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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第十章:破片の芯
88/225

10-5


 久方ぶりに訪れたダーヴナーヴの屋敷は何も変わっていなかった。

 人気はなくひっそりと佇んでいる。

 手入れされていないとしか思えない中庭を過ぎて正面扉まで歩き、叩き金を鳴らす。

 また何度か叩く必要があると覚悟していたが、すぐに反応があって逆に驚く。

 慌てたような勢いで扉が開き、ソバカス顔の女中リンガが顔を出すと、こちらを見て落胆する。

 「お客さんらかよ……御屋形様に用だべか?」

 「はい。そうですけど、何かありました?」

 女中のただならぬ様子に質問するが、返事はなかった。素直に扉を開けてくれたので拒否されたわけではないようだったが、気になるところではある。

 いつぞや通った様々な置物が展示されたような廊下を経て、また吊り骨の部屋に案内される。リンガは終始無言だったが、その足取りはどこか足早だった。

 勝手知ったる様子で再びシィーラは吊り骨を鳴らしながら占い師の机の前までスキップ交じりに進む。ナリスは何か問いたげだったものの、疑問を声に出すことはなくそれに続いた。

 そこまではほぼ前回と同じだった。

 違ったのは、今回は既に盲目の占い師ダーヴナーヴがその場にいたことだった。相変わらずの民族装束風な出で立ちで、頭には鹿の頭蓋骨のような冠を載せている。やはりあれが正装なのだろうか。いや、突然訪ねたのだから普段からこの格好でいるということだろうか。

 机の上の奇妙な紙片を手で弄ぶようにずらしながら、どこか虚空を見つめていた。眼がないので見ているわけではないのだろうが、視線のようなものを感じた。

 「おひさー」

 微妙な空気間を無視して、妖精はどっかと椅子に腰を下ろして能天気に挨拶する。占い師は答えない。

 ただ、手元の紙片を静かに動かし続ける。

 「何してるのー?」

 「……御屋形様の邪魔をせんでくだせぇ」

 見かねたようにリンガが言う。いつの間にか追いついて来たのか、ダーヴナーヴの背後の方にいた。この女中も動きが謎だ。

 奇妙な威圧感に負けた形でしばらく沈黙を保っていると、やがて占い師が口を開いた。

 「そもじら、疾く追いかけりゃーが。ハカはだらどもにさらわれりゃーが。東ば、東ばよ」

 急にとんでもないことを言われる。

 (ハカがさらわれたじゃと?いつのことじゃ?)

 「え、さらわれた?ハカがですかっ!?」

 「……御屋形様はそれを占ってたばい。東に人さらいが逃げたっちゅうこと。連れ戻して欲しいべ」

 どうしてそんなことになっているのか分からないが、今すぐ追いかければ取り戻せるという雰囲気だ。というか、こちらが追跡する前提で話が進んでいる。ダーヴナーヴはそれも知っていたかのような振る舞いだ。役目を終えたようにただ椅子に座っている。それ以上の情報を与える気もないということか。

 ナリスはいの一番に立ち上がった。ハカを大事に思っているので、珍しく焦っている様子だ。

 「と、とにかく東ですね?行こう、シィーラ!」

 「お、おぅ」

 その勢いに気圧されて、妖精も続く。珍しい構図だ。来たばかりだが、ものの数分と経たずに屋敷を出ることになった。

 東と言われても屋敷周辺は農地が広がっており、背丈の高い作物や植物などもあって見通しは決して良くない。分かりやすくハカを担いだ賊の背中が見える、といったこともなかった。

 「なんであの娘がさらわれたのかなー?」

 「理由は後回しよ、シィーラ。とにかくハカを取り返さなくちゃ。ゼーちゃん、上から探せますか?」

 そうするしかないが、さすがに上から俯瞰したところで人間一人を見つけるのは至難の業だ。もっと情報がなければどうしようもない。にもかかわらず、占い師は方角のみしか指し示さなかった。何か占った答えがそれだけで事足りると判断したとしか思えないが、どうにも信じられない。

 (しばし待て。探してはみるが、正直手がかりが圧倒的に足りぬ。犯人が複数かどうかすら分からぬのだからな……)

 言い訳じみた言い方をしてしまったが本音だった。ハカが見つけやすく、誰かに担がれている状態とかであるならばまだ可能性はあるが、麻袋にも詰められていたらどうにもならない。見たところで分からないからだ。

 すると、シィーラがおかしなことを言い出した。

 「んーっと、こっちじゃないかしらん?」

 そのまま駆け出していく。

 「あ、ちょっと、シィーラ!?」

 止める間もなかったので、否応なしにその背を追うことになった。妖精には何か感じることがあるのか、迷わずどこかへ向かって走ってゆく。

 何か見えているのか落ち着いて聞く余裕もなく、ひたすらナリスと共に食らいついていくと、不意にシィーラは立ち止まって「ほら、これー」と何かを差し出してくる。

 「え?なに、これ……?」

 ナリスは思い当たらなかったようだが、わしはすぐにピンときた。

 (なるほど、そういうことか。ハカはこれをわざと落としていっておるのじゃな?良く気づいたものじゃ)

 そこには小さな紙片があった。ダーヴナーヴがいじっていたものと同じかどうかは定かではないが、いくらかの魔力が感じられた。シィーラはそれを追っているのだ。

 「んー、あたしはあの子自身の方が分かるけどー、ゼーちゃんはこっちの方がいいかなーって」

 (なに?ハカの魔力を追えるというのか?)

 「なんか変わってるからねー、しゅぽぽーって感じ?でも、遠くだとさすがにアレだから、これがあればカンペーキみたいなー?」

 「良く分からないけど、あの子の居場所が分かるのね?なら、早く行きましょう。すべてはそれからよ」

 ナリスの言う通りだ。今は奪還が最優先だろう。「ほいほーい」という軽い返事と共にシィーラは再び走り出す。

 その背を追いながら、占い師もこのことを知っていてこちらをけしかけたのかどうか考えていた。あの紙片が占いで使うものだとしたら、ハカにもその訓練か何かをしていたのかもしれない。そこに魔力が乗るということを教えていれば、今回のような使い方もできなくはないが、果たして子供にその発想ができるだろうか。

 あのハカという童女は、思っていたより頭のいい娘だったのだろうか。まったく興味を示していなかったシィーラの方が分かっていたような気がして、微妙な気持ちになる。やはり妖精は侮れないということで平静を取り戻していると、だだっ広い農地を抜けて小道へと入ったところで奇妙な光景に出くわした。

 「いた、いたたっ!こら、蹴るんじゃない!」

 「おい、騒ぐな!ってか、どうして猿轡が外れてるんだ?」

 「いや、ちょっと可哀そうだから外してあげたんだけど、噛みつかれちゃって……」

 「君はバカなのか?それで今度は手足の縄も解いたってのかい?」

 「それは暴れたときになんか抜けちゃったみたいで……というか、縛ったのは君の方じゃなかったか?緩すぎたのでは?そこは僕の責任ではないよね?って痛い。ねぇ、お嬢ちゃんも静かにして、ね?ってイタタっ!!」

 攫われたはずのハカが、男のすねをガシガシと無言で蹴りつけていた。

 間抜けな会話から察するに、この二人組が人さらいで間違いなさそうだが、なんとも拍子抜けする犯人だ。

 「とにかく成敗ー!!」

 束の間呆気に取られていたシィーラとナリスだが、すぐにその二人を制圧して縛り上げる。場所を移して少し明るい場所で見ると、その男二人はどこかの貴族の坊ちゃんという感じで、おおよそ犯罪を犯す輩には見えなかった。身なりもしっかりとしており、自宅の庭でも散策していそうな格好だ。

 ハカはナリスに気づくとひっしと抱き着いてその腕に抱かれている。ほぼ無言だが、安心している様子は伝わってきた。そうやっていると本当の親子のようで微笑ましい光景だが、今は男たちに用がある。

 「なんでハカを狙ったのー?」

 ナリスがハカに付きっ切りなので、珍しく妖精が尋問することになった。

 「な、なんのことだか分からないな。我々はそのお嬢さんが迷子だったところを――ひぃっ!!!」

 下手な言い訳をそれ以上聞く耳を持たず、シィーラは男の顔のすぐ横に剣を突き立てる。

 「嘘を言う口は切り取っちゃうよー?」

 無駄な抵抗は三秒で崩壊した。その後はぺらぺらとうたってくれたので大体のことを把握できた。結論的にはあまりにもお粗末な誘拐劇としか言えない。

 その頃には落ち着いたハカを抱きながら、ナリスも加わっていたので、確認のために事実を読み上げる。

 「つまり、占い師の宝の噂を確かめようと屋敷を見張っていたら、最近引き取ったという子供のハカを見つけた。この子をダシにしたら、秘密を吐くに違いないとその場で衝動的にさらった。縛った縄はその辺に落ちていたものだったので実は大分傷んでいたんでいて、運ぶ途中で休んでいたら解けてハカが暴れ出した、そういう話でいいですか?」

 「う、うむ。正に不可抗力。魔が差したというや――わわっ!す、すみませんでしたーー!!!」

 尚も反省の色が見られない男に無言で蹴りの素振りを見せるナリス。顔は微笑を浮かべているが、これは内心で相当の怒りを溜めている。ちなみにもう一人はシィーラの脅迫で気絶している最中だ。その程度の小悪党なのだが、その実本物の貴族ではあった。

 しかも、例のレクト派閥の若手議員だった。好奇心から、わざわざ自らダーヴナーヴの屋敷に赴いてくるあたり、どうしようもない短絡的な思考の持ち主であることは明白だ。本当は案内役の私兵たちがいたらしいが、途中ではぐれたというどうしようもない経緯だった。そんな状態で子供を攫おうとするのだから、救いようがない。この街の議員は大丈夫なのか心配になる。

 一方で、これは降って湧いた幸運とも言える。これほど愚かであれば都合よく使える手駒になる。芯の弱そうなところも利用するには丁度いい。レクト派の弱みについてはブリッツが探っているところだが、別の道があっても困ることはない。

 頭の中では既に幾通りかの筋書きを思いついていた。

 (見逃してやる代わりに、ある仕事をこなすことを約束させるがよい……それと、脅し文句は――)

 その夜、男たちは軽はずみな自分たちの行動を死ぬほど後悔することになった。




 ハカを連れてダーヴナーヴの屋敷に戻ると、占い師は何事もなかったかのようにこちらを迎え入れた。

 誘拐のことなどまるで気にしていない様子だ。

 「の頼みはどうなってもっせ?」

 「いや、それより先にですね、ハカの暮らしはどうなっているんですか?あまり目を離してもらっては――」

 「問題なかりゃーが。どこぞのだらがちょい悪さしたっけ、騒ぐことでね」

 「拉致されることはちょっとの悪さではありません!」

 「ハカは何ぞ言うた?ついっとバタついただきゃーが。めったにちゃがまん、気にしなさっせ」

 ナリスは完全に親の立場で抗議をしていたが、占い師の圧に押されて黙らされた。保護者としての立場でそれなりに筋の通ったことを言っているので、外からでは発言権は弱くなるので仕方がない。

 今回も、ハカは屋敷の中庭から連れ去られているので、危険な場所を歩き回っていたとかではない。自由に育てるという方針らしく、敷地内での制限は今後もしないという説明に納得するしかないし、何よりハカ本人が既に落ち着いてけろっとした態度でいるので、ナリスのみが気をもんでいるという状況だった。

 不満げではあったが、ナリスは気を取り直して本来の目的を果たすべく質問する。シィーラは傍らで先の紙片が気になっているのか、占い師の見様見真似で並べては組み替えて一人うなっている。いつもの如く放置だ。

 「ご依頼の件ですが、この土地を狙っている一派はなんとなくつかめました。ただ、その理由というのが地下に眠る財宝とかその手の噂話なのですが、何か心当たりはありますか?」

 「んなもん、かすがだりゃーが。なんもあらっせ」

 「……噂なんてでたらめだべや。何もありやせん。まさかや、そげな理由ばい?」

 女中が方言を通訳する。相変わらず、難度の高い単語が点在していた。それにしてもこれはいただけない。隠し事をされると支障が出るので、ここは強く当たっておくように指示する。 「地下に何かがあるのは分かっているんです。依頼をこなすためにも、ごまかすのはやめてください」

 先日の地下坑道の件もあり、デルデ=ガルデの右区にはそうした何かが埋もれているのは十分考えられる。レクト派が動いている以上、その噂話にはかなりの信憑性があるはずだ。あの二人組を見た後なので、多少その自信が揺らいではいたものの、基本姿勢は変わらない。

 「…………」

 ダーヴナーヴはナリスの強い口調にしばし沈黙した。何かを思案するように首を振り、やがて口を開く。

 「リンガ、案内すりゃーが。けんど、やたらくっちゃべっちゃなんね」

 それから何か二人の間でささやきが交わされたが、良く聞こえなかった。

 「ほいじゃ」と女中は静かに声を出すと、こちらについて来るように促した。占い師は来ないようだ。自分たちで確認できるのなら問題はない。

 ダーヴナーヴの屋敷の廊下と吊り骨の部屋以外を歩くのは初だった。少しかび臭い部屋の床の跳ね上げ式の入口から潜り込むと、お馴染みの石階段があった。

 壁の燭台の炎は心もとなく、普段から使っている様子はなかった。ひんやりとした空気が辺りを漂う。シィーラは何を思っているのか、すんすんと匂いを嗅いで「ほへー」と感心したような声をあげているが、その意味するところは不明だ。

 リンガはゆっくりと降りていき、やがて突き当たった場所で何かの棒を操作すると、それまで壁だった場所がゴゴゴと音を立てて横に動いた。何らかの絡繰りだろうか。

 女中はどこから用意したのか松明に火をつけると、その中へと足を踏み入れる。

 隠されていた場所が徐々に光に照らされて行き、そこには幾つかの石棺が並べられているのが分かった。その周囲には柱が立っており、社の屋根らしきものも見える。思っていたよりも相当広い空間が横たわっていた。

 (ここは……霊廟なのか?)

 「れいびょー?」

 「んだ。この街のご先祖様たちが眠っておられるべ。御屋形様の家さ、昔から墓守のようなもんだったべや」

 「お墓……でも、どうして地下なのですか?いえ、環境的にその方が適していたとしても、地上から普通に通じる場所としてあるべきなのでは?こんな風に隠しているのはなぜなのですか?」

 当然、このような場所に隠している理由があるのだろうが、女中は答えは知らないというように無言で首を振った。そこまでしか教えてくれないらしい。あるいは、リンガ自身も知らないのかもしれない。余計なことは言うな、とダーヴナーヴも釘を刺していた。

 何はともあれ、これがすべてであれば宝などではない。いや、ここに眠っている者たちそのものに秘密があるのだろうか。

 石棺の表面には軽い装飾と共に名前が彫られている。

 当然の如く知っているものはなかったが、後で見聞屋に確かめることにする。

 霊廟の他には、特に気になるものは見つからなかった。

 そう思っていたが、シィーラが一つの石棺の横に屈みこんで何やらうなっていた。

 「何かあったの、シィーラ?」

 「んー、じじっと来たんだー、っとうりゃ!!」

 何かを力を入れて引き抜いたようだ。

 その手には細長い葉が握られていたが、大分傷んでいるというか枯れているような状態で、今にも崩壊しそうだ。

 だが、シィーラはそれに鼻を近づけて「うんうん」と頷いている。その仕草で閃く。

 (まさか、それはニゲル草なのか?)

 妖精の嗅覚は人間にそれと比べて、どう違うのだろうか。というより、自分の身体的な五感などは元に戻ったとき無事なのかどうか、少し心配になったのだった。


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