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第1話 プロローグ

 大ケヤキ神社、いつの頃からかそう呼ばれるここにはその名が示すように二本の巨木があった。

 大きな鳥居の前で一礼したならば、まずは境内へと続く石段のふもとにて樹齢九〇〇年を優に超える一本が圧倒的な雄大さで参詣する者を出迎えてくれるだろう。

 その巨大な幹を左手に見ながら石段を上がり切ったならば、そこでは決して広くはない境内を包み込むように枝葉を広げるもう一本に目を奪われることになる。

 先のを弟とするならばこちらは兄、長きに渡ってこの地を見守ってきたこの大ケヤキこそがこの地に生きる人々が敬愛する御神木様だった。



 聖バレンタインデーを目前に控えた真冬の午後六時過ぎ、日も落ちてすっかり暗くなった小さな境内で今まさに一つの命が失われようとしていた。

 周囲を住宅街に囲まれた神社であるが、御神木が見下ろすその空間はまるで結界で隔てられているが如く、そこで起きているこの出来事に気付く者は誰一人として居なかった。

 ただ御神木だけがその一部始終を見守っていた、何もできず見ていることしかできない己自身に忸怩じくじたる思いを抱きながら。


 やがて乾いたバイクの排気音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 静寂に包まれた境内に一瞬の風が吹き抜ける。

 御神木に繁る枝がざわりざわりと揺れ動き、目の前の絵馬所に並ぶ真新しい白木の絵馬がぱからぱからと乾いた音を響かせた。

 地を這う空気が冷たい土の上に横たわる少女の身体からだをなぞり、乱れた気流で土埃つちぼこりが渦を描く。やがてそれは高く大きく巻き起こり、ついにはきらめく粒子となって少女の全身を包み込んだ。

 光の粒は人の形から球体に変化すると、今度は高密度に収斂しながらより一層の輝きを放つ。そして少女が倒れていたその場所でふわふわと漂い始めると誰もいない境内に厳かな声が響いた。


「いずれ其方そなたを庇護する者が現れるそのときまで、われが其方を穢れから守ろうぞ。さあ吾が下に来るがよい」


 輝く球はその言葉に引き寄せられるかの如く御神木に寄り添うとその幹の中に吸い込まれていった。そして小さな境内に再び夜の闇が戻ったとき、巨木の根元にはすやすやと寝息をたててうずくまる少女の姿があったのだった。


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