10-8
ロッコに紹介状を書いてもらった後、泉のことを聞いてみたが芳しい情報はなかった。
森に詳しいのはやはり、盗賊団を抜けてヤーゼルの瞳に入ったという男のようだった。
一足飛びに目的が達せられることはないということだ。
分かっていても近道を期待してしまうのは人間の悪い癖だろう。
……今は鳥の姿ではあるが。
ヨデールの森では一晩を過ごすことになった。戦い足りないシィーラの要望に応えた形だ。夜の森というのは魔物が活性化して危険なのだが、今回はそれゆえに好きに暴れられて丁度良かった。ナリスもニャリスに変わって腕慣らしをしたので、大量の魔獣の肉がロッコの元に残された。
紹介状の礼として悪くはなかっただろう。
後はブリッツの調査報告を待ち、セホイヤと渡りをつければいい。
ダーヴナーヴの件はその調子で悪くはないが、魔力狩りに関してはもう少し方針を固める必要がある。
犯人がダリドアリ教の関係者、もしくは何らかの関係がある者と仮定すると、ダリドアリ教のどこの組織なのか詳細を突き止めなければならない。現状では裏派のシャダク隊なる存在が一番怪しい。その足掛かりになりそうなのが高級酒場のノーガルハーメだ。
アーリリッタの情報筋からは何かあるとのことで、潜入して情報を集めることは確定なのだが、どういう方法で行うかをまだ決めかねていた。
また、シィーラが同行を申し出ているので連れていかねばならない。諸事情で断れないこともあって、悩ましいところでもあった。
寄り道亭に戻って二日後。
マワリがそろそろ帰ってくるという話を朝食時にボネットから聞いている時、慌てた様子で一人の男が飛び込んできた。
「お前らすぐに来てくれ!下がやばいことになってる!」
常連の男たちを呼びに来たようだ。必死な声と様子からただ事ではない。
いつものように談笑していた男たちは予期していたのか、すぐさま真剣な顔になって「すぐに行く」と応じた。頼んだ料理もそのままに店を出てゆく。
「何かあったのかしら……?」
不安そうにそれを見送るボネット。
常連たちはデガの盾関係者だ。下というのは地下坑道に違いない。
(少し覗いてくるとしよう。お主らはいつも通り料理屋に行くがよい)
いつぞやの騒動以来、地下坑道ではダリドアリ教とデガの盾、両勢力が睨み合いを続けていると言う話だったが、ついに衝突したのだろうか。ここまでは小競り合い程度ですんでいるという噂は聞いていた。図らずも互いに境界線を引いて睨み合いが続いており、対峙する場所以外では鉢合わせしないような陣営になっているらしい。
その均衡が長く持たなことは分かっていた。あのアーリリッタも絡んでいる。何も起こらないはずがない。
寄り道亭にいる反ダリドアリ教の者たちは、基本的にはデガの盾所属で武力行使には消極的な派閥だ。そんな人間たちを呼ぶ状況というのが良く分からない。デガの剣であれば即戦力という意味で納得はいくのだが。
あれこれ考えを巡らせながら男たちを追っていると、一軒の民家に次々と入って行く。集会所の一つというには小さすぎるので、おそらく入口の一つなのだろう。隠蔽の魔法で姿を隠しているので一緒にしれっと中に入り込み、案の定床下の縄梯子から地下室へと更に下降していく。
この手の隠し場所は常に地下なので、本気で捜索されたら絶対にばれると思うのだが、その辺りの対策はされているのだろうか。あるいは探している者がよほどの間抜けで、こういったものを見逃すのだろうか。
なんとなく後者な気がするのはなぜだろう。優秀な役人をあまり見たことがないというのが理由か。
男たちはやがて地下の広い一室に集まった。
そこでは既に何人かのデガの盾関係者が机を囲み、広げられた地図らしきものを見て侃侃諤諤とやりあっていた。
「ここまで一旦退いて、防衛線を張り直すべきだ!」
「いや、今の拠点を取られるのは愚策だ。なにより、剣の奴らどもが承諾しない」
「あいつらにかまっている暇はない!」
「しかし、これ以上の犠牲は……」
深刻な事態のようだが、わしの関心はそこになかった。
その一室の端の椅子に見知った顔を見つけたからだ。
ふとその視線がわしのほうに向けられる。気づかれたか。
ニヤリと笑って、小さく指を動かす。こちらに来いというジェスチャーだ。知らん顔はできない。
不承不承そちらへ飛んでいくと、アーリリッタがささやく。
「ようこそ、鳥君。そこの扉を開けて二つ目の廊下を右に行くといい。例の地下坑道に出る。そこから真っすぐ道なりに行けば、もしかしたら面白いものが見れるかもしれないよ。ああ、それと、途中で上に気を配るべきだ」
意味深長なことを言ってくる。大人びた口調だ。今日はそういう気分なのか、ここではそういう演技の仕方なのか。
筆談魔法のことは話していないが、どういうことか尋ねてみても答えてくれない気がした。一方的にそれだけを告げて、眠るように瞼を閉じたからだ。他のデガの盾の者も、アーリリッタには近づいてこない。完全にこの場所でそのような立場を確立しているのか、一切の邪魔をしないという法則が成り立っているように思えた。
手のひらで踊らされてる感が強いが、ここはその指示に従うのが得策とみて大人しくその部屋を出る。
面白いものという正体が分からないが、あまりいい予感はしなかった。
それでも言われたとおりの道を突き進む。地下坑道につながっているというが、おそらくは無理やりつなげたと思われる。快適に歩くにはあまりにも厳しい凸凹の細長い通路を抜けて、歩幅の広い場所に出たとき、明らかに造りが違うことが分かったからだ。
もう少し整備すべきだと忠告したいと思いつつ、地下坑道を飛んでゆく。
昔はトロッコなどを走らせていたのか、地面には所々にレール跡も見える。荷台には一体何が載せられていたのか。過去に思いを馳せていると行き止まりにぶつかった。いや、よく見ると岩壁の下部に大人一人がどうにか這っていけそうな隙間がある。あそこを行くのだろうか。
そう思ったが、アーリリッタの言葉を思い出して上方を見回す。枯れた蔦などで最初は気づかなかったが、左斜め方向に細長い穴を見つけた。こちらは子供が通れそうな幅しかなく、分かりづらかった。
迷わず上を選ぶ。無意味なことをあのヌーリャが言うはずがない。
暗く狭い通路を素早く通り抜けると、急に空気が変わった。
それは地上に近い空気のようだ。例のニゲル草の匂いも混じっている気がする。右区の下なのだろうか。
少し広い道に出ると、ちらほらと黒い服の人間が忙しそうに歩き回っていた。
どうやらこの地域はダリドアリ教の陣営のようだ。
天井近くを飛びながら更に奥へと進む。アーリリッタの言った面白いものがこれだとは思えなかった。何かがまだある。
「状況はどうなっている?」
「一応優勢みたいですが、どこまでやるか上も決めあぐねているようで……」
「だいたい、どこぞのバカが勝手に突っ込んでやらかしたんだろ?」
「引っ込みつかなくなって制圧に動いたって話ですね……」
「わっはっはっは!それであのバカどもの布陣をぶっ壊せたなら、いいじゃねぇか!」
「いや、よくはないですよ。無計画に落としても、今度はそこを防衛しなくてはいきませんし」
「んなの、守ればいいじゃねぇか!」
「だから、そのための人員とか体制とかが、まったくないんですって……急に知らない仕事を振られても難しいでしょう?」
盗み聞きした複数の内容から、誰かの暴走によって境界区域で衝突が起こったらしいことが分かった。
やけに慌ただしいのは予想外の事態だからか。
それはおそらく両陣営ともに変わらないのだろう。
そうしたダリドアリ教徒の合間を縫いながら飛んでいると、急に魔力反応が前方に現れる。
それは魔防壁や結界の類の魔力だ。明らかにマナ濃度が周囲と変わっているので、警戒していれば気が付く。この先に重要な何かがあるというのだろうか。
周囲を見る限りでは、そこは地下坑道には見えなかった。
食糧倉庫のような広さで、壁は板張りでしっかりと地下室としての体裁を保っている。ダリドアリ教の施設関連の地下か何かだと推測できる。そこから地下坑道へとつなげたのか。どうにも違和感がつきまとう。
先程も思ったが、これだけ様々な場所で地下という空間は拡張されているのに、なぜ今まであの地下坑道が見つからなかったのか。
何か絡繰りがあるに違いない。後でアーリリッタに確認してみることにしよう。
とにかく今はこの倉庫のような場所を通り抜ける。
魔力反応で気づかれるだろうが、近くに注視している者はいない。一瞬であれば魔力を帯びたネズミ辺りが横切ったと思って気にされないだろう。結界によっては中にいる間中、補足されるという類のものもあるが、ここのものはそれほど厳重なものではないずだ。
するりと通り過ぎて奥へと急ぐ。
ダリドアリ教徒への物資なのか、意味不明なものが詰め込まれた木箱が積み重ねられた棚の列を抜け、廊下を進む。ほとんど一本道なので、横にそれることがない。道なりに行けといったアーリリッタの言葉を考えると、一度は来たことがあるということか。
つくづく得体の知れない娘だ。鳥である自分がここまで侵入できるのは分かるが、子供の姿であってもここまで深く潜入してこれるものだろうか。謎過ぎる。
と、その時視界の隅に何かが映った。
具体的には思い出せない。ただ、気になる何かがだった。ぱっと見ただけで像は結ばれなくとも、脳裏で警告が発せられる。見逃してはならないとそちらへ移動する。
脇道にそれた地下通路を一人の男が歩いていた。別におかしなところはない。
だが、その背中だけの光景に何かが重なる。以前にも見た記憶がある。
そうか。
すぐには分からなかったが、思い出した。引っかかったのはその服装だ。色合いやありふれた装飾で見落としそうだったが、いつぞや死体処理をしていた下級貴族風のそれだったのだ。
なぜこんなところにいるのか。
見逃さぬように近づこうとして気を引き締める。
あの男は魔法士かその類の魔法に長けた者だ。不用意に距離を詰めるのは間違いだ。
警戒度を上げながらそっとその後方を飛ぶ。
あの時も不意打ちで結界を張られた。少しでも怪しいと思われるとまずい。
適度な距離を開けながら尾行することにする。
男はどこか目的があるような確かな足取りで地下通路を歩いていく。時折、ダリドアリ教徒らしき者とすれ違うが挨拶も交わさない。相手も気にした様子がないので、ここにいることは不自然ではないのだろう。
この地下自体はダリドアリ教関連の場所であるのだろうが、その目的は不明だ。何らかの避難所なのだろうか。
それが分かればこの男がここにいる意味を少しは推し量れるものを、手がかりがまったくない。特に変わった部屋などがあるでもなく、時折木箱が運び込まれているだけだ。中身は見えない。さきほどちらりと見た限りでは用途不明のものが入っていただけだったが、もっとしっかりと調べておくべきなのかもしれない。
例の魔道具のこともある。無造作に詰め込まれたものの中に紛れているとは思えないが、その失敗作や試作品だとしたらつながらなくもないか。
そう思い当たると急に気になってきた。
かといって、この男をここで見失うわけにはいかない。何者なのか突き止めなければ。
「……」
不意に男が振り返った。何か気配を察して、とかそういう感じではない。
誰かに声をかけられた、といった体で自然に背後を見て、気のせいだったかとまた歩き出す。そのように受け取れる振る舞いではあったが、何かが引っかかった。
迂闊に動かない方がいいと判断して、男が立ち止まった場所をよく見る。
足元で何かが動いていた。
通路の地面は踏み均しただけの土がそのまま使われている。そこに虫がいた。大分魔力を帯びている。使い魔の類だと思われた。
やはり何か不審なものを感じて、男が放ったに違いない。
幸い、地上なので天井付近のわしは大丈夫だろう。念のため素早く通り過ぎて事なきを得る。
男は相変わらずの歩調で進んでいく。
と、不意にその姿が消えた。
「――――!?」
何が起こったのか分からなかった。目を離したつもりはない。
通路には隠れるような場所もなく、視界を遮るものも死角もない。人一人が見えなくなるはずがなかった。
考えられるのは魔法しかなかった。
自らも隠蔽の魔法を使っているので、その効果が絶大であることは身をもって知っている。同じことを自分がされないという道理はない。
だからこそ、対策は難しくはない。
必ずそこにいる、存在すると強く意識すればいいだけだ。目の前から急にいなくなることはあり得ない。注意深く改めて通路を見つめる。
ぼんやりと男の影が現れた。
やはり確かにいる。
なぜか右手の壁に向かって手をかざしている。
魔力を感じた。隠し部屋の開錠をしているのだ。そのために自らに隠蔽の魔法をかけていたのか。周囲には誰もいないが念のため、といったところだろう。
それだけ重要な場所だということだ。
これは何かがありそうだ。
男がその場所にそっと入ってゆくのを見守り、わしも続いて滑り込んだ。




