10.港町の少女
王都シャンティーヌを発ったマリア姫の一行は、2台の馬車に分乗してサノセクへの街道を東に向かっていた。
マリアは先頭の馬車に乗っていて、この馬車の御者はバーバラが務めている。バーバラの隣にはサリーが座っていて、周囲を警戒していた。マリアとストロベリーは幌付きの荷台に控えている。
後ろで”しんがり”を務める馬車には、カール隊長が率いる王国の近衛の半個分隊5名が乗っていて、後方を含めた周囲を警戒している。
「この街道で盗賊とかって出るんですか?」
カールの隣で御者を務めている近衛兵のエースが尋ねた。
「出る。王都からサノセクまでの街道にいる盗賊は”三下”だけどな」
サノセクからさらに東へ向かい、砂漠を越えて彼の地からの交易品を持ち帰る隊商を狙う盗賊は、主にサノセクから砂漠までの地域で”仕事”を行う。その地域は王国も騎士団も勢力圏を外れるため、掃討作戦が行われる機会が少ないし、砂漠までは追ってこないためだ。
なのでサノセクから西の地域で盗賊を生業にしている者は、盗賊の主戦場で縄張りを維持できない格下の存在だということになる。
「ここいらに出る盗賊は、サノセクの東側から追い出された落ちこぼれだな」
そのあたりを説明したのち、カールはそう言って締めた。
「けどそんな落ちこぼれから見ても、僕らの隊商は恰好の獲物に見えるかもしれないすね」
エースは当然の意見をする。
後ろの馬車に乗っている近衛兵はそろって精鋭だが、目立たないように商人に偽装している。そして前の馬車は女性しか乗っていない。盗賊に狙われる可能性は否定できなかった。
「戦力的には問題にはならないけどな。だが警戒は厳にせねばならん」
「そうっすね」
前の馬車では、幌の中でストロベリーが退屈を訴えていた。
「せっかくの馬車での旅なのに、景色が楽しめないのはいかにも残念ですねぇ」
「遊びじゃないんだからしょうがないじゃない。今は周囲の警戒が優先」
マリアはストロベリーをたしなめた。
「でも前の二人にも休んでもらう以上交代はするけどね」
「わーい」
「景色を楽しんでる余裕はないわよ」
姫様の一行が王都シャンティーヌを出発したのは三日前だ。王城の兵舎に集合した一行は、馬車に乗り込み王城の裏口にあたる搦め手口から王都を出て、一旦王都から北西方向にあるエミリ宮への道を進んだ。途中の分かれ道で王都の周辺を時計回りに進む要領で進み、最終的に進路を東に取りサノセクへの街道へと入った。
街道に点在する宿場町を、午前中はひとつ進み午後はふたつ進んだ。旅は今のところ何事も起こらず、順調だった。
三日目のこの日、先頭の馬車の御者を交代していたマリアは夕刻に海沿いの町ウネンドリッヒ到着した。
「この町には港があるんですねー。今夜はお魚が頂けるのかしら?」
町の入口は高台にあって、海岸を見下ろすと小さな港が確認できる。漁船と思しき船もいくつか確認できた。マリアの隣にいたストロベリーはそれを見て夕食に期待を込める。
「そうね。魚介類は基本的に取れる場所でしか消費しないものだから」
旅が順調なうちはストベリーにはこれといった仕事がない。だから、食事の楽しみだけは奪うまいとマリアは思った。
馬車は安全のために王国の出先機関である役所に預ける。その後、宿を確保し料理も出す酒場で夕食を取るのがルーティーンになっていた。
宿を出たマリアたちは、適当な酒場を探すために町の広場に出る。護衛の近衛兵たちは町の中では別行動を取っていた。交易路の要衝であり、大きな漁師町でもあったウネンドリッヒの夕暮れは人出も多く賑わっていた。
「この町は賑わってますねー」
「そうね、交易路が交わっているところだから」
「あら?」
その少女を最初に気にかけたのはストロベリーだった。
少女は、広場の中央で不安げな表情を浮かべて周囲を見渡していた。少女の年齢は見た目では5歳か6歳。家族と一緒に出掛けてきて、はぐれたのだろうか。
「あの子……、どうしたのかしら?」
ストロベリーは、そう言うと少女に駆け寄っていく。マリアたちはそれに続いた。
「お嬢ちゃんどうしたの? お母さんとはぐれちゃった?」
ストロベリーは、かがんで少女と目線と合わせるとそう尋ねた。
「お兄ちゃんが……帰ってこないの」
「お兄ちゃんが?」
「お兄ちゃんは港で働いてるの。でも帰ってこなくて……」
「いつから?」
「……三日前」
「そうなのねー。じゃあ港の人たちもお嬢ちゃんのお兄ちゃんが来なくて困ってるかもしれないわねー」
少女は頭を横に振った。
「港で荷下ろしの手伝いをして働いている子供はたくさんいるの。1人来なくなっても誰も気にしないと思う」
「なるほどねー。お兄ちゃんの年はいくつ?」
「16歳」
「どう思う?」
そばで話を聞いていたたマリアはサリーに小声で尋ねた。
「港で聞き込みをするべきでしょう。なんらかの事故があったかもしれません」
「この子の兄が事故に巻き込まれてたのなら、この子のうちに知らせが届かないかしら?」
「日雇いの人夫の身元をそこにいる誰もが把握しているというのは、希望的観測が過ぎると思います」
「それもそうね……」
久しぶりの更新になります。よろしくお願いします。