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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第八章:半月の街
66/225

8-2


 寄り道亭は大通りから一本外れた奥、大きな樹木のそばにあった。比較的人の往来が多い街路に位置している。

 看板の文字は少し汚れていながらも温かみがあり、堅実に営んできた歴史を感じさせた。

 店はそこそこ繁盛しているようで、そこかしこから喧騒が聞こえてくる。テーブル数からして最大でも2、30人ほどの小規模な収容率だが、今は10人ほどの客がいる状態だった。店内に入ると、従業員らしきエプロン姿の娘が駆け寄ってきて、マワリに気づいて更に笑顔になる。

 「あら、マワリちゃん、お客さんを連れて来てくれたの?」

 「違うの、メイ姉!ナリスたちはおんじんなのー」

 「オンジ……ああ、恩人?って何かあったの?というか、その鳥?は何かしら?」

 その時、メイ姉と呼ばれた娘とわしの目が合った。現在地はマワリの頭の上だ。ここに来るまでになぜか気に入られ、頭の上に載せられてからずっと足首を掴まれている。逃がさないという固い意志を感じた。

 「このまるはねー、ぜーたん」

 鳥ではなく、丸呼ばわりである。童に腹を立てるほど狭量ではない。ないのだが、その度にシィーラとナリスが笑いをかみ殺しているのは気に食わない。

 「マル?ああ、真ん丸だからね。でも、ほら、ここは食堂だから、あんまり野生のものを入れるのはちょっと……」

 「やせいじゃないのー、まるはつかいまなのー」

 「ツカイマ?ああ、使い魔。そうなんですか?」

 メイ姉はナリスへと視線を向ける。主はそちらだと推測したようだ。シィーラが他の客の食べ物に視線を向けているのを見ればそうなるだろう。

 「はい。いきなり勝手に他のテーブルにお邪魔するとか、そう言うことは絶対にないのでご安心を」

 「こっち、こっちー」

 二人の会話を無視して、マワリは店の奥へと駆け出す。勝手知ったる我が家なので当然ではある。必然、わしも連れていかれる。

 木製のカウンターの横を通り抜け、厨房らしき場所へ入る。料理の湯気と熱気のようなものを感じた。

 「あら、マワリ。おかえり。どうしたの、その……鳥?みたいなのは?」

 大きなお玉を持った中年女性が振り返った。娘の頭上のわしを見て、その笑顔が固まる。相変わらず、初見で鳥と断定する者はいない。

 「ただいママ。まるはぜーたん。お礼においしいをあげるのー」

 「まる、お礼……?ああ、何か助けてもらったのかしら?」

 流石親子というべきか、あれだけの単語で何かを悟ったらしい。追いついてきたナリスが、ぺこりと頭を下げる。

 「すみません、その鳥は使い魔で勝手に飛んだりはしませんので……」

 謝罪から入る辺りがシィーラとはやはり違う気遣いの良さだ。

 「なんだか良く分からないけど、とりあえず二階で話を聞いたらどうだい?まだ、お客さんがいるからね」

 厨房の奥から大柄な男が、優しい声をかけてきた。「パパ―」とマワリがその腹に飛びつく。必然的にわしもその肉厚の弾力に押し返される。この恰幅のいい男が父親のようだ。

 そのままの流れで、わしらは二階へと通されることになった。

 使い古された暖炉のある居間で、ボネットと名乗った母親が軽く頭を下げる。

 「――なるほど。灰溜まりに……どうやら娘を助けて送り届けて頂いたようで、感謝します」

 捲くし立てるようにマワリがしゃべった説明を受けて、大まかな状況は理解したようだ。

 マワリは子供にしては頭がまわるが、そのしゃべり方は独特で意味が通じづらいところがある。しかし、親子間ではそれらは障害にはなり得ないようだった。完全に納得した顔でボネットが言う。

 「見たところ流れの剣士さんか何かのようですし、せっかくこのデルデ=ガルデにいらしたのですから、せめて美味しいものを食べて行ってください。今、こちらにお持ちいたしますね」

 お礼に食事をという流れはこの一家の伝統なのか、確定らしい。

 シィーラが期待に満ちた目でこくこくと頷くのを見て嬉しそうに笑うと、ボネットは一旦階下へと降りて行った。今会ったばかりの人間を生活空間に無造作に置いていくのは、無防備すぎると思わないでもないが、それだけ信用されたということだろうか。マワリの恩人ということである程度の信頼はあったとしても、不用心に思ってしまう。

 「随分と善人のようですね……」

 同じことを思ったのか、ナリスが小さく呟く。

 (人が好すぎると思うが、あるいはこの辺りは平穏なのか……いや、例の教団もあるし、そうは思えぬな。単に人柄なのかもしれぬ、このマワリの性格を見るに、稀に見る人格者なのやも知れぬな)

 「マワリがどうかしたのー?」

 「マワリ、なにー?」

 シィーラとマワリが同じような反応を返してくる。二人は今、使い古された用紙にわけの分からない絵を描いていた。例の壁の落書きと同じような抽象的なもので、マワリによれば意味があるのだという。それについて興味深そうにシィーラが質問して、マワリが得意げに答えることでなぜか意気投合している。まるで仲の良い兄妹のようだった。

 (気にするな。それより、その用紙は既に大分余白がないようじゃな。一度白紙に戻してやろうか?)

 「そんなことできるのー?やって、やってー」

 「どんなことー?」

 シィーラの話し方がアレなせいで、マワリの言葉まで妖精ユムパの言葉だと錯覚しそうになる。他の者には違う形で聞こえているらしいのがせめてもの救いだ。完全に同列にしか聞こえない。いつまで経っても、自分の姿の言動でげんなりさせられるのには慣れないものだ。

 筆談魔法の応用で、インクの性質にも造詣が深くなったせいなのか、沁み込んだその成分を溶かすという芸当が魔法で可能になっていた。大陸に紙が普及してそれなりに経ったとはいえ、履いて捨てるほど有り余っているいう状況でもない。それなりの値段はするので、限界まで使い込むのが一般的な家庭の使用方法だ。マワリに与えられている用紙も既にいろいろなもので埋まっているので、それを戻してやった。

 「わぁぁー!」

 マワリはまっさらになったその紙面を見て、両手を叩いて喜んだ。

 「おおぅーー!?」

 お主もか、と思わず突っ込みたくなるような同じ反応を示すシィーラ。やはり精神年齢がこの二人は似通っている。いかがなものかと思う反面、妖精から人間の姿になってまだ一年も経っていないことを鑑みれば、おかしくはないのかもしれない。せめて自分の姿でなければもっと許容できるものをと考えてしまうので、深く掘り下げないように視線を逸らす。

 (見たところ、マワリの家族周辺にダリドアリ教の影はないようじゃ。ならば、なぜあのベベという子とマワリが親しかったのか。軽く、その辺りを聞いて見てくれぬか?) 

 ナリスがマワリに尋ねてみると、ベベは比較的近くの家に住んでいた幼馴染で元々は普通の家庭だったそうだ。布教活動で両親が信者に染まり、ベベにもそれを強要しているというというだけで、ベベ自身もダリドアリ教のことは良く分かっていない状態だという。

 ベベの両親も昔は寄り道亭には顔を出していたものの、今はすっかり疎遠になっている。ただ、ベベとマワリは今も時折遊んでいるというのが実情で、マワリの親たちはあまり快くは思っていなくとも強くは言えないという状況なのだとそれとなく察した。ダリドアリ教の信者との付き合いがあると、何か不都合があるのかもしれない。子供のマワリにはその辺りは分からないだろうから後で調べてみる必要がありそうだ。

 「お待たせしました。すぐにお食事を用意しますね」

 ボネットがトレイにスープやら肉料理が載った皿を運んできた。

 「わーお、いい匂い!」

 すぐさまシィーラが飛びつく。礼儀も何もないはしたない行為に注意したいが、今の状態では何を言っても無駄だろう。

 「マワリもお腹が減っただろう?一緒に食べるといい」

 「パパもー?」

 後ろから続いてきたのは父親のヤーガだ。こちらもボネット同様に体格がいい。マワリの両親は共にふくよかな体形で、いかにも人のよさそうな夫婦という印象だった。階下にはまだ客がいるようだが、いいのだろうか。

 そんな訝し気な視線をナリスも向けていたので「ああ、下の連中は常連なので少しぐらい待たせても問題ないんです。メイもいますので」と軽やかに笑った。

 その流れでマワリ一家と食事をすることになった。

 少し背の低いテーブルに並べられた料理は食欲をそそる香りが多く、わしは好物のスパイスも嗅ぎ取っていたので否やはなかった。

 「――なるほど。友人との待ち合わせでこの街に来たのですね。ここからは各方面への繋道がつながっているので、そういう方も少なくありません」

 店を開いているだけあって料理はとても美味だった。それらを頂きながら、ここに来た経緯の作り話をナリスが語った。

 「それなら、しばらくは滞在するのでしょう?宿はどちらで?」

 ボネットはマワリの口の周りを布で拭いている。あたたかな親子の関係を久々に見た気がして、どこか心が穏やかになる。傍らで肉料理にむしゃぶりついてる妖精とはあまりに対照的だった。

 「いえ、まだです。手頃な宿を探している途中で、マワリちゃんが飛び出してくるところに遭遇したもので」

 ヤーガとボネットがその答えを聞いて顔を見合わせた。

 次にマワリへと視線を合わせて、尋ねる。

 「マワリ、このお兄さんたちはとてもよくしてくれたよね?」

 「マワリは大好きかしら?」

 「うん。とっても良い人だよー」

 なぜ子供に評価を求めるのか不思議なやりとりだったが、二人は満足したようにうなずいてからナリスに向かって言う。

 「宿がまだ決まっていないのなら、うちの離れに使っていない小屋があるのでそちらはどうでしょうか?手狭ではありますが、寝泊りする分には問題ない程度には手入れはしてあります」

 なぜか宿泊場所まで提案されたのだった。



 「全然、悪くない場所ですよね?」

 「普通に広いじゃーん?」

 案内された寄り道亭の離れは、元々が休憩所のような造りだった。すぐ外には厩があり、乗合馬車の御者が利用できるものだったようだ。寄り道亭の名前の由来も、もともとは乗合馬車の停車場所の一つだったというわけだ。その乗合馬車は例の教団の台頭で現在は休止しているらしく、それに伴ってこの場所も遊休化しているのだろう。

 下手な安宿屋よりも立派な家具が揃っており、完全な個室なだけに快適そうなのは確かだった。高窓もあって、鳥であるわしはそこから出入りもできて都合が良い。

 (拠点位置としてみても、右区にほどよい距離で悪くない。宿と違って誰に見られることなく出入りも自由であるし、好都合ではあるな……)

 「この好条件でどうして誰にも貸してないんでしょう?貸家のような形で商売にできますよね?」

 (あくまで暫定的に空けているという認識なのではないか。もともとが乗合馬車の休憩所であったことを考えると、ここまで遊休が長引くとはおもっていなかったとも考えられる)

 「その乗合馬車って何なのー?朝に乗ってきた駅馬車と違うのー?」

 「乗合馬車っていうのはね、シィーラ。大きな都市とかを走ってる経路の決まった馬車のことを言うんだよ。基本的には街の中の決まった順路を走る感じかな。それとは違って、駅馬車は別の街と街とか、いわゆる外を走る馬車のことを指すの」

 「おおぅ、なるほどー。あれ、でもなんか、辻馬車っていうのもなかったっけー?」

 (辻馬車は街の中を走るものじゃが、乗合馬車と違って決まった道を走るわけではなく、例えば自宅まで好きな場所へと運んでくれるものをいう) 

 「ほぇー、色々あるんだねー。でも、なんでその乗合馬車が今はないのー?」

 (それもさっき話していたじゃろう……右区にダリドアリ教の信者が増えたことで交通の行き来が激減した上に、御者たちも信者と一般人との扱いでうまく対応できずに休止に踏み切ったのだと)

 「ダリドアリ教の信者だからといって、特に何か厳しい戒律があって制約を受けたりするわけじゃないんですよね?いまいち、対応に困るという意味が分かりません」

 ナリスが疑問を口にする。

 (分かっているのは、昼間はベベがしていたように黒い布で顔を隠しているぐらいじゃが……あれだけでも、数が集まれば異様な雰囲気であるのは間違いない。乗合馬車は複数人が荷台に一緒になるゆえ、同席した者が拒否反応を起こすことも考えられる。何もしてこなくとも、不気味に感じる心理は分からぬでもないじゃろう?)

 「そうかなー?なんか面白いじゃん?」

 「……確かに同じ空間にずっといたら、居心地が悪く感じることもあるかもしれませんね。強引ではなくとも、布教活動でもされたら煩わしく感じることもあるかもしれません」

 (おそらく、そうした異質なものに対する拒否感が、教団を受け入れがたい者たちの根底にあるのじゃろうて。ある種の恐怖感といってもよい)

 「だからこそ、シィーラが傭兵の類だと知って護衛役としてここに住まわせたってことですか?」

 シィーラの魔剣は現在、通常の剣として普通に帯剣している状態だ。騎士団内部にいた時と違って、隠蔽する必要はない。ただの旅人ではないことは一目瞭然だった。逆に、付き従っている形のナリスはどこにでもいるありふれた村娘、あるいは町娘の恰好なので、仲間という風には見られない。よく兄妹のように間違われるので、そう勘違いさせたままにしていることが多い。いや、姉弟なのかもしれないが。

 (その意図は確実にある。実際、かなり匂わせていたし、気休めでも何か欲しかったのじゃろう)

 ハリヴェル一家が経営する寄り道亭は右区に近い位置にある食堂だ。そのせいもあってか、どうやら反ダリドアリ教の一派がよく集まる場所になっているらしい。一種の監視の拠点として使われているわけだ。ヤーガとボネットはその反勢力に与しているわけではなく、心情的には中立ではあるが、左区にいる以上教団を良く思わない者たちともうまく付き合う必要があるので拒否はできない状態のようだ。

 その一派が良く暴れるということはなく、いざという時に何かしらの抑止力となればいい、といった程度の期待だろう。直接、護衛をして欲しいと頼まれたわけでもない。近くに戦える者がいて自分たちに味方してくれたらそれだけで心理的に安心できる、そういった心情を察した。

 この小屋の提供には、そうした取引が含まれていると思っている。

 「ねーねー、それより、これどう思う?」

 ぱっと広げたシィーラの手には、マワリと共に描いた奇妙な絵があった。褒めてくれという表情が迫ってくるが、自分に嘘はつけない。

 (……さっぱり分からぬ)

 苦し紛れにナリスを見るが、同様に困り顔でどうにか言葉を紡ぐ。

 「えっと……雲と何かの鳥とか、かな?」

 「ぶーー!!!全然、ちっがっうー!よくなぁれってお呪いじゃん!?」

 何を言っているのかまったく理解できない。理解できないが、マワリと共に仕上げていたことを考えると、マワリにもこれが何かのカタチに見えているということだろうか。

 「ごめん、シィーラ。芸術って凄く難しいから……でも、マワリちゃんと随分と仲良くなってたよね?」

 「このすびゃーっとした良さをあの子は分かっているからね」

 自然に話を逸らすナリス。妖精の扱い方がうまくなっている。そして、すびゃーっと言う形容表現はまったく不明だ。

 (お主は子供嫌いかと思っておったが、良い兆候じゃの)

 「ん-、こどもとか良く分かんないけど?マワリはマワリだしー」

 妖精に子供や大人という概念がないことは気づいていた。年齢によって相手を区別しない傾向がある。だが、人間はそうではない。年を重ねて肉体的にも精神的にも成長する以上、その区別は必要だ。その違いは以前に説明していたが、シィーラはそれでも気にしていない。誰であれ、特定の分類をせずにその人物そのものとして扱う。正しい接し方なのかもしれない。

 (何であれ、童からでも学ぶべきものはあろう。人間の子供と大人の違いとして、できることできないことを理解する良い機会じゃ)

 「んー、ゼーちゃんの言ってること全然意味わかんないんだけどー?」

 お主が熱心に見ている落書きの方が意味が分からぬと言い返したいが、大人げないので黙っておく。

 「……お呪い……?」

 ナリスはどうにか理解しようとその絵を覗き込みながら、頭をひねっている。諦めない根性は褒めてやりたいが、無駄な労力だとも言いたい。

 デルデ=ガルデの街の一日目の夜は、そうして混沌とした絵と共に更けていった。

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