9-9
第零騎士団の特殊伝令部隊であるニジェが連絡をしてきたのは、ある日の夜のことだった。
突然すぎる訪問だったが、当の方人は至って自然にやってきた。
「――やはり連携はしていないようだな」
久方ぶりの再開の挨拶もそこそこに、現状の報告をし終えた後の一言がそれだった。
「その言い方からすると、こうなることが分かっていたようですが……」
「ああ、少しクセがあるというか、色々とこじらせている奴でな。シィーラ=エンドーラとナリス=イラファンのような男女の組み合わせであれば尚更出て来る可能性は低い」
「え?それはどういう……?」
「まぁ、それはこの際どうでもいい。調査にまだ進展がないのも理解した。こちらもすぐに結果が出るとは思っていない。ただ、次回は何らかの当たりを期待している」
どうでもいいと一蹴されたが、最初から個別に動くことは前提とされていたので驚きはない。言い方は少し気になったが既定路線だったのだろう。
「今後も各自で動けばいいと、そういうことですね?」
「ああ、その認識で問題ない。それより、先程からナリス=イラファンが当然の如く受け答えをしているが、糸はシィーラ=エンドーラの方だったはずだ。そちらが内縁の妻のような相棒であることは理解しているが、当たり前のように糸の態度であるのもどうかと思うぞ?」
「あ……」
「別にいいじゃーん?秘密は守るしー」
まったく良くはない。向こうが正論だ。正確な関係性はともかく、騎士団の機密を公然と話している時点でナリスの関与は確定的だ。それを知りながら許容しているあたり、第零の規定としてありなのだろうか。下手につつくと寝てる虎を起こすことになりそうなので質問はしないが。
今回もこちらの失態だ。ナリスを頼りすぎて、当たり前のように矢面に立たせすぎていた。己の配慮が足りていない。気を引き締めねば。
(その件の反省は後にして、せっかくの訪問だ。金銭面の追加を申し出ておいてくれ)
話題を変えるためにもナリスがそう告げると、ニジェは予想していたのか淀みなく受け入れた。
「……そろそろそうなのではないかとは思っていたわ。何やら小遣い稼ぎもしているみたいだし……ただ、手配はするけどすぐにというわけにはいかない。用意ができ次第連絡をする。活動拠点のこの小屋でいい?」
「ええ、ここでかまいません……」
小遣い稼ぎというのはシィーラとナリスが働いている料理屋のことだろう。そこまできっちり把握しているのは流石だが、魔力狩り調査に来ているのに他の仕事をしていることについて特に何も言ってこないのは、それが捜査の一環だと思っているのだろうか。方法は自由なので気にしていない可能性もあるが、一体何をしているのかという非難の眼差しが若干含まれている気もしないでもない。
ナリスもそれを感じたのか、少し視線が泳いでいた。気にしていないのは妖精のみだ。
「なるはやでよろー!」
当の本人は店の同僚の若者言葉にすっかり毒されていた。正直、力押しで雇わせた経緯がある上にシィーラの技量からして迷惑しかかけないと思っていたが、ナリスのフォローとある一つの仕事に特化した適応性を見せつけ、意外にもうまくやっているようだ。
それはともかく、ニジェは事務的に話を続ける。先程からシィーラの応答は意図的に無視しているようだ。ある意味正しい反応だ。連絡員だけあってさすがに適応力が高い。
「では、次にこちらからの連絡を幾つか伝える」
それは第零騎士団の定期連絡事項らしく、他の団員の大まかな活動内容と暫定の集会予定だった。前者は不測の事態の折に他の仕事を引き継ぐ可能性もあるため、一応頭の片隅に入れておく程度の情報で実質噂話のようなものに過ぎない。だいたいどの地域に現在の仲間がいるかという指標のようだ。
後者は、その地域のヌーリャ、第零団員で不定期に集まって情報交換をするという趣旨のものらしい。普段から各地に散らばったまま滅多にロハンザの街にも戻らない任務なので、近場で固まった人間で横のつながりを一応強化するという目的らしい。ただし、潜伏任務などもよく行われているために自由に身動きが取れる者は少なく、本当に不定期で開催されることも稀とのことだ。
今現在、同じ街にいるという他の団員ともそこで会えるのだろうか。それらなばいっそ、ここで機会を設けた方がいい気がするのだが、そういう話にはなりそうもない。
ニジェはそれらを説明し終えると、ついでのように尋ねて来る。
「――ああ、それと、タハリ隊長を見かけなかったか?」
「えっと……」
ナリスは一度も会ったことがないので分かるはずもない。シィーラはすっかり忘れているようで、誰だっけという顔をしているので補足しておく。
「ああ、隊長さんだっけか。見てないよー?ここに来てるのー?」
「いや、見てないならいい。ふらっとどこにでも顔を出す人なので、いつも所在地不明で大変なのよ……」
そう言えば、神出鬼没のタハリという二つ名をどこかで聞いた。仲間内でも把握されないのは問題ではなかろうか。
「他に何もなければ今夜はこれで終わりだ」
ニジェはそう言って間を置く。こちらの質問を待っているようだ。ナリスがこちらを見やるが、特に何もないのでかぶりを振る。
「……本当にないの?」
何も言わないナリスとシィーラに向かって、更に問いかけてくるニジェ。やはり何かを期待しているようだが、そのまま何も返事がないことを改めて確認して一つ息を吐いた。
「そう……聞いてこないのね?」
「ええと、何をですか?何か待っているようだったですけど」
「はぁ、本気みたいね。当然、もう一人の糸の方よ。個別に動くにしても情報は欲しいでしょ?そのことについてまったく聞いてこないじゃない?」
「え?教えてくれるんですか?」
「あいつがシィーラ=エンドーラと連携しなくとも、私には関係ない。任務のためにこちらが知っている情報は共有するわ」
連携はしなくてもよいという方針な以上、情報も共有しないものだと思っていたが、よくよく考えればそれとこれとは別だったかもしれない。
「だったら、初めから教えてくれればいいのにー」
「自分で調べようとしない者に伝える気はなかったわ。でも、一度も尋ねてこなかったから合格よ。怠慢な糸にならないためにも、自分で動くクセはつけてもらわないとね。とはいえ、急ぎではないとしてもこの件にずっとかかり切りというのもよろしくない。任務達成を早めるために必要なことはするわよ」
試されていたようだが、先の調査情報が入るのは助かる。欲しかった別角度からの情報を残して、ニジェはあっさりと去って行った。まだしばらくはこの街にいるらしい。
「なんであの人、尊名?だっけ、いちいち全部言うのー?」
「正式名で呼ぶのが一応礼儀だからだと思うけれど……それより、口調が途中で変わっていたような?」
(以前もそうじゃった。おそらく、厳格な連絡員を演じようとしているのだと思う。いつも半端に崩れて素が出ているといったところか。とにかく、更に情報が増えたのは吉報じゃろう。引き続きこれらをつなぎ合わせながら進めるとしよう)
「明日も料理しなくちゃー。ねむねむー」
(うむ。寝て休むがいい。わしはこれから灰溜まりに向かう)
「一人で大丈夫ですか?」
(むしろその方が動きやすい。案ずるな。少し様子を探ってくるだけじゃ)
未だに姿を見せない見聞屋が気がかりだった。
30分後。
その自分の言葉をあっさりと裏切ることになった。
デルデ=ガルデの街の貧民街の通称灰溜りを訪れ、ヤーゼルの眼の拠点に忍び込ぶまでは順調で予定通りだった。
だが、見聞屋のブリッツが囚われているのを発見してしまった。予測の一つではあったが当たって欲しくはなかった。
どういった経緯でそんなことになっているのか不明だが、ブリッツは大分痛めつけられた跡があり、衰弱しているのが見て取れた。放置しては命の危険がありそうなのですぐにでも救助の必要があった。
どうやら最悪の想定が起こっているようだ。
妹夫婦の件で何か不備があったのかもしれない。ダーヴナーヴの調査結果が必要なのでここで退場してもらっては困る。薄情な理由だが本音だ。また初めから別の見聞屋を雇うのは面倒である。そういえば、もう一人のヌーリャの方はその辺の事情を汲んではいないのだろうか。さすがに知っているはずだと推測するが。
ともあれ、ブリッツを救うと言ってもこの鳥の身ではなかなかに難しい。
力技というか妖精魔法を駆使すればなんとかなりそうな気もするが、大分派手な方法にならざるを得ない。大の大人を一人魔法で運ぶというだけで、人の目に触れるのは必至だ。誰の仕業か分からないままひっそりと行いたいこちらの意図と完全に相容れなかった。
ここでシィーラやナリスたちとブリッツのつながりが露見するわけにはいかない。秘密裏に実行する手をなんとかひねりださねばならない。
ブリッツが囚われているのはアジトの物置のような一室で、出入口の扉に見張りが一人いる。その先の廊下は複数の部屋につながっているが、特定の個人の居室というわけではなく、様々な用途で使われる仮の空間といった様相で常に誰かがいるわけではない。タイミング次第では、あの見張り一人を交わせば救出自体は可能だ。
だが、そこからが難しい。ブリッツは弱ってはいるが自力で歩けはするとして、灰溜りのヤーゼルの眼の拠点を誰にも見咎められずに出ていくことはできないだろう。アジトは地下街の外れで、地上の廃墟通りへの入口にも見張りはいる。ある程度顔をも知られている経緯もあり、変装もしくは偽装の必要がある。
隠蔽の魔法をかけて認識阻害を行っても、本人の魔法適正や精神的な影響も受けるのでどの程度有効かははかれないために危険だ。何より、適切にこちらで灰溜まりの外まで誘導する必要がある。どうやって導くか、それもまた問題だ。
どう考えても、一度戻ってシィーラかナリスの手が必要な気がしていた。物理的に手助けできる人手がいる。
そう結論付けて一旦離れようとした矢先、ヤーゼルの眼の別人が現れてそうもいかなくなった。
「おい、あいつの処分が決まったぞ。まだ生きてるよな?」
「うっす。さっきまでうめき声がしてたんで、くたばっちゃいませんぜ」
「そうか。ジーンの兄貴の怒りに触れるとかつくづくバカなヤツだ。例の教団の実験の餌にするんだとよ。第二倉庫の方に連れてこい」
「げっ、ネクラ共のあれっすか。ひぃぇぇー、厳しいっすな」
「アホ!ネクラって名前を使うな。仮にも雇い主だ。どっかで聞かれるとお前も餌になるぞ」
「うっ、すいやせん!気をつけますっ!」
「とにかく一時間後には用意しとけってことだから、適当に状態を良くして連れて来いよ?あんまり弱ったままだと役に立たないからな」
「ういっす。水と薬草でも与えておけば、軽く動けるくらいになるかと。中はボロボロっすけどね」
会話の様子からして一刻の事態を争うことになったようだ。二人を呼びに戻っている猶予がない。ダリドアリ教団絡みの何かに使われるようだが悪い予感しかない。その倉庫とやらに運ばれる前にどうにかしなければならない。
あの見張りを排除してから、とりあえずブリッツを安全な場所に隠し、その間にシィーラたちを呼びに行く。それが現実的な手だと思われた。
となれば、後はその安全な一時退避場所の確保が重要になるが、果たしてそんな場所があるのだろうか。
俯瞰した視点が得られる鳥であっても、そんな都合のいい場所の特定には時間がかかる。少なくともこれまで見てきた場所に最適なところはなかったように思う。
多少妥協してでも決めねばならない。時間との勝負である以上、ためらっている暇はない。
人一人が隠れられる空間。あまり遠くない距離。人気がない場所。それらが条件だ。
その間、最悪ブリッツは気絶していてもいい。動かなければそれだけ見つかる可能性は低くなる。強引にそこまで連れていくくらいなら魔法でどうにかなるだろう。
一度その場を離れて上空に舞い、適当な場所を探す。
最低でも地下に留まらせるわけにはいかないので、地上のどこかがいい。追っ手の心理としてはできるだけ遠くへ逃げていることを想定するだろうから、ヤーゼルの眼のアジトの近場の方が盲点だろう。
運ぶ手間を考えても地上へ出た周辺の方が都合がいい。夜中という時間であることもこちらに有利だ。廃墟のようなあばら家はそこかしこにあり、人の気配がない場所も多い。その中から屋根裏のある場所を探すと該当する場所が見つかる。崩れそうなボロ家だが、一晩くらいは持つだろう。
そこを避難場所に定め、もう一度急いでブリッツの元へ戻る。時間がない。
と、見聞屋の監禁場所に戻るとまたしても予想外の展開が待っていた。
見知らぬ男が見張りを倒して、ブリッツを助け起こしていたのだ。
一体誰なのか。
だが、その姿を見て疑問はすぐに吹き飛んだ。ニジェの言葉が蘇る。もう一人の糸のことを尋ねたときの返事曰く「あいつがどういう外見か?それなら一発で見分ける方法があるわ。髪型が変。あと、しゃべり方がなんかウザい。黙っていれば美男子なのに本当にボーランのあれはないわ」
髪型が変だということで分かるものかと疑問だったが、今目の前にしてその言葉の意味が分かった。
男の後頭部から一房くらいの毛髪が水平に伸びていた。何かで固めているのだろう、不自然極まりない状態で固定されている。何を思ってそうしているのかは分からないが、一言で形容すればまさしく「変」というそれに尽きる。
この男がもうひとりの第零団員、ヌーリャの者で間違いないだろう。ブリッツを助ける点にも合点がいく。わしはそう判断して、敢えて隠蔽の魔法を解いて目の前に現れた。
「ぬおっ!?どこから鳥が――ってキミはあの新人の使い魔かい?」
やはり、あちらもシィーラたちのことは認識していたようだ。初日に頭上にわしを載せて歩き回るという目立つことをしていたので、しっかりと鳥である自分も調べられていた。完全に失態であったが、今につながると思えば不幸中の幸いとも言える。
少なくとも敵ではないことを理解してくれるなら、後は協力できるはずだ。わしは目線と小さな羽を上へと向ける。筆談魔法を使うには紙がないので厳しいし、不用意に使いたくはない。男は意外にも、すぐに意図を察したようだ。
「ん?上に何かあるのかい?それとも、すぐに脱出しろいう意味かい?」
前者が正解だと前方を指して丸を描く。それからブリッツを指して、眠る仕草をしてみる。
「ふむふむ。つまり、地上にこの見聞屋君を休ませる場所があるってことなのかい?」
驚くほど通じた。地頭が良いようだ。こくこくと頷くと、男は即断した。
「それはグッドだね、キミ!実は担いで逃げるのは少しばかりバッドなアイデアだと思っていたんだ。タイミング的にナウしかなかったから突っ込んできたんだけど、それならキミのプランに乗るとしよう。キミのマスターはギルティだけど、キミ自身はノットギルティだ。ボクらは仲良くしようじゃないか」
しゃべり方がウザいという意味も少し分かった。大分、北稜語かぶれのようだ。そして、なぜかシィーラは有罪判定されている。意味不明だ。
男は意識が混濁したままのブリッツを背負うと、部屋の外を窺ってから移動する。
身のこなしは一級品だ。するりと音もなく進み、アジトの中を誰ともすれ違うことなく駆ける。
わしはその頭上を飛びながら男の完璧な足運びと経路に感服する。無計画に飛び込んできたというわりには、ある程度想定したものがあったのだろう。ためらうことなくその工程を消化している様子が見て取れた。人の身でここまで潜入している時点で手練れとは思ったが、それ以上の動きだ。伊達に第零の者ではないということか。確か名はボーランだとニジェが口走っていた。しっかりと覚えておくべきことにする。
地上へと続く階段まで難なくたどり着いたところで、そのボーランが言う。
「さて、キミは何かここでできるかな?できれば見張りマンを陽動か何かでテイクアウトしてくれると助かるんだけど?」
まるで試すような言い方だが、ここはその挑発に乗っておく。こちらの実力を少しは分からせておくのは悪くない。小さく胸を叩く真似をしてから、先行して見張りの男の元へ行く。隠蔽の魔法ですり抜けてきたが、今回は雷撃の魔法で気絶させることにした。
不意打ちからの一撃で利かないはずがない。姿も見られずにあっさりと排除に成功する。声もなく倒れたところで、すぐさまブリッツを背負ったボーランも階段を上がってきた。その速さからしてこちらの成功を疑ってはいなかったようだ。どこまでわしの能力を把握しているのか、少し不気味だ。
「おお、意識を奪ったのかい?予想よりエクセレントなパワーを持っているみたいだね、キミ。実にインタレスティング!けど、今は追っ手をまくのが先決だよ。安全な場所にガイドしておくれ」
どうにも調子が狂うが時間との勝負だ。先導して目星をつけていた屋根裏へと飛ぶ。幸い、道中で誰かに出くわす事態にもならなかった。
「グレイト、グレイト!この場所はなかなかにグッドじゃないか。ブリッツ君がリカバーするまで休むにはどうにかなりそうだ。実は持ってきた薬草が外傷系で、内部のダメージには思ったより効果がリトルでね。これなら朝方まで眠れば自力で動けるだろう、ハッピーハッピーだね」
男にウインクされる趣味はなかった。しかし、この場所は人一人がどうにか潜める程度の空間でしかない。ボーランはこの後どうするのかと問いかける眼差しを向けると、
「ああ、ボクは適当にこの場所を見張れるところにいるよ。ここに二人は目立つからね。キミはもう戻ってもオーケーだよ?ブリッツ君は無事に送り届けるさ。あと、知っているとは思うけど、ギルティなキミのマスターにも知らせておいてくれるかい?彼の甥の件は手を打っておいたから、ノーヲーリーだってね」
ヤーゼルの眼とのいざこざの根本的原因も把握していたどころか、何かしら解決をはかったようだ。ここまで救助に来たのだから当然事情は知っていたのだろうが、想像以上にやり手のようだ。尚更、連携を取った方がお互いに好都合な気がするが、シィーラのことをなぜか毛嫌いしているのは伝わってくる。その期待はできなさそうだ。
一方で、わしにはなぜか好意的にも見える。基準が不明だ。
いや、まさかあれか。世の中には人間よりも獣系を以上に愛する嗜好性を持った者がいるという。その手の輩なのだろうか。
「おっと、そのホットな視線は何だい?ボクの使い魔になりたいなら、いつでも歓迎だよ?」
鳥なのに背中に悪寒が走った気がしたので、その場からさっさと飛び立つことにした。毛が逆立つのではなく、悪寒とはやはり根は人間の感覚だからだろうか。
ボーランという男は怪しくはあるが、少なくともブリッツの安全は確保できたはずだ。振り返らず飛び去る。
「またね、ブラザー!」
勝手に兄弟認定されたことを除けば、それなりに成果はあったのではないだろうか。




