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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第十章:破片の芯
89/225

10-6


 馬車の振動というものはいつでも眠気を誘うものだが、それは上等な馬車に限る。

 粗末な荷馬車のような荷台においては、その揺れは不愉快なものでしかなく、しかも家畜の豚と一緒となれば落ち着けるはずもない。

 ぶひぃー、ぶひぃー。

 こっちも同じ気持ちだと言わんばかりの鳴き声を聞きながら、わしらは今ヨデールの森へと向かっている。

 丁度いい駅馬車がなく、イビサ村へ行くこの荷馬車をどうにか見つけて相乗りさせてもらっているのだ。あまり文句は言えない。

 「なんで、この豚さんはダメな豚さんなのー?」

 「ダメというか、もう少し肥えさせてからの方が旨味が出るからって判断で、家畜に戻されるだけよ。逆に、あのまま引き取られてたらすぐにお肉にされちゃうから、命拾いした幸運な豚さんかもしれないわよ?」

 「んー、人に飼われてちゃ、結局不幸かもー?」

 意外にも正論が返ってきて、ナリスは返答に詰まった。妖精ユムパは時に鋭いのでこういうことがままある。

 「えっと、それであの場所にどうしてニゲル草があったのかって話でしたよね?」

 露骨にナリスは話を戻した。ダーヴナーヴの屋敷を訪れた翌日なので、まだ十分に話せていなかった。

 (そうじゃな……おそらくニゲル草は地下が自生地ということであろうな。植物の場合、育つには土壌が肝要であるから、同年代の地層を含む地下全般で採取可能だと思われる。だからこそ、現代の地上では見かけないとも言えるな)

 「そうですよね。あそこが原産地かと一瞬思いましたが、あそこのは半ば枯れてましたから……別の地下で群生してるって考えた方が自然ですよね」

 (光源も必要じゃろうしな。いずれにせよ、ダーヴナーヴが見せたかったのはあれではない。石棺の方であることは間違いなかろう)

 「お墓があることが重要なのですか?」

 (うむ。というより、おそらくは誰が納められていたか、といったところじゃ。後でブリッツに調べてもらえば分かるじゃろうが、十中八九デルデ=ガルデの街歴代の街長辺りだと思っておる)

 「歴代の……占い師さんは名家だったということです?」

 (名家がどうかは分からぬが、代々受け継いできた地主であれば、地元旧家の一員であったことは想像に難くない。どこかと血縁関係があったとしても不思議ではないし、歴史に詳しいというのも、そうしたつながりを考えると納得はできよう)

 「なるほど……じゃあ、地下を見せてくれたのは、依頼をこなせば十分な対価が確実にあると示したかったから、でしょうか?」

 (その意味もあったじゃろうが、噂についてわしらを煙に巻くつもりもあったんじゃろう。あの屋敷の地下にあるのは、絶対にあの霊廟だけではない。一部を見せて全体を隠すというのはよくある手でもあるしな)

 「そうなんですか?全然そういう風には考えていませんでした……まだまだダメですね」

 ナリスは恥じるように一つ溜息をついたが、深読みするクセがなければそんなものだろう。

 (それよりも一番気になったのは、屋敷の宝云々という噂の出所じゃったな。ヤーゼルの瞳の名が出て来るとは思わなんだ)

 例のレクト派の貴族たちから絞り上げた情報だ。あの間抜けな輩がそんな嘘をつくとは思えない。

 「あ、それはわたしも思いました。ダリドアリ教とつながりがあるという話はありましたけど、宝とかなら自分たちで動きそうな気がします」

 (うむ。あの手の連中が他に回す道理がない。ゆえに、その噂自体をきゃつらもどこからか仕入れ、そしてそれを流すように依頼されたか何かだと推測する。ようするに、仲介しただけであればなんとなく収まりは良い)

 「誰かがそう仕向けたってことです?なぜ、そんなことを?」

 (……色々考えるに、この件というか、この街全体の裏にどこか外部の組織が関わっているような気がしておる。元々、わしらは改造魔核の関与を疑ってここにきておるわけじゃが、その関連を疑うと、ジェイクのような輩がダリドアリ教に食い込んでいる可能性もあるような気がしてならぬ)

 「――!!だとすると、やっぱり魔力狩りには関わっていると?」

 (まだ何も証拠はない。じゃが、あらゆる情報が結局は一つにつながるような予感はある。今はまだいずれもつながってはおらぬが……)

 少なくとも、仮説としては一番有力な気がしていた。

 「っていうか、あの酒場にはいついくのさー?」

 それまで豚をかまっていたシィーラが不意に聞いてくる。

 酒場というのはノーガルハーメというあの高級店のことだ。二人にはまだ下調べ中だとしか話していない。少なくとも、シャダク関係の者が来るという情報を掴んでから乗り込みたい。眠らなくていいとはいえ、この身は一つだ。まだ情報収集は不完全だった。いつものようにひとつひとつ積み上げていくしかない。

 (もうしばし待て。闇雲に行っても、空振りで終わるだけじゃ)

 「ぶー、ぶー!」

 豚のように鳴く自分の姿から目を逸らして、これから行くヨデールの森ですべきことを整理する。

 主な目的としては、ロッコへの仲介依頼だ。

 ダーヴナーヴの土地を狙っているレクト派と交渉するため、デルデ=ガルデの議会員を引き入れる必要があり、その候補としてセホイヤ=ジジット=ヤンカーの名が挙がっている。実はロッコはこのセホイヤの実兄だということで、協力を要請しに行くところだった。現実的には脅してでも頼みを効いてもらうつもりだが、命を救った恩があるので色よい返事がもらえるはずだ。

 二つ目の目的としては、ヨデールの森にあるという不思議の泉について詳しく話を聞くことだった。妖精がその存在を教えたという言い伝えなので、確かめないわけにはいかない。ロッコ盗賊団はその森を根城にしているので、何か知っているだろうという推測だ。

 妖精関連の情報ではその泉がここに来て初の収穫だった。もともとは妖精の杖を追ってこの街に来たものの、未だにその影も見えていない状況だけに期待したいところだ。ダーヴナーヴが何か知っていればいいのだが、質については未知数なので扉を開くまでは何も期待しないようにしている。不確かなもののためにやりたくもない仕事をこなすのは、しがない傭兵暮らしでは避けられない。

 「お客さん、この辺でいいだべか?」

 色々と考えていると、駅馬車の御者が声をかけて来る。

 「お、着いたのかなー!」

 停車したので荷台から勢いよくシィーラが飛び降りる。

 横手にはヨデールの森が広がっており、一部の下草が踏み均されている獣道のような箇所があった。ヨデールの森は地元民からはあまり近づいてはいけない場所だと認識されている。踏み入るのは入口手前付近までで、奥とも言わずある程度の距離からは忌み地とさえ呼ばれ、立ち入り禁止にされていた。

 その主な理由は森の主と呼ばれる凶悪な魔物がいるからだそうだ。昔から森に住み着いているその魔物の犠牲者はかなりの数に上り、デルデ=ガルデの街の者もイビサ村の住民も近づくことは止めたという。そんな森でどうやってロッコ盗賊団が拠点を作っているのか。答えは簡単で、魔物の動きを察知して移動式の拠点にしているからだと聞いていた。

 「本当に奥へは行っちゃなんねえぞ?途中で泥川さあるから、そこを越えちゃいけねぇ。とんでもない魔物さ、いるけぇの」

 御者はそう忠告して去って行った。微妙に豚がシィーラを見て寂しそうだったのは気のせいだろうか。

 とにかく、その進言に耳を傾けるつもりはなかった。ロッコの拠点は入り口付近にはない。以前の別れ際に、連絡用の骨笛を受け取っていた。特殊な音が出るもので、森の中でもよく響くらしい。ロッコ盗賊団の中にその音を聞き分けられる者がいて、吹けば迎えをよこすという。

 使うことはないと思っていたが、世の中何が起こるか分からないものである。

 (まずは魔地域に入って笛を吹くことにしよう。どの程度で案内人が来るか分からぬゆえ、警戒は怠らぬように)

 森の主だけではなく、普通の魔物も徘徊している。この辺りのものに後れを取るとは思わないが、油断は禁物だった。

 獣道を辿って行くと、所々に注意喚起の木板が樹木に吊り下げられているのに気づく。危険な魔物が徘徊しているため、妙な物音などがしたら森を出ろというような内容だ。それを見て、ナリスが呟く。

 「この警告、おかしくありませんか?魔地域でなければ、魔物は滅多に出ませんよね?野生の熊とかが出るなら分かりますけど……」

 大陸の自然地域は大まかに二つの地帯に別れる。魔物が生息する魔地域と、本来の自然である原地域だ。警告の木板は現在地である後者で見かけたので、ナリスの疑問はもっともだった。

 (あまりこの森の主については詳しく聞いていなかったが、もしかしたら場所に関係なく出没するのやもしれぬ。街の者が近づかぬのも、そうした安全圏が不確かなことも関係しているとも考えられる。なんにせよ、気を付けていればよかろう)

 「えー、どうせならぶっ飛ばそうよー?」

 「相当強いらしいから止めた方がいいよ、シィーラ。それに、今日はロッコさんに協力を取りつけなきゃならないし、例の泉を探すことが優先だからね。余計なことはしている暇はないの」

 「あー、ユチャパーラかぁー、本当にあるのかなー?」

 妖精の水というその意味を思い出したまでは良かったが、その他についてシィーラは何も覚えていなかった。いつもの残念パターンだった。聞いた話では、その泉の水が万病に効くとのことなので、ユチャパーラにそのような効能があるかどうかだけでも分かれば、一層期待は高まったところだ。妖精の記憶がもっと鮮明であればと思わずにはいられない。

 (ロッコはこの森を根城に色々移動もしておる。どこかで見たかもしれぬが……)

 「本当にそんな身体に良い効き目があるなら、もっと噂になりそうですよね」

 ナリスがわしの懸念を代弁する。

 (そうじゃな。それを求めて人が殺到しそうなものじゃ)

 「でも、強い魔物がいるんでしょー?それであきらめてるんじゃないのー?」

 (そうかもしれんし、そうでないかもしれぬ。金儲けのためなら、無謀なことをする愚か者は多いはずじゃが、そういう話も聞いておらんからな。あまり信じられておらぬような気がしておる。要するに、語ってくれた尊老の家族のように御伽噺だと思われているということじゃな)

 正直、そういう思いがあるので期待はしていない。しかしながら、それでももしかして、と思ってしまうのが人の性というものだ。

 「あ。誰か来たっぽーい?」

 シィーラが前方を指差したかと思うと、だだっと駆け出していく。

 「待って、シィーラ!」慌ててその後を追うナリス。今日も今日とて、いつもの光景だった。




 その天幕はなかなか立派なものだった。

 三本の支柱で支えられた円錐形のもので、獣皮で覆った内部には簡易的な暖炉のようなものまで完備されていた。

 地面との接地面にはやはりなめした革の絨毯が敷かれ、脚が折りたためる丸机には籠に入った果物と、安物の宿屋の室内とそん色ない光景が広がっている。

 その天幕の主であるロッコが豪快に笑った。

 「いやぁ、シィーラの兄貴が訪ねて来てくれるとは嬉しいぜぇ」

 ぐびぐびと上機嫌にエールを飲む。

 「兄貴じゃないけどー、この肉は悪くないなー」

 はむはむと干し肉に喰いつきながら、シィーラもまんざらではない顔で答える。

 突然押しかけたのにもかかわらず、ロッコはこちらの訪問を喜んでいるようだ。社交辞令などではなく、本気の歓待であることは間違いない。正当防衛とはいえ、部下の幾人かを殺した相手にどうなのかと思わなくもないが、それを言うならばわしらも襲われた身なので同じだ。三秒前の過去でもすぐに水に流せる者が本物の傭兵だといったのは、師匠だったか、それとも剣の先生だったか。なんにせよ、その辺りはわだかまりがない。

 「ええと、それで今日はお願いがあって来たのですが……」

 シィーラに任せておくと一向に話が進まないので、宴を始めそうな二人にナリスが割り込む。

 「おぅ、なんか当然用があるんだろ?つーか、あんたの方は前と感じが随分違うな?戦ってるとハイになるタイプなのか?」

 前回はニャリスだったので、その違いは明確だ。名前も名乗っていたはずだが、ニャリスとナリスでは聞き間違いだと思っても不思議はない。

 「そこは気にしないでください」

 ごほん、とわざとらしく咳払いをしてから、ナリスはロッコの兄であるセホイヤを紹介して欲しいことを一気に説明した。色々と突っ込まれそうなので、早口に隙をつかれないように先制パンチをあびせた形だ。淀みなく言葉が紡がれ続けると、多くの者はどうしてもその流れを切れずに聞き手に回ってしまう。ロッコもその一人だった。強引に途中で口を挟むことができず、何か言おうとしては飛び込めずに、最後まで半開きの口のままで目をぱちくりさせていた。

 出自にまつわる話もあるので、人払いをするかどうか先に確認した方がよかったのだが、ナリスが話し始めてしまったのでわしにも止める暇ながなかった。天幕にいた腹心の部下らしい男が驚いた顔をしていたので、やはりロッコが元貴族だということは秘密にしていたのかもしれない。あるいは、有名らしいヤンカー家だとは知らなかったのか。

 「――というわけで、是非ともお力添え頂けませんか?」

 丁寧にそうお願いしてナリスが話を終えると、「マジかよ……」とロッコの表情が微妙に陰る。

 家族のことを持ち出されるとは思っていなかったのだろう。ある程度の事情を調べ終えていることも交えて説明したので、ここで家とは縁を切っているという理由で断ることもできない。気まずそうな表情から、そのようなことを考えていたとことが窺える。

 「別に難しく考えなくていいよー、挑戦状書いてくれればいいのー」

 お気楽にシィーラが後押しするが、言い間違いが酷い。

 「え、ちょうせん……ああ、紹介状か」

 「はい。あくまで橋渡しの段階までで結構です。議会員との交渉はすべてこちらでやりますので。ただ、どうしても面会そのものを取り付けるためには、信用できる筋からの段取りがないと相手にもされないもので」

 突然名も知らない旅人の傭兵が会いたいと言っても、気楽に会談できるはずもない。門前払いが関の山だ。

 「セーヤに紹介するのはかまわねぇけどよ……本当にあいつに迷惑はかからねぇのか?ネクラどもとやり合うことになるんだろ?詳しいことは良く分からねぇが、厄介ごとになるようなのは勘弁してもらいたいぜ。あいつは若いからただでさえナめられてる感じだし、これ以上立場を悪くさせたくねぇ」

 弟とは仲がいいというのは真実のようだ。ガサツそうなロッコが心から思い遣りを見せている。

 「その点は安心してください。これはセホイヤさんにも利益がある話です。決して迷惑にはなりませんし、むしろ手助けになるはずですから」

 嘘ではないのだが、胡散臭い押し売りの語り口に聞こえる。だが、単純なロッコは「そうか、なら安心だな」とすぐに信用している。大丈夫なのか、この頭領は。

 第一の目的の方は果たせそうなので、次の話を切り出そうとナリスが再び口を開こうとしたところで外が騒がしくなった。

 「なんだ、魔物でも出たか?」

 ロッコが部下に確認させようとした矢先、他の部下が天幕に駆け込んできた。

 「兄貴!いや、お頭!あれ、尾柱だっけ?なんでもいいや、大変ですぜっ!?」

 「あんだ?何があったんだ、ハジ?」

 「それが、ヌシのお供のキノコ野郎が出たらしくて、どうもこっちに向かって来てるんす!移動した方がいいかもって!」

 「んだと!?どのくらいの距離だ!?」

 そこからは急に慌ただしくなった。説明を求める暇もなく、すぐに撤収するというのでロッコたちに黙って従う展開となった。

 盗賊団たちの会話から察するに、森の主の強力な取り巻きであるキノコ系の魔物が迫っているらしく、戦闘回避のためにこの拠点ごと移動させるらしい。ロッコたちがこのヨデールの森で暮らしていけるのは、柔軟に拠点である天幕を素早く移設して、森の主から逃げられる点にある。

 そのための監視方法と、森の主の移動範囲をある程度予測できる知識を持っているのだ。しかし、今回は主の魔物ではなく、その部下のようなものということで接近に直前まで気づけなかったとのことだ。

 手際よく移設作業をしているが、全員がどこか焦っているように見えるのは時間的に厳しいからだろう。

 何か手伝おうにも勝手が分からない人間が加わると余計に手間をかけさせることになりかねない。わしらはただ見守ることしかできなかった。

 「進路Cで逃げるぞ!先行班、安全確保しておけよ!」

 「兄貴、先行班は今回迎撃の方にまわってるんで無理っす!」

 「おぅっ!?人が足りてねぇか……」

 天幕の支柱らしき太い丸太を持ったまま、ロッコが固まる。出番が来たようだ。

 (その先行役、こちらで引き受けるがよい。ここで更に恩を売っておくに越したことはなかろう)

 圧倒的打算でそう進言していた。利用できるものは利用しなければ。

 妖精にまつわる泉についてまだ聞けていない。こんなところで倒れてもらっては困るのだ。

 「おっしゃー、尻尾の皮までむしりとってやるぜー」

 どこで覚えたのか、シィーラが悪そうな顔でニヤリと笑う。教育方針を間違っている気がしてきた。

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