9-2
ある雨の日の午後。
落雷まで付近に落ちている荒れた天候の中で、ずぶ濡れになって荷馬車を守っているシィーラとニャリスがいた。
「ねぇねぇ、なんで襲われてるのー?」
「そりゃ、こいつは完全に罠だったってことだろうよ」
魔法剣で何人目かの盗賊を叩き斬ったニャリスが皮肉に口を歪めた。
「わなわなー?それって何だっけー?」
罠の意味まで忘れるとは能天気が過ぎる。喝を入れるためにも説明すると、
「ああ、悪いやつのアレかー!でも、今回の依頼ってあの村のおっちゃんのじゃなかったっけー?あのおっちゃん、悪い人だったのー?」
(いや、多分、あのゴオルという男もハメられたのだろう。何も知らなかったのは積み荷が本物であることからも分かるし、何より先程の怯えが演技ならたいしたものじゃろうて)
現在守っているものが偽装であるならば、その時点で気づいていたはずであるし、わざわざ自分も襲撃される必要はない。他にやりようがいくらでもあるはずだ。依頼自体も寄り道亭のハリヴェル一家経由で怪しい点はなかった。彼ら自身が利用されている可能性が濃厚だ。
(よいか。こやつらはきっと雇われただけのチンピラではあろうが、大元につながる貴重な情報源だ。必ずニ、三人は残して尋問するんじゃぞ?これを仕組んだ輩を特定せねばならぬ)
「ほいほーい!」
「そのためには、とりあえずこいつら全員ぶっ倒さなくちゃな」
ニャリスは久々に身体を動かせるのが嬉しいのか、ニヤリと笑った。そういう意味では妖精も同じだ。
「最近ぶっ飛ばしてなかったからなー、いい機会だよねー」
物騒なことを言いながらこちらは魔剣を構え直す。確かに最近、こうした暴力沙汰はなかった気がする。身体をなまらせるのは良くないとはいえ、こうした形で発散させるのもいかがなものか。できればもっと安全に行動したいものだ。
そんなことを思いながらも、わしは荷馬車を取り囲む更なる男たちの影を見つけていた。横殴りの雨の中で視界は悪いが、鳥目にははっきりとそれらの動きが映っていた。
(東から更に四人ほど来る。一人は弓使いじゃ。飛び道具にも気を付けるがよい)
言っているそばから矢が飛んでくる。こんな風雨の中では意味がないと思うかもしれないが、魔法矢であれば話は違ってくる。矢じりに何らかの魔法をかけたり、風を操って軌道制御をする器用な者もいる。決して侮ってはならない。
今回の矢は、霧を発生させるものだったようだ。荷馬車の近くに刺さった矢からもわもわと水蒸気の塊が広がる。ただでさえ視界が悪いところにこのような目くらましはあまり意味がない。だとすれば、何か別の意図があるはずだ。
悪い予感しかしなかったので、とりあえずその霧を追い払う突風の魔法で吹き飛ばしておく。
「おい、西からも来てるぞ。第二陣ってとこか。こっちはアタシがやる」
「じゃあ、あたしはこのままやっちゃうぞー!」
二人は好戦的に敵に突っ込んでいく。止める間もなかった。これでは荷馬車の荷物を守る者がいない。必然的にわしがそのお守りをすることになる。荷馬車にはまだ御者も乗っている。「なして、こんなことになっただ。お助け、お助け……」と何かに祈っていることからも、ゴオルも被害者なのだろう。
傍らにマワリもいるのだが、童ながらに「だいじょうぶ、シィーラつおいもん」と逆に励ましている状況で大分肝が座っている。将来は大物になるやもしれない。
とにかくこの二人はわしが守らねばならない。とりあえずは周囲から別の気配はないので大丈夫そうではあった。
一体どうしてこんな事態になったのか、事の発端は二日前に遡る。
「荷物の護衛、ですか?」
寄り道亭でいつものように昼食を取っていると、マワリの母ボネットから珍しく頼みごとをされた。
「ええ、急に頼まれてしまってねぇ。念のためということで何もないとは思うけれど、良ければあなたたちにお願いできないかしら、と思って。直接の依頼主は村の方だけど依頼料もちゃんと保証するからね」
話によると、寄り道亭における料理の食材はイビサ村から取り寄せているとのことだ。しかし、最近はイビサ村とデルデ=ガルデの繋道に野盗が多く出没して危険が増している。街の周辺も保安隊が巡回はしているが、四六時中監視できるほど人手が豊富なわけもないので、どうしても隙が多くなり、旅商人のように護衛が必要になってきたというのが今の時流らしい。
「野盗が増えていると……なるほど」
「それとイビサ村とは交流会っていう子供たちの交換行事が昔からあってね。時期的にはそろそろで、わざわざ今っていうのもどうかとは思うけれど、護衛がつくなら逆にいい機会なんじゃないかと思っているのもあって、是非あなたたちに頼みたいのよ」
交流会とは何かと尋ねると、村と街の知り合いの子供を数日入れ替えて生活を送らせ、互いに親交を高めようというものらしい。家族ぐるみの付き合いをすることで、より信用できるようになるという目的があるのだろう。邪推すると元々は人質交換のようなものだったのかもしれない。重要な取引で不正がないよう、お互いの子供を担保とするようなものだ。
真相はともかく、そのような慣習が今も残っているために、護衛役には子供を預ける意味でも信頼できる相手が好ましいということで今回抜擢されたということだ。依頼主はこの街に来る前に寄った時に少しだけ知り合った御者の男で、名前はゴオルと名乗っていた。その後、寄り道亭にシィーラたちが身を寄せていることを知って、今回の運びとなったというわけらしい。
「ということは、マワリちゃんも同行させるということですね」
ナリスがどうするんですか、と暗に語りかけて来る。ハリヴェル一家には世話になっているため、できれば力になりたいところだ。街を離れるのはあまり好ましくはないが、イビサ村との往復ぐらいであるなら許容範囲でもある。多少の息抜きがてら、悪くない提案かもしれない。野盗が出るという時期に子供を連れて行かせるのもどうかとは思うが、それほど襲われる心配はしていないという証左でもある。
野盗が荷馬車を襲う追いはぎのような犯罪は、この大陸では常に存在する。その意味ではいちいち気にしていられないという見方もできるだろう。
(送迎だけならば受けてもよかろう。ついでにイビサ村で聞き込みもできる。今ならばもう少し具体的な質問も可能じゃしな)
そうして引き受けると決めた翌々日には、イビサ村からの荷馬車がやってきた。
普通に来れるなら護衛をつける意味がないのではないかと思ったが、今回の積み荷は交流会の子供だけで食材は載せていないという。ひどく無駄なように思えるが、貴重な積み荷ではないからということだった。逆に、今回は村への様々な物資を積み込んで戻るので護衛が必要になる。そこにマワリも乗せ村へと帰るということだ。そして今度は食材を載せて戻る。要するに、村では護衛を雇えないので街を起点の往復で行うということらしい。
確かに傭兵の類が田舎の村に常にいるはずもない。そう考えると合理的にも見えた。
マワリはシィーラとお出かけできると楽しそうで不安そうな様子は微塵もない。聞けば、交流会というのは不定期ながらも頻繁に行われているようで、今回も他の家庭で同様の往復と交換があるらしい。この地域では当たり前の慣習に近いもののようだ。
部外者からすると子供はまとめて送迎した方が効率がいいと思ったが、それぞれの事情などがあって一気に集めようとすると逆に日取りが合わないという話のようだ。いずれにせよ、やることは変わらない。護衛業ならば妖精のシィーラも経験がある。傭兵稼業で戦時中以外の仕事の代表格だった。
出発前までは、この依頼が仕組まれたことなどとは露ほども思っていなかった。
油断があったのだろうか。いや、そうは思わない。この依頼が何につながっているのか、あの時に推察することはできなかったはずだ。
「うにゃー!!!?」
思い出していた思考を断ち切るように、妖精の情けない悲鳴が聞こえてきた。
「いまの、シィーラ?」
マワリが荷馬車の幌をめくって外を見ようとするので、その身体を頭から抑えつける。
「あれ、まる?どこにいたのー?」
隠蔽の魔法を解いたので、初めてマワリの視界に映ったことになる。
言葉は伝わらないが、一声鳴いて注意を引くとマワリの身体を浮かせてゴオルの方に投げ飛ばす。「おっと」とゴオルがその腕でしっかりと抱き止める。
「おいらに見張っとけ、言うんか?」
ゴオルはそれなりに生きてきた経験があるだけあって、鳥のわしが意図したことを察したようだ。行きがけの時にはシィーラないしはナリスの頭の上にしっかりと乗っていたので、ある種の顔見知りでもある。思えば、あの頃から悪目立ちしていたのだと今更に思う。その点だけは大いに反省だ。非常識に慣れ過ぎた弊害である。
マワリをゴオルに任せて荷馬車の上に飛ぶ。
気配で何となく分かっていたが、西の方のニャリスは大方片づけていた。伸び伸びと動いている。対して、東のシィーラは、新たな増援の参加もあって手こずっているようだった。どうやら一人、手練れがいるようだ。
あからさまに他の人間とは違う上等な服装で、武器は手甲のようだ。体術を得意とする武闘家の類か。
その相手にシィーラの剣が阻まれていた。肘当たりまで覆う鉄製の半手甲は鉄製なのか、魔剣の刃すら弾いていた。
「なんでこんな厄介なヤツがいんだよ。話が違うよなぁ!?」
「ぐぬぬーー!!」
シィーラが力負けしそうになって後方へ退く。その様子が先程と違って見えたので、意識を飛ばす。
(どうした?どこか痛めたのか?)
「分かんないー!でも、なんか力が出ないのー!!」
何か仕掛けられたのだろうか。だが、魔法の痕跡は特に見当たらない。
「はん、そんくらいですんでりゃたいしたもんだ。それとも、あの毒霧効果は雨風で威力倍増って話だったが、そこまでじゃなかったってことかもなぁ。んー、後で半額戻させるかぁ?」
得意げになぜか相手が説明してくれた。例の矢の影響を受けていたらしい。すぐに無効化したつもりだったが、そうではなかったということか。いや、よく考えると、シィーラが突撃した方向に吹き飛ばした気もしてきた。
勢い余った妖精が影響下のある場所へと足を踏み入れにいった可能性もあるような気がしてきた。
どちらにせよ、身体的に悪影響が出ている状態であることに変わりはない。
(毒を受けているなら、今すぐ魔剣に少し魔力を込めよ。わしがお主の悪い気を制御して魔力と共に排出できるよう調整する)
「えっ、どゆことー?」
(いいから魔力を込めよ)
説明をあきらめ、シィーラの内部に魔法で干渉する。妖精魔法のでたらめさを認めたことで、最近は常識にとらわれない運用を試すことにしており、妄想のような魔法を発動できるようになってきた。特に現在のシィーラは自分の身体であったこともあってつながりが強いのか、かなり反則的な影響を及ぼせることが分かっている。
「ふぉぉぉー!!!」
シィーラが素直に魔剣に魔力を吸わせる。普段からやっているだけあって円滑な動作だ。それに合わせて、こちらでシィーラの体内を巡る不純なモノをそこに重ねる。魔剣が吸収するのは魔力ではあるが、そこに何が含まれていようと気にしない。ある種の雑食性がある。人間の身体には有毒でも、魔剣にとっては関係ないということだ。
「おお、なんかスッキリしたー!やるぞー!!」
魔法はうまくいったようで、すぐさま元気になったシィーラは、先程のお返しとばかりに男に斬りかかった。
「うおっ!?なんで急に元気になってんだよ!!面倒くせぇな、おいっ!!」
「じゃあ、素直に斬られてよー!」
「無茶苦茶言うんじゃねぇ!てめぇこそ、ぶっ叩かれろっ!」
子供の喧嘩のような言い合いをしているが、実際には殺し合いの真剣勝負だ。武闘家の男はやはり一筋縄ではいかない強さで、シィーラ一人では時間がかかりそうだった。単なる野盗の一人には見えない。
「くそっ、お頭!ハジたちもやられちまってるみたいだ!こいつら雑魚じゃねぇですぜ!?」
「んなの、分かってるっつーの!生きてるやつかき集めて撤退しろ!こりゃ、分が悪い!」
部下らしい男に指示を与えながら、男はシィーラの連続技をいなしている。頭ということは首謀者なのだろうか。そうであれば生け捕りにしたいところだ。
「逃がしてあげないよー!」
シィーラは完全に戦闘モードで獲物を狙う目になっている。わしも加勢しようとしたところで、ニャリスが駆けつけてきた。
「面白そうなやつがいるじゃんか。アタシも混ぜろ!」
「げっ!二対一とか卑怯だぞ、てめぇら!!」
集団で襲ってきた側と思えない発言をしながら、一気に男は防戦一方になった。凌いでいるだけ見事だというべきかもしれない。ちなみに部下は既に見切りをつけたのか姿が見えない。
勝敗は既に決していた、かに見えていた。
シィーラとニャリスの連撃を巧みに受けては流しているものの、男に逆転の目はない。いずれ体力が尽きて屈すると思われる流れだったはずが、突然の雷撃が両者の間に割って入った瞬間、立場が逆転した。
「はっ!来たぜ、来たぜぇー!!!」
雷で何が変わったのか、突然男の動きが活性化した。劣勢だったそれまでの動きとは打って変わって、二人の剣を跳ね返すどころか弾いた勢いのまま攻撃に転じて押し返していた。脚部にも何か仕込んでいるのか、両足を駆使した蹴りでも刃を弾き、手足が自由自在にシィーラたちを責め立てる。
全身が凶器のような男の体術は、独楽のように回転することで攻撃の間隔に隙が無い。二対一という有利な条件が覆されてしまっていた。
「うにゃぁぁぁ!!!」
その手詰まり感にしびれを切らしたシィーラが男を突き放すように重い一撃を与えて吹き飛ばそうとするも、その強撃すらいなされてしまう。
「くそっ、いい加減離れろっ!」
ニャリスも間合いを取るべく弾き飛ばすような強い一振りを放とうとしているが、うまく溜めを作らせてもらえず半端な力加減になっていた。男の速さに翻弄されている形だった。肉体強化系の魔法だろうか。あれほどの劇的な変化が瞬時に起こるのは、通常では考えられない。
不利な状況での戦いは成長には欠かせないものではあるが、悠長に実戦鍛錬をしているわけにもいかない。護衛の任務である以上、依頼を優先すべきだ。
(あの男の動きを止める。早急に片をつけるがよい)
魔法には魔法を。
男の周囲にのみ局所的な魔防壁を張る。あらゆるマナを受け付けなくする簡易結界だ。あの速さが魔法によるものならば、その阻害ができるはずだ。
「――っ!?」
やはり目に見えて男の動きが鈍くなる。自身も気づいたのだろう。慌てて身を引こうとするが、それを見逃すシィーラたちではない。
今までのお返しとばかりに連携して男の逃げ道を塞ぎ、連続技で追い詰めていく。段々と男の勢いが削がれ、後退していく。それでも幾度かは器用に受け止めたものの、限界は近い。手甲も脛当ても削られてくにつれて、男の身体が見るからに軋んでいく。
「ま、待て!参った、降参だ!」
「嘘だー!」
「嘘じゃねぇって!無理、ほんともう無理っ!」
敗北宣言をした男にしかし、シィーラは執拗に向かっていく。油断はするなと教えているので正しい姿勢ではあるが、一方的に殴りかかる姿は悪役のそれだ。ニャリスの方は一旦手を止めている。
「とりあえず、殴り倒してから確かめりゃいいんじゃね?」
「いやいや、勘弁しろよっ!?」
物騒な助言に情けない声を出して、男はとうとう膝を折って腕組をした服従のポーズを取った。これ以上は何もしないという意思表示だ。頭を垂れて叫ぶ。
「マジで降参するって!だから、もう襲ってくんな!」
「ええー、つまんなーい!」
(本当にもう戦う意思はなさそうじゃ。縛り上げてから話を聞こう。他の手下は皆殺したのか?)
「死んでるのも伸びてるだけのもいんじゃねぇかな」
(ならば、この場からはとにかく離れようぞ。下手に追撃されたくもない)
すぐに荷馬車の方に取って返すと、何か様子がおかしかった。妖精が一番初めに気づく。
「なんか変な匂いがするー」
くんくんと鼻を引くつかせるシィーラ。こういうときの妖精の勘は馬鹿にできない。何か予感めいたものを感じてわしは突風の魔法で辺りの空気を吹き飛ばす。次いで、急いで荷台を確認するとゴオルが中で倒れていた。マワリの姿がない。
(一体どういうことじゃ?)
ゴオルを助け起こしてみると、怪我をしている様子はなく眠っているだけだと分かった。
「あれー、マワリはー?」
後から入ってきたシィーラが首を傾げる。状況から考えて、何者かがマワリを攫って行ったことは間違いなかった。




