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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第八章:半月の街
68/225

8-4


 その夜。

 寄り道亭で夕食を済ませて小屋に戻り、今度の方針を確認していると扉がノックされた。

 ハリヴェル家の者ではない。足音や気配で既に判別はつくようにしていた。扉前に来るまでほぼ気配を消していたそのことから、連絡係か例の見聞屋しかありえない。

 ナリスが警戒しながら誰何する。

 「どちら様ですか?」

 「ブリッツだ。ヌーリャ絡みと言えば分かるよな?」

 こちらを振り返るナリスに頷く。ヌーリャを知っているのは関係者のみだ。

 どうぞ、と扉を開けると細身の男がするりと入ってきた。素早い。身のこなしが洗練されている。どこにでもいる商人風の服装だが、所作が静かだという印象だった。身体も顔も全体的に細長い。枯茶色の髪は肩まで伸びており、後ろ姿は女性だと思うかもしれない。あくまで背後からは、だ。無精ひげと精悍な顔つきは絶対に男のものだった。

 「なかなか面白いところに転がり込んだもんだな」

 細目で周囲を見回しながら、ブリッツは低い声で笑った。

 「ええと、見聞屋さんということで、いいんですよね?」

 ナリスが尋ねると「ああ」と同意して、勝手に余っていた椅子に腰を下ろした。あまり礼儀にはこだわらない性格のようだ。

 「早速だが、どの程度までの情報を持ってる?すり合わせをしとかんとな」

 「その前に、一応自己紹介を。私がナリスで、そちらのベッドにいるのがシィーラです。シィーラ?」

 妖精ユムパは既にうたた寝状態で身体を投げ出していた。ナリスの最後の言葉は囁き声でシィーラを叱責する含みがあった。びくっと反応して起き上がる妖精。怒った時のナリスの説教はなかなかに応える。その恐怖がシィーラにも沁みついているようだ。

 「そいつはご丁寧にどうも。オレはさっきも言ったがブリッツだ。んで、そこの鳥……鳥だよな?そいつは何だ?」

 相変わらず一発で鳥だと断言されないわしをブリッツが顎でしゃくって来る。現在地はシィーラの頭の上だ。無意識にそこが定位置になってしまっていて、部屋の中であっても必要がないのに居座る変なクセがついていた。今もとっさに飛び移った形だ。直すべきだと自己分析をする。

 「あ、使い魔でゼーちゃんです」

 「使い魔ゼーチャン……?そうか、なるほどな……」

 おそらく納得はできていない様子のブリッツを放っておいて、ナリスは話を進める。既に見聞屋から訊くべきことの検討はすんでいるので、わしがいちいち指示せずともよい。シィーラと違ってこの辺りはとてもやりやすい。

 「現在私たちが把握している情報ですが――」

 今日の昼間までに分かったことを掻い摘んでナリスが説明する。シィーラと違ってやはりスムーズだ。軽く感動を覚える。

 シィーラに少しは見習ってもらいたいところだが、その当人は屈伸中だった。何をふざけているのかと思うだろうが、寝落ちしないためだ。少なくとも、寝ない努力をしていることは成長だ。そちらに夢中になって肝心の話を聞けているかどうかが怪しいのが問題だが。

 ナリスの説明は淀みなく進み、時間もそれほどかからなかった。分かっていることが少ないので当然ではある。

 「――了解した。たいして知識はないってことだな。じゃあ、ざっくりと話していくけどよ……アンタは屈伸しながら聞くのが普通なのか?」

 「あ、おかまいなくー」

 そうもいかんだろうとは思うが、身内側からもあまり突っ込めないので愛想笑いでごまかしていく。下手にシィーラを止めるとすねてふて寝する可能性がある。このまま強行することをナリスとわしは暗黙の了解で決断していた。

 ブリッツの話はなかなかまとまっていて聞きやすかった。さすがの見聞屋というべき面目躍如っぷりで、要点を抑えた概要と詳細で分かりやすい。

 まず、このデルデ=ガルデの街の勢力図を理解する必要があった。

 現在の街長はピリエ=ノーグウェメで、彼はダリドアリ教の信者だ。頂点に君臨する者の庇護を受けているのだから、ダリドアリ教が幅を利かせているのは当然と言える。一つ目の勢力はつまり、このダリドアリ教ということになる。

 しかし、組織というものは常に一枚岩ではない。ピリエ率いるダリドアリ教一派は穏健派にあたり、内部でもうひとつの勢力である過激派があるという。この一派のことを隠語で裏派と呼んでおり、それなりの数と影響力があるようだ。街の執行機関であるデルデ=ガルデ議会の議員にはこの裏派の者が相当数いるらしい。これが二つ目の勢力になる。

 次に、反ダリドアリ勢力の派閥がある。昔からの議会員が多く、街の左区の住民の絶大な支持を受けている旧勢力派だ。言わば、昔ながらの地元民が多い三つ目の勢力であり、デガの盾と呼ばれている。規模的には一番大きいのだが、その中にもやはり過激派が存在し、こちらは非公式ながらデガの剣と名乗っている。それが四つ目の勢力だ。

 ダリドアリ穏健派、デガの盾、デガの剣、裏派。現在はその順番で権力があるという状況だった。

 また、通称灰溜りという貧民街に住む者たちの中に、ヤーゼルの眼という裏組織があり、どこの勢力にも属さない一団がいる。マワリを追いかけてきたのはおそらくこの者たちだろうと思われた。彼らは金次第でどこの手足となって動いてもおかしくない犯罪集団らしい。

 今回の魔力狩りの実行犯として、一番疑われている組織とのことだった。

 実行犯という言い方に引っかかって尋ねると、ブリッツは黒幕はどこかの勢力の幹部だと確信していると語った。魔力狩りは勢力を拡大したいどこかの派閥が引き起こしているという推論のようだ。その根拠として、犠牲者に要人が多いことが挙げられている。各勢力の中心人物の側近などが狙われたとのことだ。

 「各勢力ということは、消去法で逆算すれば無傷の勢力が黒幕という話になるのではないですか?」

 ナリスが正論の指摘をすると、初めてそこでブリッツの歯切れが悪くなった。

 「そうオレたちも思ってたんだが、直近の犠牲者でその仮説が崩れてな……」

 魔力狩りの犠牲者は数十人に上るが、ダリドアリ穏健派の者は一人もいなかった。ゆえに黒幕として濃厚なのは街長ピリエ率いる一派だと思われていたが、つい先日に魔力を吸いつくされて死亡したのは穏健派の重鎮の一人だった。疑いを逸らすための生贄にしても重要人物過ぎるということで、疑惑逸らしの線も否定され、黒幕の候補が振出しに戻ったいうことだ。

 ブリッツはこれらの背景があるからこそ、四つの勢力の説明から入ったのだろう。

 魔力狩りの黒幕を暴くには、この街のそうした実情を知った上で、この事件が何につながっているのかを理解しなければならない。余所者にとってどの勢力が権勢を得ようとかまわないが、例の改造魔核がロハンザ騎士団からの流出したものであった場合、騎士団側の責任に発展しかねない。その真偽を確かめる必要があった。

 ロハンザの街での放火具の犯人は、他へは一切流していないと供述はしていた。だが、犯人から裏組織に渡っている以上、そこで複製または新たに手を加えて運ばれた可能性はある。魔力狩りの犯人をつかまえて吐かせねばならないというわけだ。

 ブリッツにはその改造魔核のことは話せない。代わりに、犯人がこちらの組織の裏切り者の特徴と一致するという話で通してある。表向きの偽りの理由だ。

 「魔力狩りの方法については、何か推論などはあるのですか?」

 「それがまた悩みの種でな。皆目見当がついていない。他人から魔力を奪い取る魔法ってのは禁忌魔法であることは知っているが、じゃあ実際に使えるかってなると、大魔法士でもほぼ不可能だっていう話だからな。歴史上、できたのは一人ぐらいだったって噂も聞いたし、だいいちそんな大魔法士がこんな場所で何してんだって疑問もある」

 魔力は人間の生命活動に必須なものだ。それを勝手に奪う行為は殺人に等しい。一方で、他人から魔力を奪うことは非常に難しいと言われている。体内で精製される魔力をどうやって抽出し、尚且つその魔力をどう処理するのか、自ら吸収あるいは放出するにしても様々な工程が必要となる。倫理的に許されないだけではなく、技術的にも難度が高いものだった。敢えてその方法を取る利点もあまりない。普通は他の代替案を模索するだろう。

 魔力狩りをするその意図が不明であることが、この事件の不気味さを増していた。

 「犠牲者の死因は魔力欠乏症。けれど、その奪われた魔力の行方が不明。そういうことですね?」

 「まぁ、そういうことだな。奪うって表現も適切かどうかは正直分からん。魔力吸いだの、魔力補充して溜め込んでるだの好き勝手に言う奴はいるが、そんなことが証明されてるわけでもないからな。けど、単なる『殺し』じゃなく、魔力を失って死んでいる、殺されてるってことは事実だ。逆に、アンタらはそこら辺に心当たりがあるからわざわざ来てるんだろ?」

 下手に話を広げない方がいいと判断してナリスは何も答えなかった。ブリッツも返事を期待していたわけではないのだろう、肩をすくめて

 「ふん。簡単に言うわけもないか。そういうとこはあっちと同じだな」

 「あっち、ですか?」

 「アンタらのお仲間だ。組織的に個人で動くとかは聞いてるが、同じことを二度説明されるこっちの身にもなってくれ。言っておくが、初回だけだからな。今日以外は、頼まれたことだけしか情報共有なんてしない。あっちに話したことをアンタらにまた繰り返す気はない。あるいは、金を取る。二度手間はごめんだ」 

 既に現地入りしている第零騎士団員がいることは知っている。ただし、ブリッツの言う通り連携して動くという前提はない。同じ見聞屋を利用しているが、独立して調査することになっている。ブリッツからしてみれば、確かに同じ説明を二度することになる。彼の主張の正当性はあるだろう。

 「その辺りはその……ご迷惑をおかけします」

 ナリスは軽く頭を下げる。

 「別によそ様のやり方にケチつけるつもりはない。こっちに関係しなきゃな。他に聞いておきたいことは?」

 今回は特別だというのなら、今のうちに聞けるだけ聞くべきだ。用意していた質問をナリスがぶつけていく。ブリッツは段々と面倒くさそうに顔をしかめていったが、最後までちゃんと答えてくれた。意外と生真面目なのかもしれない。

 「――なるほど。以上でだいたい分かったと思います」

 必要事項はおおよそ聞き出せた。あくまで前提の基礎情報ではあったが、ここまでまったくなかったのでようやく全容が見えてきた。どう動くべきなのか、その計画を立てられる。

 「そうかい。こっちは馬鹿みたいにしゃべらされて喉が痛い」

 「あ、飲み物も出さずにすみません。暖かい方がいいですか?」

 「ああ、それは有難いが母屋の方からわざわざ取ってくるくらいなら、冷たいままでいい」

 この部屋に台所などあるはずもない。水を温めるための魔道具などないことをブリッツは見極めていた。

 「いえ、すぐに出せますので」

 ナリスは水差しからコップに中身を移し替え、茶葉を適量入れるとわしの前に持ってきた。温めるのはわしの役だった。

 火を魔法で作り出すのはたやすいが、その温度、大きさ、範囲などを調整することは難しい。特に、コップ一杯の水をあたためるというような微調整が必要とあれば、普通にやかんに湯沸かし器などを使った方が効率がいい。

 だが、妖精魔法に関してはその限りではなかった。

 一瞬でコップの中の水を沸騰させ、茶葉が染み渡る温度になるくらいに調整する。火の魔法の応用ではあるが、傍目には火の要素は何も映らない。手品のように見えただろう。

 「おいおい、何をしたんだ?いきなり色が変わった……まさか今の一瞬であっためたのか?」

 ナリスはにっこりと微笑んでブリッツにコップを差し出す。

 恐る恐る口を付けたブリッツは、驚いた顔でもう一口、二口とお茶を飲む。

 「信じられん。適度な熱さの茶だ。その鳥が使い魔で、魔法に長けてるって証明したかったんだな?」

 こちらの意図を正しく理解した見聞屋は、それから更に茶をぐびぐびと飲み干した。もう少し熱くしても大丈夫だったらしい。

 「ふぅ……ごっそさん。アンタらが派遣されて来た理由は少しだけ納得できた。それで、最初の依頼は何かあるか?さっきも言った通り、包括的な魔力狩りに関する情報は流すが、二組どちらもって話じゃない。その時呼び出された方に現状報告はするってカタチになる。何か知りたいことがあるなら、別口の依頼ってことで受ける」

 依頼形態の確認だ。ここからはブリッツとわしらの契約ということになる。

 (現段階ではまだ何もない。連絡方法だけ聞いておいてくれ)

 ナリスがそれを伝えると、ブリッツは立ち上がった。即刻帰るようだ。時間を無駄にしない姿勢は嫌いではない。

 「じゃあ、何かあれば『コニーの酒場』の親父に言づけてくれ。その時に4桁の数字も一緒にな。それがオレとのつなぎの合言葉だ」

 「その数字、毎回同じなのー?」

 屈伸に勤しんでいたシィーラが、荒い息を吐きながらベッドに倒れ込む。話が終わったので、運動も中止したようだ。わしはナリスの肩に場所を移す。

 「んなわけあるか。毎回変える。今のは今回の分だ」

 「ほぇー、間違ったらー?」

 「間違えるな。怪しい奴認定されて、次から親父に叩き出されて出禁になるぞ」

 腕に自信のある男のようだ。一応、理に叶った連絡手段なのかもしれない。

 ブリッツは来た時と同じように、音もなく扉に手をかけて出て行こうとする。が、不意に振り返った。

 「ああ、最後に一つだけ確認しておきたいんだが、アンタらは目立ってもかまわない方針なのか?」

 「え?いえ、できるだけ密かに行動するつもりですが?」

 「……本気で言ってるのか?」

 細目が一層尖って伸ばされた。

 「はい。何か問題が?」

 ナリスが戸惑っていると、ブリッツが人差し指をわしへと向けた。

 「身体の上にそんな鳥?を乗っけて歩き回っているやつが目立たないわけあるかよ」

 「あ……」

 「わぁー……」

 (なんと……)

 間抜けな三人の唖然とした対応を背に、見聞屋は小屋を去って行った。

 しばしの沈黙が部屋を満たす。

 そして、シィーラがゲラゲラと笑い出した。

 「あははははっ、全然気づいてなかったー!おっかしー!!」

 (笑いごとではない……完全に間抜けじゃった。あまりにこの状態に慣れ過ぎて、普通の感覚を失念しすぎじゃ……)

 「じろじろ見られていたのは気づいてましたけど……珍しい鳥だからだと変な納得をしていました……」

 ナリスの言う通りあらゆる場所で奇異の目に晒され過ぎて、感覚が麻痺していたのだろう。丸い鳥という種類が珍しいということに意識がいきすぎて、その鳥を頭に載せたりしているという状況を見落としていた。そんなことは常識的にはない状態だ。

 目立たぬよう行動すると言いながら、自分が一番悪目立ちしていた。なんとも恥ずかしい。

 (……今後は隠蔽の魔法で目立たぬようにする。ナリスもわしが忘れていたら指摘を頼む)

 「はい。気づかずに申し訳ありません」

 (いや、わしの落ち度じゃ。情けない)

 反省するわしらとは対照的に、シィーラは笑い転げている。腹立たしいが、爆笑する妖精を今は責められない。

 この時、次の行動計画が決まった。

 (あのブリッツとかいう見聞屋が信用できるかどうか、試すことにする)

 「え?ヌーリャが使っているのなら、信用は既に保証されているのではないのですか?」

 (ここにいない連絡係や知らぬ騎士団員のことを信用できようか?自分自身で判断するものだけが第一だ。あのブリッツという男を軽く襲撃して、もう一人の騎士団員のことについて漏らすかどうか試してみるとしよう。ニャリスも腕を振るいたいところじゃろう?)

 「はん……アタシは喜んで乗るけどさ、アンタそれ、逆恨みの仕返しとかじゃないだろうね?わりと悪い顔してるよ」

 ニャリスが表に出て来て、少し半目になりながらこちらを見ていた。鳥に表情があるのだろうか。

 (私欲は混ざっていない。誓って、多分、ほとんど、じゃがな)

 その日の夜は、何とも言えない気持ちとシィーラの笑い声が部屋にずっと漂っていた。

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