9.ミーナ・フランネル
ロベールはラファイエット家の屋敷に帰ってから自室に籠っていた。夕食の時間になっても食堂に現れないので、傅役として彼に付けられていたミーナ・フランネルは、ロベールの部屋の扉をノックする。
「ロベールさま、お食事の時間です」
ミーナはラファイエット家の家宰を務めているフランネル家の生まれで、ロベールより7歳年上だった。ロベールが生まれた時から、ミーナは彼のを傅役を務めるための教育を受けていた。彼女はロベールの為に生きて来たと言っていい。
ミーナがロベールの傅役に就いたのは、ミーナが15歳でロベールが8歳の時だ。ミーナは、ロベールに初めて会った時、彼に対して利発そうだが少し頼りなげな印象を持っていた。今の状況は、その時の印象を思い出させるものだった。
「ロベールさま、開けますよ」
ミーナは部屋に入ったが、ロベールは見当たらなかった。自室にはいるはずなので、ミーナには奥の寝室にいるのだろうと想像できた。寝室へのドアを開けると、ロベールはベッドに伏せていた。うつ伏せにして、頭をかかえている。分かりやすく落ちこんでいた。
「マリア姫さまにはお会いになれなかったのですか?」
ベッド脇に跪いたミーナは、ロベールに尋ねる。そもそもフランネル家の人脈を尽くしてマリアの縁談の情報を掴んでロベールに伝えていたのはミーナだった。
「会えたよ……。知らないって言ってた」
ベッドで伏せたままのロベールが答える。
「そうですか。わたくしの情報では通達済みだったようですが」
ミーナが得ていた情報は、マリアに縁談の話が伝えられたところまでだ。相手が誰であるかはロベールには伝えていない。相手が男爵家だと聞けば、ロベールは家格が釣り合わない事を理由に実家を巻き込んで反対活動を起こすかもしれない。
ミーナはそれを良くないと考えている。
なので、マリアが縁談の話は聞いてないと、嘘を言っていたのはミーナにとっては都合が良かったのだが……。
「ではなぜ、そこまで打ちのめされているのですか?」
ミーナは、ロベールが落ち込んでいる理由を聞いた。
「実は……」
ロベールは起き上がってマリアと話したことをミーナに打ち明けた。
「なるほど……。姫さまはご自身の為すべきことをよくご理解されていますね」
「でもそれじゃ、僕の気持ちは……」
「まあまあ、姫さまが聞いていないと仰るのならば、わたくしが聞いていたより相手方と折衝が上手くいってないのかもしれません」
「でも……」
「今は平穏な時代です。王女の婚姻が政略結婚でなければならない理由はありません。なので、まずはロベールさまが姫さまに選んでいただけるように、ご自身を磨かれることが重要ですよ」
「そう、そう……だね」
「さあ、まずは食事にしましょう。明日からまた、ビシビシ鍛えて差し上げますからね」
「お手柔らかに頼むよ、ミーナ」
ミーナの言葉に、ロベールは少し元気が出てきたようだった。
その日の仕事を全て終えたミーナは、ラファイエット家屋敷の自室で今日のことを振り返っていた。
ロベールがマリアに好意を抱いていることは以前から知っている。その気持ちが彼の教育の妨げになっていることが、ミーナの悩みの種であった。マリアに縁談が持ち上がっている情報は掴んでいた。マリアにその縁談の話が伝えられたとミーナが知ったタイミングでその話をロベールに伝えたのは、マリアの結婚が決まったと判断してロベールにはマリアへの想いを断ち切って欲しいと願ったからである。
(それでも、マリア姫が自身の婚約に対してしらを切ったというとこは、この縁談、まだ何かしらの障害があるのか?)
王家と男爵家の縁談というのは少し異例だ。しかし、相手のアーネスト男爵家の長男は現在騎士団長を務めている。政略的には十分に意味のある縁談のはずだ。障害があるようには思えなかった。
もう一つ気になるのは、王宮全体が何かの準備であわただしくなっていることだ。何の準備をしているかはミーナには掴めていない。
いずれにせよ、ロベールの成長のためには彼のマリアへの想いはミーナには邪魔だった。
(それはわたくしの想いの為でもある……)
ミーナは、窓の外の月を眺めながらそう思った。
王宮の一室では、マリアと”お仕事モード”から解放されたサリーがくつろいでいた。
「まだ、夜は少し冷えるわね」
「そうね、出立の頃には過ごしやすくなってるでしょうけど」
「体調を崩さないように気を付けておかないとね。出発の時に風邪引いて鼻をぐずってるとか縁起が悪いわ」
「ははっ、お互いにね」
旅の準備で少し忙しかった日の夜が暮れて行った。
挿絵はImage Creatorで生成しています。
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