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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第十一章:疑惑の宴
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11-4


 高級酒場ノーガルハーメの店頭はその夜も賑やかだった。

 いや、いつも以上に華やかだと言ってもいいだろう。

 実際にその夜は招待客のみが入れる特別な催しがあるイベント日だった。

 そして、例の謎の男である死にかけマンのメモ紙の暗号は、店の名と今夜を指し示していた。

 ボーランが解いた答えが正しいのならば、今夜、何かがノーガルハーメで起こるということだ。参加しない手はない。

 その準備はかなり難航した。

 前述したようにその日はただの営業日ではなく、手に入れづらい招待状が必須だったからだ。

 短時間でそれをまともな手段で手に入れるのは不可能に近く、最終的にかなり荒っぽい方法しか残されていなかった。

 つまりは、強盗である。

 シィーラがどうしても作戦に参加したいとだだをこねなければ、鳥のわし一人、いや一羽で何も必要なかったのだが、今回は連れていくという約束をしている手前、どうにかしなければならなかった。

 一部の招待客リストをブリッツが手に入れ、その中から男女二人組で適当な標的を探し、当初はその護衛という体で同行しようとしたものの、護衛付きで入店できるのはかなりの大客のみということなのでその線はあきらめた。紛れ込めそうなのは成金に成り代わるぐらいしかなかったので、手頃な相手を吟味して当日の昼頃に気絶してすり替わるという強行策を取った。

 善人から強奪するのは気が引けたので、あまり噂のよろしくない成金貴族を襲って招待状を手に入れた。

 それでどうにかなるかと思ったが、今度は着ていく服がないことに気づいた。

 その成金貴族は比較的若い夫婦ではあったが、両者ともに恰幅のいい体格でドレスやズボンの類がまったくナリスたちには合わなかったのだ。

 急遽、ブリッツの伝手で服飾屋を紹介してもらい、一日だけ貸してもらうことになり、その寸法直しなどで出来上がったのが夕方というギリギリの手配だった。

 すべて妖精ユムパのわがままのせいである。

 それでいて「この服きゅうくつー」などと文句を言っているのだから、少しだけ殴りたくなった。

 ともあれ、二人の潜入はそれでいいとして、中に入ってからの情報集めに関しては更に難儀だ。

 なにしろ、シャダク隊の者について何も分かっていない。シャダクという名前は知っているが、その容姿も分からないのでは探しようがない。

 そもそも、本人が来るかも微妙なところで、例の死にかけマンの待ち合わせ、あるいは集合する仲間が誰なのかすら確定はしていない。シャダク隊関連については憶測でしかなく、謎のベーゲルなる人物が現れる可能性もあり、その場合は例の裏組織の人間である可能性が高い。

 しかし、こちらも外見その他一切が不明だ。

 そんな未知の人物を特定し、尚且つその彼らが密会か何かをするときの話を盗み聞きするというのが今夜の任務だ。

 すべてが曖昧すぎて計画の立てようがない。

 一方で、今夜何か大事な会合があることには疑問を持っていなかった。多角的な要因でこの場所に絞られたのだ。何もないはずがない。

 怪しい会話、単語、それとなく匂う噂話などをどうにか嗅ぎつけ、そこから辿るしかない。

 か細く頼りない線であろうと、その先を手繰っていくしかないのだ。

 その点においてはナリスというもう一つの耳は有効だろう。わし一人で聞き耳を立てるよりも効率は良くなるはずだ。シィーラに関してはあまり当てにしていない。いざというときの戦力にはなるが、こと情報収集においては頼りにならない。

 また、おそらくはボーランも乗り込んでくる予感がしている。特に何も言ってはなかったが、同じ情報を持っているのだ。ヌーリャである以上、任務のために動くだろうと予測している。

 最悪の場合はボーランを動かすことも念頭に動く必要がある。

 臨機応変という名の行き当たりばったりな計画にしかならないことを自覚しつつ、ついにその時を迎えた。

 貴族風の衣服に身を包んだシィーラとナリスが馬車でノーガルハーメに乗りつける。

 そして、意気揚々と紹介状を差し出したところで、とんでもない失態を侵したことに気づいた。

 入店前の身体検査のことをすっかり忘れていたのだ。

 シィーラの魔剣は隠蔽の魔法で見えなくはしているが、実際には腰に装備している状態で、その付近を触られると感触があることで認識齟齬の魔法も解けてしまう。絶対に障らされてはならない。

 その対策をまったくしていなかった。他に気を取られていたとはいえ、これはわしの注意力散漫が招いたミスだ。

 「ほぇー、どうしよー?」

 店頭の小さな行列に既に並んでいる二人だ。今から列を抜け出すのは露骨に怪しい。

 素早く考えを巡らせる。

 身体検査をしているのは店の用心棒らしい二人だ。屈強な体格のいかにも武人という男と、女性客を調べるために同性の女も用意している。後者もやはり肉体派らしい筋力美に溢れた豪快な女武闘家といった面持だった。少なくとも魔法面には疎そうだ。

 調べられるのは、表扉を抜ける直前だ。一般的なやり方で、足元から胸部へ向けて何か武器を隠し持っていないかの触診をする。

 (招待状を渡す段階で、シィーラは魔剣を床に置くがよい。わしが運ぶ。それならば、それほどお主と距離も離れまい)

 魔剣にはシィーラの、というか自分の身体の魔力飽和症を抑える役目がある。常に魔剣が魔力を吸収することによってその症状を抑えているのだが、妖精のシィーラの魔力量は未知数で魔剣なしでどの程度正常でいられるか不明だった。耐久時間については以前にも試そうとはしたものの、ずっと後回しにしていて未だ手つかずだった。

 人間のわしの状態の場合、過剰魔力が限界を超えるまで一日以上の猶予はあるので、数分でどうにかなることはないはずだった。

 「でも、ゼーちゃんは結界にひっかかるのでは?」

 ナリスの言葉にうなずく。

 (うむ。じゃが、一瞬だ。前の人間と同時にタイミングを合わせるゆえ、怪しまれるのはその者たちとなるように仕向ける)

 犠牲になってもらう形だが、万が一疑われても浅い疑惑ですむはずなので問題ないだろう。

 そうして、多少ごちゃついたものの無事にわしらは店の中へと入ることに成功した。




 店内は以前と同じく仮面舞踏会が開かれていた。

 顔を隠すための様々なマスクを付けた老若男女が、大広間に響く管弦楽団の調べに合わせて踊っている。

 シィーラたちは舞踊の心得などあるはずもなく、その周囲を練り歩いて情報収集に努めることになっている。立食式で料理や飲み物などは無料なので、早速妖精の食い意地が爆発していたが、その辺の制御はナリスに一任してある。

 こちらはこちらでやることがあるからだ。

 目的は中層スペースにある特等席の盗聴。魔防壁で囲まれているため、通常の声はまったく漏れ聞こえては来ない。

 その壁を乗り越えるために、当然の如くわしは一計を案じてきた。

 用意してきたのは小さな魔札である。

 これを魔防壁内部に滑り込ませれば、対となっているもう一枚の方から音が拾えるというわけだ。

 問題はこの魔札を忍び込ませる適当な人物がいるかどうかだ。一応予備はもう一組あるとはいえ、無駄にはできない。いかにも怪しい人物辺りを標的にしいたところだが、見た目でいうと現在は皆奇妙な仮面やらマスクをかぶっている状態でほぼ全員が該当する。

 ゆえに、頭上を飛び回って気になる会話をしている者を探す。

 更にその人物があの特等席に行く必要もあるので、なかなかに厳しい条件だ。闇雲に当たっても無駄になりそうな作戦でも、今はこれしかない。

 「……例の件、あと二倍の支払いで決行できそうですが、いかがか?」

 「あの薬、もっと欲しいお客がいるですけれど、どうでしょう?」

 「こないだの仕事は半端だったと、うちのボスがお冠だ。どう責任を取るつもりだ、なあ?」

 「聞きましたか?今夜はどうやら、特殊な何かが用意されているとのことですよ?」

 あちこちから聞こえる声。

 ひそひそと怪しい商談をしている者はかなりの数に上る。

 想像以上に、そういう密会の場として利用している客が多いようだ。

 しかし、お誂え向きのものはない。幸運が足りないか。

 華やかに踊る者たちの周囲でそんな会話が流れる一方、いかにもそうした場に適している一角もある。

 一際暗く照明が落とされたその区画は、睦言に混じってもっと危険な取引などが行われている可能性が高い。他人の乱痴気騒ぎを見守る趣味はないが、敢えてその上を飛び回ってそれらしい会話を拾う。

 「もっと、もっと頂戴!」

 「ねぇ、もう一回アレをくれたら、もっと凄いことしちゃうわよ」

 「いいか、今夜の客は特別だ。上に行けるくらいの太客だ。絶対にへまするなよ?」

 「あの男よりもわしの方がいいかっ!どうなんだ、言えっ!」

 「この女で媚薬効果を試せ。お前も、嘘はつくなよ?」

 「ちょっ、あんた、中はダメって言ったでしょ!?」

 飛び回っている内に、それらしい言葉を聞いた気がする。享楽に耽っている者も多いが、それを隠れ蓑に密談らしきものをしている輩も意外に多い。人混みに紛れるようなものなのだろうか。何にせよ、更に範囲を絞ってあるソファの近くに陣取る。

 「それってバレたらヤバいんじゃないのぉ?」

 男にしなだれかかるようにして胸元を大胆に開けたドレス姿の女が言う。

 「当たり前だ。例のネクラ関連だからな。てめぇ、命かけてそいつを落とせ」

 高級そうな衣服に身を包んだ金髪の男が、その胸を揉みしだきながら低く命令した。

 「えっ、本気の本気なのぉ!?」

 「もう何度も言っただろうが。さては、てめぇ、ラリって真面目に聞いてなかったな?」

 「え、いやいや、き、聞いてたわよぉ……ちょっと、度忘れしただけぇ」

 「本当に大丈夫かよ?てめぇの結果次第で金持ちか死体かってぐらいの賭けなんだ、頼むぜ?」

 「うふふふ、大丈夫よぉ。あたしの胸で落ちなかったオトコなんていないんだからぁ」

 「そう願うぜ、まったく」

 この二人組が待っている客とやらが狙い目かもしれない。『上に行けるくらい』というそれが、二階なのか特等席なのかは定かではないが、上客であることは間違いない。

 他の候補を探すためにも一旦離れ、その隙にナリスたちの様子を見に行く。

 食いしん坊の妖精は案の定、長テーブルに置かれた料理を意地汚く頬張っていた。

 「シィーラ、適度にしておいてね。変に目立つと困るから……」

 「ひょいひょーい」

 口をもごもごさせながら、シィーラは薄くスライスされた肉を重ねて巻き取ろうとしている。完全にマナー違反だが、幸い見ている者はほとんどいない。

 (こら、いい加減にせぬか。仕事のためにどうしても来たいと言ったのはおぬしじゃろうが。遊んでいるだけなら帰らせるぞ?)

 「あ、ゼーちゃん。首尾はどうですか?こちらはまだ有力な話は聞けていませんが、どうやら今夜の特別な催しはもう少ししたら始まるようです」

 ナリスがすぐに報告をしてくる。

 (具体的に何かを話していた者はいたか?)

 「なんかヤバいやつ、だってー。凄い興奮してた人がいたよー」

 (それは具体的とは言わぬ……)

 「詳しいことは始まってからのお楽しみ、みたいな話のようです。ただ、その何かを期待している人たちはちょっと……シィーラの言うように興奮気味というか、危うい感じが多かったように思います」

 (ふむ……あの一角の拡大版などだった場合、お主たちはできるだけ隅で大人しくしてるがよい。下手に巻き込まれると面倒じゃ)

 暗がりの場所を指し示すと、ナリスは「やっぱりそっち系ですかね……」と少しだけ困った顔をした。

 (とにかく慎重に行動するがよい。わしは目ぼしい相手に張り付くつもりじゃ)

 「それらしい人物がいたのですか?」

 (これから接触するようじゃが、まだ確証はない)

 それから二人と離れて先程の場所へ戻る。ちらりと特等席を覗いてみたが、今の所見るからに怪しいという者は見当たらない。もっとも、会話内容も聞こえないので外見でしか判断できず、あまりあてにはならない。

 どちらにせよ、これからあの特等席に入る者に魔札を忍ばせて中の音を拾うしかない。

 怪しい男女の待ち人はまだ来ていないようだった。

 二人もまだかまだかと焦っている様子が感じられた。すっぽかされた可能性もある。そうなると厄介だ。

 念のため特等席に向かう客がいないか目を光らせてはいるが、まったくそんな様子がない。

 頼みの綱はここだけか。

 そう思っていると、不意に会場が静かになった。

 管弦楽団の音が止んだのだ。

 そして、大広間の中央に派手な宝石をあしらった仮面を付けた男が進み出て来た。

 「皆さま、本日は当店ノーガルハーメにお越し頂き誠にありがとうございます!」

 良く響く声で男が大仰に一礼すると、まばらな拍手が上がった。

 この男が店主なのだろうか。上等な服を着ているが、気品はあまり感じられない。

 「今宵は先にお知らせしました通り、特別な催しを用意してございます。そのための前祝いとして豪華な踊り子をご覧に入れましょう!まずはご照覧あれ!」

 そこで一階の照明が一瞬で落され、薄紫色のような暗闇に覆われる。

 ちょっとしたどよめきの後、大広間の演舞区画の四隅に燭台が灯り、その真ん中に人影が座り込んでいた。

 緩やかにまた音楽が鳴り始め、その人影が立ち上がって静かに舞い始める。

 肌面積が多い布を巻きつけた衣装で、その踊り子は艶やかに体を揺らす。踊りに関してはまったくの素人だが、確かに視線を集めるだけの技量があるようだと思った。

 客たちが皆その舞踊に目を奪われるほどその動きは魅惑的だ。

 特に男たちの視線は釘付けだ。

 更に、どこからかニゲル草の匂いが漂ってきた。

 ついに何かが始まったようだった。

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