第102話 よもぎ、バージョンアップです
ヒロキ、可憐、よもぎの三人がちゃぶ台を囲んで座る。ヒロキはいつもの場所に、そしてその隣には可憐が、二人の向かい側、テレビを背にしてよもぎが座るのは以前からのお決まりだった。
「それにしてもよもぎ、いくらなんでもこの部屋でメイド服は落ち着かないなぁ」
「ですよねぇ。ではでは、ちょっと待っててください」
よもぎは右手を上げてパチンと指を鳴らした。するとその姿は出会った頃からヒロキの部屋でそうしていたように、ゆったりとしたスウェットの上下へと瞬時に変化した。
「うっ、これってちょっと暑いです。ヒロキさん、今って何月なんですか?」
よもぎの問いにヒロキはカレンダーを見ながら答える。
「今は七月、来週には八月だ」
「え――っ、もう夏じゃないですか。どうりでこれでは暑いはずです。それなら」
よもぎが再び指を鳴らすと、今度は可憐と同じTシャツとショートパンツの姿に変化した。その様子を見ていたヒロキが面食らった顔をして声を上げる。
「よもぎ、今のそれって前は『技』なんて言ってたあれだよな。ちょっと見ないうちに超能力っぽくなってないか?」
「それはもう、いろいろあって、よもぎはバージョンアップしたんです」
よもぎが屈託のない笑顔でそう答えると、ヒロキは身を乗り出してさらに問いかけた。
「ところでさっきからよもぎが言ってる、いろいろってのを、そろそろ話してくれないか」
「そうね、私も知りたいわ。この間によもぎちゃんに何があったのかを」
よもぎは苦行の沼でのできごとを二人に話した。自分の名前や自分が殺められた原因、そして因果と業と禊のこと、それらを順を追って説明した。
「なるほど、よもぎを殺めた犯人が三〇年、そのあとでよもぎが一〇年ってことは……よもぎが成仏するまでに四〇年もかかるのか!」
ヒロキは指を折りながらカウントする。そして慌てて顔を上げると可憐を見てあきれるように言った。
「そのころ、オレたちは六〇歳……還暦じゃないか」
「なんだか気が遠くなる話ね。もっとも向こうで四〇年なんて取るに足らない時間かも知れないけど」
そう言って可憐も小さくため息をついた。
「なのでヒロキさん、可憐ちゃん、これからも末永くよろしくお願いします」
よもぎは姿勢を正すとちゃぶ台に手をついて頭を下げた。
「ところでよもぎ、今の話に出て来た、ポイント割引とか特典ってのもくわしく教えてくれよ」
「それは……」
「どうしたの、よもぎちゃん?」
ヒロキの問いに口ごもってモジモジするよもぎの顔を可憐が覗きこむ。よもぎは可憐の顔をチラっと見ると大きく深呼吸をひとつ、そしてかしこまるように正座しなおすと意を決したように二人に向き合って続けた。
「ヒロキさん、可憐ちゃん。お二人にお願いがあります」
「お願い?」
ヒロキと可憐が同時に聞き返す。
「はい、お願いです。実はよもぎは重大な使命を仰せつかったんです。そのために、その……」
「どうしたんだよ、よもぎ。もったいつけてないでハッキリ言ってくれよ。オレたちも大概のことでは驚かなくなったし」
そのとき、よもぎの胸元に下がる勾玉が金色に輝きだした。そしてそのまばゆい光が消えたとき、よもぎの隣に金色の狐がちょこんと座っていた。
「よ、よもぎ、それ……それって」
「狐です」
「狐……金色の狐って……」
ヒロキは可憐を護るように腕を広げて声を荒げた。
「可憐、下がって! 気をつけるんだ、こいつは、金色の狐と言ったら……」
「大丈夫、大丈夫なんですヒロキさん。この子は確かにヒロキさんが思ってる通り、あの九尾です。でもでも、今は違うんです」
よもぎは慌てるヒロキと可憐に九尾に与えられた年齢遡行の罰と課された使命のことを説明した。そして九尾の監督と指導こそがよもぎに与えられた、禊に代わるミッションであることも。
よもぎの説明を聞いたヒロキはキョトンとした顔でよもぎと九尾を見くらべながらため息をもらした。
「よもぎだけでなくこの狐、九尾もかよ。まったくなんて展開なんだか」
「ヒロキよ、こうなったら汝れも一緒に腹をくくるのじゃ」
「おっ、おい、よもぎ、こいつしゃべるのか?」
「ふん、妾をそこいらの動物霊といっしょにするでないのじゃ。これでも妾はあの九尾様なのじゃ……イタッ!」
これから世話になるであろうヒロキと可憐の前でも不遜な態度の九尾に向かってよもぎは躊躇なくその頭上に手刀をお見舞いした。
「こんなやつなんですけど、よもぎが面倒を見るので、ヒロキさん、可憐ちゃん、お願いします」
「ま、まあ、この展開じゃ断るに断れないだろし……あっ!」
ヒロキは思い出したようにまたもや声を上げた。
「そういえばここ、ペット禁止だったんだ。犬もダメなのに、九尾は狐だろ?」
「それなら心配いりません。ほら、九尾」
よもぎの声とともに九尾の身体が金色の光に包まれる。そしてその光がすっかり消えたとき、狐に代わってそこに立つのは美しい金髪をシニヨンにまとめてクラシカルなメイド服に身を包んだ、見た感じ一〇歳くらいの幼女だった。
これは、この姿は、あのお屋形さまのまんまミニチュア版じゃないか。それがヒロキが人間体の九尾を見たときに感じた第一印象だった。
「人の姿になったのはいいけど、いくらなんでも金髪にメイド服は目立ちすぎじゃないかしら。ヒロキ、大家さんにはどう説明するつもり」
「う――ん、姪ってのは無理があるよなぁ……親戚の子? でも外国人の親戚なんていないし……」
すると九尾がここぞとばかりに自信たっぷりの顔でヒロキと可憐の二人の前に右手を出すと親指と人差し指をシュシュッと擦った。指先からうっすらと立ち昇る紫煙、その指先を掲げながら九尾は不敵な笑みを浮かべた。
「ならばヒロキよ、ここにその庄屋だか大家だかを連れてくるのじゃ。されば妾がその力を以って……イタッ」
九尾の頭上にまたもやよもぎの手刀が振り下ろされた。
「ヒロキさんのお部屋の近くではよもぎたちは勾玉の中に隠れますから。ご迷惑にならないようにしますから」
「わかった、わかったよ。まあ案ずるよりなんとかって言うし、オレからもあらためてよろしくな」
「よろしくね、よもぎちゃん。ついでに九尾も」




