表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第八章:半月の街
67/225

8-3


 デルデ=ガルデの街の左区は元々の宿場町としての趣が強い。

 中継都市ならではの宿屋通りと、様々な場所から訪れる商人たちが自由に露店形式で商いできる広場が点在し、大道芸人や見世物屋といった娯楽が集まっている繁華街が続いている。随分と廃れたとは聞いているが、今でもそれなりに活気はあって人の往来は少なくない。

 そんな人々の合間をシィーラとナリスは歩いていた。まずは街の大まかな全体図を把握する必要がある。どこに何があるのか、どこに続いているのか。どの辺りに人が多く、危険な地帯はどの地域なのか。そういった情報を頭に叩き込んでおく必要があった。

 昨日の夜の時点である程度は空から視察はしたものの、夜は右区の方が賑わっていたためにそちらを優先してしまった。昼間はやはり左区をと思って、こうして練り歩いている。

 「見聞屋ギルドは覗いていかなくていいのですか?」

 ナリスがシィーラの腕を掴みながら尋ねて来る。そうしないと屋台の食べ物につられてすぐに飛んでいくからだ。頼もしい制止役である。

 (こちらから顔を出す予定はない。担当が誰かも分からぬしな)

 「その意味では、あちらも私たちを認識できないのでは?」

 (いや、そのくらいは把握できておるはずじゃ。地元でその程度も分からぬようでは話にならぬ。先行して他のヌーリャが連携しているのなら、目星はきっとつくはずじゃ)

 「なるほど……」

 「そんなことより、あの魚の蒸し焼きみたいなの食べようよー!すっごい、いい匂い!」

 (お主は食べ物以外にもっと注意を向けよ……この街でやるべきことを忘れるでない)

 「忘れてない、忘れてなーい」

 まったく信用のおけない言葉を発するシィーラに溜息をつきつつ、行き交う者たちを観察する。主に商人たちが多いが、半数は地元の人間のようだ。訪れる旅商人や行商人から買い付けて、自分たちで転売する形式だ。現地の特産品などがない商いとしては、決して珍しい商売ではない。特に交易路沿いにある街や、この街のような中継都市ではありがちな商売といってもいい。買い付けてすぐに並べるわけではなく、客層を見て売り時を見極めたり、上手く興味を持たせる弁舌であったり、腕の見せ所はそこかしこにある。

 今もそうした客寄せの口上が至る所から聞こえるわけだが、そんな販売努力を一切していない静かな一角があった。

 建物の陰にひっそりと隠れるようにあるその屋台は、長机一つと薄い布の屋根だけの簡素なものだ。商品は何かと気になって机の上を見るが、そちらも大きな布で隠されてまともに見えない。まったく売る気がないようにも見えるが、机の上には小さな立札があり、それらすべてに納得がいった。

 そこには聖布ドーリと書かれていたのだ。

 ダリドアリ教のものが普通に販売されていることに驚く。宗教的な道具などは、一般的な店では売買されることはない。こんな路上販売が許されているのは珍しい。しかも、左区というダリドアリ教の勢力範囲ではない場所だ。商いは自由であるという各商会の基本信義に基づいているとはいえ、明らかに買い手はつきそうにない。実際、あんな端に追いやられている時点でお察しだろう。建前上露店を出すことに同意はしつつ、迷惑がっているといったところに違いない。

 売り手の人物もその顔をやはり黒い薄布で覆っており、自分が場違いないことが分かっているように居心地が悪そうな佇まいだった。

 「あれ、あの布ってダリドアリ教の……」

 ナリスもこちらの視線に気づいたのか、ひっそりと存在しているその屋台を見た。

 (うむ。この場で商売が一応できているということは、教団そのものを禁止にはしていないようじゃな。左右で棲み分けをこれほどしていても、完全に分離とまではいっていないという証左かもしれぬ)

 「思っているより、大分複雑な環境みたいですね」

 肯定する他ない。この街についてもっと知る必要があった。見聞屋がその辺りを説明してくれればよいのだが。

 そんな露店通りを抜けてひとつ道を外れると、住宅街のような場所に出る。完全に街の住民の生活圏だ。馬車が通れるような石畳みの道ではなく、長年に渡って人間の足で踏み固められただけの路地が続いていた。

 街の実態を知るためにはこうした場所を知ることが重要で、住居周辺を見ることで生活の質や住民の本質が分かってくる。一方で、余所者はすぐに不審がられる。いかにも流れの傭兵、旅人の剣士と言った風体のシィーラでは尚更だった。

 いくつかの鋭い視線に晒されながら、デルデ=ガルデの街の状況を確認していく。どんな街でも大通りや目抜き通りは栄えているように見えるものだが、少し外れた小道を歩けばその華やかさがどれだけ本物かどうかはすぐに分かる。裏通りにいかずとも、実際の生活に暗い影を落としているかどうかは雰囲気で分かるものだ。

 その意味では、この街はまだそこまで酷い状況ではなさそうだった。

 かつてはもっと生活水準が高かったのかもしれないが、今でも十分にそれなりの暮らしが送れるだけの環境は整っているように感じた。街としての機能はきちんと動いているということだ。干された洗濯物、道の汚れ、路地裏の匂い、道端に捨てられたガラクタ等々、それらすべてが判断基準だ。

 (ふむ。少なくとも右区は健全なようじゃ。大通りに戻り、役所に顔を出してみるとしよう)

 「お役所、ですか?」

 (この街の歴史の資料を閲覧できるかどうか確認する。妖精の杖に関連する何かがあるやもしれぬ)

 「そんなの分かるのー?」

 (直接的に記述されていることはないだろう。じゃが、歴史ある街には象徴する宝や彫像、その他記念物のようなものが存在することが多い。その辺りを期待しておる)

 本当はあまり期待はしていない。そのような資料を保管していたとしても、普通は一般客に見せることはない。せいぜい記念館などが存在していて見世物として開放されているかどうかだ。しかも、そんなことが可能なのは資金がある王都や大都市だけで、どこでもできるわけではない。

 それでも確認したかったのは、そのような何かがあるかないか、その一点だけでも分かれば妖精の杖についての信頼性が判断できるからだ。資料か何かがあるだけで相当の価値が認められていることになり、その信ぴょう性が高いという証拠になる。

 狭い路地を通り抜けながら大通りに戻り、左区の議会館という建物前まで移動する。この街はデルデ=ガルデ議会が唯一の執行機関で、そのための施設ゆえに求めるものはここにあるはずだった。

 しかし、受付でナリスが目的を告げたところ、訝し気な態度であっさりと追い返された。曰く「そんなものはないし、あったとしてもここじゃなく右区の新議会館の方にあるんじゃないか」とのことだ。もう少し粘って色々と聞いてみたところ、現在の街長であるピリエ=ノーグウェメが本拠をそちらに移設したらしい。

 現状の議会館は旧館扱いで、更には休館状態だよと下手な冗談を聞かされた。実際、あまり人気もなくて閑散としていた。資料室くらいあるだろうから、閲覧できないかと提案しようとしてみたものの、明らかに不審者のように見られ始めたので退散することにした。

 どのみち、あの様子ではやはり一般公開などはしていなかっただろう。今後見込みがある場合には、議員か何かの伝手を頼る必要がありそうだった。

 「んー、何かつまんなーい。何も分かんないまんまー」

 (初めから当たりを引くとは思っておらぬ。妖精関連については完全に手探りじゃからな……)

 「シィーラはまだ、例の浮かんできた言葉の意味とかは思い出せないの?」

 「ん-、ポロダッカとシジェリコ。それだけなんだよねー。何でなんだろー」

 それを知りたいのはこちらだ。

 武器屋の前のベンチに座り、足をぶらぶらさせているシィーラはどこか遠くを見ながら思い出そうとはしているが、その状態で結果が出たことはない。もう一つ、声に出すことをためらう単語もあるが、そちらはやはり言葉にしないままだ。一番気になっているのはそちらなのだが、何を見て閃いたのかすら不明では本人以外にどうこうすることはできない。

 本屋でもあれば、この街ならではの何かがあるかとも思ったが、書物というのはまだ庶民に普及するほど出回っているものではない。王都の貴族街でもなければ店そのものが存在しないのが一般的なので、その方法もなしだった。

 (見聞屋が今夜辺り接触してくれば、それなりに優秀だと判断できてよいのだがな……今のところ、あまり気配も感じぬ。どうなるやら……)

 「今夜なのー?」

 (早ければ、じゃがの。今すぐ酒場で情報収集するのも手じゃが、まずは見聞屋から概要を聞きたいと思っておる)

 「先に動いてはダメなのですか?」

 (ダメということはないが、どこの酒場で聞くかも重要ではあるからな。滅多ことはないとは思うが、情勢が分からないままに下手な場所で妙なことを尋ねると、余計な気を惹く可能性がある。慎重を期すならば、尋ねる先にも注意を払うべきというだけじゃ)

 「では、もう片方というか、既に現地入りしている方はどうですか?」

 連絡係のニジェによれば、既にこの街には糸、同僚の諜報員がいるとのことだった。そちらから情報を聞けと確かに言及していた。一方で、連携するかどうかは確定ではないとも念押しされていた。第零騎士団の任務は基本的に単独らしい。誰かと組んで事に当たることは少なく、たとえ同じ目的であろうと個々で取り組む場合がほとんどだと聞いていた。今回も、どこかで鉢合わせしたり、情報共有が有益であると判断されない限り、特に初めから示し合わせて連携する前提ではないという。

 その意味で、わしは初めからもう一人のヌーリャに関しては当てにしないようにしていた。明確に指示されているのも見聞屋の方だけである。

 それらを説明するとナリスは納得したように頷いた。

 「そういえば、さっきの気配と言えばさ―」

 シィーラは急に頭を振って別の方向を向いた。わしが頭上にいるので、その方向を見させたかったのだろう。

 「あっちから、何か視られてない?」

 (何じゃと?)

 警戒は常にしている。特に怪しげなものはないと判断していたが、妖精ユムパには別の何かが感じられるのかもしれない。その当て勘のようなものについては信頼を置いている。

 「んー、気のせいのような、そうでもないような?でも、ゼーちゃんが感じないなら違うのかもー?」

 (いや、わしとて見落とすことはある。お主の嗅覚は無下にすることもない。いつからだ?)

 「分かんない。あ、今はまた消えたっぽい?ペリリって感じじゃなくて、なんかピャカピャカって感じ?」

 (な、なるほど……?)

 シィーラの独特の感覚語は分からないが、声の調子で優劣はなんとなく判別できる。できるようになったと思っていたが、自信を無くした。ピャカピャカとは何だ?

 訊けばいいと思うだろうが、尋ねたところでまともな返答はない。本人も適当だからだ。それどころか、流れを阻害してしまうので下手に訊けない。経験上、なんとなくの相槌を打つのが最善だと学んでいる。

 「見聞屋さんが確認のために見張っているのかも、ですね」

 「んー、そう言う感じでもないようなー……ま、いっか。っていうか、あそこで人集まってるのは何じゃらほい?」

 シィーラはすぐに興味をなくして急に走り出す。

 こうなると問い詰めても無駄だろう。「待って、シィーラ」とナリスも勝手知ったる様子でその後を追いかけて来る。

 向かった先には確かに人だかりができていた。隙間から見ると、誰かが地面に倒れ、その身体をかばう様にもう一人が覆いかぶさっていた。まるで何かから身を挺して守っているようだ。そう考えると、傍らに立って見下している男が攻撃している者という構図になる。

 周囲にいる人間の囁き声に耳を傾けると、デガの盾やネクラという言葉が聞こえてきた。何を意味するのかは不明だが、聞き慣れない単語以外で状況は把握できた。どうやら、ダリドアリ教の人間をかばっている者がいて、それを裏切り者だと罵倒している男がいるといった具合らしい。

 軽く小競り合いが起きた結果が現状だろう。すぐに治安隊が駆けつけてくるようだが、周りにいる人間の様子からして攻撃した者を責める感じではない。ここは左区だ。ダリドアリ教に反発する勢力が多いのは当然で、被害者がそちら側なら気にしないということか。あまりいい気分ではないが、下手に首を突っ込むときでもない。

 (離れるぞ、シィーラ。今は関わらぬ方がよい)

 「ぬーん、でも、なんかあれって弱い者いじめじゃなーい?」

 (それは……そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬ。状況がはっきりとしておらぬゆえ――)

 「だったら、確かめればいいじゃん?」

 まさか行く気かと思った時には、シィーラは中心へと足を進めていた。なぜか興味を持ってしまったらしい。

 「ねーねー、何してるのー?」

 突然の闖入者に加害者らしき男が面食らったように振りむいた。

 「なんだぁ、てめえは?」

 「あたしは――」

 (名は告げるな!!!)

 ギリギリで制止が間に合った。既に悪目立ちしているのに、名前まで教えることは絶対に許可できない。制御できなかったこちらの落ち度だが、傷が深くなる前に撤退しなければならなかった。

 「あっ、あー……アジャゴー、だよー?」

 「あん?名前なんか聞いてねぇよ、ボケ!何しに出てきやがったってんだ?」

 「それそれ、あんたこそ何してるのー?」

 「聞いてんのはこっちだ、クソがっ!」

 「ねーねー、大丈夫?」

 シィーラは男が答えないと見るや、地面に横たわっている二人の方に声をかける。完全に無視した形だ。男が激昂する。

 「てめえ、なめてんじゃねぇぞ!?」

 その手が懐に伸びる。短剣か何かを隠し持っているのかもしれない。これ以上、騒ぎが大きくなるのは勘弁だった。わしは咄嗟に霧の魔法で目くらましを発生させる。

 (走れ、シィーラ。この場を離れるぞ)

 「うにょ?じゃあ、この人たちも一緒にー」

 (なに?なぜ、そやつらにこだわる?)

 シィーラが初対面の人間、赤の他人にこれほど興味を持ったことは今までにない。何かあるのだろうか。

 「何かいいにおいがするのー」

 納得感がまったくない返答だった。シィーラは二人を立たせて「逃げるよー」と一緒に走り出す。

 どうしてこうなったのか分からぬまま、わしは背後からナリスがついてきていることを祈った。



 「逃げるぞぉ?」 

 シィーラが妙な構えを見せながらその言葉を繰り返した。

 「はい……ってああ、その逃げるじゃないですよ?」

 一瞬怪訝な顔を見せたオーリだったが、シィーラのポーズを否定して笑った。

 「ニゲル草です。ダリドアリが好む香りがするそうです」

 「……ダリドアリ『様』」

 すぐさま敬称を要求したのは黒い布で顔を隠したヤスネだ。二人は幼馴染でダリドアリ信者とその反対組織員と難しい立場にあるということだ。先程の騒ぎはそんな二人が一緒にいることをその組織の仲間に見られ、オーリが裏切り者として糾弾されたことが発端らしい。それをかばったヤスネが突き飛ばされて倒れ、今度はヤスネをかばったオーリに対して、怒りに我を忘れた仲間が暴行を加えようとしていた、そんな状況だったようだ。

 「あ、ああ、そうだったな。ごめん。っていうか、本当にその匂いが気になっただけで、助けてくれたんですか?」

 ヤスネに諫められたオーリは慌てて、シィーラに話を振る。二人の力関係は明白だ。

 「うん、そだよー。なんか、変わったというか、気になったからー」

 けろりと答えるシィーラ。

 「そ、そうですか……」

 理由を聞かされても納得できない気持ちは良く分かる。妖精の理屈は人間のそれとはまったく違うからだ。オーリはそして、わしの方をちらちらと盗み見ている。これもよく分かる。鳥を頭に載せた人間が気にならないはずがない。

 ただ、助けられた手前、訊いてもいいのか逡巡しているのだろう。尋ねることが非礼に当たるかどうか、考えあぐねているに違いない。何人もそういう人間を見てきた。

 「ええと、それより気になるのですが、そもそもなぜヤスネさんは左区に?ダリドアリ教の人はあまりこちらにはいませんよね?」

 ナリスがその質問をすると、二人はとても微妙な顔でお互いを見つめ合う。

 面倒な気配が濃厚になってきた。ただでさえ、関りになりたくなかった状況が更に悪化する未来が見える。

 「実は僕たち――」

 当たって欲しくない予感ほど当たる、という格言が事実だと思い知るのはこのすぐ後のことだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ