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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第一章:遭逢
7/202

1ー6



 古来より敵の視界を奪って優位に立つための行動というものは幾つかあり、有効な策略の一つだ。

 煙幕はその中でも有名なもので、辺りを煙で充満させることで視界を奪いこちらの位置を隠ぺいできる。

 魔法でも同じことができるが、煙ではあからさまに怪しい。屋内では不自然過ぎて、敵が仕掛けたことを瞬時に悟られてしまう。ならば、この煙を他の何かで代用できないだろうか。異変を感じさせることなく視界を奪えれば、それは襲撃する側に圧倒的優位をもたらす。自明の理だ。

 とはいえ、そんな都合の良い煙の代えはない。ある必要もなかった。重要なのは相手に気づかれないことだ。こちらが見えなくなるのであれば、その手段は煙でなくてもよい。透明薬やその類の魔法は古来より研究されている最たるものではあるが、未だ完成系はない。己の魔法学、知識は高度なものであると自負してはいるが、前人未到の発明に域に達するほどとは奢るつもりもなかった。せいぜいがその端に引っかかる程度だ。

 人間が何かを見るというメカニズムは、結局のところ、対象を認識することだ。例え真正面にあっても、それが自分にとって関係のあるものだと分からなければ、見ていても見えていない。普段何気なく平野を歩いているとき、足元の石の一つ一つを認識できるだろうか。答えは自明だ。視界に入ったとしても、それをいちいち覚えていないだろう。つまりその石は確かに存在していようと見えない、透明と変わらない。

 この原理を応用した幻惑の魔法で、特定のものを対象の認識外にさせることができればいいわけだ。更に言えば、この魔法を指定範囲の空間に適応させれば、その範囲内で自由に動ける。泥棒や暗殺にうってつけの裏魔法だ。これらは実は理論的には昔から確立されていたが、消費する魔力、というより空間に対して行うためにその場を維持する魔力があまりにも膨大になり、大規模魔法でも長く意地することができないために実用性がないとされてきた。

 その点、わしはその例外だ。一般的な人間が保有できる最大魔力というものはたいてい上限が決まっているのだが、何を隠そう、このゼファードはその最大積載量が常人の10倍近くある特性があった。それでいて、その魔力を出力できないがために一切魔法が使えないという宝の持ち腐れどころか弊害がある身なのだが、今はそれはいい。

 鳥になったことで出力可能になったわしは、その魔力の大きさを存分に発揮できる。ゆえに、先の幻惑魔法を空間に対して使えるということだ。もちろん、それでも長期間は無理なのだが、今回のように奇襲する間くらいは維持できる。

 たった二人で敵の根城に忍び込み、目標だけを討つという無茶な作戦はこの幻惑の魔法が使えるからこそのものだった。

 その魔法を目標の部屋と廊下に仕掛けたのが三分ほど前のことだ。

 廊下をやる気なく見回っていた一人、部屋の前の見張りの二人、部屋に入ったところでの護衛が四人。それらを先制攻撃ですべて無力化した。まともに警戒している輩であれば、本来は魔法障壁などの結界でこちらの魔法を無効化、あるいは減退させる用意があってしかるべきだが、慢心している田舎の小悪党にそんな頭脳はなかったらしい。恐ろしく簡単に計画は遂行された。

 その結果、何が起こっているか分かっていないという顔の警備隊長の男と、ベリィー一家の頭領を前にしている。

 二階の奥の小奇麗な部屋。声を上げる暇もなく手下たちを制圧したので、しばらくは階下の人間も気づかない。ナリスの好きにさせる余裕があった。母親を殺す命令をした人間をどうするのか、それはナリスの自由だ。復讐は何も生まないだとか、今更そのような説教を言うつもりはない。というか、その段階はとうに越えてここにいる。

 (わしらは金庫をあたるぞ)

 「ほい、ほーい。ニャリス、後は好きにしていいよー」

 二人を縄でぐるぐる巻きにしてから、シィーラは予定通り始末の付け方をすべて委任する。一応、その口にもその辺の布を詰め込んで声は出せないようにしていた。どちらかがやたら汚れていたから雑巾か何かだった気がするが気にしない。

 「ああ、感謝する」

 複雑な表情を浮かべながら、ニャリスがゆっくりと頷いた。当然、心中には色々な葛藤があるだろう。親の仇が目の前にいるのだ。憎しみで殺すことになるのだろうが、一方でそれが本当にすべきことなのか躊躇いも持っている。それはナリスの心情で、ニャリスの方は完全に殺す気で怒りを溜めていた。二重人格の中でそれらとどう折り合いをつけるのか。ここまで散々考えてきたのだろうが、未だ答えは出ていないように思えた。

 何にせよ、今はこちらでできることを優先する。

 大陸で一般的な金庫というのは、基本的に魔鉄でできたものが多い。その名が示すように、魔力を通しやすい鉄のことで、物理的な鍵と同時に魔法による保護が施されている。重要なものを保管するのだから当然だ。

 そうした魔法で保護されたものを解除するには、幾つかのやり方があり、合言葉や特殊な手順などを知らなければ絶対に分からないようになっている。一方で、物理的な錠前も、裏の技術で解除できてしまうように、魔法の保護にも強引な魔法による突破方法がある。

 今やろうとしているのは後者だ。あの二人に訊きだしてもいいのだが、拷問で口を割らせるのも気分が悪い。というか、余計なことをしてナリスの邪魔をしたくない。今後の人生にも関わる大事な局面だ。水を差すのは野暮だろう。

 そういうわけで、とりあえずこちらでどうにかしてみようと思う。

 件の金庫はそれなりの大きさだが、大人二人ならどうにか持ち上げて運べそうだった。窓際に鎮座したそれを見て、目星をつけていた金庫に相違ないと確認できた。当然、魔法による保護もかかっているのは魔力を感じることからも明白だ。

 (とりあえず、斬ってみるか)

 「え、斬れないって言ってなかった?」

 (おそらくは、な。じゃが、やってみてもよかろう。それで済めば手間も省ける。一応、わしの剣は魔剣じゃからな、お主が使いこなせておれば可能性はある)

 「そうなのー?それじゃ、とりあえずごーってことでー」

 シィーラが言われるがまま、金庫目掛けて剣を振るう。ガッと予期せぬ衝突音のようなものが聞こえた後、『ビビビ――!!』と耳慣れない甲高い音が鳴り響く。まったく期待はしていなかったが、結果は斜め上だった。

 「な、何々っ!?」

 (保護魔法に何か仕掛けがあったようじゃ……抜かった。最初に仕組みを確認すべきだったな。わしのミスじゃ)

 「それよりこれうるさーい。どうすればいいのー?」

 この音はまずい。階下にまで聞こえているだろう。すぐに誰かがやってくるに違いない。順調に行っていた計画をここへきて台無しにしてしまったようだ。

 「おい、何してやがるんだ!?」

 ニャリスは不快な警告音に顔をしかめながら、こっちを睨んでくる。

 (すぐにここを離れるようニャリスに言ってくれ。その二人を片づけるなら早く決めるようにとも。わしらはこの金庫を今すぐ壊すしかない)

 「えっと、すぐにここから出なきゃダメみたい?そこの人間を殺すなら早くしなさいってさー」

 「何だと、くそっ!それの罠にはまったってことか」

 ニャリスは事態をすぐに理解したようだった。毒づきながらもやるべきことは分かっているはずだ。時間的余裕を奪って申し訳ないが、自分でどうにかケリをつけてもらうしかない。

 (シィーラ、今すぐ魔剣をわしの前に掲げてくれ。必要な魔力を通す。剣身が赤黒く光ったら、お主もできるだけ魔力を込めてもう一度金庫を斬るがよい)

 「え?あ、うん。分かったー。でも、そんなことできるなら初めからそうすればよかったんじゃないのー?」

 (否定はせぬ。じゃが、こちらの魔力を温存しておきたかったんじゃ。今となっては手遅れじゃがな)

 「ああ、鳩の祭りってやつだねー」

 鳩?と一瞬考えて時が止まったが、すぐに後の祭りだと気づく。人間の慣用句を使いたがるのはいいが、ほとんど間違っているのはいかがなものか。

 今はとにかく魔剣に魔力を送る。人間の時には魔力を出力する術がなかったため、魔剣そのものの特性として勝手に持ち主の魔力を抽出されていただけだが、鳥となった現在は違う。存分に己の魔力の強さ、大きさを発揮できる。

 「おっ?おわっおー!!?」

 自らが握る魔剣に集まる魔力の高まりに気づいたのだろう。シィーラが好奇に満ちた目で鈍く輝き出した魔剣を見つめる。

 (いつまでも眺めてないで斬ってくれ。わしの魔力も無尽蔵ではない)

 「おっけぃー」

 その威力を試したかったのだろう。素直にうなずくと、シィーラは今度こそ金庫を叩き斬った。

 極論、魔法というものはすべて魔力の絶対量による大小関係が成り立つ。要するに、魔力がより強く大きいものが勝るということだ。もちろん、そこには単なる不等号より複雑な要素が関わっているが、圧倒的な差がそこにある限り、その理論は崩せないと言われている。

 例として有名なのは火と水の魔法の相性だろう。自然界と同じく、水は火に強く、魔法であってもこの属性の関係性は変わらない。しかし、これらが魔法で発現したものである場合、その生み出された際の魔力の大小関係によっては火が水を凌駕することもある。これはより高熱で広範囲の火が、それを下回る水量を蒸発させることもできるのと同じ理屈とも言える。

 ゆえに、どんなに強固な保護魔法も、その魔法をかけた者の魔力や質を大幅に上回る魔力をぶつければ、強引にこじ開けることができるということだ。それだけを聞くと保護魔法など意味がないと思うかもしれないが、これを実際に行うとなると、一般的には元の魔法の10倍以上の魔力が必要とされることから、どれだけ大変なことかが分かるだろう。

 今回は、魔剣とわし自身の規格外の魔力の大きさがあったからこその手段だ。金庫にかけられていた保護魔法がたいしたものではないことも要因の一つだ。それに、本来は中身の心配もしなければならない。強引にこじ開けるのだから、綺麗に魔法が解けるものではない。魔力が暴発して辺りに被害が出ることも考えられる。あくまで最後の手段だ。

 果たして、金庫を一撃で切り裂いたシィーラの一撃で、強引に散らされた魔法の破片のようなものが辺りに拡散する。

 「いたぁっ!!?」

 その一部が頬をかすめたのか、顔から一筋の血が流れていた。自分の身体が傷つくのを外から見るのはいつも奇妙な感覚で慣れない。事前に警告すべきだった。どうにも、頭が回っていない。魔力を大量に消費しているからかもしれない。人の魔力は精神力に関係が深いので大いに在り得る。

 とにかく金庫は開いた。中身は予想通り書類の束だ。いちいち確認している暇はない。すべて魔法で燃やすことにして、素早く火球を放つ。

 「あっ、金貨袋もあるよー、あちちちっ!!!」

 既に燃え広がり始めた金庫に手を突っ込んで、上部が縄で縛られた麻袋を取り出すシィーラ。その金に手を付ければ完全に盗人ではあるが、悪党から奪うのはかまわないだろう。先立つものは必要だ。初めの頃は金の重要性をまったく理解していなかったシィーラだが、より美味しいものを食べるために必要と知り、今では金を持つことに貪欲だった。

 (とにかく、これでナリスの借用書も破棄された。ニャリスに脱出するように言うがよい。もうすぐ下から手下が集まってくじゃろうから、窓から行くぞ)

 「ほいほーいって、ニャリス。何してるのー?」

 そちらに視線を向けると、二人の男に向けて剣を振りかぶったまま、硬直しているニャリスの姿があった。そのまま殺していいのかどうか葛藤があるのだろう。魔法剣の剣先が揺れていた。 

 気が済むまでその心の決着を待っていたいところだが、今は状況がそれを許さない。既にドタドタと廊下を走ってくる足音、「家長、大丈夫っすかー!?」という声が聞こえてくる。



 「ニャリス?」

 返事がないので、更にシィーラは声をかけるが、やはりニャリスに動きはない。

 いよいよもって、こちらで何か後押ししなければならなそうだ。

 もう少しだけ時間を稼ぐことにする。部屋の唯一の扉に対して防壁魔法をかけた。相手側にたいした魔法士はいないので、これで多少は時間的余裕が持てる。防壁維持には魔力を消費するため、できるだけ早く済ませてもらうことに変わりはないが。

 (仕方がない、シィーラ。二人の口から布を取れ。そして、最後に言い残すことはないか聞くがよい。ニャリスにはその返答を聞いて決めろと伝えろ)

 「ほむほむ……それが必要とあらばー」

 シィーラはその意味に気づいているのか微妙だが、言われたとおりに実行した。

 早速二人が口々に何か喚き始めたので、シィーラに軽く腕を斬らせて無駄口を叩かせなくする。小者ほど痛みに弱い。

 「それじゃ、そっちの人からどうぞー」

 先に最後の言葉を促したのは、警備隊長の方だ。おそらくは30代くらいの凡庸な出で立ちで、すっかり恐怖に顔を歪ませている。

 「か、金ならいくらでもやる!み、見逃せっ!!だいたい、お前らの知り合いだか肉親だかを殺したのは俺じゃない!全部、このベリィー一家の奴らだろっ!」

 飛び出てきたのは見苦しい言い訳だった。

 「それを見ない振りで許してたのはアンタだろうが」

 「ち、違うっ!俺は……」

 (シィーラ、もう一回布を詰めるがよい。これ以上はうるさいだけじゃ)

 「ほいほーい、終わり終わりー」

 もごもごとまだ言い足りなさそうにしていた警備隊長を放置し、残った家長の方に視線を向ける。こちらは髭面のむさ苦しい男で、警備隊長よりは肝がすわっているのか、強気な態度でニャリスを睨んでいた。先ほどまで慌てふためいていたので、おそらくは虚勢だろう。多少落ち着いて、小賢しく何かを企んでいるのかもしれない。 「……こんなことをしてただで済むと思っているのか?てめぇの一族皆殺しにしてやる。その躯も晒して見せしめにしてやるぜ」

 この期に及んでまだ脅してきた。その意気は立派だと言えなくもないが、どことなく無理をしている声だ。

 「言いたいことはそれだけか?唯一の肉親は貴様に殺された。もうアタシしか残っていない」

 「はっ、てめぇだけが残ったのかよ。早くこの縄を解け。ゴミ掃除がまだ終わってなかったみてぇだ。てめぇもすぐにゴミ溜めに送ってやるぜ」

 はったりもここまで貫けばなかなかのものだ。何もできない状況でこの強気な態度は見上げた根性だ。

 「ゴミだと……?人をなんだと思っていやがる」

 「知るか。オレサマの役に立たないヤツはみんなゴミだ。ゴミが偉そうに――んぐっ!!?」

 ニャリスがその口に再び布を乱暴に突っ込み、その顔を殴る。

 「アンタの性根が腐りきってるのは良く分かった……悩む必要はなかったな」

 覚悟が決まったのか、静かにニャリスが呟いて改めて剣を構えた。

 二人の顔が恐怖に歪む。いよいよ死を悟ったのか、失禁していた。最後まで見苦しい輩だ。所詮小悪党に過ぎない。そんな者に母親を殺されたナリスたちの悔しさは計り知れないものがある。最大級の苦しみを与えようとしても不思議はないが、一思いに終わらせることに決めたようだ。静かに、あっさりと復讐劇の幕は下りた。

 「……行こうか」

 やるべきことを終えて、ニャリスは振り返ることなく窓へと歩いてく。

 「もう、おっけぃー?」

 (うむ。後は速やかに逃げるぞ)

 計画は概ね成功した。

 窓から外へ出て、そのままシベンマの街を後にする。

 もちろん、ベリィー一家の厩から馬を拝借して足を調達することも忘れていない。

 「うーん、それでどこへ向かえばいいのー?」

 馬上で大きく伸びをしたシィーラが聞いてくる。

 (交易路を進めば、自ずと次の街にたどり着く。そこでしばし休息をとって、次の目的地を決めるとしよう)

 「なるほどーって、その交易路ってどこー?」

 「……交易路はこの方角を進めばあるはずだ」

 ニャリスが先導してくれる。心中まだ穏やかではないだろうが、シィーラより心強いのはなぜだろう。多少、複雑な気分だ。

 ともあれ、こうしてナリスは故郷を捨てて旅に出ることになった。


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