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宵闇カラテ  作者: 倉石ティア
23/31

開示

鬼児の会の情報を得た天童。

しかし、その代償は彼の身体にくっきりと残って――

「そういうわけで情報を貰って来た」

「そのキスマークは何なの」

「情報の代価だけど」

「正気?」


 口紅を落とす要領で、彼女は僕の頬を擦ってくる。落ちないと分かって、彼女は僕の頬を執拗に抓ってきた。めちゃくちゃ痛いけど、あまり抵抗しても長引くだけだと理解している。彼女にされるがまま、僕はしばらく身体を左右に揺らすのだった。

 

 雉畑にめちゃくちゃ睨まれたけど、とにかく僕の仕事は終わりだ。


 鬼児の会について、僕を襲撃した少女から、知り得る限りの情報を引き出せたのだ。これをどう活かすかは、喜慈の会の面々に掛かっている。大人達に知らせる前に、僕と戌居君、そして雉畑の三人で共有しておくことにした。


「まずは構成員についてだね」

「ちょっと待て。メモの用意をさせろ」


 戌居君が紙とペンの準備を終えるのを待って、僕は話し始める。


 鬼児の会は20人前後で構成されている。表向きには新興宗教を名乗っている団体だった。教義は生まれ変わりを信じること。百茂が知る限りでは、生まれ変わりの詳細は多岐に渡るようだ。犯罪者としての業を背負ったまま転生したとか、不幸な前世の清算をするために今生での幸福を願うとか。そのあたりは相手によって言葉を使い分けているようだ。


「生まれ変わりに拘りがあるのね」

「罪や穢れを切り離したいんだろうな」

「でもやっていることは犯罪だよね」

「……救いを求めているんだろ、多分」


 戌居君がくるくるとペンを回す。


 僕も少しだけ、鬼児の会の面々に同情していた。行為は悪だが、救済を求める気持ちを悪と断じることは出来ない。彼らは鍛え上げた技を使う場所が欲しいのだ。例えば将棋の得意な人がいたとして、勝負の相手が囲碁しか打てなかったら? 当然がっかりするだろうし、将棋の打てる相手を探すだろう。


 他人を害する技を極めた彼らが、その技を使う場所を求めるのも至極当然だ。そんなことを考えてしまう程度には、僕も悪人である。


「で? 他には?」

「雉畑、ぐいぐい来るね」

「回り道が嫌いなの、私」

「そうか。他に分かることと言えば……」


 鬼児の会のメンバーについて、個人情報までは手に入らなかった。男性会員が多く、それも20代から30代が中心となっている程度か。亀茲山で蜘蛛の糸を垂らして遊ぶ卑劣漢から、夜道を彷徨して好敵手を探す戦闘狂まで様々な会員がいるそうだ。百茂が依頼を受けたのは前者、亀茲山で弱者へつけ込むことを快楽にしていた一派のようだ。


「もっと好戦的なのがいるってこと?」

「そうなるね。敵を選ぶにも思想が滲むんだ」


 自分より弱い奴をいじめるのが好きな奴。

 より強い相手を求めて戦い続ける奴。

 相手を必要とする武術にも、それくらいの幅はあるものである。


「このくらいかなー。百茂ちゃんから貰った情報は」

「モモ……ちゃん……?」

「この前、僕を襲った相手だよ。百茂って言うらしい」

「いえ、私が驚いたのは……何でもないわ」


 雉畑が苦虫を噛み潰したような顔になった。危ない橋を渡った割に得た情報は少なくて、戌居君は少し残念そうな顔をしている。


「ま、これでも十分か」

「逆に聞きたいけど、ここから何が分かるの?」

「少なくとも、敵は20人いる」


 戌居君がピースサインを向けてきた。僕も負けじと打ち返す。雉畑だけは両手の中指を立てて、ピースの代わりにした。


「相手の構成人数が分かれば、その規模で人が集まったイベントがないかを調べればいいんだ。この人数だと、個人の家には集まりにくいからな」


 市内で突発的に人を集められる場所や、会議の可能なオフィスルームは限られている。僕らが住む街は、決して都会ほど潤沢な空間資源には恵まれていないのだ。ま、空き地は多いんだけどね。


 メモ帳をしまいこんだ戌居君は、信頼できる身内の選定に取り掛かる。なおも納得のいかない表情の雉畑には、僕から話をしてみよう。


「少人数はともかく、多人数が集まるのは難しいんだよ」

「それは分かるわ。場所も取るし」

「何度も集まれば噂になる。それも分かるね?」

「……目撃情報でも集める気?」

「気長だけどね。警察にも助力を願おうじゃないか」


 駅前に若者がたむろするのとはわけが違う。


 拳と拳を突き合わせることが目的の集団が街を闊歩すれば、その異様な雰囲気に素人でもあてられてしまうだろう。口をへの字に結んだ彼女が何を考えているか、口にはしないけれど分かった気がする。そんな奴ら、私が見掛けたらコテンパンにするのに、だ。彼女は確かに強い。同世代の男子部員に負ける姿が想像できない。僕が天才だから彼女に土を付けられるだけで、普通は試合をしているのか、ボコボコにいじめられているのか分からなくなるレベルだと思う。


 だからこそ、釘を刺しておかなくちゃ。


「なあ、雉畑」

「なに?」

「もし自分が死ぬ時が来たら、どんな終わり方をしたい?」

「は?」


 流石に想像の外からの質問には彼女も即答できないようだ。


 内角高めを狙うつもりがデッドボールになってないか、少しだけ不安である。僕は彼女の答えを待たずに、話を続けた。雉畑は熱い性格をしている。僕に追いつき、追い越すために空手の腕を磨き続けている少女だ。彼女はしばらく考えた後、僕を正面から見据えてこう言った。


「最強の自分になってから死にたい」

「だろうね。だから、まだ鬼児の会と戦っちゃダメだよ」

「どうしてよ」

「君の空手は、正しすぎるから」


 ぴりっ、と空気が辛くなった。

 雉畑は眉間にしわを寄せて、僕の言葉を反駁する。


「私じゃ勝てないってこと?」

「負けないけど、完勝もしない」

「……怪我をする、って言いたいのか」


 それは一理あるかも、と彼女にしては珍しく素直に聞き入れてくれた。


 雉畑は咄嗟の判断に優れる。コンビニの一件でも理解している。状況を正しく把握して、自分がどう戦うべきかを考えられる子だ。だからこそ、逃げるべき場面で逃げられない可能性がある。僕に出来るのは些細な忠告と、基礎トレの付き合いくらいである。


「よし、天童。大人にも連絡しようぜ」

「誰から話をするの?」

「そりゃモチロン、世話になっている人からだろ」

「裏切られたらショックも大きいねぇ」

「その前に俺達の身があぶねぇけどな」


 笑いながら、僕らは危ない橋を渡る。

 最初の相手は、あの先輩だった。

仲間と鬼児の会の情報を共有した。

貴重な情報を持って、天童が合う相手とは――

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