努力は無駄にならない
「馬鹿はポイするに限る」に登場したケビン視点です
「おい、ケビン。これもやっとけよ」
バサッと机に置かれた追加の仕事。
チームリーダーのルーカス・アイヒバッハは、毎日、毎日、帰宅時に残りの仕事を押し付けていく。
意味がわからない。しかし、このチームに移動してから、俺はずっとこの扱いだ。
王宮の文官試験にはなんとか実力で受かったが、コネで入った無能の下に配属されたらコレだ。
最初の一年は、ちゃんとした人の下で働けたから油断した。
ちょっと明るい未来とか夢見たのが悪かったのか?
友人と遊びに行くとか、彼女をつくるとか、欲しかった魔道具を買おうとか、ささやかな夢だったんだけどな。
現実は、休日出勤か一日寝溜めの引きこもり、職場と寮の往復だけが3年半続いてる。
ぶっ倒れたのはまだ2回だけだが、そろそろ身体にガタがきてる。“過労死”の文字が脳裏にチラつく。ツライ。
俺と同じ伯爵家の末っ子という立場でも、10才年上のルーカス・アイヒバッハは、家族に溺愛されている。
両親も兄姉も、未だに可愛い末っ子に頼まれると全力で答えるらしい。
ルーカス・アイヒバッハのチームは、アイヒバッハ伯爵家の遠縁と姉の婚家繋がりの若者(生贄)の集まりだ。
このお触り禁止チームは、他のチームからは無視され、上司も仕事が滞らなければノータッチ。
無能のチームリーダーが野放しとかクソくらえ!
ルーカス・アイヒバッハに俺が目を付けられたのは、同じ伯爵家の末っ子の癖にあの家では不要物だったからだ。
俺は、両親とも兄三人とも交流が全くない。後ろ盾の無い俺は、生贄の最下層って訳だ。
まさか、就職してまで家に苦しめられるとは思わなかった。
そこそこ優秀な長男と、騎士の職についてるスペアの次男、子爵家に婿入りする三男。
三人の男児の出産後、10年以上あけての妊娠に、両親は念願の娘ができたと勝手に盛り上がり、兄達も妹ができると勘違いした。
新しい子供部屋には可愛らしい家具や小物が溢れ、屋敷全体が女の子の誕生を疑っていなかった。
だから、生まれたのが男の俺で、家族は困惑したらしい。
そして、同時期に産まれた父の弟の娘に関心が移った。
俺の為に用意された全てのものが、従妹に渡った。
俺には、古ぼけた兄達のお下がりだけが渡された。
生まれてからずっとそんな扱いの俺は、早々に家族に見切りをつけて、自活の道を模索した。
なのに、なのに、職場でも“家”が邪魔をする!
俺が生まれたのはそんなに悪い事なのか!
疲れ果てた俺は、諦めた。
ハイハイ、男に生まれた俺が悪い
ハイハイ、仕事が遅い俺が悪い
ハイハイ、家族に疎まれる俺が悪い
ハイハイ、ハイハイ、ハイハイ、
なんて、思ってたこともありましたー!!!
今は全く思ってないけどなッ!
俺、全く悪くないわッ!くそが!
半年前の俺、病んでたわー。
半年前、急に実家からお見合いの日時を知らされた。
お見合いの日は事前に休みの申請をしてたのに、当日の朝からルーカス・アイヒバッハに呼び出されて、時間ギリギリまで嫌味を言われながら仕事をした。
休みの理由は実家の用事としか伝えてなかったのに、何故かお見合いすることがバレていて、馬鹿な侯爵家の三男がやらかして婚約解消になっただの、聞いてもないのにお見合い相手の情報をくれた。
有り難い情報もあったけど、女侯爵の配偶者にお前なんか選ばれない、年下の傲慢女に見向きもされない、とか色々言われた。
いや、俺だって選ばれるなんて思ってねえよ?面倒くさいから言わないけど。
と、思っていたら、トントン拍子に婚約が成立した。
なんで?
お見合いの数日後には、婚約者の父親が職場に偉い人ときて、スムーズに退職することが決まった。
いや、なんで?
更に翌日には、独身寮の荷物が運び出されて、侯爵家に住むことになった。
いや、ホント、なんで?
「まずは睡眠ですわー!」
って婚約者に言われて三日くらいガン寝したら
「規則正しい生活をー!」
って早寝早起き三食散歩を徹底され
「お出かけですわー!」
って外出に連れ回され
「お勉強ですわー!」
って領地経営の勉強が始まった。
三ヶ月くらいで真っ黒だった隈が消えて、肌や髪に艶が戻り、食事量が増えた。外出で遠乗りしたりして、体力も戻った。
半年経つと正常な思考が戻ってきて、視野が広がると、ちょっと前までの自分が恥ずかしくなった。埋まりたい。
見合いの時、エカテリーナ嬢に
「私と一緒に侯爵家を守ってくださらない?」
って言われた返事、俺テンパり過ぎだろおおおー!
「僕で良ければ」ってさあー!
「僕」とか使ったことなかったじゃーん、オレ!
侯爵家に引越してから、エカテリーナ嬢からのスキンシップをまるっと受け入れてた。
手を繋ぐとか、おやすみのハグとか、おはようのほっぺのキスとか、エッ!めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!
なんで今まで平気だったの、オレ!
それにしても、婚約者の家、ベスタ侯爵家はかなり元気な家だと思う。うん、なんか俺が知ってる家族と違い過ぎる。
「ケビンくーん!視察行こー!」
義父がめちゃくちゃフレンドリー。
「ケビンくん、諦めて行ってきなさい」
おっとり義母が家庭内ヒエラルキーのトップ。
「お父様ずるいですわー!私もケビン様と行きますー!」
婚約者はとっても世話好き。
「「ワンワン!」」
番犬まで世話好き。ちょっと兄貴風吹かせてくる。
俺、一時的に“かまってちゃん”だったらしい。
弱音を吐いたり、軽く嫉妬したり、婚約者から離れられなかったり、不眠になったり。
眠れない夜に構ってくれたのは番犬たちだったなー、アニマルセラピー効果抜群でしたッ!
試し行動もあったようだ。
外出の時に急に不機嫌になった、自分でも謎の行動。
あれは、関心が他にあるエカテリーナ嬢に自分を優先して欲しかったってことらしい。ナニソレ恥ずかしい…!
確かにその時めちゃくちゃ甘やかされた記憶ある!帰りの馬車は膝枕された!
そんな面倒くさい俺をうけとめてくれた侯爵家の方々には感謝しかない。
そしてなによりも、婚約者が優しい!
こんなん惚れるに決まってる…!!!
元婚約者は彼女の何が不満だったんだ?
勉強中に義父に聞いてみた。
「あ〜元婚約者のお馬鹿さんは、頭が残念な子だったんだ〜。今は、浮気相手と結婚して、浮気相手の実家の男爵家の領地で暮らしてるよ。下っ端文官をさせてるけど、あんまり使えなくてお兄さんが大変そう。浮気相手の子も家事とかできなくて、さっそくギスギスしてるみたいだね〜。元々あっちとは婚約解消予定だったし、領地から出さない約束してるから、忘れちゃっていいよ?」
残念な男だったんだな…うん、忘れよう。
「あっ、ケビンくんの実家から訪問の連絡がきてるけど断ってるから!ケビンくんを婿にもらうお金はもう渡してるし、それ以外の関係は遠慮してもらうねっ!今後は結婚式で会うくらいかな?」
あ、実家のこと忘れてた。
「そういえば、ケビンくんが働いてた財務のチーム、解散したらしいよ?ケビンくんの抜けた穴を埋めた応援の人が訴えたんだって。大変だね〜?」
義父、笑顔が黒いです…!
俺、こんなに世話になっていいのかな?
対価は労働で返そう!そうしよう!
そういえば、最近になってリーナが俺の顔のマッサージを始めたんだが。なんでだ?
「素敵な笑顔で結婚式を迎える為ですわー!ホホホホホ」