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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第八章:半月の街
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8-5


 人は誰でも騙される。

 師匠の言に偽りはない。どんなに慎重な人間であろうと、理知的な天才であろうと、情に絆されて見誤ることもある。それは師匠ですら例外ではない。弟子として絶対的な信を置いている師匠だが、騙され裏切られる可能性はあるということを忘れてはならない。人の感情は移ろうものであるからだ。

 それが見知らぬ他人であれば言うまでもない。

 心から信頼する友人がいたとして、その友人が信頼する見知らぬ誰かを信用できるか、という話だ。伝聞は伝聞でしかなく不確かだと言わざるを得ない。自分で直に会って判断すること以外は、すべて疑ってかかるくらいで丁度いい。

 今回、ブリッツという見聞屋を試すのはその布石だ。

 騎士団側が信用して使っているからといって、鵜呑みにして安心していい理由にはならない。見聞屋は信用が命であるとはいえ、大金でそのすべてを捨てる人間は腐るほどいるのが現実だ。

 細長い男を上空から監視しながら、そんなことをずっと考えていた。

 ブリッツ=ヨーレー。

 独身。34歳。見聞屋ギルドでの継続年数は不明だが、ベテランであることは確かだろう。イントと呼ばれる情報提供者を数多く持っているようで、ここまでで少なくとも3人ほどと接触して、何らかの情報を得ている。

 いずれも目当ての人間――もうひとりの騎士団員――ではなかった。既に現地入りしている謎の人物を知っておきたい。連携しなくていい、知る必要もないという方針で情報が何も与えられなかったが、はいそうですかとそれを受け入れるのは何かが違う。第零騎士団が個々のやり方に特化しているのなら尚更、良く分からないピースがどこかにあるというあやふやな状態にしておくのは気に入らなかった。関係がないにしても、ある程度は把握しておきたい。最低限の情報は持つべきだというのがこちらの考え方だ。

 その糸口を見聞屋から探る。

 相手も素人ではないので、尾行や監視の目には敏感であろうが、妖精ユムパ特性の鳥目からは逃れられない。人間の魔力探知よりも数段性能の高い魔法により、かなり遠くから追跡することができる。ブリッツの警戒を無視しての監視だ。

 ただし、その会話を聞き取るにはある程度近づく必要があるために、さすがにバレる危険性はある。細心の注意が必要だった。

 「んで、さっきからオレをつけてるオマエは何者だ?」

 路地裏を歩いていたブリッツが不意にそんな言葉を呟いて立ち止まった。一瞬驚く。こちらは屋根の上で隠蔽の魔法もかけた状態なので尾行に気づかれていないはずだ。隠された能力か何かで罠にかけられたのかと疑ったが、すぐに別の声がした。

 「なんだ、気づいてたのかよ、おっさん。まぁ、いいや。ジーンの兄貴が呼んでる。来いよ」

 暗がりから姿を現したのは若者だ。身なりはあまり良くない。浮浪者ほどの汚れはないが、その肌が黒ずんでいる。衛生まわりが微妙な場所で生活している証だ。明らかに何かを隠し持っている外套で隠してはいるが、その布地が既にボロボロに使い古されていた。

 「ったく、好き放題呼び出すんじゃない。何もネタはないぞ?」

 「ハッ、そんなの知るかよ。とにかくついて来い」

 「断る、と言ったら?」

 「アアん?おっさん、そんな立場にあると思ってんのか?あのガキがどうなっても――」

 にらみを利かせたつもりの若者の目の前に、一瞬でブリッツが飛び込んでその顎を片手で掴む。全身から迸る殺気はなかなかのものだ。

 「それ以上、汚い口を開くな。オマエ如きにナメられるほど落ちぶれちゃいないぞ?あの子のことは二度と口にするな。分かったか?」

 思いがけない反撃に若者は何もできずに、ただただ頷いた。ブリッツはすぐにその手を放す。

 「ほら、早く案内しろ。ついていってやる」

 「……ちっ、ふ、ふざけた野郎だぜ、クソが。黙ってついて来い」

 完全に虚勢だったが、何か弱みを握っている側なのは間違いない。これは何か分かりそうだと空から追うことにした。

 若者は路地裏を抜け、更に奥へ奥へと入っていく。人とほとんどすれ違わない。微妙な匂いが濃くなっていく。

 そして、薄汚れた川を超えて荒れ地を抜けた先へと歩を進める。

 どうやら灰溜まりと呼ばれる地域に向かっているようだ。となれば、若者はヤーゼルの眼の一因で、ブリッツはその一味と関係があるということかだろうか。明らかに濁った空気が漂う場所が続く。建物は崩れ落ちそうな廃墟と見紛うばかりのものが連なり、歩道には糞尿やゴミが散らばったまま放置されている。時には路肩に人も倒れるように座り込んでおり、無気力な目を虚空に向けている。完全に廃人のそれだ。

 どんな街にも見捨てられた区域は存在する。貧富の差は必ず存在し、平等という幻想を浮き彫りにする。そこはまさしく貧民街の最底辺に位置する場所だった。

 そんな通りとも言えない腐敗した細道を二人は無言で歩く。

 時折、うらぶれた家からそれを見つめる視線があったが、顔見知りなのかすぐに興味が逸れた。その様子を見るに、ブリッツもこの界隈では認識されているようだ。

 やがて一つの建物の前で若者は止まる。

 壁にもたれかかるように立っている大柄な男と拳を何度か突き合せた。挨拶の儀式のようなものなのだろう。乱賊団などがよくやっているのを見たことがある。

 「ジーンの兄貴の用件だ」

 「そうか。入れよ」

 大柄な男が横にずれると、足元に引き戸が現れた。なるほど、地下に何かがあるらしい。急いで急降下して、一緒に地下階段を降りる。魔法に関する警戒はほとんどなかったので、隠蔽の魔法で問題なかった。

 燭台の明かりが続く階段を歩いていくうちに、すぐにざわめきが聞こえてきた。かなりの人数がいる。

 どうやら、何かのアジトだ。おそらくはヤーゼルの眼のものだろう。思いがけなく、裏組織の本拠地にたどり着いたらしい。地下街とはいかずとも、それに近い規模の広さがあった。元々あった洞窟のような場所を利用しているのだろう。壁はほぼ岩肌がむき出しだが、地面はクズ板などで最低限の足場を確保しているようだ。

 頭上は適度な高さもあり、間仕切り板で隔てるだけの区画もあれば、屋根付きの家屋もある。地上の廃屋もどきよりもずっとマシな造りだ。こちらが生活圏なのかもしれない。

 若者は勝手知ったる様子でずんずんと進み、しっかりとした建物の前でまたもや拳の挨拶を交わした。

 扉前に用心棒らしき男がいるので、重要な誰かの住居なのだろう。

 「おら、入れよ。向かって真っすぐの扉だ」

 ここからはブリッツ一人で行けということだ。見聞屋はふんと鼻を鳴らして入っていく。わしもその斜め後ろから入ろうとしたところ、これまでにない魔力を感じた。慌てて更に上空へと逃れる。魔力探知の波だった。言わば、逆魔力探知というべきものでその範囲から逃れる。

 ここまで魔法に関する防備はほとんどなかったが、さすがにこの家は違うらしい。訪問者に対して魔法面での防衛意識もしっかりと持っているらしい。隠蔽の魔法は簡単には見破られないが、疑いを持っている目で調べられれば、違和感は必ず生じる。結界のようなものにも引っかかる。ここからは慎重に行かねばならないようだ。

 幸い、この家屋の造りは荒い。屋根には風通しのいい隙間があり、そこから潜入することにした。

 魔力探知は基本的に指向性があり、通常は水平上にしか行わない。結界がなければ、上からならば問題は無いだろう。

 案の定何事もなく入り込むと、簡易的な家は骨組みそのままで隠し板なども使っておらず、垂木や渡し木を辿って目的の頭上に辿り着いた。

 「んで、何か言うことはないのかよ?」

 髪をやけに逆立てた半裸の男が、ブリッツを見下していた。見聞屋は正座させられ、その背後には斧を持った粗暴そうな男が立っている。決して穏やかではない雰囲気だ。

 「呼びつけたのはそっちだろう?」

 「そりゃ、てめぇが報告しないからじゃねぇか。気づかれないとでも思ってたのか?正直に吐けよ。今ならまだ許してやるぜ」

 「…………」 

 「おい」

 トサカ男が顎をしゃくると、斧男がその柄でブリッツの背中を叩いた。「ぐっ」とうなって、ブリッツの身体が倒れそうになるが、後ろからその頭をわしづかみにして斧男がそれを許さない。

 「黙っていいなんて俺は言ってねぇぞ?答えろよ」

 「…………」 

 「てめぇ、まだナメてんな?あのガキの腕の一本でも引き千切って持ってきてやろうか」

 「やめろ!あの子に手を出すな」

 「やめろ、だ?命令か?てめぇ、いま俺に命令したのか?ああんっ!!」

 トサカ男の足がブリッツの頭を踏みつけた。ガッと鈍い音がして、見聞屋は頭を垂れた形で地面に押し付けられる。他人の足で服従される屈辱的な状態だった。

 「や、止めてください……あの子には手を出さない約束だったはず、です……」

 ブリッツが声を絞り出すように言った。

 「そうだよな。そういう取引だったはずだよな?てめぇが必死に頼むからこっちもあのガキを放っておいてやったんだ。なのによ、なんか最近、第三倉庫を嗅ぎまわってたバカがいたらしいんだよ。おかしいよなー、あの場所を知ってるやつなんざ、ほとんどいないってのによ」

 「…………」

 「で、何か報告することは?」

 「……オレは関係ない」

 「へぇ、白を切るのか。てめぇを見かけたヤツがいるのに?」

 「……本当に関係ない。もし、オレを見たってやつがいるなら、そいつの見間違えか当て擦りだ」

 「ほぅ。俺の部下の方を疑えって?てめぇ、マジで言ってんのか?」

 ぐいっとブリッツの頭を掴んで、トサカ男が真偽を確かめるように覗き込む。見聞屋はその威圧に対して真っ向から向き合った。額から血を流した状態でも視線は逸らさない。その細目に何を見たのか、トサカ男はちっと舌打ちして斧男に言う。

 「ガジを呼んでこい。今すぐにだ」

 斧男が出てゆくと、ブリッツがくぐもった声で尋ねる。

 「ガジってのは……左耳がない若造か?」

 「ん?ああ。知ってんのか?」

 「昔、殴り飛ばしたことがある。なるほど、その恨みか……」

 ぺっと血反吐を吐き出して、ブリッツは皮肉げに唇を歪めた。

 「んだと?マジでクソ野郎のデマだってのか。おいおい、そいつは許せねえな……」

 「少なくともオレじゃない。けど、アンタを怒らせるほどバカでもないはずだ。誰かがいた可能性はあるんじゃないか……」

 トサカ男は顎に手を当てて少し考える仕草を見せた。典型的な暴力にものを言わせるだけのタイプというわけでもないらしい。鋭い三白眼の瞳に理性の片鱗がある。

 「はーん、こっちに関してはてめぇが正しいのかもしんねぇな……けどよ?」

 最後の言葉を強める。

 「てめぇがコソコソ、俺たちの情報売ってるのは事実だよなぁ?」

 「…………」

 「見聞屋だから、多少は切り売りしてんのは目を瞑ってやる。商売だからな。けどよ、てめぇはもうちっと深いとこまで知ってるだろ?そいつが俺の耳に届いたら、どうなるか分かってるよな?」

 「…………」

 「分かってんのかって訊いてるだろーがっ!!!」

 トサカ男の足が一度降ろされ、すぐさまブリッツの側頭部へ容赦なく叩きこまれた。蹴り飛ばされたブリッツがろくな受け身も取れないまま転がる。

 「……分かってる」

 顔を歪ませたまま、ブリッツはどうにか返事をしてその場に座り込む。その頬も真っ赤に腫れていた。

 「そうそう、そうやってちゃんと答えりゃいい。てめぇは犬なんだからな」

 満足げにトサカ男が微笑むと、斧男が小柄な髭面の男を連れて戻ってきた。片耳がない、例のガジと呼ばれた者だろう。

 「ジーンの兄貴、あっしに何か用ですかい……ってなんで覗き屋がここにっ!?」

 「おう、ガジ。てめぇの報告でこいつを呼び出したんだがよ。倉庫にゃ行ってないって話だった。本当にこいつを見たんだよな?嘘なんかついてねぇよな?」

 「ももも、勿論っす!このクソ野郎が吹かしこいてるだけっすよ!」

 「そうだよな。俺に適当な報告上げる能無しなんかいるはずねぇよな?けどよ、こいつぶっ飛ばされても曲げなかったんだわ。人質もいて、そんな嘘つくかねぇ……んで、最後に確認するが本当に、こいつを、見たんだよなぁ?」

 トサカ男はガジの目の前で仁王立ちして、眼光鋭く見下した。なかなかの威圧っぷりだ。ガジはあからさまに動揺して震えている。何か言葉を言おうとして、声にならない様子だ。

 「おいおい、どうしたんだよ?寒いのか?めっちゃブルってるぜ?」

 「いや、その、あの……見た、気がする……程度で……」

 「ああん?聞こえねぇぞ。ちゃんとしゃべれや」

 「だから、その……人影は見たんすよ、マジで……」

 「その人影がブリッツの旦那だったんだよなぁ?てめぇ、はっきりそう言ってたよなぁ!?」

 「うっ、その――」

 もう一度言い淀んだ瞬間、ガジの身体が地面に沈んだ。ゴッと鈍い音が響き、さらにがつがつと殴打音が続いた。トサカ男の拳がその顔面を抉るように打ち下ろされ、次にその身体に向かって何度も打ち付けられる。

 「俺はっ、報告はっ、正確にっ、しろって――」

 連打しながら、トサカ男は段々と力を込め、止めとばかりに体重をかけた一撃をその背中へ繰り出す。

 「言ったよなぁーーー!?」

 ゴキリと嫌な音がした。背骨辺りが折れたのではないだろうか。もうあの男は生きてはいまい。

 しばらく、トサカ男の荒い息遣いだけが辺りに響いた。その手は血まみれでぬらぬらと光って見えた。紅が薄闇の中でやけに鮮やかだ。その紅い血をぺろりと舐めとると、斧男にうなずく。静かにガジのずたぼろになった遺体は引きずられてその場から消えた。

 「ったく、無能が下にいると疲れるぜ。ふぅ、てめぇにはわざわざ来てもらってご苦労だったな。もう帰っていい」

 大分勝手な言い分だが、見聞屋は黙って従うようにのっそりと起き上がった。細長い背中がやけに小さく見える。その背に脅しがかかった。

 「てめぇはガジみたいな馬鹿な真似はしないと信じてるぜ?」

 ブリッツは黙ってその場を後にした。来た時と違って痛々しい姿だった。

 どうやら、あの見聞屋は弱みを握られて利用されているようだ。子供か何かを人質に取られているらしい。独身なはずだが、隠し子か何かがいるのかもしれない。悪漢相手の対応を見る限り、芯の通った気概を見せていて小心者の類ではない。人格は信用できそうだと感じた。

 思いがけず、なかなかに濃い情報を得た。ついでに、このアジトらしき場所ももう少し偵察することにする。

 ヤーゼルの眼とやらは思ったより穏やかではない集団のようだが、様々な悪人を見てきたのでそれほど驚きはない。どこにでも命を軽んじる者はいる。だからといって、気分がいいものではないが。

 この街の暗部もそれなりに深そうな予感がしていた。

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