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ヒロインと悪役令嬢 1


「突然申し訳ございません、あの、差し出がましいことと存じますが、少し確認したいことがございまして……」

「おおシャル!」


ジークフリードはこちらに向かっていた警備団たちを手で制止し、自らシャルの方へ歩き始めた。

その様子を見たシャルは、少しだけ後ずさりをする。

薔薇色の頬はいつもとちがって色を失い、売り場で話した時以上に緊張した面持ちをしていた。わたしと目が合うと、なぜか小さく頷いた。


気づけば、広間の周囲に集まった人達が、今まで見たことがないくらいの数になっている。

後ろの方なんて、ここで何が起こっているのかわかっていないのではないだろうか……。


ちょっと待って!

さっきジークフリードが言った婚約破棄が有効なら、もしかして今からヒロインへのプロポーズイベントが始まるの?


大観衆の前、婚約者に放火の疑いをかけられ、婚約破棄を宣言された美しい公爵令嬢ロッティ。

その目の前には、教会育ちで信心深い可憐な美少女シャルと、彼女を恍惚の表情で見つめるこの国の第二王子ジークフリード。


ジークフリードがシャルに愛を囁くとこなんて見たくもない。

いくらロッティがあの馬鹿王子のことを好きではないにしても、屈辱的すぎる!


きっとあいつは、ロッティに罪を着せただけでなく、さらに苦しむ顔を見たいんだろうけど、勝手にやってくださいって感じよ。

でも、この最悪な場所からどうやって離れればいいの……。


文字どおり頭を抱えていると、ロッティがわたしの肩をつつき、目だけで中央の方向を指し示した。

教えられた方に目線を移す。

そこには、シャルの前で片膝をつくジークフリード王子の姿があった。


「おやめくださいジークフリード様」

「いいんだシャル、僕の話を聞いてくれないか」


今までとは全く違う、甘く優しい声に周りからは歓声があがる。

ジークフリードはロッティのペンを胸ポケットに入れ、優しい微笑みでシャルを見つめながら、その華奢な手を掴もうとした。


その瞬間、シャルがジークフリードの手首をつかみ返した。

そして、今さっき胸ポケットに差し込まれたばかりのペンを、まるで何かを引きちぎるかのような勢いで奪い取った。

愛しいシャルの不意打ちの行動に、ジークフリードは尻もちをつきそうなくらい慌てている。


「シャル?」

「おやめください!」


面食らった顔でうろたえている王子に、シャルはすこしだけ語気を強めて言い放った。

ジークフリードに触れられないようにするためか、両手を上げている。もちろん手にはロッティのペンを持ったままだ。


何が起こってるの? いったいどうしたっていうの?

シャルの予想外の行動に、周囲も一斉にざわつき始めた。


「ああ、わかったよシャル。話とは何だい?」

「ありがとうございます、実は……あの、確認したいことというのは……シャルロッテ様になんです」


シャルはそう言いながら、くるりとジークフリードに背を向け、まっすぐロッティに向かって駆けてきた。

先程と違い、瞳は輝き、頬には色が戻っている。

ロッティの前に立ったシャルは、美しいカーテシーをして見せた。

それに応えるように、ロッティもお辞儀を返した。


ジークフリードは跪いたまま、呆然とシャルの背中を見つめている。

広場もさっきまでと打って変わり、静まり返っていた。

第二王子の甘い声からこの展開、誰一人想像しなかっただろう。


頭が混乱してきた、どういうこと?

わたしの目の前にいるシャルは、緊張を感じるものの、心なしか微笑んでいるようにも見えた。

それにしてもシャル。さっきジークフリードからペンを取り上げるとき、荒過ぎなかった? あいつも驚いてたけどわたしも驚いたよ……。


シャルはもじもじとしながら、ロッティに声をかけた。


「あの、シャルロッテ様……こちらのペンについてお伺いしてよろしいでしょうか?」

「うんいいわよ、でも『様』はつけないでったら、この前言ったじゃない」 


いやロッティ、今はそういう雰囲気じゃないでしょ……そしてシャル、ペンについて質問って何?


「このペンは、本当にこれ一つしかないのですか? 絶対に一つですか?」

「ええ、試作品みたいなものなの、それが最初の一本目。天冠のとこにマグノリアが刻まれて……あら、天冠がないわね? おかしいなーどうみても私のなんだけど……」


ロッティは、シャルが持っているペンをじーっと見つめた。

私も一緒になって横からのぞき込む。

本当だ、ロッティの言うように天冠がない。蓋の上部は空洞……まさか偽物!?


「ねえ、ちょっと見せてもらえる?」


シャルからペンを受け取ったロッティは、蓋を開けてペン先を確認しはじめた。

金色のペン先部分には、フリューリング家の紋章が刻印されている。

軸の細工はやはり見事なまでに美しいものだった。

偽物というには、細かい部分まで精巧すぎる……。

ロッティも同じことを思ったのだろう。首をかしげながら蓋を閉めなおし、シャルにペンを手渡した。


「そうね、本当ならマグノリアの天冠がついているはずなのよね。ま、ついてなくても、これが私の物なのは間違いないわ」


残念だけど、ロッティが自分のものと認めてしまった。

やっぱり馬鹿王子が作った偽物じゃなかったのか……。

彼女は自分が不利になるとわかっていても、つまらない嘘はつかない。

がっかりしていると、ペンを受け取ったシャルが、わたしとロッティの目を見て大きく頷いた。


「シャルロッテ様!」


突然声のトーンをあげ、シャルは輝くような笑顔をこちらに見せた。あまりの変わりように、ロッティも目を丸くしている。


「大きな声を失礼いたしました。エミリー様! 申し訳ないのですが、このペンを持っていていただけますか?」


わたしが返事をする前に、シャルは嬉しそうな様子でペンを手渡してきた。

そのまま、少し焦ったように自分のワンピースのポケットに手を入れると、小さく折りたたまれた絹のハンカチを取り出した。


観衆はざわざわとうるさくなっているが、もうそれどころではない。

いつの間にか立ち上がったジークフリードを含め、たわたし達三人はシャルの行動に釘付けだった。


「では、シャルロッテ様、エミリー様。こちらをご確認ください」


シャルが絹のハンカチをゆっくりと拡げると、中からは小指の爪くらいの小さな部品のようなものが現れた。

それをそうっとつまみ、わたしが持っているペンの天冠部分へパチンとはめ込んだ。

軽快な音を立ててはめ込まれた小さな部品、そこには美しいマグノリアが刻まれていた。


「「あ!」」

「はい、天冠です! シャルロッテ様の特別な物です」

「どうしてこれを?」


ロッティが不思議そうな顔で、長い睫毛を何度も瞬きながらシャルに訊ねる。


「私が拾ったものです、そして……ジークフリード様が嘘をついている証明になります!」


シャルは美しいペリドットの瞳でわたしとロッティの瞳をまっすぐに捉え、覚悟を決めたような口調で言い切った。


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