9-3
デルデ=ガルデの街とイビサ村の繋道の側には、ヨデールの森という小さな森林がある。
魔物もそれほど多くない樹林地帯だが、よく茂る樹木の種類が多く、人道の整備されていない密林状態だった。
ひとまずその一角に場所を移し、状況を整理することにした。
(ゴオルは急に眠くなって何も見ていないということからも、何らかの方法で眠らされた隙にマワリが連れ去られた可能性が高い)
「ゼファードも気づかなかったってんなら、相当気配を消すのが上手いってことだな……」
「それより、マワリをどこに連れていったのー?それに何で―?」
連行した方法も謎だが、その目的の方が不可解だった。捕らえた男を軽く尋問したところ、盗賊の方はシィーラとナリスの殺害が目的で、荷物の方は報酬として好きにしていいという契約だったようだ。物取りが犯行動機ではない。ロッコと名乗った盗賊団の頭領は半殺し程度の気持ちで引き受けたと言っているが、どこまで本気かは分からなかった。
雇い主に関しても、流しの傭兵崩れの胡散臭い男だったとしか分からず、有益な情報はなかった。まだ何か隠しているはずだが、これからどう攻めるかという段階だ。
(ふむ。あの男の言うことを信じるのであれば、少なくともマワリを連れ去るという依頼は含まれていないことになる。一方で、シィーラたちを消すのが目的であるならば、雇い主は絞られてくる。現段階でこちらを狙うほど敵対しているものはそう多くはない)
「つまり?」とシィーラとニャリスが先を促してくる。自分でも考えて欲しいものだが、ナリス以外には期待できそうにない。二人とも戦う方が専門で、頭を使うことに意識が行かない性格だ。
(……つまり、ダリドアリ教団か、例の占い師ダーヴナーヴ殿の件辺りか。ただ、いずれにしてもまだ敵対するほどの行動はとっていないはずだ。一番親交のあるところを疑うなら、ハリヴェル家の差し金で今回の護衛の依頼そのものが偽装だったことになるが、それはなかろう。残るはブリッツじゃが、そちらもあまり考えられぬ。あまりに益がないからな……)
「それって結局分かんねぇってことかよ?」
(ゆえに、あの男にもう少し吐き出させる必要がある)
ロッコという盗賊の頭領は縛って外の樹に吊るしてある。雨風は弱まっているものの、楽しい状況ではない。
「死なない程度に殴ればいいんだよねー?」
無邪気に言う妖精の笑顔を見ると、大抵の者は心が折れる。天性の狂気のようなものをそこに見出せるからだ。
頼もしいと言えばいいのか悲しむべきか、自分の顔だけに複雑な気持ちだ。とにかく急いでもっと情報を引き出す必要がある。マワリを連れ去ったということはすぐに殺すことはないとは思うが、状況がどう動くかは予測できない。時間との勝負であることに間違いはなかった。
雨でずぶ濡れになり、逆さまに吊るされて血行も悪くなっているロッコに、早速二度目の尋問を始める。
「依頼内容をもっと詳しく話せ。嘘をついたら、シィーラが腕と足をグチャグチャにするってよ」
「いぇーい、ぐちゃぐちゃだぞー!」
開口一番詰め寄る二人。前置きも何もなしで突如始めるところから、勘のいい者なら異様な雰囲気を感じるだろう。しかし。
(楽しそうで何よりじゃが、まずは猿轡を外さねばしゃべれぬぞ……)
どちらも気づいていないようだったので指摘する。
「おっとぉ、これでどうだー。さぁ、話せー。ぐちゃぐちゃがいいかー?ぐちゃだぞ、ぐちゃー」
シィーラが妙な動きで周囲を踊るように回る。奇抜すぎる。ロッコは面白いように怯えた。
「ま、待てっ!もう話しただろ!?てめぇの笑顔はこえぇんだよ!回るな、近づくなっ!」
「もっと詳しくだって言っただろ?ちゃんと話せ。二度目はないぜ」
ニャリスもなかなか堂々とした態度で凄みがあった。狂人とサディストのような二人組に迫られるのはたまらないだろう。ロッコは泣きそうな顔で答える。
「詳しくたって、マジでそんなに知らないんだよっ!黒髪の傭兵風の男と薄い金髪の女が、子供と荷物を載せた荷馬車で通ったら襲えって指示だったくらいだ。頼んできたやつはどこにでもいそうな薄汚れた服装だったし、顔とかにも特徴は特になかったんだよ」
具体的にこちらの特徴を掴んでいることから、やはりシィーラとニャリスを狙っているようだ。だが、子供のことを知っているのは今回の護衛の件を知っていなければおかしい。どこでその情報を得たのか、どこまでこちらについて分かっているのか、漏洩している情報の深度が重要だ。
「そんな得体の知れない人間の依頼を平気で受けるってのか?アンタらはそんなに切羽詰まってるのかよ?」
「はん、信用なんかするかよ。ただ、知り合いの仲介だったから受けただけだ。そっちは実績もあったからな」
「その仲介ってのはどこの誰だよ?」
「ぐっちゃぐっちゃだぞー!」
時折シィーラが笑顔で脅しのような掛け声を挟むので、ロッコはすっかり縮みあがって素直に答えていた。
「そっちも正確にどこの誰ってのは知らねぇ。ただ、デガの上のどっかとつながってる奴らだ。情報がいつも的確だからな。中にいねぇと分からねぇことが沢山あった」
「名前は?」
「……ドーデン。顔色の悪いひょろ長のやつだ。俺から聞いたって言うなよ?絶対にだぜ?あいつは腕のいい薬師ともつながってて、その気になりゃとんでもないヤバい薬の何かでやられちまう」
ロッコは本当に怯えているようで、話した瞬間にぶるっと身体を震わせた。薬師と聞いてピンと来るものがあったので、ニャリスに深堀りさせる。
「その薬師ってのは、あの毒霧とかの作り手ってことか?」
「あん?ああ、そうだぜ。痺れ毒とか言ってたな。雨と混ざるといい感じだって売り込みだった……普段はまぁ、普通の薬草の類がよく利くんで買い込んでるんだけどな」
「なら、ついでにニゲル草ってのを聞いたことは?」
「ニゲルソウ?いや、知らねぇな。何なん……って、そういやネクラ共の中でそんなもんがあるって聞いたことがあるような……?ドーデンは奴らとも売買してるみたいだから何か関係しているかもな。いや、よくは知らねぇけど」
知らないのか。意外につながるかと思ったが当てが外れたようだ。ただ、その薬師とやらはダリドアリ教とも関係はあるらしい。デルデ=ガルデの街関連で、無関係なことの方が珍しいのかもしれないが少し気になる。
「ドーデンはダリドアリ教徒じゃないのか?」
「違うぜ。俺様はネクラと取引する気はねぇ、あんなおかしな連中が何でのさばりやがってるんだか……」
ネクラという言い方からして察せられるが、ロッコはダリドアリ教が相当嫌いなようだ。ということは、この襲撃の黒幕はダリドアリ教ではなさそうではある。いや、逆にその薬師を通じての根回しということもありえなくはないか。ロッコに直接交渉できなかったため、という推測も成り立つ。
ドーデンに連絡を取る方法があるのかと尋ねたが、「ない」と即答された。常に向こうからやってくるらしい。ロッコはこのヨデールの森の中に拠点を作って、そこで生活しているとのことだ。盗賊団のアジトを軽々しくしゃべってはダメだろうとは思うが、ロッコという男は馬鹿正直な性格なようで、あまり隠し事ができないということはもう分かっている。せいぜい好きにしゃべらせて情報を引き出したい。
「依頼の話に戻るけどよ、子供連れってことが事前に分かっていたんだよな?」
「ああ。そう言ってたからな。イビサに向かうやつなら、たまにそういうガキは見かけるさ」
交流会のことは知っているようだ。地元出身なのかもしれない。だとしても、このタイミングで子供を乗せていることを知るのは難しいはずだ。
「依頼を受けたのはいつだ?」
「それなら昨日だ。急だったけどよ、金は弾んでくれたから喜んで乗ったのに、てめぇらみたいなのが相手だと知ってりゃ降りてたぜ。割に合わないったらねぇぜ……」
昨日ということは、依頼がかかる時点でほぼ理解していたことになる。やはり仕組まれていたと考えるのが普通だが、依頼主の方を除外すると、それを知り得る立場の誰かということになる。その方面の関係者が分からないので、現状ではこれ以上推測は不可能だ。
(……ひとまず、この男から得られるものは十分だろう。後は……少しあちらの出方を待つしかなさそうだ)
「待つって何をだい?」
(マワリを攫った相手だ。連れ去ったということは人質か何かにするためだろう。要は交渉するための道具として連行したのじゃ。ならば、次はそれを使って脅してくるじゃろうて)
そう説明したところで、どこからか一本の矢が飛んできて、荷馬車の側面に突き刺さった。
「おっと!またやる気かにゃー!?」
シィーラがすぐさま臨戦態勢になるが、そうならないことは分かっていた。
それは矢文だったからだ。矢じりにくくりつけられた紙を解くようニャリスに指示すると、そこにはこれからヨデールの森のある場所に来るように指示があった。逆らえばマワリの命はないとある。案の定、相手はこちらを罠にかける気だ。まともな取引になるはずがない。
(何にせよ、行くしかあるまいな)
マワリを取り返すことは絶対条件だ。護衛の依頼を受けた以上、積み荷もマワリも無事に届けるのが仕事である。
「この雨の中ですげぇコントロールだな……かなりの手練れか。近くに気配もねぇから、相当遠くから射ってるぜ」
ニャリスは感心して周囲を見回している。
「行くのはいいけど、こいつはどうするのー?」
「おいっ、やめろっ!つんつんするな、その棒なんか汚ねぇぞっ!?」
落ちていた小枝か何かの先で頬を突かれているロッコが心底嫌そうに顔を背けようとしているが、吊るされているので思うようには避けれていない。それよりも森の指定場所がよく分からない。当然のようにある一点が示されているが、初めての森でそこまで辿り着けるか心もとなかった。
ロッコがこの森を拠点としているなら、案内役として必要だろう。
(こやつにこの場所まで案内させよう。ついでに盾として先導を任せればよいじゃろう)
悪党にかける慈悲はない。せいぜい役立ってもらう。
「案内だと……?てか、その場所は……まぁ、知ってるがよ……」
ロッコが何か言いかけた時、どこからか飛び込んでくる影があった。
「兄貴を離しやがれっ!!」
どこかに潜んでいた盗賊団の生き残りが決死の覚悟で飛び込んできた。だが、
「ほいっとっ!」
その気配はバレバレで泳がせていたので、本人は奇襲したつもりでもシィーラにたやすくいなされて地面に投げられる。「ぐへっ!!」と背中から落ちてあっさりと再起不能になった。勇気だけの無謀な突進だった。
「くそっ、ハジ!大丈夫かっ!?無茶しやがって……」
「んー、他にはいないみたいだな。こいつだけ考えなしに突っ込んできたみたいだ」
ニャリスも当然の如く気づいてたため、何の驚きもなく慣れた手つきで素早く縄で縛りあげる。
(この男も盗賊団とやらの幹部クラスなら、先程の質問の裏を取るのにいい。吐かせてみるがよい)
気絶したハジという男を無理やり起こし、ロッコの証言の信ぴょう性を確かめると概ね同じだった。微妙に追加されたのは、例の薬師の名前だ。ハジが受け渡し全般を担当していたらしく、ヤムタワという男だということが判明した。
「お前、ベラベラしゃべりすぎじゃねぇか?」
すっかり情報を流した部下を前に、自分のことを棚に上げてロッコが顔をしかめる。
「いや、兄貴を救うためっすから!それに、泣く子も笑うロッコ盗賊団っすからね!」
「え、笑うのかよ?」
ニャリスが口を挟むと、得意げに力こぶを作って妙なポーズを取る。
「おうよ、いつもどこでもニッコニッコだぜぇ!」
どうだと言わんばかりのハジに、他の者は真顔で一切の反応がない。静寂が落ちる。正しい受け答えが難しい。シィーラに至っては興味がないようで、そっぽを向いて欠伸をしていた。いたたまれない空気に、ロッコが震える声で言う。
「……ハジ、ちょっと黙っていてくれ」
ニコニコなのは盗賊団の信条というわけではなさそうだった。盗賊のリーダーというのも大変だ。慕われているのは確かなので、多少は人望があるらしいことは分かったが。
(とにかくその場所へ向かってくれ。わしは途中で先行して向こうの状況を探ってくる。可能ならばそのままマワリを解放して連れ出してくるゆえ、そこから臨機応変にやってかまわない)
二人の実力はそれなりに高い。辺境の蛮族や盗賊に負けることはない。人質がいたとしても不意をつけばどうにかなるとは思うが、魔法耐性がある者がいるとわしの妖精魔法でも援護の質に不確定要素がありすぎて展開が読めない。その辺りをまず確認する必要があった。
「好きに暴れていいんでしょー、やったー!」
「まずマワリの無事を確認してからだからな?」
本気で忘れてそうな妖精の能天気さだけは不安要素であった。
ヨデールの森は小規模とはいえ、森と言われるだけあって狭くはない。
大陸の森というのは元来の自然な原地域と、マナの影響によって変質した魔植物などが繁殖する魔地域が混在する場合がほとんどである。魔物が寄り付きやすい場所とも言える。それはこの森であっても変わらず、指定された場所はその魔地域に近接する地帯のようだった。上空から近づくと、明らかに群生している樹木の種類が違うことが分かる。空気そのものも異なり、その境がきっちりと見えたりもする。
魔法を使う身としては、実はその方が好都合だった。自身の魔力が空間そのものに紛れることで気配を消しやすいからだ。
それは相手側にも同じことがいえるため、敵の状況を探るのに苦労するという意味でも同じだが、幸いにも労せずして発見できた。やや開けた場所に場違いな天幕があり、焚火の煙が見えたのだ。予めその場所に陣を張って用意していたということか。
どこまで計画的だったのか、十人ほどの傭兵たちが寛いだ様子で屯していた。こちらを呼び出しておいてこの警戒のなさは既に罠を仕掛けているのか、絶対的に有利だと高をくくっているかだ。どちらもの可能性もある。
指揮官らしき者を見極めようとしていると、天幕の中から大弓を背負った男が出てきた。あまり特徴のない背格好だが、その目つきは鋭い。まとう魔力も他の者とは一線を画すことから、この男がリーダーだと当たりをつける。
あの矢文を飛ばした当人だろうか。シィーラたちがいる場とはかなりの距離があるので、それはないはずだが、魔法を介せば可能な気もした。男には魔法士の匂いもする。しかし、こちらに気づいている様子はない。単に上空に意識が向いていないせいかもしれない。通常、鳥のように上からの監視を気にするような者はいない。使い魔という方法があることは分かっていても、実際にそうした索敵を経験することは稀だ。想定の範囲外ということでこちらの利点である。
マワリの姿を範囲内で探しても、見える範囲にはいなかった。となれば結論一つ、あの天幕の中だろう。近づいて確認したいが、さすがに接近すればあの男に気づかれる可能性は高い。何かで注意を逸らしたところだ。
周囲を改めて観察する。利用できるものが何かないか、シィーラたちを待ち構えているであろう傭兵たちはそれほど統制が取れているようには見えない。思い思いの装備で統一感もなく、寄せ集めという印象だ。かといって烏合の衆とも思えないのは、個々人が持つ雰囲気だろうか。少なくとも新参ではなく、幾つかの修羅場は通ってきたような凄みがある。こうした仕事に慣れている匂いがするのだ。
それだけでは負けることはないじゃろうが……
シィーラたちなら問題はない。戦力の分析を正しくできない者は二流だ。その辺は師匠たちに嫌というほど叩き込まれている。こちらの二人は強い。ただし、人質という足かせがなければ、という条件付きだ。どうにかしてマワリを連れ出しておくか、妖精たちが仕掛ける段階で脱出するきっかけを作らねばならない。
そのためにも、天幕の中の様子とマワリの状況を確かめる。
いっそ強行策で突っ込むのも手かと思っていると、弓の男に誰かが話しかけた。
「んで、いつ獲物は来るんだ?一人は女なんだろ?早くヤリたくてたまんねえな!」
「もうじき現れる。女を好きにしてもかまわんが、必要な情報を吐かせた後だ。決して先走って殺すなよ?そんなヘマをしたら、私が貴様を殺してやる」
「ひゅー、怖え!旦那に逆らったりしねえよ。あんた、例の――」
「余計なことを言うのもやめろ。その口を斬り落とすぞ」
口笛を吹いて茶化していた男は両手を上げて、それ以上の無駄口をやめた。おどけてはいるが、弓の男を本気で恐れているようだ。力関係はしっかりとあるようだ。
「おい、なんかルスフェの匂いがするぜ。誰か芋でも焼いたか?」
「おぅ、さっき腹減ったから食ったぜ」
「バカか、てめぇ!?冗談で聞いたのに!あいつらの好物だぞ?」
「ハン。なにビビってんだよ。ルスフェ如き逆にぶっ殺して鍋にしようぜ」
「タイミングを考えろよ!今から本命相手だってのに、魔物を呼び寄せてどうすんだよ」
その騒ぎを聞きつけて、弓の男が眉根を寄せながら指示を出す。
「芋を焼いたやつは後で報酬を半額にする。交渉時にルスフェに邪魔されると厄介だ。即刻、処理しろ」
傭兵たちは不満げながらも、その命令に従ってすぐに行動に移った。意外にも、従順に従うらしい。
しかし、これはチャンスだった。この隙にこちらも仕掛けることにする。
悠長に待っている時間はなかった。




