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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第十章:破片の芯
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10-7


 キノコの魔物というのはあまり聞いたことがない。

 正確には菌類という分類さえ知られていないのが大陸の実情なので、多くの人々はキノコを植物か野菜の一種だと思っている。

 しかし、実際にはキノコというのは菌糸の集合体でまったくの別物だ。そんなものが魔物化することは滅多にはないが、存在しないわけでもない。

 地下遺跡や洞窟などでは自立歩行するキノコの魔物がおり、スーガ系列で呼ばれている。具体的には黒スーガだの、横長スーガだのと色や形状で分けられることが多い。攻撃手段は胞子だ。大雑把に言えば目に見えないほどの粒子だ。それが対象物に付着し、そこで様々なものと融合して新たな菌糸となり、すなわちキノコの複製、進化した何かが生まれる。

 寄生虫に宿主とされるようなものだと思ってもよい。

 キノコの魔物と聞くとたいしたことがないように思えるが、知る人ぞ知る厄介な敵であるのだ。大量に付着させなければ大事ないとはいえ、風に乗って知らずのうちに胞子が自分の身体に張り付けば、いずれ訳の分からないキノコが生えて来るのだ。最悪、身体を乗っ取られるという事態もありうる。極力相手にはしたくない。

 だが。

 今、目の前にそんなスーガが立ち塞がっていた。

 多少は知性があるのか、明らかに個体同士が意図的につながっている。ある程度の大きさを確保するためとしか思えないつながり方だった。

 森の主は意志を持って行動しているようだが、その取り巻きにも同様の傾向があるのだろうか。

 ロッコ盗賊団の移動式拠点の撤退行動中だ。先行して道中の安全を確保する役目を担ったものの、目の前のこのスーガはどうすべきか。

 「普通に倒しちゃだめなのー?」

 シィーラが呑気にそんなことを言うが、ことはそう単純ではなかった。

 (倒せはするが、胞子の拡散は避けられぬ。しかも、この大きさだとかなりの範囲に相当数散らばる。胞子というのはそこから更に菌類を生み出すゆえ、どのくらいの時間ががかるか分からぬが、この一帯が後に面倒なことになる可能性が高い)

 「無理に相手にしない方がいいということですね?」

 「でも、なんか、狙われてる気がするんだけどー?」

 妖精ユムパの言う通り、この巨大なスーガは明らかにこちらの進行方向を逆に辿っている。正面衝突の進路を選択しているようにしか見えなかった。

 (敵対勢力を認識できているとしたら、避けようとしても追ってくるかもしれぬな……)

 いまのわしらの役目はある種の露払いだ。先導役としてこのスーガが障害となるのなら、排除しなければならない。避けてやり過ごせるのなら問題なかったのだが、襲撃される可能性が高いとあれば見過ごすわけにはいかない。

 「じゃあ、やっぱぶっ飛ばそうー!」

 嬉しそうに声を上げるシィーラ。戦いたくてしょうがないらしい。そんなに戦闘狂ではなかったはずだが、単に体を動かしたいだけなのかもしれない。

 (胞子ごと凍らせて叩き壊してみるか、ナリスは下がっているがよい)

 飛散させないためにぱっと思いついた戦術だ。このスーガの攻撃方法はまだ不明だが、幸い先制攻撃はしてきていない。仕掛けるならばこちらからやるべきで、そのタイミングは早い方がいい。 「おう、いぇー!」

 許可が下りた途端、シィーラは魔剣を抜き放った。嬉々としてスーガに突っ込んでいく。

 まだこちらが凍らせていないというのに、まったく話を聞いていない。

 今更止まる気もなさそうなので、わしの方で合わせる。

 スーガへ向かってすぐさま氷の魔法を放った。どの程度の魔力で効果が出るか分からなかったが、適当な威力でも十分に利きそうだった。

 魔力に反応したのか、すかさずスーガは胞子を飛ばしてくる。無駄だ。周辺の空気ごと氷の魔法で凍らせたため、今まさに飛び立とうとしていた胞子も巻き込んで凍らせることができた。今の動きを見るに、巨大スーガは反撃主体であることが分かった。自ら仕掛けるのではなく、相手の攻撃に合わせて胞子を放つといったところか。

 姿を大きく見せて威嚇するのも、正面に回ろうとしているのも、先に相手の手を出させるためだったのかもしれない。

 「おりゃぁーーー!!」

 氷漬けになったスーガに対して、シィーラが容赦なく魔剣を一閃させる。動かない的だ、外すことはない。

 予想に違わず、スーガは真っ二つに両断された。本来であればその瞬間、大量の胞子が辺りに舞い散るのだろうが、凍っているので何も起きない。

 まるで何事もなかったかのように、巨大スーガはその場に倒れ込んだ。しかし、そこで気づく。

 これでは倒したことにはならない。

 言わば、氷漬けの巨大なものが二つに別れただけだ。魔芯コレオを破壊しなければ意味がない。

 シィーラにそのことを告げるのを忘れていた。

 前に説明した気もするが、おそらく忘れているだろう。そう思っていたのだが、不意にスーガが崩壊した。

 (まさか、魔芯をしっかりと壊したのか?)

 「ほぇ?それって何だっけー?」

 分かっていないままやったらしい。偶然というには出来過ぎているが、無意識に魔芯を斬っていたということだ。妖精の底知れぬ何かを感じた。

 とにかく、これなら先行役としての役目を無事果たしたと言えよう。ひとまず安心していると、不意に強大な魔力の接近を感じた。

 「なんか、でっかいの来るっぽい?」

 嫌な予感がした。これほどひしひしと魔力を感じさせるものは久々だ。何より奇妙なのは、それまでまったく感知できなかったことだ。これほどの威圧感のある魔力が、突然近くに現れたことになる。何かがおかしい。

 (一旦退いて、ロッコたちに進路変更するよう伝えるがよい。ここはまずい)

 異常な魔力が増大する地帯に誘導するわけにはいかない。

 そう思っていたら、本人が駆け寄ってきた。松明のようなものを持っている。断定できないのは、その炎から燻し出されるように立ち昇った煙が紫色だったからだ。

 「シィーラの兄貴、無事ですかい?ここはやべぇ……っていうか、あのスーガをやっちまったんですかい!?」

 「ロッコ、ここに変なのが来そうだから引き返した方がいいっぽ――クサっ!?」

 匂いの元は煙だった。なかなかに強烈な刺激臭がする。

 「ああ、こうしてくだせえや。森の主系に有効な手なんで。それと、こんだけ近づいているんでしばらく動かないで待機した方がいい。こいつはそのためのもんなんで」

 人差し指を水平にして、ロッコは鼻穴の下にあてた。

 「んで、口も閉じてできるだけ鼻で呼吸。あいつら、目で見るんじゃなく鼻で見てるんでさぁ」

 その説明でなるほどと納得した。敵は視覚ではなく嗅覚で標的を特定するということだ。そのための有効な手段が、松明もどきによる匂いを発生させる煙で、その間はできるだけ鼻呼吸推奨なのは、口での呼吸は口臭が出るからだろう。こちらはそれほどきつい匂いをさせることはないはずだが、ロッコの部下の中にはそうでない者がいるのかもしれない。

 いずれにせよ、慣れたその対応にここは従うべきだ。伊達にヨデールの森を拠点にしているわけではないだろう。

 「指で押さえてたら呼吸できないよー?」

 中指まで添えて奇妙な手の状態のシィーラが文句を言う。勝手に増やすでない。

 「いや、兄貴、一本でいいんすわ。あと、鼻呼吸は適当にうまいこと頼んます。とにかく、接近されたらヤバいんで、この匂いを嫌って遠ざかるのをひたすら待つのが一番なんだ」

 話しぶりからするに、この強い魔力の正体は森の主らしい。しかし、急に現れたことといい、この付近には出ないはずだというロッコの説明と矛盾する。今は息を潜めている状況なので根掘り葉掘り聞くこともできないが。

 (ちょっと上から確認してくる)

 ナリスとシィーラにそう告げて、上空へと羽ばたく。

 森の主とやらが気になる。危険なことは確かだが、匂いが鍵であれば、あの煙を浴びたいまのわしはそれなりに安全なはずだ。逆張りされて追いまわされなければ。

 どんな魔物なのか興味があった。

 下級魔族並の魔力を持つ魔物だ。地上で見られるのは珍しい。

 ヨデールの森がそれほど大きくないとはいっても、森というだけあって視界の端で途切れることはない。樹々の密集具合も特段狭いわけでもないので、上空からだと重なり合う葉で地上部分が見えなくなる。

 それでも、それは目立っていた。

 巨大というわけではない。いや、大きいことは大きい。10メートルはあろうかという背丈の樹々の間から見えるくらいだ。それなりの背丈である。ただ、それよりもその物体というか、構成というか、何でできてるのかが良く分からないことが気になった。色は黒い、ような気がするという曖昧な感覚だ。

 物質ではあるのだろう。ゆらゆらと表面が揺れている。移動時に、ぶつかる枝がしなっていた。

 けれど、その勢いならば折れそうな枝はそのまま元に戻る。

 接触があるように見えるが、通り過ぎた後はまるで何もなかったかのような状態に戻るのだ。

 説明が難しいが、その瞬間瞬間は確かにそこにあって変化がある。にも拘らず、ふと視線を外してから戻すと何もない、といった奇妙な現象が視界に広がっていた。

 何なのだ、あれは……

 不可思議な魔物だった。

 実態があるようでなく、ないようである。存在感は魔力と共に圧倒的に迫ってくるのに、焦点を少しずらすだけでまるで煙の如く消えてしまうようにも感じる。

 不確かな気持ち悪さがそこにはあった。

 どんな形で色で行動様式はどんなものか、そういった形式的なものが当てはまらない。幻のように揺らめいているもの。

 それでも目を凝らして形状を確認すると、一応二足歩行しているようだ。腕は二本。いや、三本。背中から生えているものがある。腕なのかあるいは尻まで続いていて尻尾の一種なのか。良く分からない。

 顔のような部分は特に揺らぎが酷くて形容しがたい。蜘蛛の複眼のようなものが付いている気がする。見ているのに明瞭に把握できないのは、表面が黒い霧のようなもので覆われており、絶えずそれらが波打つように揺れているからだ。形が固定されていないようにも見える。

 そんなわけはないはずだが、幻術で外からは確認できないようにしているのかもしれない。

 長時間直視させないためかもしれない。何もかも不明だ。

 とにかく、見続けていると頭痛がしてくる。何かが噛み合わない。歪さがこちらの概念を侵食してくるようだ。それが狙いだとすれば、見事な造形だ。既存の何かでは測れないもの。

 森の主が忌避される理由は何となく理解できた。

 これはまともではない。

 単なる魔物という範疇では語れない。

 できるだけ近づかないのが賢明なのは明らかだった。

 それ以上の観察をあきらめて地上に戻る。世の中にはまだまだ未知のものが沢山あるのだと改めて思う。

 「ゼーチャン、どうだった?」

 頭の上に着地すると、早速シィーラが聞いてくる。指は人差し指一本になっていた。しっかりと学習したらしい。

 (とんでもない魔物であることが分かった。形、大きさ、魔力量、その存在の在り方、すべてが破格、とんでもない代物だ。絶対に手を出さない方がいい相手じゃな)

 「ほぇー、そんなに森の主って凄いんだー?」

 「あれは歩く災厄って言われてるぐらいですぜ?結構の数の探索者も挑んたけど、ほぼ全滅だった」

 (討伐隊が組まれたことがあるのか?)

 ナリスが質問するが、ロッコはその話は後にしようと移動し始めた。確かにここで悠長に会話している場合ではない。

 森の主は匂いを嫌ったのか、気配が遠ざかったのでゆっくりとその場を離れることにした。




 二時間後。

 ロッコ盗賊団の拠点は瞬く間に組み上げられていた。

 森の中の開けた場所を幾つも記憶しているようで、手慣れた工程で天幕が復活していた。何度目かの滞在らしく、ある程度の資材や下準備があってこその速さだ。

 落ち着いて一息ついたところで、先程の話をロッコが再開する。

 「森の主に関しちゃ、俺らは唯一の案内役ガイドとして探索者ギルドと提携してるんだ。つっても、レジホーンは一回で手を引いて、今じゃ名声目当ての命知らずしか挑もうとはしないけどな」

 その説明によると、森の主の危険性を知って国として討伐隊が組まれたが、あっさりと全滅して以降、立ち入り禁止区域に指定して放置するという政策に落ち着いたという。デルデ=ガルデの街の者が近づかないのはそうしたお触れも関係しているようだ。実際、あんな魔力にあてられたら一般の者は気絶してもおかしくはない。

 ヨデールの森の主は知る人ぞ知る存在になり、訪れる者はほとんどいなくなったが例外があった。

 探索者たちだ。腕試しと階級上げのために挑戦しに来ることがあり、ロッコたちはその案内役でかなりの報酬をもらっているらしい。近づくだけでも命がけの仕事であり、他に替えの利かない役割でもある。何で生計を立てているのかと思っていたが、そういう収入だったようだ。

 「まぁ、ダーリャ級が帰ってきたくらいで他はみんなくたばってる結果が広まってからは、めっきりそういう討伐組も来なくなっちまったけどな」

 「ダーリャ級って二番目ってことー?一番上の階級の人はやってないのー?」

 「モデーリャ級なんざ、滅多にいやせんからね。緊急性のないこんな辺境の地に派遣されることはないでしょうぜ。森の主は少なくとも、下手に近づかなきゃ暴れるってこともないんで」

 (話を聞く限り相当詳しいようじゃが、一介の貴族だったロッコがなぜ、これほど森の主について知り得ることができたのじゃろうか?)

 ナリスが質問すると、ロッコは首を振った。

 「ああ、別に俺が詳しかったわけじゃないぜ。この森に住んでたっていうある部族の末裔が部下にいてな。そいつが全部教えてくれたんだ。あの煙とか、大体の移動場所とかな」

 「住んでた……?その部族はもうないということですか?」

 「かなり昔に森の主にほぼほぼやられたらしい。あいつも結局ここを出ていっちまったし、ヨデールの森はやっぱ主のもんだってこったな」

 森の主について色々と知っているのは、そういうことだったか。

 だとしても疑問が残る。なぜ、先程はあれほど接近されたのか。大分危険だった気がする。

 「そりゃ、完全に森の主の動きを把握できるわけはねぇよ。おおよその出没地帯とか、移動範囲が絞れてるだけだ。それに、勘違いしているみたいだけどよ。さっきのアレは森の主本体じゃないぜ?」

 「ほへ?どういうことー?」

 「森の主は分身体みたいなのがいるんだ。さっきのそっちだろうぜ。そいつは不規則に動くから、たまにこういうこともある。ぶっちゃっけ、討伐隊に案内するときもほとんど分身体の方になるし。本体の方は危険すぎるからな、わははは」

 笑いごとではない。それは詐欺だろう。だが、あれが分身だとしても十分な脅威だ。初見の者が本体と認識しても無理はない。

 それよりも魔物が分身という特性を持っていることが驚きだ。何もかもが常識外。こんな郊外の森になぜそんなものが存在するのか。いや、その疑問に意味はないか。魔物の正しい位置など誰も知らない。必然性も蓋然性もない。

 とにかく、相手にしてはいけない魔物であることは間違いなかった。

 脇に置いておき、先程の話で気になったことを尋ねる。

 「なに、アイツの名前だって?ユーンだけどそれを知ってどうすんだ?」

 この森に詳しい人間が必要になりそうな気がしたからだ。今までの流れから、ロッコ自身がこの森に明るいわけではないことは分かった。本題を聞く前に知っておくべきことだ。

 「え、今はどこにって、街だよ。あのバカ野郎、ヤーゼルの眼なんかに入りやがってよ。一体、何考えてやがるんだか……」

 聞きたくない単語が聞こえた。また面倒なことになりそうな予感がして、わしは空を見上げた。

 肯定するように曇り空が広がっていた。

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