自分の考えを話す。
「順当に考えれば奴らのアジトでしょうね。監視を別に置いておく手間も省けるし」
「カリナのお兄さんが奴らに捕らえられてると仮定すれば、そこにいる可能性は高い……」
「そういうこと」
「問題はどうやってアジトの場所を特定するか、ですが……」
「あら、それを知ってる者なら一人確保してるじゃない」
「あ……、確かに」
「では、このあともう一度お役所に寄りますか?」
「そうね、交渉が上手く行ってないかもしれないし」
食事を終えると、マリアとバーバラは役所に向かう。サリーは酔っぱらったストロベリーを連れて宿に戻った。
「犯人はどこまで白状した?」
マリアは役所の一室でカール隊長と対面した。誘拐犯は役所内の牢に入っている。
「盗賊の一味というのは認めましたが、アジトの場所は吐きませんね」
カールが渋い顔をして答える。
「彼の素性については?」
「詳しい事は聞けてませんが、どうも読み書きが出来ないようで」
「サルカンドの生まれじゃない……ってこと?」
「恐らく」
サルカンド大陸の人間が居住している地域は、ほぼ全てが公国と騎士団領を含めた王国の勢力圏だ。王国の勢力圏では、教会を通じて共通語の読み書きができるようになる魔法が全ての子供にかけられることが制度化されている。なので読み書きのできないこの誘拐犯はサルカンド大陸出身者ではないと想像できた。
「私が話してみる。案内して」
マリアとバーバラは、カールに案内されて役所の地下牢に向かった。
牢の前についたマリアは、改めて誘拐犯を観察する。誘拐犯は黒髪で肌も浅黒く、改めて見てみればサルカンド生まれには見えない。
「ニャーマシュテ」
マリアは誘拐犯と顔を合わせると、謎の言葉で話しかけた。
「ナランダ? ジュームデシャランダ」
「ごめんなさい! 挨拶しか分からないの。あなた、東の国の生まれなのね」
誘拐犯は、少し残念そうな顔をした。
「そうだ。今のはどこで覚えたんだ?」
「以前、東の国から来た商人に会ったことがあるのよ」
「なるほど」
「どうして故郷から遠く離れた地でこんな仕事をしてたの?」
「話すと長いぞ」
「構わないわ」
マリアが即答すると、誘拐犯はため息をついたが話し始めた。
「俺の生まれた家はとても貧乏でな。口減らしのために売られたのさ。7つか8つの頃だな」
「どこに?」
「農場だ。ほとんど奴隷だし仕事もきつかったが食いっぱぐれが無いのだけは良かった」
「農場から離れて行ったのはどうして?」
「その農場が潰れた」
「あら」
「俺はその農場の所有物だったからな。農場の借金のカタにまた売られたんだ」
「今度はどこに?」
「今度はマジもんの奴隷だった」
誘拐犯は奴隷として受けて来た仕打ちをとうとうと語った。マリアは誘拐犯から目をそらさず、真摯に耳を傾けていた。
「とまあ、そんな具合だったから俺は逃げ出すことにした」