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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第十章:破片の芯
84/225

10-1


 今日もシィーラはマワリと遊んでいる。

 本人たちによると例の落書きの解析作業らしいが、意味不明で何かが進んでいるようにもまったく見えないので好きにさせていた。とりあえず、近況でナリスたちにできることはあまりない。魔力狩りに関しては、未だ次の事件を待っている待機状態だ。

 妖精の杖に関する調査の方は一旦保留になっていた。占い師のダーヴナーヴの依頼が終わらないことには、情報が得られない。そのために見聞屋のブリッツが今走り回っている。そちらも待ちと言えば待ちになる。

 ただ一人、待機しているわけではないのが自分だ。

 睡眠を必要としないこの妖精もどきの鳥の身体は、こういう時に喜ぶべきか嘆くべきか微妙なところではあるが、とにかくいつでも自由自在に動けるがゆえに、孤軍奮闘している状況だ。昨夜の右区の歓楽街での視察を朝方まで続け、昼間は昼間でやはりダリドアリ教徒の動向を追っていた。

 裏派の陰影部隊という組織の中でも、とりわけ異彩を放つシャダク隊というある種の武闘集団の尻尾を掴むべく、様々な場所から噂話やその実態の情報を拾い上げようと耳を澄ませている。その結果分かってきたのが、かなりの秘密主義の集団であるということだ。

 情報を秘匿しているのもあるのだろうが、実際はそれよりも何かを漏らしたら粛清されるという恐怖に支配され、口をつぐまざるを得ないという状態が正しいように思えた。それほどの畏怖と脅威を与えているということだ。

 肝心のリーダーであるシャダクという男についても、とにかく関わるな、逆らうなという程度の噂しかなく、その正体が不明だ。思ったよりも難航しているので、ここは敵の敵は味方方式に乗り換えることにした。先のイビサ村で諜報活動をしていた組織から、情報を盗むことにした。

 忍者のような装いをしたあの集団はどうやら、ヴァーズ州レジホーン国の諜報組織のようだった。レジホーンはデルデ=ガルデの街を所有する国で、ある程度の自治権を認めているとはいえ、ダリドアリ教のような宗教団体が幅を利かせている状況を看過できなくなって実態調査をしている、そんなところらしい。

 元々レジホーンからは執政官が派遣されており、デルデ=ガルデの独裁はさせないようにしているのだが、その執政官が取り込まれて本来の役割が機能していない現状があるということだ。健全な政というのはどこでも難しいのは世の常である。

 とにかく、そうした諜報組織であるので、当然の如くダリドアリ教の情報を大量に集めており、自ら足で稼ぐよりも効率は良かった。

 何よりシャダクという謎の男一人よりも、忍者たちを追えばアジトは見つかり、彼らの会話から様々なことが知れるので有難かった。やはり数は力である。

 その結果分かったことは、シャダク隊という集団の狡猾さだ。

 まず、隊員は専任ではなく兼任であることがよく考えられている。仲間内でも誰がシャダク隊が分からないということで、下手に噂話もできないという牽制が自然とでき、先の情報秘匿につながっている。

 次に、シャダク本人の素顔が知られていない。常に仮面をつけてしか人前に現れないという人物で、もしかしたら普段は何食わぬ顔でただの教徒として生活しているかもしれないということだ。変装ごときで別人になれるかと思うかもしれないが、仮面に身体を隠す大き目のローブを着て、上手く声音を変えられるならば分からないものだ。

 この謎のシャダクのみが隊員を把握しているというか、自らスカウトして選んでシャダク隊を編成したらしく、他に全体を知る者がいないという。横のつながりもなしに隊と言えるのかという話もあるが、連携せずに独自に動くことでこなせる仕事もあるだろう。シャダク隊の主な仕事はダリドアリ教徒に反感を持っている者への暴力を辞さない粛清と威圧行為、教徒内の不満分子の排除という内部監査の役割が主なようだ。情報収集能力にも長けた少数精鋭に近い。

 以上から、シャダク隊は独裁部隊ですべてが一人の男の肩にかかっている。そこを押さえられていないので、情報不足だということだ。素顔も見せない怪しい男がなぜ裏派の重要な立場にいられるのかと言えば、街長の強力な推薦があったことが原因のようだ。しかも、シャダクは半年ほど前にダリドアリ教に参加した新参者ということだ。そこから瞬く間に功績を積み上げ、すぐさま重役を勝ち取ったということになる。優秀であることは間違いない。立ち回りからして非凡な才を感じる。こんな中継都市には似つかわしくない。一体どこからやってきたのか、微妙に引っかかりを覚える。

 何より問題なのは、これだけ調べ上げていても未だにシャダクという男の正体が分からないことだ。一つの諜報組織が必死に探しているのにも関わらず、その尻尾もつかめていない。そんな男を自分一人で見つけられるとは思えなかった。何か決定的な手がかりがない限りは無理だろう。

 情報は得たが、目に見える進捗はない。手強さを再確認しただけだ。

 いや、まだ細かい断片情報がある。

 不完全な情報ながらも、裏派が魔力狩りに関わっている可能性や外部のある大物がダリドアリ教に接触してきた噂。シャダクがその回し者だという仮説や、ピリエ街長その人が大陸の裏組織の一人だというものまで様々な憶測が飛び交っている。更には、特殊な魔法を使う者の存在や、魔法教会の秘密組織である捜査員も調査に乗り出しているという話まである。どこまで信じればいいのやらといった不確かな噂であっても、真実は含まれているものだ。

 特に気になっているのは、あの死体処理屋の男だ。

 ダリドアリ教が魔力狩りに関わっているとすれば、あの男はどういう立ち位置になるのか。証拠隠滅をしている関係上、やはり犯人はダリドアリ教徒ということになる。その点に関してはボーランもおそらくダリドアリ教の指示で魔力狩りが行われているという結論には至っていた。ただ、その目的が不明だ。実行犯の影が見えない。

 そのための鍵があの男にあるのではないか。わしはそう睨んでいる。

 シャダクと違って顔は分かる。もう一度見かけられれば追跡は可能なはずだが、さすがに個人を街中で偶然見つけるのは難しい。出入りしていそうな場所を特定するのが一番の近道だろうが、怪しい人間が丁度良く集まっている店などあろうはずもない。

 ここまでたいして話題にも上ってこないことから、忍者たちは魔力狩りにはあまり注目している気配はない。必然的に監視していない範囲で地道に探すしかなかった。

 昼間の右区を飛びながら、何か変わったことはないかと視線を巡らせる。通りは騒がしくはないが、決して賑わっていないわけでもない。夜とはまた趣の違った活気があるというのが正しいだろうか。

 基本的に黒を基調とした服を着ているダリドアリ教徒は目立つのですぐに分かる。顔にはドーリと呼ばれる聖布をしているので判別しやすい。暗闇を好むとはいえ、昼間でも生活している者は一定数いる。そんな彼らなんとなく目で追っていると、時折屋根上を同じく黒い何かが飛び跳ねて移動しているのを見かける。例の忍者たちだ。

 夜に紛れるのにあの装束は有効であろうが、昼間では逆に悪目立ちする気がしてならない。素早い動きなので知らなければ気のせいくらいにしか映らないかもしれないが、一度知ってしまうと気になって仕方ない。

 そんなことを思いながら路地の一つを何とはなしに見ていると、何やら慌てた様子で走っている一人の女が気になった。やたらと後ろを振り返りながら、その胸元で大事そうに何かを抱えている。布で包まれているので中身は分からない。よく見かける光景だ。

 つまり、何かを盗んだ人間が取る行動に似ていた。別にそれだけならありふれている日常とも言える。窃盗などいつでもどこでも起こっている世界だ。それでも気になったのは、その背後からダリドアリ教徒らしい者が追いかけている点だ。

 その教徒が通常の者ではなく、上位の神官であることが興味を引いた。ダリドアリ教では一応階級分けがあるらしく、神官、一般教徒、教徒見習いといった三段階に分かれる。下の二つの見分け方はいまいち不明なのだが、少なくとも上位の神官に関してはドーリに白い一本線が入った特殊なものを使用しているので分かりやすい。

 あまりその数も多くない神官が、自ら誰かを追いかけているというのは珍しいのではないか。単に痴話喧嘩という可能性もないわけではないが、何となくその動向を見守ることにした。他に何もすることがなかったということではない、断じてない。

 逃走劇はしばらく続くかに見えたが、女の方がある行き止まりにはまって唐突に終わった。

 追い詰めた男が言う。

 「もうあきらめて、それをこちらに返しなさい、モーリ」

 「いや!それ以上来ないでください!」

 女はかぶりを振ってそれを更に抱きしめる。布が少しめくれて、抱えていたものが何かの像だと分かる。

 「まったく……それを持ち去ってどうしようというのだね?」

 「こんなものが、こんなものがあるからっ!!」

 ヒステリックに叫んだ女は、急に胸に抱えていたそれを持ち上げた。

 「ま、待てっ!!そんなことはしてはいけないっ!君だけでなく、家族にまで迷惑がかかるぞっ!?」

 自棄気味に像を落として壊そうとした女を、必死に男の方が宥める。

 どうにも二人の関係性が見えてこない。女の方がダリドアリ教徒なら分かるが、見たところ単なる平民だ。

 「そんなこと言われてもっ!もう……どうしたらいいか……」

 びくっと女が体を震わせて、力なく振り上げた腕を下ろす。

 「とにかく落ち着きなさい、モーリ。お姉さんのことで動揺しているのは知っている。ご両親も心配していたからね。だからといって、勝手にそれを持ち出しても何も解決はしないよ。さぁ、とりあえずそれを返しなさい。話はそれからだ」

 「でも……でも、オルドンさんも結局あいつらの仲間でしょ……!」

 「わたしは確かにダリドアリ教徒ではあるが、奴らとは違う。教団の中にも色々と派閥があるのだよ。とにかく、今ならまだ君がそれを盗んだことは公にはなっていない。悪いようにはしないから、わたしを信じるんだ」

 「でも……」

 モーリはどうしていいか分からないように、またその像を抱きしめてうずくまった。オルドンと呼ばれた神官を信用していいか迷っているように見えた。

 詳しい事情は分からないが、これは何かに使えそうな気がして、わしは魔法でモーリの腕の中の像を引き寄せた。

 しっかりと抱えていても所詮は女の筋力だ。不意打ちと魔法の力には敵わない。

 「あっ!?」「なんとっ!?」

 二人の驚く声をよそに宙に浮いた像を壁の向こうへ、彼らの視界の外に運ぶ。妖精魔法の念力のようなものだ。

 その際に布が剥がれ落ちてその像が露になった。

 人型のようではあるが直立不動のかたちで両手も体についているためよく分からない。ただ、その顔はドーリのような布で隠されていた。もしかして、ダリドアリ像なのだろうか。ダリドアリ神そのものの姿形を知らないので何とも言えない。

 その像をしげしげと眺めながら、壁の向こうで慌てている二人の会話にも耳を傾ける。

 「ど、どういうことだ……?勝手に飛んで行ったように見えたんだが?」

 「え、ええ、そう見えました。まさか、本物のダリドアリ様が宿っていたんですか?」

 「いや、いやいや、わたしだってそんな話は聞いていない……しかし、実際に目にしてしまった……一体どう解釈するべきなのだ?」

 やはりダリドアリ像らしい。しかし、このような偶像を崇めているのを見たことはないし、どこかで売られていた記憶もない。通常、こうした偶像はお守りなどと称して法外な値段で信者に売りさばかれる。向こうの当惑とは別の意味で、こちらも混乱していた。

 「よ、よくは分かりませんが、とにかくあれがなくなったのなら、それはそれで良いことだと思います。あんなものがあるから、みんなおかしくなってしまったんです」

 「それは違うぞ、モーリ。そもそも、皆はおかしくなどなってはいない。君だけが少しまだ理解できていないだけだ。なにはともあれ、わたしはあの像を取り戻さねば……この壁の向こうだったな。まわり込んで回収せねば……」

 「もうやめてください、オルドンさん。あなたがなぜダリドアリ教に入ったのかはもう問いません。それでもまだあなたは善人だと知っています。でも、これ以上皆を惑わせないでください。お願いします」

 「……モーリ」

 オルドンは悲しそうな顔で首を振ってから、何か言葉を継ごうとして、あきらめたようにその口を閉じた。何を言っても、今は届かないと思ったようだ。

 「……わたしは像を追うよ。とにかく君は家に戻りなさい。皆が心配している」

 二人はそうして気まずい沈黙で別れた。

 ダリドアリ教のことでもめていることは分かったが、具体的なことは不明だ。わしはどちらを更に追うべきか一瞬迷った後、モーリと呼ばれた女を選んだ。神官のオルドンの方が有益そうだとは思ったが、ダリドアリ教に偏った人間よりは批判的なモーリの方が得るものが多そうだったからだ。

 妙な像は持ち運ぶわけにもいかないので、とりあえずは背の高い樹木の上の方に隠しておく。後で見聞屋などに渡して調べてもらうつもりだ。

 モーリという女はダリドアリ教徒ではなさそうだったが、帰った家は教徒のそれに見えた。周囲の人間も皆ドーリで顔を隠した者がほとんどだ。その地区全体がダリドアリ教徒の住処のようになっている。こういう区画があることは右区を飛んでいると度々目にしてきた。

 窓からこっそりと覗いていると、モーリの両親らしき二人は寝ているらしく、姉と思しき女が咎めるようにまくし立てた。

 「モーリ、あんたまたオルドンさんを困らせていたの?さっき、血相変えてどこにいるのか尋ねて回っていたわよ?まさか変なことしたんじゃないでしょうね?あんたがダリドアリ様を信じないのは勝手だけど、あたしたちに迷惑かけるのは止めてちょうだい」

 「迷惑してるのはこっちよ、姉さん。他のみんなもどうかしているわ。どうして目を覚ましてくれないの……」

 「またその話なの?いい加減、あんたこそ認めなさいよ。あたしたちはダリドアリ様のおかげで幸せになってるじゃない。近所の人たちにまでたわごとを吹き込んで、母さんたちまで変な目で見られるじゃない。いい加減、子供みたいにわがまま言うのはやめて、家族一緒に生きていこうと思わないの?」

 「だから、そのために頑張ってるんじゃないの。それなのに、全然人の話を聞かないのは姉さんたちの方だよ」

 「その言葉、全部あんたに返してあげるわ。聞かないのはそっちでしょ。どうして分からないのかしら?」

 その後も延々と平行線でお互いに自分の主張だけを押し付けるように言い合っていたので、こちらもうんざりしてきた。不毛な会話なことに気づかないのだろうか。

 しばらくモーリはそこから動きそうにないので、ご近所の噂話を盗み聞きすることにする。昼間でも活動している人間がちらほらいて、その誰もが主婦層だったので井戸端会議には事欠かなかった。

 拾い集めた情報を整理すると、どうやらモーリは家族の中で唯一ダリドアリ教徒ではない変人扱いのようで、その界隈ではちょっとした有名だった。それでも無下にしないのは、昔からの付き合いがあるからで、特にモーリの両親が敬虔なダリドアリ教徒の模範であることから大目に見られている気配があった。

 また、この地区出身の神官であるオルドンが取りなしている面もあるようだ。彼はモーリを心変わりさせるべく熱心に勧誘しており、そのうち折れるだろうと楽観しているといった雰囲気もあった。要するに、誰もがモーリがいつかはダリドアリ教徒になると信じて疑ってはいないということだ。

 そのモーリが持ち去ったらしいあの像については、特にこれといった情報がなかった。勝手に盗んできたような話だったが、そうした話題はついぞ一度も聞かなかった。少なくともこの教徒たちが使っていたものではなさそうだ。ただ、よく集会場として使われるある屋敷の話をつかんだ。

 早速、ちらに向かってみると、そこでは慌ただしく動いている者たちがいた。

 その会話から察するに、あの像を探していることが分かる。やはり、モーリがここから盗んだようだ。

 「おい、やっぱりどこにもないぞ?」「ヤバいな。あれって儀式に使う時に必ずいるんだろ?」「それって明日の夜には必要だってことだよな?どうすんだよ?」「オルドン様が心当たりを探してくるって行って出てったけど……」「どういうことだ?まさか、持ってったやつがいるってことか?」「え、盗まれたってことなのか?」「だって、掃除するとき以外、誰も触れたりもしないやつだぜ?」

 知りたいことを分かりやすいくらいに話してくれる、こういった迂闊な者たちは大好物だった。人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものだ。

 ともあれ、気になるのは儀式とやらだ。

 思い出すのは当然ハニマニの宴のことだが、あの場に像があったことはまったく記憶にない。別の儀式のことだろう。そう思って他の儀式に関する情報を引っ張り出す。他に知っているのは恩恵の儀式と闇眼あんがんの儀式だ。前者はダリドアリにどれだけ信仰を捧げているかという建前で、実際の奉納金がどれだけあるかという俗物的なものでどうでもいい。関係があるとしたら後者だろう。

 確か真っ暗闇の中でただひたすら祈りをささげ、その長さで信仰の強さをはかるという常人には理解しがたいものだ。曰く「闇の中でダリドアリ様とどれだけ長く対話できるか」が重要だとかなんとか。一般的に人は何も見えない暗所に閉じ込められると、時間が経つにつれて精神がおかしくなる傾向にある。その意味では、ある種理に適ったものなのかもしれない。

 実際にその現場を見たことはないが、もしかしたらその暗闇の場所に実は像が配置されているという仮説は成り立つ。どういう役割をしているのか不明でも、儀式にそうした小道具は不可欠ではある。

 ここは敢えて元に戻して、その儀式とやらを確認するのが良策か。明日の夜に使う予定があるのなら丁度いい。いや、逆に紛失が確定的であればどこかから予備を用意するかもしれない。その線を追った方がいいだろうか。

 今後の方針を決めあぐねていると、オルドンが屋敷へと戻ってきた。

 「オルドン様、像は見つかりましたか?」

 「すまない。探したが見当たらなかった」

 「そ、そうですか……本当に盗まれたってことですか?犯人捜しはともかく、どうしましょう?明日の夜にはあれが必要です。替えとかはあるのでしょうか?」

 「いや、残念ながらそれはない。あれは特殊なものが施されていると説明を受けたのでね……最悪、中止にするよう伝達するしかあるまい。もう少し何か手がないかわたしは考えてみるから、皆には動揺が広がないよう騒ぎ立てないように頼みたい」

 「わ、分かりました。でも、中止は多分……いえ、とにかく、落ち着くように話してきます」

 教徒がそうして去っていくと、オルドンは疲れ切ったように部屋の椅子に腰を下ろした。その表情は厳しい。中止にできない理由とは何なのか。

 そして、気になったのは『特殊なもの』とやらだ。一見したところ、あの像にそのような何かがあったようには思えない。もう少し詳しく自分で調べるべきだ。

 急いで隠した像のもとへ戻ると、予想外の事態になっていた。

 像がそこになかったのだ。

 強風か何かで落ちたのかと探してはみたが、そんな様子もない。一体どういうことなのか混乱していると、どこからか矢文か飛んできて更に困惑する。

 それでもとっさに射られた方向を確認すると、屋根の上から人影が消えるところだった。即時離脱とは手練れに違いない。一体どこの誰が、何のためのこんなことをしているのか。とにかく、像は盗まれたということだ。瞬時にそう結論づけると、中身を確認することなく矢をくわえてその後を追う。

 色々と思うところはあったが、今はあの影を逃してはならない。

 わしが隠したところをどこかで見ていたとしたら、ずっと監視されていたことになる。尾行されていたことに気づかないほど自分が間抜けだとは思いたくない。真相を問い質す必要がある。隠蔽魔法で隠れていたわしが見られていたとするなら、シィーラたちの存在もバレている可能性が高い。非情に危険な状況だ。

 何が起こっているのか一刻も早く把握せねば。

 人影が消えた方向へ一目散に飛び込み、相手の行方を見極める。

 くわえた矢からはわずかにマナを感じる。相当の飛距離を飛ばしたのだ。風魔法で通常の距離より遠くへ射たのは間違いない。そのマナと同じ波長のものを魔力探知で追う。ほんの僅かしかないため心もとないが、妖精魔法の効果は絶大だ。微かに残った相手の魔力の痕跡でも捕らえられる。

 鳥であるこの身体を今ほど嬉しく思ったことはない。上空からの追跡は圧倒的に有利だ。

 相手もこれほど追いかけまわされるとは思っていなかったようだ。自分が追われる立場になっていることに気づいたのは流石だが、逃げきれないとは露ほども思っていなかったのだろう。途中から慌てた様子で建物などを駆使してこちらの目から逃れようとしていたが、マナと魔力を特定している以上、わしに死角はない。

 とことん追い詰めていくと、次第に向こうも自分の魔力が原因だと分かったようで、一計を案じられた。

 突然井戸に飛び込んだのだ。

 それはもう使われなくなった廃井戸で、地下へとつながっているらしい。完全に上空から見えない場所な上、マナの流れも大地を挟んで薄れる。見事な機転だ。

 だが、あきらめるわけにはいかない。

 当然わしもその後を追って井戸へと急降下した。

 最下層からは横穴が続いており、相手がそちらへ走り去っていく足音が響いていた。

 逃がさぬ。

 まだまだこの追走劇は続きそうだった。

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