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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第十章:破片の芯
85/225

10-2


 「それで、結局どうなったのですか?」

 寄り道亭の離れの小屋で、ナリスが身を乗り出しながら聞いてくる。

 昼間のわしの追跡劇を語っていたところだ。

 今は夜。

 相変わらずシイーラは聞いているのかいないのか、ベッドの上で意味不明なポーズで瞑想のようなことをしている。深くは確かめていない、するつもりもなかった。

 (うむ。井戸の横穴でもしばらく追いかけていたのじゃが、ついに相手側が折れた。像を放り投げてきてこちらの注意を逸らし、自分は雲隠れしたのじゃ)

 モノが急に目の前に飛び込んでくると、人は受け止めようとするか避けるか、どちらかを選んでしまう。貴重な証拠となる像を傷つけることは念頭になかったので、当然の如く捕まえる方向で動いたわしは、絶妙に届くか届かないかという角度に投げられた像を落とさぬように必死に魔法を発動させて、完全に意識が相手から離れていた。その隙にまんまと逃げられたのだ。敵ながら天晴だというしかない。

 「それでこの像が今ここにあるんですね。でも、そうすると相手の正体は分からずじまいですか……」

 (いや、見当はついておる)

 「え?そうなんですか?あ、そうか。追っている時に姿を見ているから分かったんですね?」

 (否、最後まではっきりと外見は分からなんだ。ただ、矢文の文面にしっかりと記されておった)

 その紙を広げてナリスに見せる。そこには綺麗な文字でこう書かれていた。

 『命が惜しければ、この件から手を退け。――G』

 「えっと……この『G』というのは何ですか?署名のように見えますけど……」

 (その通り。それは魔法教会の秘密組織とされている通り名じゃ。通説ではナミノリスの『グオルタ・ヒジャーニ』の略で、意味は『知恵ある者たち』という意味を表す)

 「え?ナミノリスって確か魔法の原語ですよね?もうほとんど使われていないというか、使えないっていう……あ、魔法教会だからこそ、なのか」

 (よく知っておるな。魔法士でも、ナミノリスのことを知っているのは正しい知識を持つ者だけじゃが……野浪やろうで独学にしては良い学びをしていたようじゃな?)

 野浪というのは魔法教会に属さない魔法士を指す。師匠やわしもその部類で、何らかの理由で教会に入りたくない者というのは大陸には一定数いたりする。また、教会員のみしか知り得ない情報というのは多々あったりもするが、魔法の道を究めんとすればそれらの情報は文献さえ当たれば分かるものなので、教会に所属せずとも知ることは不可能ではなかった。

 「親切に教えてくれた魔法士の人がいたので……」

 (そうか。とにかく、あれがGの手の者であったのなら、像よりも自らの隠匿を図ったのもうなずける。かの組織の者は絶対に人前に姿を現さからな。追われるなどというのはもっての外であったじゃろう)

 「そういうものなんですね。でも、そのわりにわざわざこんな警告をしてくるというのは、おかしくありませんか?」

 さすがにナリスは鋭い。

 (実はわしも当初はそう思っておったのじゃが、理に適っていないこともないと気づいた。つまり、かの組織は秘密主義ではあるが別に犯罪集団ではない。魔法を悪用するようなことがない限り、敵対行動をする道理もないどころか、被害を抑えるためにも遠ざける処置をするのは当然だ。脅すようなやり方ではあるが、一般人を巻き込まぬように配慮したと考えれば納得はいく)

 「なるほど……でも待ってください。普通の人は『G』なんて署名を見ても何も分からないのでは?」

 (一般人であれば、じゃな。相手はわしが使い魔だと分かっているからこそ、試す意味でも残したのじゃろう。魔法士であれば知っている可能性は高い。逆に知らなかった場合、どの程度の魔法士なのかという指標にもなる)

 「そっか。ゼーちゃんを監視していたなら、その動きからして鳥の使い魔だって思うのは当然ですよね。像を奪うような自然の鳥はいるわけありませんし……それで、この後はどうするんですか?この像をどこかに鑑定に出すとか?見たところ、おかしなものは感じませんけど」

 しげしげと像を見つめながら、ナリスが聞いてくる。

 正直、そこは迷っている最中だった。

 鑑定してもらうのも手ではあるが、素直に返して様子を伺うというのも一つのやり方だ。替えがないという話であるから、返さなかった場合にオルドンたちに良からぬことが起こると寝覚めが悪い。儀式関連に使用するのならば、確認するためにも戻した方がいい気はしていた。

 魔道具関連の鑑定士という職業は大陸に存在するが、この像からは魔力はほとんど感じられない。果たして何か見つかるのかも疑問だ。わしも一応調べてはみたが、特別なものは見つけられなかった。考えられるとすれば、何か別のものと対になっていることぐらいだ。単体では意味をなさない、というような推測は成り立つ。

 何にせよ、それらを確かめる術はない。

 考えをまとめていると、不意にシィーラが言った。

 「それってさ、中になんか『ぐにゅにゅー』なものがあるねー」

 「ぐにゅにゅ?」

 (ふむ、何か違和感があるということか?)

 「うん、なんか変だねー、ちょっと気持ち悪い感じー?」

 妖精ユムパが嫌うということは自然物ではないということだろうか。自分で改めて見ても何も感じるものはない。だが、シィーラのそれが決定打となった。

 (ふむ。やはり、これは一旦戻して様子見しようと思う。常人で感じ取れぬ何かがあるのなら、その用途を確認した方がよいじゃろう)

 「そうですか。明日はわたしたちも同行した方が?」

 (いや、Gも来る可能性が高い。お主らとのつながりは極力隠しておきたい。わし一人でいく。それと、これからは一層監視の目に気をつけてくれ)

 「気を付けるってどうやってー?」

 (それは、その……心構えというやつじゃ)

 具体的に問われても困るのが正直なところだ。常に辺りに気を配れというと言うのもいいが、やたらときょろきょろしている姿が浮かんで逆に不審者だ。それに、わし自身すら気づけなかった相手もいる可能性がある。何をどうするという細かい指示は難しい。

 「つまり、ががっぱん!って感じだねー」

 (う、うむ、そんな感じで頼む……)

 相変わらずシィーラの表現は分からないが、半ばヤケでそう答えるしかなかった。




 翌日。例の集会所では、オルドンが何やら覚悟を決めた顔で手を組んでいた。顔色は良くない。

 像を取り返せないまま、当日を迎えたからだろう。

 軽く周囲の会話を拾ったところ、儀式とやらは決行することで進んでおり、それまでにどうにかなる見込みがあると周りには伝えているようだ。

 当然の如く、嘘だ。 

 中止することもできずにそう言うしかなかったのが、わしには分かる。既にそっと見つかりやすい場所に像を置いて来たので、しばらくすれば戻ったことに気づくだろう。それよりも、気がかりなことがあった。

 Gの存在だ。

 あんな警告を寄越すくらいだから、この場所をどこかから監視していることは間違いない。

 相手方には鳥であるこちらの存在がバレている。隠蔽の魔法をかけてはいるが、認識される確率は高い。いつもより慎重に位置取りや死角を意識して動いてはいるが、今この時もどこかから見られている気がして心が休まらない。

 少なくともまだその気配は感じていないが、目視できない限り魔力探知を駆使しても見つけられるかどうか、それすらもまだ未知数だということが不安要素だった。それでも、今夜の儀式は確認する必要がある。

 言わば、内と外、両方に気をつけながら見届けなければならないということだ。なかなかに厳しい状況だ。

 「――今日のあれって、あのうるさい女の姉かなんかなんだろ?どうして、そんなのが選ばれたんだ?」

 「おい!無闇にそのことを口にすんな。ヤツらが関わっているって話だぞ?とばっちりでおれまで巻き込まれたらたまらん」

 「……その噂、本当なのか?」

 「知らんが、万が一ってこともあるだろ」

 ひそひそ声になった二人の会話はそれ以上聞こえなかったが、気になるぼかしが幾つかあった。他のおしゃべりからも拾い集めたものを判断すると、どうやら儀式の主役はモーリの姉が対象らしい。具体的に何をするのかなどの内容は不明だったが、選ばれることはダリドアリ教の中ではかなり名誉なことらしい。

 だからこそ、この儀式は滅多に行われることがなく、その主催者側も特別な役職の者が取り仕切るということで、謎の神官クラスの者が来るという話になっていた。その謎の人物こそ、皆が明言を避けて恐れていることからシャダク隊の関係者だという推測ができる。

 勿論、都合のいい解釈かもしれないので確証はまるでない。一方で、Gがこの像を見張っていたのなら、そこにつながるという可能性も高くはないだろうか。

 いずれにしても、この儀式を確認することはやはり意味がある。

 下見した中では一番良さそうな位置を確保して、わしはじっと儀式が始まるのを待っていた。

 昨夜のGの気配は依然として感じられない。かえって不気味で警戒を強めるものの、何も見つからなかった。

 やがてダリドアリ教徒らしき者たちが続々と集会所に集まってくる。それなりの数がいるはずなのにやけに静かだ。音を立てないような制約があるのかと勘ぐっていると、本当にそうらしく、無駄口を叩いていた二人が厳しく叱られているのを見た。今夜の儀式は特別で、厳かに執り行われなければならないということのようだ。

 大多数の人間が無言で広間に整然と並んで座っている光景は、異様でありながらもどこか壮観でもあった。

 彼らが今か今かと待っている視線の先には、二段ほど高くなった舞台のような長い板の間がある。

 どうやらそこでモーリの姉と何某が儀式を行うとのことだ。

 奇妙なのはまだその何某、儀式の担い手が姿を現した様子がないということだ。迎える準備をしている人間は見かけたが、未だに連絡もなく焦っている様子を少し前に確認した。オルドンは落ち着いて待っていればよいと動じた様子はなかった。直前に来るものらしい。

 今回の主催者側の責任者でもある神官は、像がいつのまにか返ってきたことに頭をひねっていたが、理由よりも安堵の方が勝っているらしく、今はこの儀式の進行に集中している。モーリの姉の方はちらりと見かけたが、全身を黒い布で覆ったような装束に着替え、ドーリとは別な完全に視界を塞ぐような布で目隠しをされている状態だった。見方によっては、無理やり拘束されて拉致されたように見えなくもない格好で、ダリドアリ教はやはり謎だ。

 それからしばらくして、辺りが急にざわざわとし始めた。

 舞台袖でも慌ただしく動きがあり、舞台の上に椅子と仰々しい台座に載せられたあの像が運ばれてきた。

 いよいよ始まるらしい。

 オルドンに手を引かれてモーリの姉が椅子に座る。黒ずくめのその姿はある種の像のようで、目の前のそれと酷似しているようにも映った。直立不動のような形で顔も隠されている。何度見ても、たいした造形美もない習作のような像だ。装飾された台座の方が高価そうなほどだった。

 「もうじき、仲介人の方が来られます。今しばらくお待ちを――」

 オルドンがそう言いかけたところで、舞台袖から一人の男が進み出て来た。

 「もう着いている。早速、儀式を始めるが、よいな?」

 挨拶も何もなく、オルドンを押しのけるようにして現れた男は、奇妙な仮面を被っていた。服装は黒いローブでダリドアリ教徒らしいと言えばらしいが、その仮面だけは異様だった。眼の部分だけがくり抜かれている平面的なものだが、その眼の凹みは空洞ではなく、鈍色の鉱石のようなものがはめ込まれている。それが周囲の薄明かりを反射して、何とも言えない奇妙な輝きを見せていた。

 一体いつからそこにいたのか、どこから来たのか。まったく気づかなったことに驚く。外見だけではなく、ただ者ではない登場の仕方だ。

 「は、はい……」

 男の低い声と有無を言わさぬ態度に、尻込みするようにオルドンがその場を明け渡す。

 仮面の男は徐に像を持ち上げ、何かを確かめるように目の前でしげしげと見つめた後、満足したように台座に戻した。

 「この者にダリドアリ様の特別な加護を与える。他の者もこれに倣い、一層の信仰を捧げよ」

 モーリの姉が何の功績でその恩恵にあずかれるのか分からなかったが、教徒たちが「おお……」とひれ伏した様子からして名誉なことなのだろう。

 次いで、仮面の男が懐から何か紙束を取り出して像に張り付ける。魔札のように見えるが、書いてある字は見知らぬもののように見えた。

 無造作に張られたそれが馴染むと、像がゆっくりと怪しく光り始めた。

 どういう仕組みなのかはさっぱり分からない。魔札の効果だとしても、像そのものが内部から輝きを発しているように見えた。しかも、その色合いが表現できない。まるで黒く光っているとでも言うべき色合いで、実に妖しく見る者を魅了している。

 同時に、モーリの姉が「ううう……」と呻き声を上げた。苦しそうな様でいてどこか恍惚とした艶やかな声だった。

 何とも言えない空気が場を満たす中、像の輝きが増すにつれて、モーリの姉の身体からも同じく靄のような霧のような何かが湧き出ていた。

 皆が固唾をのんで見守っていると、仮面の男がその影のような何かに触れ、引っ張るようなしぐさで像へとその手を動かす。よく見ると、その両手は手袋をしているようだった。

 一体何が行われているのか。

 分かったのは、この儀式とやらがあまり良いことではないということだけだ。舞台の上で渦巻く魔力、マナの流れが不穏な雰囲気だった。モーリの姉から何かが奪われている感覚がある。具体的にそれが何なのかは不明ではあるものの、決して健康にいいことではあるまい。集会にいるダリドアリ教徒たちはそのことに気づいていない。

 逆に、それが名誉なことだと聞かされているに違いない。

 どうするべきか逡巡する。

 人道的にはモーリの姉を助けてしかるべきだが、この儀式を最後まで見届けて何をしようとしているのかを確かめたい気持ちがある。彼女を犠牲にすることになるが、これ以降の不幸を防ぐことになるかもしれない。

 色々と考えを巡らせている間に、仮面の男が妙な声を出し始めた。呪文のような何かだ。意味不明な言葉の羅列で、何かの言語かどうかも怪しい響きだった。自分がすべての言語を知っているなどと言うつもりはないが、胡散臭さが滲み出ている。その微妙さをしかし、ダリドアリ教徒たちはまったく疑っていない。何か凄いことが起きているといった雰囲気にのまれ、有難がっている様子だ。妄信者は救いようがない。

 いよいよモーリの姉から湧き出ている黒いもやが大きくなり、像の方に近づく。何らかの方法で、あれを像に移送しようとしているのだろうか。

 と、その時。

 舞台の床板の一枚が不意に動き、一人の男の頭がひょっこりと現れた。

 頂点が大分薄くなっているごま塩頭は、そして呪文もどきを発生していた仮面の男と視線が合う。

 「あ……?」

 「……!?」

 お互いに絶句し、沈黙が辺りに落ちる。何が起こっているのか、理解できない間がそこにあった。

 あまりの斜め上の展開にすべての時が止まったように思えた三秒後、

 「し、失礼しやしたー!!」

 ごま塩頭が再び床下に消えてから、大混乱が生じた。

 当然の結果だ。

 儀式は中断され「不審者が下にいるぞっ!!!」「何者だっ!?」「どうしてここにっ!」「神聖な儀式がっ!」と怒号や悲鳴が飛び交った。

 わしも「は?」という状態で数秒固まっていたぐらいだ。

 どう見ても偶然というような状況だった。そんなことがあり得るのか?いや、実際に目の当たりにしてしまった。

 とにかく、すぐに意識を切り替えて次の行動に移る。

 この騒動に便乗しない手はなかった。

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