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第8話 ずっとずっと待ってたんです

 今、ヒロキの目の前で無邪気に微笑んでいるのは半透明の女の子。身体からだは白く透けているが女の子なのだ。生まれてこの方、女性との交際経験などまったくなかった自分の、それもひとり暮らしの部屋の中に女の子がいるのだ。

 とにかくヒロキは今日これまで自分に起こったどんな現象よりも、女の子と二人だけで差し向かいになっていることに戸惑っていた。


「その……なんだ……まあ、とにかく落ち着こう、落ち着こうぜ。いやいや、落ち着くのはオレの方か……ハハッ」


 普段は冷めたタイプのヒロキであるが、今はらしくない(・・・・・)ほどの早口で動揺しながらも、しかしそれを気取けどられないよう懸命に取り繕うのだった。


「とりあえずお茶かコーヒーか……ってか、あったっけか、コーヒー」


 あたふたふするヒロキと裏腹によもぎと名乗る少女は初めて来たとは思えないほど落ち着いていた。


「よもぎ、お水がいいです!」

「み、水?」


 意外な答えに戸惑いながらもヒロキはキッチンに立つと冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出してグラスに注ぐ。そしてそれをちゃぶ台に置くと皮肉っぽい笑みとともにそれを少女に差し出した。


「これは、お清めの水、かな?」

「ひっど――い。確かによもぎはまだ成仏とかしてませんけど、でもでもお清めなんて失礼です」


 少女は芝居がかったむくれ顔で答えながらも、その顔はすぐに笑顔に変わった。


「それよりなによりずっとずっと何も飲んでなくって、よもぎはとにかくノドがカラカラなんです。ではでは、イッタダキマ――ス」


 少女はペコリと頭を下げながらそう言うと目の前のグラスに手を伸ばした。しかし半透明のその手は透けてしまい、グラスを掴むことができない。


「いっけな――い」


 素っ頓狂な声とともに少女の姿は半透明から実体に変わった。目の前で起きた突然の出来事にヒロキはたじろぎながら思わず声をあげる。


「うわっ、き、君、JKだよな、本物だよな。マ、マジかよ」

「だってだって、こうしないとコップ取れないし、お水も飲めないし」

「……」


 少女はグラスの水を一気に飲み干すと、その場で茫然と固まるヒロキに屈託のない笑顔を返した。


「ハァ――おいしい。まさに、生き返る気分です!」

「生き返るってさ、君、幽霊なんだろ?」

「ですよねぇ……でもでも、こんな風にお部屋でくつろぐのなんてすっごく久しぶりなんですよ、へへへ」


 そして少女はまたもや声を上げる。


「あ――っ、ひょっとして、ひょっとして」

「今度は何?」

「よもぎがこの姿になるのって、あの日以来かも」

「あの日ってのは……まさか、君が死んだ日だ、なんて言うんじゃないだろうな」

「そうです、そうです。考えてみればよもぎは今までずっと御神木様のところに居たんですよ。結界って言ってたかな、それで守られてて」


 ヒロキは少女の話に興味を惹かれてちゃぶ台に身を乗り出した。


「それで、その結界だかに守られてた君がどうしてここに居るんだよ」


 少女は頬に指をあてて首を傾げながら自らの記憶をたどるように話し出す。


「御神木様が、きっといい人が現れるから待て、って……」


 そして少女は姿勢を正して座りなおすと、やけに神妙な顔つきになってしわがれた声を出した。


其方そなたたすけとなる者を導こう。其方そなたはそれを待つがよい」


 少女はおそらく御神木の声色を真似ているのだろう、ゲホッと咳ばらいをすると再び元の声で続けた。


「な――んて言われちゃって、だからよもぎはずっとずっと待ってたんです」

「それで、その『援けとなる者』ってのがオレだ、ってのか?」

「ですです。お兄さんとはなんか波長っていうか、そういうのが合ったみたいで、お兄さんが神社に来たときにそう感じて、ああ、きっとこの人なんだなって」

「それでオレについて来たわけか」

「ハイ、そうなっちゃったみたいです」


 少女は臆面もなくそう答えると、空になったグラスを所在なさ気にもてあそび始めた。その仕草を目にしたヒロキはゆっくりと腰を上げてキッチンに向かった。


「水、もう一杯飲むか?」

「ありがとうございます。やっぱお兄さんとは通じ合ってるみたいです」

「いや、君のその態度を見てればなんとなくわかるよ」


 ヒロキは冷蔵庫から持ってきたペットボトルから少女のグラスに水を注ぐと、ボトルをちゃぶ台に置いて言った。


「ほら、おかわりはたくさんあるから遠慮しなくていいぞ。水だけどな」

「あ――お兄さん、今、少しだけムッとしました?」


 ヒロキはその問いに答えることなく、話題を切り替えようと自己紹介を始めた。


「とにかくお互い名前も知らないんじゃ話にならないもんな。えっと、よもぎちゃんだっけ? オレはヒロキ、太田ヒロキだ」

「ヒロキさん……ですね。ではあらためて、よもぎです。どうぞ『よもぎ』って呼んでください」


 よもぎは再び姿勢を正してペコリとお辞儀をした。


「しかし初対面で呼び捨てってのもなぁ……」

「だってだって、お兄さんのほうが年上なんだし、それに呼び捨ての方が恋人っぽくていいと思いませんか?」

「恋人って……君、幽霊じゃないか」


 ヒロキは内心かなり困惑していた。確かに名前そのままを呼び合うような関係に憧れてはいたのだが、相手は高校生である。その上、幽霊である。ヒロキは続く言葉に窮してそのまま黙り込んでしまった。


「じゃあ、よもぎも『ヒロキ』って……いえいえ、いくらなんでもそれはないですよね。あっ、そうだ、『お兄ちゃん』にします!」


 よもぎがいたずらっぽくそう言うと、ヒロキは制止するように手を前に出した。


「それはやめろ。オレは妹萌えじゃないし」

「イモウトモエって、何ですか?」


 ヒロキはまたもやよもぎの問いには答えずに投げやりな口調で続けた。


「もういいよ、呼び捨てで」

「ヒロキとよもぎ。うん、語呂もいい感じです……なんてね。ダメですダメです、さすがに年上の人にそれはいけないです。やっぱりよもぎは『ヒロキさん』って呼ばせていただきます」

「まあ、好きに呼んでくれていいよ」


 ヒロキは疲れたようにそう言うと、そのまま床に寝転んで天井を見つめた。そしてため息混じりにぼそりとつぶやいた。


「憑いてきたのは押しかけJKの幽霊でした、なんて、まんま深夜のアニメかよ、こんな展開」


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