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イビサ村は何の変哲もない小さな村だ。
多くの村人が農民で、日々作物を作って生きている。特産品もなく特筆すべきものは何もない農村はしかし、小さい村と形容されるには今は住民が多すぎた。
デルデ=ガルデへ至る直前の村という位置づけだったことが、その中継都市からの流入民の受け入れ先となるのは必然であったからだ。ダリドアリ教という受け入れがたい教団が幅を利かせる街に耐え切れなくなった住民が、それでも地元からはあまり離れたくないという心情は理解できよう。代替するのに丁度良い位置にあったイビサ村は、そうして瞬く間に村人を増やすことになった。
幸いにも未整理の農地は余剰にあり、小作人として生活を送れる土壌はあった。
大変なのは村長や村役場の人間で、未だにすべての村人を把握できていない。農民としての暮らしに慣れることができず、離村する者は一定数いる上に、デルデ=ガルデからの流入が止まったわけでもない。人の出入りが激しすぎて管理できていないのが現状だった。
そんなどこか混沌とした村に、再びシィーラたちは足を踏み入れていた。
行きはそんな事情など関心もなく気にもかけていなかったが、改めて注意を向けると様々な人間が入り乱れていた。日々に疲れたようにどこか暗い表情の家族や、太陽のように陽気ないかにも農民といった者、途方に暮れている者や苛ついている若者。更に、そうした人々を注意深く見守っている警備兵。よくよく考えると小さな村には不釣り合いなほどしっかりとした装備と、手慣れた動きで統率が取れていた。デルデ=ガルデから移ってきた元保安隊の面々なのだろう。
「いんやー、色々あったけんども、お客さんがたのおかげで無事帰ってこれてよかっただよ。ほんにありがとうよ。二日後にまた迎えに来るでよ、ゆっくりしたってくれさ」
ゴオルは荷馬車ごと襲撃されたわりには、もう何とも思っていないのか、にかっと笑って去って行った。あのくらい気丈でなければやっていけないのかもしれない。
こちらもマワリを無事送り届けはしたが、イビサ村の荷物を載せてデルデ=ガルデの街に戻るまでが仕事だ。任務はまだ終わっていない。結局、攫われたことにも気づいていないマワリは、知り合い宅に着く前に起きて元気いっぱいにシィーラと遊びたがっていたが、こちらにその余裕はない。色々と村で聞き込みを行う予定だ。
とりあえず、村で二軒しかない宿屋の一室で状況の整理をすることにする。
「やっと一息つけますね」
部屋の中で水を飲みながら、ナリスがほっとしたように言葉を落とした。村に着いた時点で、ニャリスと交替済だ。
「マワリともっと遊びたかったなー」
シィーラは疲れていないのか、どこかまだ不満げだ。既に日も落ちて子供は寝る時間だと分かっていない。無視して話を進める。
(うむ。明日やるべきことを少しまとめておかねばな。村の滞在は明日の一日のみじゃ。要点を絞っておく必要がある)
ナリスと話すことで考えがすっきりすることは経験から分かっている。他人との対話というものは重要だ。ただし、妖精についてはその限りではない場合が多いことも付け加えておく。
「その前に今回の襲撃犯の正体とその理由を詳しく聞かせてもらえませんか?あの場では相応しくないと思ったので聞かないでおきましたが、気になります」
(無論じゃ。では、まずそちらから話すとしよう)
ヨデールの森の顛末を簡潔に言えば、マワリをさらった連中を壊滅させたものの、リーダーには逃げられたといったところだ。まだ口が利けた傭兵たちは皆、単なる雇われで詳細は知らず、なぜシィーラが狙われたのかという理由については分からなかった。
ロッコ盗賊団に関しても同様で、多少の違いがあるとしたら、大きな貸しを作っておいたので今後利用できるかもしれないという関係性が築けたことぐらいだった。役に立つかどうかは甚だ疑問だが、ヨデールの森の中に拠点を持っているため、いざという時の避難所的に使えるかもしれない。殺さない選択をしたことですっかり掌返しをしており、ロッコはシィーラの兄貴と勝手に舎弟気分にまでなっていた。調子のいい男である。
弓男の傭兵の身柄については、ゆえにロッコに任せた。盗賊団員を返り討ちでいくらか殺したのはこちらだが、その元凶は弓男なのでその責任を負ってもらう形だ。あの弓男――傭兵たちはライリーの旦那と呼んでいた――はロッコの知り合いのドーデンと一緒にいたことを見たことがあるらしく、仲間か同じ所属だろうと推測している。
また、傭兵たちの話では彼らがあの場所にいた理由は、どうやらロッコ盗賊団の拠点を襲撃するためだったらしく、ロッコはもう完全にドーデンたちとは手を切ると息まいていた。そんなこともあってこちらに降ってきたわけだが、この先の生業はどうするのか。あまり斡旋相手がいそうにないので疑問に思ったものの、所詮他人事なので捨て置いた。
とにかく、その経緯からあの時の弓男が言っていた言葉の意味も分かった。
去る前に『ついでに邪魔される』とこぼしていたことが引っかかっていたからだ。ライリーの本来の目的がシィーラたちではなかったとしたら、それも納得が行く。色々とつながるというものだ。
(結論から言うと、マワリをさらったというか、シィーラやナリスを狙っていたのは例の奴隷売買の者たちであろう)
「あっ……そういえば、そんな人たちもいましたね……」
そう。わしらは完全にその可能性を排除していた。ハカという童が既に手元にいないこと、あの時の追っ手がすぐにあきらめたことで、念頭になかったのだ。だが、子供連れである旅人の傭兵という条件を考えると、ハカを連れたシィーラたちという指定が浮かび上がってくる。当初、子供というのがマワリだと認識していたが、実はハカを指していたと思えば合点がいく。
その観点でもう一度推察すると、今まで見えなかったものが見えてくる。奴隷商人たちがハカを取り戻したいと思ったとき、シィーラたちを探すにはどうするか。見聞屋などを使うのも手だが、何らかの理由で急いでいたとしたらどうか。普通なら保安隊に保護を求めそうなものだがそちらに連絡はなく、子供を預けるような施設もない。連れ歩いているとしか考えられない。子供連れの傭兵はそれほど多くはないだろうが、行き当たりばったりで見つけられるとも思えない。
ならば、何らかの手でおびき出すしかない。そのための方策は何か。デルデ=ガルデの街がそれなりに広いとはいえ、呑気に連れまわすということもない。必然的に街の外に逃げ出そうとするはずだが、四六時中すべての出入口を見張ってもいられない。
そこで目を付けたのが交流会だ。これならば監視するのは荷馬車に絞られる。幾らかの人手を雇って街の外で襲わせるという今回の襲撃に当てはまるというわけだ。
そうした説明をナリスにするとすぐに反論が返ってくる。
「ええと、大枠はなんとなく理解しましたけど、かなり強引な推測な気がします。交流会と結び付くのは少し無理がありませんか?」
当然の疑問だった。まだ補足についてはまったく話していない。自分でもまだ確信には至っていないため、こうして他人の意見とすり合わせることは必須だった。
(交流会が関係している根拠は、ボネットが『急に頼まれて』と言っていたことからの類推だ。加えて、ゴオルが他の村の子供たちを運んでいる馬車が増えたと言っていたじゃろう?)
「そういえば、見知らぬ子供を乗せた駅馬車をたくさん見かけたとも言ってましたね……」
(うむ。ゴオル自身も不思議がっていたが、この村にそれほど子供がいるのはおかしいとは思わぬか?特に、村社会では子供というのは比較的全体で把握されやすい。見知らぬ子供という時点で異常じゃ)
「でも、人の出入りが激しいならそいうこともあるのではないでしょうか?」
(そうじゃな。確かに村全体の人員を把握できる体制にはなっていないやもしれぬ。じゃが、大人はともかく子供というのは制御が効かない存在だ。勝手にそこらを走り回り、どこにいようと人の目につきやすい。にも関わらず、見かけない顔があるというのはやはりおかしい)
「……それは、言われてみればそうかもしれないですね」
(そこで更に考えを推し進めると、この見知らぬ子供たちが普段どこにいるのか、という疑問が出て来る。いつもは一定の場所で人目に触れないとしたら?村を出るときだけ、目撃されていたとしたら?)
大分憶測に基づくものではあったが、今回の件がつながっている前提であれば、きっちりと嵌まるのだ。
(そもそも、奴隷商人はどこからあの子供たちを仕入れたのか?あの様子では他にも手広くやっていそうなことは分かったであろう?)
ナリスに畳みかけていくと、しばらく考えてから「あっ」と声を漏らす。
「まさか、ここであの子たちにあの呪紋が……?」
同じ結論に辿り着いたようで安心した。半ば誘導したようなものだが、そこに行きつくならば単なる妄想でもないだろう。
(うむ。何をさせるにせよ子供を教育する、否、この場合は調教と言ってもいいかもしれぬが、そういう時間が必要じゃ。あの呪紋に関しても施す時間がいるし、街中でやるよりはこうした田舎で行う方が合理的だと思われる)
「じゃあ、この村のどこかに、奴隷候補の子供たちがいる可能性があると?」
(わしはそう確信しておる。最近の村は新参者が住む場所が足りなくなって、今まで使っていなかった森付近の土地も活用しているとゴオルも言っていた。そしてその辺りは、元々の村の敷地からは遠すぎて、今はまだほとんど管理できていないとも、な。そこで何が行われていようと、従来の村人たちには知り得ない可能性が高い)
条件は揃っている。明日、その辺も確認したいとは思っていた。
「なるほど……ということは、交流会の名を使って子供たちを町に送るということも利用していたわけですか」
(交流会が交換である以上、村の子供の数は必要じゃろう)
「ええと、でも、その場合は村での受け入れ先が必要なのでは?さすがに知らない人間と交流というのはないように思いますが」
(いや、そこはあまり関係ない。本来の村と街の子供の交換と、今回の奴隷の子供とでは別物だ。後者は単に送り込むことを目的としている。ただ、そこは当事者にしか分からぬゆえ、今この時期に大勢が交流会のための子供の送迎をしているんだ、という周囲の空気を広める役割だと思えばよい)
「……つまり、最初に言っていた『急に決まった』ということが不自然ではないようにするための雰囲気作り、みたいなことですか?どこの家でも今やっている、といった流れにすれば、なんとなく皆それに従って実行すると」
軽い同調圧力のようなものが働いている場合、違和感よりもまずはその流れに従う方向に動くのが人間心理だ。
(実際、村の駅馬車がよく行き来していたことを考えれば、この作戦はうまくいったといえる。そこで、シィーラたちをあぶり出せたのも事実じゃしな)
「確かに、具体的にどんな馬車を襲撃するのかを指定して依頼してましたね。こちらがそう動くように初めから仕組んでいたというわけですか……」
「んー、良く分かんないけど、じゃあさ、そんなにハカを取り戻したかったってことー?」
シィーラが不意に口を挟む。そこに興味を惹かれたようだ。
(正直、わしもそこがよう分からぬ。少なくとも、最初は普通に売り物として扱っていたはずじゃ。シィーラが呪紋を解いたのも偶然であって、あの時点で向こうに分かる由もない。で、あれば、何か他の要因があったと思うべきじゃが、見当がつかぬ)
「宿屋から逃げたときも、その後それほど必死に追ってきたというほどでもなかったですよね……何か心変わりがあったのでしょうか?」
(現時点では考えるだけ無駄だと考えておる。呪紋に関しても情報がないゆえ、それ絡みかもしれぬし、今は置いておくがよい)
「そう……ですね。分かりました。では、襲撃犯は奴隷売買関連、理由はハカでまだ不明、そういうことにしておくとして、背後には何かがあるんでしょうか?先程の子供たちの話からすると、ただの奴隷調達というだけではないように思えます」
ナリスは流石に一歩先に踏み込んでくる。ここからは完全に憶測ではあるが、説明しておくべきだろう。
(何もまだ証拠はない。じゃが、デルデ=ガルデの街で無関係だということはないはずゆえ、あの子供たちもおそらくはダリドアリ教絡みだとわしは見ておる)
「はい。わたしもそう思います。そうなると、教団があの子供たちを使って何かしている、ということでしょうか?」
(そうじゃな……今後、その辺りも調べる必要があるやもしれぬ。ハカの件もあるし、魔力狩りに関係するかも分からぬが、無視はできぬじゃろうて)
「じゃあ、明日は子供たちについて情報を集める感じです?」
(いや、その辺は慎重にせねばならぬ。変につついて、またライリーのような面倒なのに出てこられるのも厄介じゃから、ダリドアリ教やニゲル草などに絞って聞き取りを行うのがよかろう)
「それってあの弓男の名前だっけ?あいつ、結構強かったなー。またネクラとやり合う時に出て来るとしたら、今度こそぐちゃぐちゃにしてやらないとなー」
妖精はすっかりネクラ呼びになっていた。ダリドアリ教という名前が言いにくいだけだろうと踏んでいる。
「さすがにあの強さの人は何人もいないと信じたいですね……それで、ダリドアリ教の何を具体的に聞くつもりなのですか?」
その後、ナリスに要点を説明しているとすっかり夜も更けていた。
シィーラも完全に寝ぼけ眼状態だったので、二人にはそのまま寝てもらうことにする。軽く夕食は食べていたので、後は寝て回復してもらうのが一番だ。
そしてここからは、わし一人の時間だ。
この村に例の子供たちがいるのかどうか、この身体を活かして調べ上げるしかないだろう。
眠ることを必要としないこの鳥の状態に慣れてから、ほぼ夢を見ていないことに気づく。
夢は潜在意識の表れだとか、未来や過去の混ざり合った記憶だとか、色々と言われている。その夢を見なくなったということは、何か大切なものが失われたということなのだろうか。
人間の身体に戻った時、また夢を見れなくなっていたとしたら嫌だな、と何となく考えながらイビサ村を飛ぶ。
既に薄い月明かりのみの闇の中。街とは違って村では明りがほとんどなく、外を出歩いている者は皆無だ。時折、畑の巡回なのか、ランタンを持って歩いている者がいるくらいだ。その光りと、家屋の明かりが漏れている場所以外は真っ暗である。満月でもないので、月明かりも心もとない。
だが、上空を飛ぶわしには支障はない。暗闇もある程度慣れれば見えるようになる。人間の目よりも視界は良好だった
一度目に訪れたときは気にもしていなかったが、ゴオルが言っていたように元々の村の場所とは違った雰囲気の土地がヨデールの森付近に広がっている。その一帯を村の一部といっていいのかどうか微妙なほどに外れた場所だ。
だからこそ、村人も気づいていないのかもしれない。
空から見下ろした時、森の一部から明りが漏れていたのだ。樹木に囲まれたその一角に、小屋のようなものが建っていた。まるで隠すように存在するその家屋は、あからさまに怪しい。人が住むのであれば、何もこんな奥まった森の中に作る必要はない。
わしは屋根の隙間から入り込み、お決まりの地下階段があることを知る。見張りのような者がその出入り口に立っていることからも、ここがお目当ての場所である可能性は高い。見張りが用を足す隙をついて、地下へと飛び込んだ。
階段は思っていたよりも深く続いており、ゆっくりと降りていくと何かの遺跡ような石造りの廊下が伸びていた。大雑把に区切られた部屋のような空間がいくつも並んだ場所が現れる。部屋とはいったが、中には誰もいない。ただ、年季の入った岩壁で仕切られているだけだ。
その岩壁は半ば崩れているものも多く、どこかしら欠けていたり割れていたりで瓦礫に近いものがあったが、それでも高さや幅はあるために壁の役割を果たしているといったところだ。
ふと、違和感を覚える。地下なのになぜそれらが見えているのか。目につく場所に燭台などはない。光源がないはずなのに、ここは暗闇ではない。周囲を見回しても光苔の類も見当たらなかった。実に不思議だが、今は置いておこう。
地下は廃墟のような趣で、それでいて人の気配がした。奇妙な感覚を覚えながら奥へと進んでゆく。
それほど遠くない場所に、突如建物が見えてきた。石造りの神殿のような造形だ。背の高い柱が幾つも並んでおり、松明が掛けられている。目に見える光源がそこにあった。人がいるということだ。
神殿の正面には大扉があったので、上部から中を覗き見ることにする。鳥が入り込む隙間は無数にある。
内部は幾つかの部屋に別れており、案の定というか、子供たちが詰め込まれていた。予想以上に多い。皆大人しくしている部屋もあれば、落ち着かなく動き回っている部屋もある。年齢で分けられているのか、同じような背丈の者が集まっている印象だ。
それらは休憩部屋なのか、ただ子供たちが雑魚寝しているだけの場所だった。更に奥へと進むと、今度は大人の人間がちらほらと見えた。一見すると普通の村人のような外見だ。 そんな中、ふと気になった一室を覗く。簡易ベッドに横たわる子供と、その周りで魔法をかけている者、周囲には魔道具のようなものが揃っていた。
一体何をしているのか。見たこともない筆のような細長いものを、子供の背中に当てている。いや、子供というより赤子だ。あまりにも小さい。
低い声で何かを呟きながらローブ姿の男がそれを動かしていくと、赤子の背に灰色の奇妙な文様が刻まれていく。狭い範囲だというのに、精緻な筆さばきで細かく何かを描いている。あのような赤子の状態に刺青でも入れているのかと思ったが、その奇妙な文様はハカの背中にあったそれに似ていた。
まさか、呪紋なのか?
だが、呪紋はその名の通り呪いをかけた証の跡であって、自ら施すようなものではない。いや、一般的な方法がそうなだけであって、呪いをかけると同時に自ら施行するというやり方もあるのかもしれない。基本的に禁忌の魔法に関しての知識は薄いため、否定はできない。その辺りは気になるが、今は何の手掛かりもなかった。
ひたすらに不気味な儀式のような作業がしばらく続き、ローブの男はやがて仕事を終えたのか、唐突にその場から出てゆく。
入れ替わりにその部屋に他の男たちが入ってくる。どこかで見た黒い服装で、やはりダリドアリ教徒だと分かる。完全にこれでつながった。男たちはベッドに横たわる赤子を抱き上げて、どこかへ連れてゆく。
赤子とローブの男、どちらを負うべきか一瞬悩んだ後、わしは男の方に追随することにした。呪紋と思しき者を扱えるあの男が何者なのか、突き止める必要がある。
ローブの男はゆっくりと幾つかの廊下を通って個室へと向かう。すれ違う者がすべて脇へよけて敬うように首を垂れる。よほど格上の立場なのか、あるいは恐れられているのか、そんな関係性が垣間見えた。誰とも一言も会話しないことからも、やはり後者な気がしている。
そうして男が辿り着いた部屋には、質素な揺り籠に眠らされている何人もの赤子がいた。
いったいどこからこの赤子は来たのか。
薄暗い部屋には燭台が二つほどしかなく、どこかすえた匂いもして子供にこの環境は不適切なことは明白だった。
そこで男は徐にローブを脱ぎ払って、なぜか全裸になった。その身体は痩せ型で鍛えているとはとても思えない脆弱なものだ。しかし、一番目を引くのはその全身に彫られた刺青、いや呪紋であろう。男は自らにもあの呪紋を刻んでいると思われた。
ほのかな灯に照らされた顔にすら、その奇妙な赤黒い文様は浮かんでいた。生気のないその表情が歪に歪む。
男は赤子の一人を片手で掴むと、あろうことか自分の一物を挿入し出した。
おぞましい蛮行だった。
薄闇の中で男の荒い息遣いだけが響く。今すぐ魔法で殺してやろうかと思ったが、この非道な行いの全体像をつかむためにも耐えることにする。
少し冷静になって、この行動の意味を考える。
単なる下卑た欲望というわけではあるまい。それではあの呪紋の意味がない。赤子や子供を集め、ここで呪紋を施しているその意図は何なのか。非人道的な実験の一環であることは確かだが、目的が不明だ。
そう思っていると、男の身体が淡い光を放ち始める。いや、赤子も同様だ。よく見ると、その発光はあの呪紋からのものだ。つまり、交わることで何かのやりとりが行われていると考えるのが妥当だ。
なるほど……反吐が出る方法を思いついたものだ……
それ以上は流石に見ていられなくなって、わしはその場を離れる。
早く地上に戻って新鮮な空気を吸いたかったが、まだ情報が足りない。
次はダリドアリ教徒の会話を盗み聞くべく、男たちが集まっている部屋へと向かう。気分は最悪だが、なすべきことをなさねばならない。
今夜はまだまだ終わりそうになかった。




