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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第十一章:疑惑の宴
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11-6


 ノーガルハーメの二階へと続く階段前には、警備役の屈強な男が二人立っていた。

 店内で唯一武器の携帯が許されているため、これ見よがしに剣と斧を手にしている。牽制の意味もあるのだろう。

 ガンタと名乗った白仮面はそんな警備の男たちを見慣れているのか、意外にも臆することなくまっすぐに向かった。

 ゴレスに怯えていた先程までとは違って堂々とした雰囲気だ。小物じみたあの態度は演技だったのだろうか。

 どうにも白仮面の正体が分からない。

 一言二言、警備役に告げるだけでガンタは通行を許された。やりとりとしては実に単純だ。二階の部屋を予約している誰かの名を出すだけでいいらしい。表立って公表はしていないということだろう。

 それが分かっていれば、今夜の二階の使用者の一覧を事前に探ってシィーラたちを階上に待たせることも可能だったかもしれない。結果論でしかないが。

 ガンタの頭上に付き従う形で階段を上がると、そこでもまた別の警備担当の男が現れる。

 「ちょっとお待ちを……」

 白仮面の服を再び丹念にチェックして、首を傾げている。

 「何か?」

 その様子が解せないのか、白仮面が尋ねる。

 「いえ……多分、問題ありません。失礼しました、どうぞ」

 警備役はどことなく不満げだったが、すっと脇に引いた。おそらく、階段前に魔防壁があったのだろう。わしが通ったことで反応したに違いない。階上の警備担当はその一瞬の違和感を感じたが、白仮面自身には不備がないので気のせいにしたということだ。

 魔法面の警備に関しては、どこもこの程度だ。完全に防ぐには厳重に固めた結界を敷くしかない。攻撃手の方が有利なのは今も昔も変わらない。とはいえ、侵入が容易だからといって襲撃が簡単ということにはならないので、予防装置としてはそれなりに機能は果たしている。

 白仮面も何か思うところがあったようだが、特に何も言わずに二階の廊下をすたすたと歩いていく。他にすれ違う者はいない。やや幅広な廊下は大人しい柄の絨毯が敷かれ、備え付けの柱台に花瓶が置かれていた。花の色は赤いが、鮮やかな赤ではなくさりげない色艶で派手さはない。貴族の豪邸の様相を呈してはいたが、それ以上でも以下でもなく素っ気なさすらあった。

 店としては、飾り立てるよりも機能性を重視しているのだろう。階下とはまったく別方向の統一感だ。右側すべてに重厚な扉が立ち並んでおり、特別な部屋が続いているのは、各部屋の前に趣の違う用心棒らしき屈強な男たちが見張り番をしていることからも察せられる。

 誰も一言も口を開かず、白仮面が目の前を通り過ぎる時だけ鋭い視線を向けている。それ以外のときはひたすら正面だけを見つめ、他の客には注意を払わないというこの手の仕事でのマナーを守っていた。躾がよく行き届いていることから、その辺のゴロツキでないことは一目瞭然だった。

 白仮面は一つの部屋の前で止まると、扉を開けようとする見張りを手で制して「また後で立ち寄る。女はいるんだな?」と確認だけして、更に奥へと足を進めた。そこが本来の自分の部屋だったのだろう。つまり、今回は先に冠男のゴレスの部屋を訪れるということだ。

 各部屋は何で判別しているのだろうと思っていたが、どうやら扉には木札を入れる場所があり、そこに予約者の名が入っていた。ちらちらと扉を見ながら歩いていたのはそのせいらしい。やがて、廊下の中ほどで再び白仮面は足を止めてベーゲルの名を出した。

 ゴレス本人が同行していないため、それで信用の代わりとしたのだろう。見張りが中で確認を取ってから、改めて部屋へと招き入れられた。当然、するりとそれについていく。ここでも魔防壁の判定があって、またもや白仮面は身体検査を受けたが、何も問題なしと判断された。

 度重なるチェックに不審感が募っているようだが、相手は大物だ。白仮面は文句を言いたげではあったが、何も言わずに甘んじて受け入れた。こちらはこちらで、結界の質が高いと困ることになると内心心配していたのだが、想定内の範囲で胸をなでおろしていた。

 その部屋は想像以上に広かった。

 広間のように中壁はなく、全体が見渡せる造りだ。奥に扉が一つあることからそこだけが仕切られた空間のようだった。

 人数は数えるほどしかいない。男女合わせて七人だ。その内、四人が特大ベッドの上で睦み合っている状況で、他の者たちの目をまったく気にせずに嬌声を上げている。部屋で一番目につくのはその幅広のベッドなので、その目的のためであることは明白だ。天蓋もついて高級そうな薄布のベールで四方を囲っているが、その存在は忘れ去られていた。

 他の三人は護衛のように部屋の端の方に立って、あらぬ方に視線を向けている。一応、見ないようにしているようだが、手持無沙汰なのは明らかで、ちらちらと視線が結局ベッドの方へと向いていた。あるいは防衛の観点かもしれないが。

 そして一人だけ壁際の椅子に座り、小机の上のつまみと酒を食している人間がいた。この部屋で唯一仮面をしていない。飲み食いのために一時的に取っているだけかもしれない。

 白仮面はその人物の方に歩み寄り、ゴレスから紹介されたことを話す。

 「ふん、ここに入ってきてるんだから、ゴレスが呼んだのは間違いないだろうよ」

 たいして興味もなさそうに男は鼻を鳴らした。

 「で、なんで俺がベーゲルだと?」

 「他の二人が護衛役なのは明らかだ」

 白仮面は堂々と答える。自信にあふれた物言いだった。ゴレスの前で動揺していたのはやはり演技だったのだろうか。

 「消去法かよ。ヤってる奴らの可能性だってあるだろうが」

 「どう見ても接対客だ。指名されるような人間じゃない」

 「そうかよ」

 男はぐびっと酒の残りを飲み干すと、面倒くさげに白仮面に向き直って皮肉に口を歪めた。

 一見するとありふれた傭兵崩れの町人か、斜陽貴族のような陰のある雰囲気だったが、途端に危険な雰囲気が漂ってきた。手負いの獣のような獰猛な空気間がそこにある。白仮面も気づいたのだろう。一瞬気圧されるように引きそうになり、ぐっと堪えた。

 ここで弱みを見せたら噛みつかれる、そんな態度だ。

 「本題に入っていいか?俺は陰影のガンタだ。ゴレスの旦那とプルスタの取引をすることになった。それに関して、あんたと話せと言われている」

 「なに?プルスタ、だと?」

 ベーゲルの声が一段低くなった。皮肉げな唇がきっちりと引き締められる。どうにも穏やかではない兆候だ。

 しかし、白仮面はその変化には気づかなかったようだ。早口で続ける。

 「ああ、俺個人でどうにか都合できる量がそれなりにある。そいつを横流しする約束だ。窓口があんたってことでいいのか?」

 「へぇ……アレをそんなに手に入れられるもんなのか?大分、厳選した相手にしか使ってないって話だぜ?稀少なもんだと思っていたがな」

 「ちょっとした伝手があるだけさ」

 得意げに白仮面が肩をすくめる。 

 「そうかそうか。裏派なら、まぁ、そういうこともあるわな」

 ベーゲルが徐に席を立つ。それほど背丈はないが、思っていたよりも肩幅がある。上半身の筋肉がやや目立つ。服の上からでもそれが分かる。

 「あ、ああ……それで、どういった段取りで――」

 ここでようやく、白仮面は様子がおかしいことに気づいた。現状の取引でベーゲルが席を立つ理由はない。

 「んで、お前、誰だって?」

 「え?いや、だから俺は……」

 「ダリドアリ教徒で裏派の人間だよな?んで、陰影部隊だ。名前は?」

 完全に目の前に立ち塞がる恰好で、ベーゲルが問う。その圧倒的な威圧感に白仮面はたじろぎながら答える。一度名乗っていることに文句を言える雰囲気ではなかった。

 「ガンタだ……」

 「そうか、ガンタか。で、ガンタよ。今、下で何してるか知ってるか?」

 「下?ああ、なんか今日は催しがあるって踊り子がいたような……」

 「ほぅ、じゃあ、まだ始まってなかったのか。一つ、いいことを教えてやる。これから下じゃ、例の宴をやる予定なのさ。まぁ、神官役はいないから模倣みたいなもんだがな」

 「ま、まさか……」

 白仮面の声が情けないくらいに震えていた。その意味するところを理解したのだろう。自分の身がどれほど危険な状態であるかも。

 「そうだ。さすがに急ごしらえだからな。催淫効果は十分に準備できない。そこで、あるものが登場だ。お前は何か分かるよな、ガンタ?」

 ベーゲルが厭らしく笑う。

 得物を狩る肉食動物のような瞳で、絶望に彩られた白仮面をねめつけた。この男は確実に楽しんでいた。凡庸を装っていた仮面が脱ぎ捨てられ、獰猛な面がむき出しになっている。

 「それは……プ、プルスタがここに……」

 「おお、正解だ。頭がいいんだな、ガンタ。けど、どうしてだろうな?そんな頭がいいガンタが、なぜかさっきそのプルスタのことを何か言ってたんだよなぁ……何だっけかなぁ?」

 わざとらしく本人に答えさせようとする。

 「…………」

 白仮面の全身の筋肉が固くなっていた。危機的状況から逃れるため、本能的に逃げ道を探しているのだろう。その顔がちらりと部屋の扉の方へ向く。

 だが。

 「おっと!!よそ見はよくないな、ガンタ。俺が質問してるんだ。きっちりと答えてくれよ?」

 その顔を片手でつかんで正面を向かせる。

 驚くほどその手は大きかった。片手でガンタの仮面を覆ったほどだ。実際にやられたら脅威だろう。

 「ちなみに、今日そのプルスタを用意したのはウチの組織でな。知ってたか?実はアレ、ウチとの共同開発なんだぜ?」

 更に追い打ちをかけてゆくベーゲル。

 益々青ざめているであろう白仮面だったが、それよりももっと気になることがある。ウチの組織とベーゲルが言うからには、それは例の闇の組織を表わしているのだろうか。ダリドアリ教とやはり絡んでいるということか。

 それで色々なものがつながってくる。ついに決定的な何かをつかんだのだろうか。

 「そんなプルスタを何だっけ?お前、横流しとか言ってたか?」

 ベーゲルの言葉は続く。決定的な最後の一言のようにそれが告げられたとき、白仮面はベーゲルの手を振り切って扉へと駆け出す。

 ……つもりだったのだろうが、その顔はがっちりとベーゲルの大きな手でつかまれたままだ。身体全体を使って振り払ったのに叶わなかったのだ。

 「おいおい、話はまだ終わってないぜ?何してんだ?」

 「うぁ……ああ……」

 「どうやってやるつもりだったんだ?入手経路を教えろ。流石にこんな勝手なマネされると、ウチも黙っていられないんでな」

 堂に入った脅し口調に、白仮面は完全に屈服した。

 「し、知り合いがプルスタの納入をすることがあるって偶然知ったんだ。だから、そいつ経由で少しちょろまかせるかと思って……本当にそれだけなんだ。大量に奪ってやろうとか、そういうことを考えてたわけじゃない」

 「けど、お前、それなりの量ってさっき言ってたよなぁ?」

 ギリギリとベーゲルの大きな手が白仮面の顔を圧迫する。握力も相当なもののようだ。

 「そ、それは……痛い!分かった、言う!言うからやめてくれ!最悪、そいつを脅せばそれなりの量も入るってことで、かまかけていただけだ。本当にどれくらい手に入れられるかは分からない!」

 「はん、なるほどな。最悪ってのは、つまりその知り合いに全部責任なすりつけて奪おうって算段か。なかなかえげつないじゃねえか。そういうのは嫌いじゃないぜ?」

 どんと白仮面を突き飛ばして、ベーゲルはその身体を踏みつける。

 「で、そいつの名前は――」

 不意にベーゲルの言葉が途切れた。その場で身体も固まっている。

 何事かと思ったとき、わしの中で危険信号が鳴り響いた。呆けたように事の成り行きを観察していたが、ベーゲルが裏の組織の一員であるなら、自分自身のことをもっと真剣に考えるべきであった。注意して然るべき敵だ。

 これまでのように気づかれないという前提に立つべきではない。

 ベーゲルは特にこちらに気づいたような仕草を見せたわけではない。一瞬不自然に立ち止まったようなものだ。ただ、その刹那に何かに気づいたのだとしたら、それをこちらに気取らせるような真似はすまい。白仮面のガンタが倒れたとき、わしとベーゲルの間にはかつてない空白が生まれた。防波堤がなくなったようなものだ。

 そのタイミングで何か違和感を覚えたのだとしたら、最悪の想定をすべきだろう。魔力に敏感ではなかっとしても、絶対ではない。敵を過小評価するつもりはなかった。

 このままベーゲルの後を追って組織の関与の証拠をつかみたいところだが、こちらに気づかれたのなら泳がせておくという選択肢は得策ではない。怪しい鳥の使い魔がいるという噂一つで、こちらは身動きが取りづらくなる。この優位性は絶対に失うわけにはいかない。

 と、なれば残された手段は一つ。死体に口なし、だ。

 それらの判断を瞬間的に下した。ためらっている暇はない。

 ベーゲルが「まぁ、ゆっくりと後で吐かせてやるか」と考えを変えたところで、先制攻撃を放つ。つまり、煙幕の魔法を発動したのだ。次いで、バチバチと派手な音を立てる雷の魔法を扉に向かって放つ。

 「なっ!?」

 「くそっ!魔法も使えるのかよっ!?」

 一番近い白仮面とベーゲルの反応の違いですべてが分かるというものだ。気づいている者といない者。

 次いで、部屋の扉が開いて見張り番の男が「何事ですか!?」と顔を覗かせる。雷撃を放ったのはこのためだ。その隙に迷うことなく扉から外に飛び出す。

 「ちっ!!バカがっ!」

 そしてベーゲルも後を追って出て来る。ここまでがこちらの誘導だ。

 廊下に出て即座に振り向き、とっておきの氷の矢の魔法を用意する。煙幕の煙と共にベーゲルのシルエットが見える。その顔の部分、特に口に向けてすぐさま放つ。

 「――――っ!!?」

 氷の矢は口腔からその喉へと吸い込まれ、一気に大量の水となって膨張する。気道を塞いで窒息死させるためだ。この廊下において派手に外傷を負わせる魔法で殺せば、色々と面倒が起こる。少なくとも、この方法であれば不審死ではあってもすぐに死因は特定されない。

 実際、この騒ぎを聞きつけて警備兵が飛び出してきた。廊下には各部屋の見張りの護衛しかいなかったはずだが、どこから出てきたのか。

 実は客の部屋だと思われた幾つかが、警備への詰め所となっていたようだ。わらわらと扉を開け放ってノーガルハーメの警備兵が廊下に出て来る。

 そして、ゴレスの部屋の扉の前で漏れ出ている煙を見て、何事かと寄ってくる。

 真っ先に浮かぶのは火事だ。それを見極めるために警備兵たちが慌てて確認をしている。その煙に紛れて倒れているベーゲルはまだ見つかっていない。概ね、計画通りだ。

 そこへ。

 「一体、この騒ぎは何かしら?」

 不意にどこかで聞いたような声がした。

 薄煙の中、鈍色の赤毛をなびかせて仁王立ちしている少女がいた。横幅のある派手なドレス姿で、以下にも金がかかっている装飾品に塗れている。

 見知った顔だった。その少女はヌーリャのアーリリッタだった。隣にはその執事よろしくボーランが立っている。

 一体何がどうなっているのか。

 思いがけない筋書きが用意されていたようだった。


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