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第4話 怪異

 冷たさが心地よい風を頬に感じながらヒロキは大きな石造りの鳥居の前に立つ。境内に上がる石段のふもとでは御神木である大ケヤキがこの神社を見守っている。樹齢千年にならんとする巨木は冬枯れていながらもなお、その幹も枝も二月の空高くまで伸びて周囲を陰らせるだけの密度があった。

 ヒロキは巨木に一礼すると、境内を目指して石段を上がった。途中、段の中腹あたりで奇妙な違和感を覚える。彼にとってここは地元の見慣れた風景である。しかし今日は何かが違うのだ。

 石段を上がりきった境内の入口、そこに建つ参拝者を迎える小さな鳥居の前でヒロキはこの落ち着かないざわめきの理由を知った。

 そこでは以前の大風に倒れ伐採されたはずの大ケヤキ、今は亡きかつての御神木が天に向かって幹と枝を雄大に伸ばしていたのだった。


「この木って台風で折れてそれっきりだったはずだよな。なのになんでここにあるんだよ!」


 初代と二代目、それら二本の巨木が広げる枝葉はともに真冬とは思えない勢いを感じさせていた。そしてその姿はまさに彼がかつて幼い頃に見ていた神社の光景そのものだった。


 いったい何が起きているのだ。ヒロキは警戒しながら周囲を見渡してみる。

 質素な拝殿に絵馬所、その奥には赤い幟旗のぼりばたとともに祀られた稲荷神社、目の前には澄んだ水で満たされた手水舎ちょうずや、小さな境内は質素ながらもピンと張り詰めた厳かさを感じさせていた。


 カタカタカタ……


 冷たい静けさの中に突如乾いた異音が響く。

 ヒロキがその音に呼ばれるように目を向けたそこは絵馬所、数ある絵馬の一枚、それだけが風があるわけでもないのに音を立てて揺れていた。元々は白木だったであろうその絵馬はすっかり茶色く日焼けして、書かれていたお願いごとも滲んで読めたものではなかった。しかしヒロキはまるで何かを主張しているかのように揺れるその一枚から目を離すことができなかった。


 カタカタカタ……カタ……


 彼が気づいてくれたことに満足したのだろうか、絵馬はその動きを止めると何事もなかったかのように他の絵馬たちに同化してしまった。


 ヒロキは我に返って再び周囲を見渡す。すると彼が立つ境内はいつの間にか薄暮にも似た暗さに包まれていた。空を見上げると二本の巨木が広げる鬱蒼とした枝葉の合間から見える空は厚い雲に覆われていた。垣間見えるのは鉛色と灰色のまだら模様、不気味に波打つその姿はまるで大蛇が蠢くとぐろのようだった。それはみるみるうちに低く垂れこめて、手を伸ばせばすぐそこに触れることができそうなくらいだった。


「どこからわいてきたんだよこの雲は。天気予想だって降水確率だってゼロパーセントって言ってたじゃないか。ほんとになんなんだよ、この展開は」


 ヒロキは吐き捨てるようにそうつぶやくと参拝もそこそこに石段を駆け下りた。そして停めておいた自転車に跨ると、目の前にそびえる御神木への挨拶もそこそこに急いで神社を後にした。


 とにかくここから離れるんだ、帰るんだ。

 早く、早く!


 心臓の鼓動は鼓膜の内側から彼の耳を圧迫するほどにドクリドクリと強く鳴っていた。空はますます暗く圧迫感を増す。見上げると相変わらず大蛇のようなまだらな雲が波打っていた。すっかり暗くなってしまった街並みで街路灯が白く冷たい光を放っている。ヒロキも自転車のヘッドランプのスイッチをオンにした。


 不気味な空の下、目の前を過ぎ行く街並みもまた奇妙な違和感に包まれていた。それは神社の境内で感じたあの感覚と同じだった。

 坂の途中に建つパステルカラーのサイディングが小綺麗なアパートは古くてくすんだ木造モルタル造に変わっていたし、最近できたばかりの洒落たマンションの場所にはロクに手入れもされていない正木マサキの生垣に囲われた木造家屋があった。

 街の区画は確かにヒロキの知るそれである。しかしランドマークとなる建物が微妙に異なっているのだ。それはひと昔どころかそれよりもっと古い、それもヒロキが生まれるよりもずっとずっと以前のものに思えた。


 彼の自転車がゆるやかな坂を目一杯の速度で駆け上がる。すると右手に真新しい公会堂の外壁が見えてきた。


「あれって公会堂……だよな……?」


 これだけ暗いのに防犯灯すら点いていないその様子が気になりはしたものの、しかしヒロキはそんなことにはお構いなしでとにかく真っ直ぐ自宅を目指した。道祖神が見守る商店街の交差点を横切って幼稚園の手前の角を左に曲がれば彼が住むアパートの前にたどりつく。

 いや、たどりついたはずだった。

 今、彼が立つそこにアパートらしき建物はなかった。代わってそこあるのは見たこともない型の車ばかりが並ぶ月極駐車場だった。


「オレの……オレのアパートは?」


 彼の頭の中はぐるぐると混乱していた。

 自分の身に何が起きているのか、果たしてここは自分が住んでいる街なのか。

 何が何だかさっぱり理解できないままにヒロキは目の前の光景にただ呆然とするばかりだった。


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