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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第八章:半月の街
72/225

8-8


 大陸において、扶養できない子供に救済の手を差し伸べられる公的な組織というものはほぼ存在しない。

 そのような余裕がある団体はどこにもないからだ。裕福な国においてさえ、まともな生活が送れない大人の国民を救う手立てが満足に整ってもいないのに、労働力としても使えない子供の世話まで補助できるような体制などあるはずもなかった。多少なりとも動ける年齢まで育てられない子供は、基本的に嬰児埋めなどで容赦なく処分される世の中だ。

 労働力として見込める子供であれば、口減らしなどで売られることも慣習としてあったが、奴隷廃止と同時にそのような子供の人身売買も表向きは禁止となっている。しかしながら、禁止となったからといってその有効な対策がない以上、裏では今も横行しているの現状だ。

 そのようなご時世で唯一、一時しのぎの軒先くらいにはなる無償の施設を開放しているところがある。テンルの家と呼ばれる困窮民が行きつく最後の砦である。善神のレムーヌの眷属神である慈愛の神ベスターニの神官が各地に設けている避難所のようなものだ。

 しかし、そこでも当然一宿一飯の慈悲を受け取れるだけで、継続しての支援は受けられない。経営するベスターニ神官たちにも経済的な余裕などないからだ。

 浮浪児や戦争孤児などは、一般的に親戚の者か近隣の知り合いが引き取らなければ路上生活をしている。大人も混じって貧民街を形成したり、浮浪集団に組み込まれたりするが、その半数ほどは人さらいによって人身売買の商品となることが多いとされていた。

 そうした子供の一人がいま目の前にいた。

 ろくに言葉もしゃべれない未熟な童だが、少なくとも当初のような虚ろな様子ではなかった。それなりに生気がある。シィーラが呪紋を摩訶不思議な方法で剥がしたからだろう。

 「この子はどうしましょうか……」

 困ったように呟くナリスは、ちびちびと水を飲んでいる童女を心配そうに見つめていた。

 例の安宿から隠蔽の魔法を使って逃げて来たのだが、見知らぬ子供を連れて拠点である寄り道亭の離れに戻るわけにもいかず、とある宿屋の一室に駆け込んだところだった。一旦、状況を整理する必要がある。

 (シィーラが何をしたにせよ、現状は呪いの類はないと思うが、一応治療舎などに預けた方がよかろうな。健全な状態とも断言できぬ)

 「何をしたって、変なもの取っただけだよー?」

 (呪紋をあんな方法で剥がせるなどと聞いたことがない……いや、実際にできた以上もはや妖精ユムパ特有の何かだと思うしかないのじゃが……解呪士に知れたら卒倒するじゃろうな)

 「できるからしただけじゃん?だって、人間にアレは不自然でしょー?そういものはよくないって確か言われた気がするしー」

 「……妖精にとって自然の摂理に反するものだった、ということでしょうか?」

 ナリスの推察は鋭い。同様のことを感じていた。

 (そうじゃな。精霊が自然界の秩序を保つ存在という前提に則って考えれば、生命に何らかの制約を強いる呪紋や呪いの類は許されざる改変と捉えることもできる。その意味で、その調整ができるのは理に適っていると言えよう。原理はまったく分からぬが……)

 「なんだか分かんないけど、それでこの子はどうするのー?買ったんだから、普通に飼えばいんじゃないのー?」

 人間の道徳観を持たないため、子供を飼うという鬼畜な表現が出てくるが、シィーラに悪気はない。子供という概念もいまいち分かっていない状態なのだ。

 (任務に支障が出る上に責任が持てぬ。テンルの家にでも金を渡して里親探しを依頼しようと思っていたんじゃが、呪紋持ちだった以上、その後の経過も一応確認せねばな)

 助けた以上、ある程度のところまでは見守るのが救った者の責務だ。半端に投げ出して結局野垂れ死にさせるような結末では、助けたことそのものが無意味で無責任だ。師匠が良く言っていた「救った気になって、その場だけで後の面倒を見ないヤツが一番最悪じゃ」と。今でも思い出す。とある村を魔物の襲撃から救った騎士団があったが、すぐにその場を離れてしまったため、後日他の魔物の集団が仕返しとばかりに大群で押し寄せ、結局その村は壊滅した。

 あの騎士団の者たちは、その村の顛末など知らず、今もどこかで村を救ったことがあるなどと吹聴しているに違いない。一度は命を救った功績のみを賞賛するか、結局見捨ててほんの少し延命させただけの自己満足とみるか、難しい問題ではあるものの、やはりでき得る限り根本的解決をしなければならないというのが師匠の考えで、わしもその立場にある。

 この童がまともな家の養子として生活できるところまでは、救ったこちら側が負うべき義務だろう。

 「あの、この街の治療舎は信用できるのでしょうか……?」

 (……それを言われるとなかなかに答えづらいな。あの童たちがどこから流れて来たのかも分からぬゆえ、確かにその線も疑うべきか)

 「んー、どゆことー?」

 「まともに治療をしてくれる治療舎もあるけれど、同じくらい適当に診察するところもあるのよ。勝手に病気認定して裏で奴隷商人に売るとか、そういう話はわりとあるの。だから、信用できる治療士さんがやっているところじゃないと危険かも、って話ね」

 「ほへー、悪いやつだねー」

 ナリスの言うようにこの童やあの地下牢にいた子供たちがどこから連れてこられたのか、それは気になるところだ。あの小男の物言いからして、手広く他でもやっている印象を受けたからには、それなりの数がいそうだ。最悪な想像として一つの可能性が脳裏に過ぎっているが、さすがに考え過ぎだろうか。夜間の偵察時に幾度か見かけた光景が心のどこかをざわつかせていた。

 ダリドアリ教の儀式らしきアレが関係しているとすると、あまり考えたくない事態につながる。そうなると手に負えない面倒事でますます関わりたくない。しかし、あまり憶測で先走っても仕方がなかった。今は分かっている事実に基づいて動くべきだ。

 (治療舎は一旦保留にして一時的にでも預けられる場所を探すとするか……テンルの家もこの街にはなかったように思う。あるいは信用できるどこぞの商隊にでも預けるか……)

 「それは最終手段なのでは?一応、この子の親や親戚がいるかどうかの確認が先のような気がしますけれど……」

 指摘されて初めて気づく。無意識に孤児だという前提に立っていた。可能性は薄くとも、この街でさらわれたという可能性もなくはない。責任を持つのであれば、そこから始めなければならないだろう。

 (……そうじゃな。ならば、例の占い師を当てにしてみるか。この童のことについて何か分かるようなら一石二鳥じゃ)

 「ということは、紹介状待ちですか」

 面倒ではあるが、しばらく潜伏することとなった。



 程なくして童女の名はハカらしいと分かった。

 一時避難した宿で結局二日ほど向き合うことになり、たどたどしい会話から拾えた情報は驚くほど少ない。

 なぜ自分がここにいるのか分からず、生まれた場所もどうやって生きて来たかも分からないとのことだ。どうやら記憶がないらしい。呪紋を施されたことも覚えていないことから、その際の痛みや衝撃などで健忘状態にあることも考えられる。

 とにかく、役立つ情報がほぼ皆無でどうしようもなかった。呪いによって何をさせられていたかも覚えていないことは、おそらく本人にとって幸いではあろうが、こちらとしては歯がゆいものがあった。十分に食べて眠らせることで身体に異常がなさそうなことは一安心ではあったが。

 読み書きはほぼできず、教養はあまりないことから平民出身であることは確かそうだ。逆にそれ以外の手がかりはない。占い師にハカのことを尋ねたとして、正解を知らないということになる。そこに意味があるのか微妙ではあるが、そんな状況でも占いで何か決定的なことを伝えて来るようであれば、逆に信用できるかもしれない。

 今日の昼前には紹介状が届いているはずなので、シィーラが今それを取りに行っている。

 ハカはナリスに懐いているので、自然とそういう役回りになったのだ。

 わしは一応追っ手の警戒もあって宿屋の周辺を見回っている。既にあきらめたのか、目だった動きは特にない。しばらくあの通りに近づかなければどうにかなりそうだ。一見平穏な街の様子が広がっているが、水面下では色々ときな臭いことが多発している。

 改造魔核の調査に来たはずだが、それ以外の面倒ごとが増えてきている気がした。いや、それも副次的な目的で本来は妖精の杖の手がかりを探しに来たのだ。早くそちらに集中したい。すっかり妖精もどきの鳥の状態に慣れてしまったが、この不可思議な現象そのものは未だに謎のままだ。

 呪いといえば、わしのこれもその類であるのじゃろうか。

 だとすれば、妖精であるシィーラがかかっているのが奇妙ではある。先だっての解呪の理屈で言えば、不自然なものを調整するのが精霊の役目であるなら、その調整役の妖精が呪いにかかるというのは本末転倒だ。いや、自分自身では無効という可能性もあるか。

 その場合はやはり、他の妖精に活路が見出せる。シィーラが存在する以上、他の妖精もどこかにいてしかるべきだ。シィーラがもっと妖精に関して思い出し、そうした仲間たちのもとへ導いてくれれば話は早いのだが、まったく頼りにならないのが悩ましい。

 いつものように堂々巡りする思考に浸っていると、視界に何か気になるものが映った。

 それは屋根の上を駆ける影だった。動きがあまりに速くて人影だと気付くのが遅れたが、人知れず屋根を伝って移動しているのは人間だ。顔まで布か何かで覆っており、肌をまったく晒さない服装は、東国の忍者なる者を思わせる出で立ちだ。夜に紛れていたのなら、これほどはっきりとは視認できなかっただろう。

 どこかの密偵か何かだろうか。追いかけて調べたいところだが、今はここを離れるわけにはいかない。

 いずにせよ、この街には思っている以上の勢力があり、様々な思惑が錯綜しているようだ。願わくばそのいずれかが妖精の杖に関する情報を持っていて欲しいものだ。

 「……ラーラララー……」

 宿屋の部屋に戻ると、ナリスがハカを寝かしつけるよう子守歌を歌っていた。

 その姿は子を慈しむ母親のように様になっており、初めて見るナリスの表情だった。

 しばし、その子守歌に耳を傾けていると、ナリスがこちらに気づいた。

 「あ、あの……聞いていらしたんですか?」

 (うむ。なかなか悪くない歌声じゃった)

 「やめてください。初めてだったので恥ずかしいです」

 (初だったのか。案ずるな、十分癒された。ハカもよく眠っておろう)

 「ま、まぁ、多分眠かったのでしょうね……」

 そういうナリスの瞳から不意に一筋の涙がこぼれ落ちた。

 (どうした?何か思うところでもあったのか?)

 「いえ……どうしたのでしょうか。この子や、あの地下牢の子供たちのことを思うと少し不憫で。世の中にはこのような境遇の子供がたくさんいると知っていましたが、実際に目の当たりにすると色々と違って感じられるものですね……そのせいでしょうか……」

 (ふむ。おかしな話じゃが、お主がそうして憐憫の情を見せてくれるとほっとするな。シィーラはまったくその辺りがないからな……)

 微妙な間が空いた後、わしらは互いに小さく苦笑した。妖精の自由奔放さに改めて気づいたからだろう。ナリスの涙を引っ込めさせたのは良かったのか、悪かったのか。他人の生死や生活の不遇さなどに関しては、完全に達観している自覚があるので、哀れに思っても特に心情が動くことはない。不幸比べほど無意味なものはない、とどこかの賢者が記していたように思うが至言だ。

 少なくともハカはあの地下牢から抜け出せている。それだけでも僥倖だろう。他の囚われた童たちにできることはしてやろうとは思うが、約束は一切できないし責任も持てない。何もかも救えるような権力は持っていないし、持とうとも思わない。

 一方で、ハカを買い付けた分は今回の経費で落ちるのか少し気になった。情報料の一環でいけるだろうか。そういうところが非人道的な鬼畜換算だよ、とある知り合いに罵られる声が聞こえたように思うが幻聴だろう。やはりわしは慈悲深くはない。

 「やっぴー、戻ったよー」

 そして、シィーラの無邪気なその声は現実のものであった。紹介状を取って戻ってきたようだ。

 (戻ったか。ちゃんと紹介状を持ってきたんじゃろうな?)

 きちんと確認しないと妖精はすぐに忘れるため、決して大丈夫だろうと慢心しないことにしている。

 「おういえー、そのために行ったんだから平気だってばー、ほらほらー」

 そうして取り出したのは、一枚の落書きの描かれた紙だった。

 「シィーラ、それは……」

 「あれ?あれれー?これって、マワリが描いたやつじゃん?」

 やはり信用ならないことが証明されてしまった。

 その後、今度こそナリスが紹介状を取りに戻った。例の占い師を訪ねるのは夜間と決めていたので時間的には問題なかったが、無駄な二度手間だったことに変わりはない。シィーラに軽く説教をしてから、出発することにした。

 夜になるとデルデ=ガルデの街の右区は昼間とは様相を変えて活気に満ちた歓楽街に姿を変える。行き交う人の数が多くなり、喧騒が大きくなる。ただし、街灯りが煌々と至る所で輝くと言ったことはなく、あくまで最低限の明かりのみで通りを照らしているのが特徴的だ。そのあたりは暗闇を好むダリドアリ教の影響だろう。夜も眠らない街、などと喧伝する場合は昼間並みの明るさを保つ仕掛けが求められたりするものだが、ここではその常識は通用しない。どこかじめっとした明るさというか、籠った空気が充満して独特の雰囲気を出していた。

 そんな暗さはこちらにも都合がいい。例の小男たちはナリスとシィーラのことを探している。それほど必死ではなくとも目を光らせていることには変わりなく、この薄闇に紛れることができるのは有難い。ハカは呪紋がなくなったためか、十分な睡眠と食事のためか、驚くほど血色がよくなって浮浪児とは思えない健康体になっていた。多少はまともな服も着せたため、外見ではもう貧相な子供には見えない。未だ状況は理解できていないようだが、ナリスには安心感を抱いているようで、その腕に抱かれながら周囲をきょろきょろと見回していた。

 「おおー、なんか珍しい食べ物がいっぱいあるなー。ゼーちゃん、あれ買ってー」

 シィーラは通りの屋台に目を奪われて、ハカにはまったく興味を示さない。マワリとの交流で子供との距離も近づいたかと思ったが、そういうわけでもないらしい。適当に山菜の揚げ物を買い与えて大人しくさせておく。

 飴と鞭が必要なので、食べさせる代わりに例のポロダッカやシジェリゴの意味を思い出すように念を押しておく。定期的に喚起しないと本気で忘れているので、しつこいくらいが丁度いいのだ。図書館から離れて以来、他に思い出す言葉も特になく成果はまったく上がっていないが、あきらめるわけにもいかない。

 賑やかな大通りを抜け、少しずつ中心から外れるにつれて街の様子も様変わりしてくる。右区であっても、やはり場所によって違いは確実に出てくる。民家が立ち並ぶ密集した地域も通り抜け、畑が広がる農地区画の側にその家はあった。

 小さくとも柵に囲まれた館の一つで、かつては地主でも住んでいたのかもしれない。今ではその木柵は腐りかけ、小さな庭の木々も荒れ放題で手入れは行き届かず、廃墟の一歩手前といった佇まいだ。知らなければ、人が住んでいるかどうかも怪しいと思うような状態だった。 

 「わー、お化け屋敷みたいー」

 「それ、これから会う人に絶対に口にしちゃダメだからね……」

 シィーラの感想を窘めながらも、ナリスは恐る恐るといった調子で錆びつく門を開けて正面扉まで進んでゆく。本来は門番がいるはずの造りだが、今は期待するべくもない。直接的に扉の叩き金、ドアノッカーの輪で訪問を告げる。その輪は意外にも錆びておらず、実は人の出入りがあるのではないかと思わせた。

 しかし、すぐには反応がない。留守だろうか。それでも何度か叩き続けると、中から動く気配がした。

 さらにもう少し待っていると、扉が重苦しい音を立てて開き、不機嫌そうなソバカス顔の女中らしき服を着た中年女性が顔をのぞかせた。

 「何か用でっか?」

 こちらを値踏みするように見てから、警戒心も露わに眉をひそめた。新参者は歓迎されないようだ。言葉のみで説明しても拉致があかなそうなので、最初から紹介状を渡す。「お待ちを」と一度扉を閉められた後、しばらくしてから今度は入館を認められた。

 占い師ダーヴナーヴの館は敷地的には広いはずだが、まったく人気はなく、廊下も最低限の手入れといった趣で綺麗だとは言えなかった。かといって不潔感もなく、占い師の住処として相応しいと思えるような、奇妙な像や絵画、珍妙な札や道具の数々が陳列されていた。単なる廊下に置く必要性も感じなかったので、おそらくは演出の一環だろう。客を取っているのであれば、その訪問者が期待する何かを抱かせるために配置している、そんな印象を受けた。

 「御屋形様が待っとりやす。部屋に入ったなら、何があろうとお進みくだしゃい」

 独特の訛りの女中が扉を開けると道を譲った。ここからは先導はしないらしい。

 「ほいほーい」

 物怖じしないシィーラは気にすることなくそれに従って「うぴょー!?」と奇声を発する。

 ナリスの頭に乗っていたわしも、続いてその光景を見て圧倒された。

 (……吊り骨とは珍しい。よくもこれだけ集めたものだ)

 部屋に足を踏み入れた途端、様々な骨が撚り縄に吊り下げられていた。眼前一帯を埋め尽くすほどにそれらは飾られており、まるで暖簾のようにくぐれと言わんばかりの数だった。女中の言い回しが気になっていたが、こういうことだったようだ。

 (とにかく進むがよい。これらはある種の厄除けのような慣習で、特に悪い意味はない)

 シィーラが了解とその骨の網を気にせずに突き進む。ナリスは少しためらっていたが、頭上のわしが安心させるようにその髪を軽く叩くと妖精に続いた。ハカは既にナリスの腕の中でまどろんでいたので気が付いてさえいない。

 吊り骨の中には明らかに動物の頭蓋骨もあり、不気味に見えるのも仕方がないだろう。吊り骨というのは遥か昔の慣習のひとつで、古い文献で昔見かけた記憶がある程度の知識しかなかったが、確か魔物除けのような意味合いで始まったものだったはずだ。

 これも占い師としての雰囲気づくりであれば、なるほどかなりの効果があると言えよう。

 薄暗い部屋は蝋燭の明かりのみが照らしているのか、全体を見通せない。吊り骨がカラカラ、カツカツと通るたびにぶつかり合って音を鳴らすのが恐怖心を煽るかのようだった。もっとも、シィーラは逆にその音を自ら作って楽しみながら進んでいたので、恐怖演出を意図していたのだとしたら当ては外れていた。

 そんな奇怪な吊り骨区間を抜けると、不意に普通の空間が目の前に現れる。

 どこにでもある凡庸な机に紫のテーブル掛けが施され、厳めしい銅の秤が鎮座していた。その前に椅子もいくつか用意されているので、座って待てということだろう。シィーラとナリスが腰を下ろすと、背後の方にいつまにか女中がいた。吊り骨の音がまったくしなかったので、避けて通る方法があったのだろうか。

 「そのまま、しばしお待ちなせぇ」

 一切、無駄なことは言わない主義のようだ。何か質問しても答えてくれそうにない。

 それでもシィーラが何か言おうとしているのを黙らせ、そのまま待つこと数分。前方から何かが動く気配がしたかと思うと、薄闇の中から一人の老婆が現れた。

 何枚もの布を折り合わせて重ね着したような、どこか民族衣装のような出で立ちで。特に印象的なのはその頭に載せた冠だ。鹿か何かの頭蓋骨を加工して作ったもので、見る者を圧倒する奇抜さがあった。一部の自然崇拝を掲げる聖職者のような雰囲気もあり、神秘的とも胡散臭いとも取れる外見であった。

 「そもじらがヨーレーの小せがれの言うとったもんか……その紐っこを引いてみりゃ」

 挨拶もなしに、しわがれた声で老婆が言った。彼女がダーヴナーヴなのは間違いない。何か違和感があると思ったが、彼女がしゃべった言語が共通語ではなかったからだ。素早くシィーラたちに言語魔法をかけてから説明する。

 (尊老は古代語をしゃべるゆえ、分かるように魔法をかけた。じゃが、聞き取れてもしゃべれはすまい。おそらく、あの女中が通訳できるであろうから、そちらに向けて話せばよい。今のは紐を引けと言ったのじゃ)

 「紐ってこれー?」

 机の端に無造作に絡まった紐を、シィーラがためらいもなく引っ張る。

 すると、背後の吊り骨が一斉にガランガランと鳴り出した。連動していたらしい。その音を聞き分けているのか、ダーヴナーヴはしばらく耳を澄ませた後「よかろ」と一言告げると、静かに目の前の椅子に座った。

 「はダーヴナーヴ。そもじらの話を聞かりゃ。奇妙な気配を持つもんよ」

 蝋燭の明かりに照らされた老婆の顔には両目がなかった。

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