1ー5
暮れていく夕陽の紅い光が、その墓標を静かに照らしていた。
急造で申し訳程度につくったナリスの母親の墓だ。
大陸では土葬と火葬が一般的だが、ナリスは前者を選んだ。死者を燃やして灰に還すか、そのまま朽ちらせて土に還すかという思想の違いだが、燃やすということにためらいがある者は多い。また、土葬の場合の多くが墓を用意してその後も供養するのに対し、火葬ではその後遺灰も風に流してしまう。それは世界の一部となってどこにいても共にある、という考え方で、そうした死との向き合い方で弔い方が決まっているとも言える。
シィーラはそのような人間の慣習が面白いのか、わしの説明を興味深そうに聞いていた。
「人間って死ぬとなくなっちゃうのになんか変だよね。どっちにしろ、もういないわけでしょ?ないものにお家、墓だっけ?を作るのー?」
(そうじゃな。死んだ人間はもう存在しなくなるという意味では同じじゃ。ゆえにこそ、これは残された人間がどう向き合っていくか、というための儀式なのだろう)
「ふみゅー……死んだ方じゃなくて、残された方かー、そういう考え方はしたことないなー」
もちろん、死後の扱い方に要求がある人間もいる。死後の輪廻転生という概念を信じる者ならば、死後の遺体の扱われた方で生前の徳の重さがはかられ、その結果によって来世の自分の階級が決まるといった考えもある。そうした人間からすれば、死後に供養されずに焼かれて終了では納得がいかないだろう。
そうした様々な死生観などを挙げればキリがないので、シィーラに説明はできない。妖精に分かりそうな範囲の程度に噛み砕く話術が必要だ。おそらく、わし以外にそんな研鑽を積んでいる者はいないだろうが。
ナリス、というよりニャリスは、墓のための穴を掘った後で力尽きたように眠っていた。腕に負担がかかるからやめさせようとしたが、そこだけは譲らなかった。母親のためにできる最後の仕事だという気持ちがあったのだろう。好きにさせるしかなかった。
(ひとまず落ち着いたが……本当にやるつもりなのか?)
大木に寄り掛かっているナリスの寝顔を見ながら、シィーラに最終確認をする。
「ん?悪党退治のこと?当然でしょ、友達だもん」
その友が悲しみや怒りで混乱している最中、正面から性器を見せろと迫っていた人間の言とは思えない。けしかけたのは自分なだけに余計に居たたまれない気分だ。結果、効果は覿面でその場はなし崩し的に流れたのでよしとするが、友人に対しても性的に接することが健全であるかどうか、今後はこちらが考えなければならない。 ともあれ、逆上していたニャリスをシィーラの破天荒な言動で宥めすかしたあと、例の印が最近シベンマの街で幅を利かせているベリィー一家のものだと教えられた。つまり、ナリスの母親を殺したのは悪辣な高利貸しの大元だ。搾り取る相手を殺すなど愚の骨頂だが、シィーラに返り討ちにされた腹いせもあったのかもしれない。警告というか最後通牒の意を込めて、二度と逆らうなというつもりだったかもしれないが、結果的に逆効果となった。
ナリスが守りたかったものを自ら排除してしまったがために、彼らにはもう脅すための材料がない。ナリスは借金など既に念頭になかった。自ら死ぬ覚悟で、母親の仇を打つ気になっていた。復讐の意義については色々と思うところはあるが、止める権利はない。ここで手を退くのも選択肢としてありなのだが、シィーラは首を突っ込みたがっている。責任の一端があるという意味ではそれも推奨できなくはないが、個人的見解としては十分義理を果たしたので放置したい。
まだまだ自分たちのことで精一杯なのだ。他人の事情に関わっている暇はない。何より、敵陣に突っ込むような無謀な私闘に参加して、自分の身体が傷つくリスクは避けたい。それなりに腕に自信があるとはいえ、動かしているのがシィーラだ。万が一は常にある。
できれば気が変わって欲しかったが、答えは無情にも続行だった。友人というくくりに認定した時点で、こうなることは分かっていた。人間関係を説明する際、友達の概念を分かりやすくするために『困っているときには、無条件で助ける仲』というような絆の強さを強調したためだ。その意味では、シィーラには正しく伝わっていると言える。こうして自分に返ってくることを思うと、迂闊な表現で定義するのは後々自分の首を絞めることになると思い知った。気を付ける必要があるようだ。
(……やるなら、明確な目標を持って迅速に終わらせる必要がある。どれくらい敵がおるか分からぬが、手当たり次第に皆殺しというわけにもいくまい)
「あれ、斬りまくりじゃだめなの?」
本当にやろうとしているのが恐ろしい。自信過剰すぎる。
(当たり前だ。たとえ雑魚しかいなくとも、数が多ければいずれこちらは動けなくなる。人間の体力の低下を軽く見るなと言ったじゃろう?)
「あー、そういえばスタミナ切れみたいなのがあるんだっけ。途中でネズパン食べてる暇もないかー」
腹を満たせば即刻回復するものでもない。根本的に間違っているが、一度体力切れは経験しているのでなんとなくの理解はできるようだ。応用でその苦い思い出を未来に活用して欲しいものだが。
(じゃから、基本的には頭を狙うことになる。ベリィー一家とやらの首謀者じゃな。それと、一応ナリスの借用証書を燃やしておけばよかろう)
「なるほどねー、そのしゅぼーしゃ?ってのが誰なのか、ナリスには分かるのかな?」
(おそらくな。あるいは、ニャリスが知っているかもしれぬ)
「んー、どっちも同じじゃないの?」
(二人はすべての記憶を共有しているわけじゃない。ニャリスの方が管理しているように思える)
「そうなのー?どうして?」
無邪気に聞いてくるシィーラにできるだけ噛み砕いて説明する。他人に興味を持つことは、シィーラにとって悪くない。普段は人間という種族単位でしかあまり考えていないからか、内面をまったく気にしていない傾向が強い。いきなり二重人格というのは難易度が高いが、本質はそこではない。ここで刷り込みたいのは他人への感情、気遣いの在り方だ。
ここ二日でニャリスの話を聞いた限り、ナリスの痛みに対する忌避感からニャリスが生み出されたようだ。どんな酷い境遇だったのかは省く。それほどの過酷な状況だったというだけで十分だ。とにかく、痛みや嫌な記憶、都合の悪いことはすべてニャリスが受け持つことになった。当然、その負の感情はナリスに共有するわけにはいかない。そのために切り離された存在がニャリスなのだから、そこを許したら根底から意味が覆ってしまう。
一方で、ニャリスには既にナリスとは完全に独立した固有の意志も見られる。それはつまり、やろうと思えば記憶を共有させることが可能だということだ。その代償は少なくないだろうが、それらを無視すれば実行はできる。それをしないのはニャリスのナリスに対する優しさ、慈愛の精神があると推測できる。
シィーラに学んでもらいたいのは、そうした人間同士の感情の機微だ。妖精の行動原理は興味や好奇心一辺倒で、そうした相手への思いやりが足りていないため、不必要なトラブルを招くことが多い。そこをどうにか改善したい。妖精の気まぐれが本能的なものだとしても、できるだけ制御したいのが本音だ。というより、しないとこちらの身がもたない。
「うーん、それってつまり、自分じゃない人に優しく何かしてあげるってことー?」
(うむ。そういう解釈でもよい。相手の立場に立って、こうなった方が気分がよくなる、といった推測に伴う行動をする。そうすれば、その優しさはいつか自分にも返ってくるという考えじゃな)
「んー……でもそれって、自分がしたいことじゃない場合はどうするのー?」
なかなか核心をついてくる。妖精は決して知能が低いわけではない。ただ、己の欲望に忠実で他のものを顧みない、興味のないものに関心をまったく示さないだけで、真面目に考えれば幾つもの選択肢を並べることはできる。普段、そういうことを絶対にしないだけだ。
(もちろん、最優先は自分でよい。ただ、自分が我慢をすれば誰かが助かる、というような状況ならば、そちらを選ぶことは尊い行動じゃろうて。妖精はどうにも刹那主義的に、その場が良ければ後はどうでもいいというような目先の好奇心に囚われすぎておる。そこを我慢して未来につなげればもっと面白いことになるやもしれぬ、という期待感を無視している傾向が強い)
「あー、それって、あれだよねー、長い目で見るとかなんとか。前に誰かにも言われた気がするよー」
(そういうことじゃ。少し話がそれたが、とにかくニャリスはそういう優しさを持ってナリスに隠している部分もあるから、ナリスの時に何でもかんでも話すのはよろしくない。あまり余計なことは言うなという話じゃ)
「なるほど、分かったー。余計なことがよく分からないけど、そうしてみるねー」
その部分が重要なのだが、具体的に例をあげることは多すぎてできない。学んでくれ、と切に願うのみだ。
(そういえば、お主に聞こうと思っていたことがあった。なぜ、ニャリスなのじゃ?)
「えっと、どゆこと?」
(名前じゃ。なぜ、ニャリスと呼んだ?)
ナリスはもう一人の人格のことを認識していたが、明確に名前を付けてはいなかったという。ただ、自分の影の部分として何かで読んだ古代語で裏を意味するアルサと区別して意識していた。ニャリスという名前は、つまりシィーラが勝手にそう呼んでいただけだった。今はその名前が気に入ったのか、ナリスもニャリスもそれを受け入れているようだが、どういう命名方法だったのか少し気になった。
名を付けるという行為は、この大陸ではかなり特別なものだ。貴族階級になって三つ名を許されるときには命名の神ノミーナを信奉するノミーナ教団による受命の儀が必須なことからも分かるように、名前というものは特別であり、あらゆる名には力が宿るという常識がある。
妖精にはそのような慣例はないらしいので興味があったのだが、答えは残念極まりないものだった。
「猫がいたんだよねー」
(猫?)
「そそ、可愛い白猫。ナリスからニャリスに変わったときにねー、後ろに見えてたの。ニャーって鳴いてたのー」
皆まで言わずとも分かってしまった。単に掛け合わせただけだ。何の意味もひねりもなかった。その時の印象で区別しただけだったようだ。
(……そうか。もうこの話は二度としない方がよかろう)
そう言いながらも、性格的にはナリスの方がニャリスという名前にふさわしい気がしていた。気にしたら負けなのだろうが。
「あたしも疑問があるんだけどさー、聞いてよい?」
(何じゃ?)
「人が死ぬと終わりで、もう二度と会えないから悲しいって話だったよね?でも、死んでる人なんてそこら辺にいっぱいるじゃん?みんなでそれを悲しんでたらいつもそうなってなきゃ変じゃなーい?」
(ふむ。お主が今いった「人」というのが人間全般、つまりすべての人間という意味なら、それは少し違う。悲しいと思うのは家族や友達、知り合いだからじゃ。さすがに見も知らぬ人間の死までいちいち嘆いてはおられぬ)
「ほむほむ、そういうものなのかー。あれ、だったらやっぱり、ナリスのお母さんだって知らない人なんだし、あたしが悲しむ必要はないんじゃない?」
かなり冷めた言葉に聞こえるが、極論的に間違ってはいない。ただし、やはり気遣いというものを理解してはいないようだ。
(確かにお主にとってナリスの母は見知らぬ他人じゃ。だが、ナリスにとっては家族じゃ。そして、ナリスとお主は友達じゃな?)
段階的に話を進める。シィーラが力強くうなずいた。
(友達が悲しんでいるときは、その悲しみに対して多少なりとも共感することが大事になる。この場合、ナリスの母に対する悲しみをお主も分け合うことで、ナリスの悲しみを少しでも減らす、といった感じだと思えばよい。友達とはそういう絆を持つものじゃ)
「むむむ……きょーかん?」
首を傾げる姿を見て気づく。そうか。妖精にはその共感覚がないのか。この時はっきりと理解した。他人の立場に立ってと散々言ってきたが、そもそも妖精にはそのような他者と喜怒哀楽の感情を共有する概念がないのだ。それは人間特有のものなのかもしれない。人には本能的に備わっているものだと思うが、そうした土台がない者にとって、共感というものは理解しがたいのだろう。しかし、それを説明するのは難しい。
(……今更かもしれぬが、例えばお主は誰かの気持ちになって物事を考えたことなどはあるか?)
「んー、どゆこと?誰かって自分じゃないってことでしょ?そんなの無理じゃない?あれ、もしかして人間って、他の誰かになれたりするの?」
(いや、なれぬ。そういうことではなく、仮にというか、もしもという思考実験的な立場じゃ)
「ぬぬぬ?なれないなら、もしもー、とかそれ自体が意味なくない?何でそんなことするのー?」
(じゃから、それが共感というか、例えば相手が何を考えているか、と推測する際、自分ではなく相手の目線に立って考えるというか……)
説明がとても困難だった。
「相手の立場にーっていつも言ってるやつかー。うーん、んー……」
シィーラなりに考えてくれてはいるようだが、やはり伝わってはいない。そもそも、他人の考え方などに頓着しないのだ。基本的に独立独歩で完結してしまっているため、そういう仮定の必要性がない。
「そうする意味が良く分かんないなー。自分じゃない誰かになって、というかなろうとしてみて?それで、どうするのー?結局、なれないんでしょ?」
(うむ。そうすることで相手の考えが分かるというか……仮にいまナリスが泣いているとして、お主はその理由が分からないとする。そのとき、ナリスがどう感じているか理解するために、ナリスの立場になってだな……)
言いながら、ずっと同じようなことを例えていると自覚する。分かりにくいと思われても仕方ないが、他にうまく伝える方法がすぐに浮かばない。
「うーん、それだったら別にナリスに聞けばよくない?なんで泣いてるのーって。どうしてナリスになって考えなくちゃいけないの?」
(事前に察して行動するのが人間の気遣いというか美徳というか、暗に求められるものなんじゃが……)
正面切ってなぜかと聞かれると、わし自身も多少考えさせられてしまう。他者を慮る意志というものは、必須と言えるのかどうか。社会において必要とされているが、原始的な暮らしの中では究極、なくても成り立つのではないだろうか、などと考えてにふけってしまいそうになる。
「やっぱり、人間面倒くさーい!」
それはまったく否定できない。人間の心の機微について教えるのは、まだまだ前途多難なようだった。
報復計画は単純にして大胆なものになった。
ベリィー一家の家長と裏で手を組んでいる警備隊長の二人の殺害、あるいは無力化。並びに、ナリスの借用書の廃棄。これを最終目標とするため、二人が同時にいる日に襲撃、且つ借用書があると思われる根城での会合の機会を狙う。
この二人はどうやら頻繁に会っているようなので、それほど待つ時間は必要なかった。これらの情報が驚くほどすぐ手に入ったのは、当然の如く彼らが恨みを買っているからに他ならない。相当荒稼ぎしているようで、シベンマの街では嫌われ者の筆頭だった。それでも誰も手出しができないのは、入念に手回しをして逆らえない環境をうまく作っているからだろう。
街の者は少なからずどこかで関わっているために下手に動けない。それを知っているからこその横暴でもある。
だが、ナリスにはもうそれはない。母親を奪われた彼女にはどんな足枷もなかった。同様にわしらにもない。派手に何かをやらかしたところで、街を出れば済む話だ。しばらく立ち寄ることはできなくなるだろうが、片田舎の街の一つだ。国が動くようなこともないだろうし、何より正義はこちらにある。手段はあまり褒められたものではないが、少なくとも被害者たちはこちらの味方になってくれるだろう。成功させれば問題ない。
母を弔った後、ナリスの家に再びベリィー一家の手の者が現れたが、返り討ちにして根城も聞き出している。尋問というか拷問のようなことは好きではないが、悪党に手段は選ばない主義だ。というより、ニャリスの憤怒が爆発していたので、止めることもできなかったというのが正しい。怒りのために豹変したニャリスに、シィーラが若干退いていたくらいだ。人間の怒りというものも、それで少しは理解できたのではないかと思う。
ともあれ、あっという間に決行の夜が来た。
「やっとこの日が来たねー!わくわくだよー」
鼻息荒くシィーラが大きく腕を振り回す。やる気に満ち溢れているのはいいが、慎重になってもらいたいところだ。
「本当に奴らが現れるんだろうな?散々待たせられたんだ、もうこれ以上は我慢できんぞ?」
ニャリスの全身から湯気が立ち昇りそうな勢いだった。ここまで復讐に逸る気持ちを抑えさせていたのは事実だ。存分に暴れさせるしかない。
ここ数日で腕は驚異的な回復で復元しており、自己流で鍛えたらしい剣技も筋が良かったので、シィーラ共々すぐに使える基本の型と応用を教え込んで、実力はそれなりのものになっている。無茶をしなければ無駄死にはしないだろう。おまけにベリィー一家の戦力自体はたいしたことがなさそうだった。数で群れるだけの野盗のようなものだ。勝算は十分にある。計画通りに行動できれば、だが。
(くれぐれも段取りを間違えるな。各個撃破にしかわしらの道はない。数で囲まれたら目的は達せられぬ)
「大丈夫、大丈夫。しっかり計画は頭に入ってるからー」
「ゼーちゃんは何て言っているんだ?」
「言った通りにやらないとダメだよーってさ」
「ああ、無用に手下を殺しても、頭に逃げられたら意味がないからな。分かってる」
ニャリスが無造作にわしの身体をわしゃわしゃと撫でまわす。すっかり慣れたものだ。ここ数日でシィーラとわしが魔法士と使い魔のような関係で、意思疎通が可能だということは理解したようだ。ゼーちゃんという呼び方はどうにかして欲しいところだが、シィーラが通訳係として正確に機能しないので半ばあきらめている。少なくとも、信用されているだけでもかなりの進歩だろう。
夜陰に乗じて、そんな会話をしながら目的の前まで移動してきた。
襲撃する場所は、ベリィー一家が根城にしている屋敷の一つだ。元はある貴族のものだったが、裏で手をまわして破滅に追い込み、まんまと乗っ取ったようだ。使用人などはそのまま雇っており、見かけは普通の貴族の屋敷ではある。時折明らかに身なりがおかしい者たちが混じっているので、きゃつらは一家の構成員だろう。
一応見回りの衛兵などもいるが、構成員がほとんどなので警備は正直ザルだ。街では確固たる地位を築いているため、慢心が服を着て歩いているようなものだった。こちらには都合がいい。屋敷の塀を飛び越えて、簡単に侵入する。
「えっと、二階の窓から入るんだっけー?って、窓一杯あるなー、どれー?」
「こっちだ、ついて来い」
シィーラの頼りない発言に対してニャリスは実に有能だ。自ら先導して、素早く実行していく。毎回こちらから指示しないですむのでとても楽だ。いや、本来はこうあるべきなのだろう。シィーラの妙な残念感に慣らされてしまっている。気を付けねば。
二階の倉庫の部屋には湿気を嫌う品物もあるため、定期的に換気のために窓を開けている。そこが狙い目だ。これはわしが監視している間に発見した。
偵察するには鳥というのは非常に便利だった。人間の場合、こうも簡単に内部視察や観察はできない。とはいえ、鳥は鳥でも目立つ部類であることも学んだ。これがどこにでもいる種類のありふれた鳥ならばもっと自然に周囲に溶け込めるのだが、見た目が完全に球体の形状なせいで、鳥のように飛んでいても悪目立ちすることが分かった。結局、こそこそ隠れて偵察することに変わりはなかった。
「ここに借用書はないのー?」
「ない。ゼーちゃんの言う通り、重要な書類はすべて金庫にあるはずだ。それより、ここからが勝負だ。慎重にいくぞ」
「おおぅ、ニャリスがやる気だー」
(お主も緊張感を持て)
「おっけいー」
倉庫の部屋から出れば、後は例の二人が会合している部屋まで一直線に駆けつけるだけだ。護衛はいるだろうが、そこはすべて斬り伏せることになる。件の金庫もそこにあると踏んでいる。二人が会って話す内容は、それら借用書、搾取している情報源についてらしい。それらを肴にしての食事会という悪趣味なもので、他人の不幸は蜜の味とはよくいったものだ。
「ゼーちゃん、頼む」
ニャリスが扉の前に張り付きながら、こちらに合図を送ってくる。
作戦開始はわしの出番だ。直接的な魔法ではなく、補助的な魔法でシィーラたちをサポートする。人間の時にはできなかった魔法を使えるのは、少し気分が良かった。鳥になった利点の一つだった。いや、鳥ではなく妖精なのか。未だに良く分からない。
素早く魔法を発動させると、満を持してシィーラに告げる。
(よし、仕掛けるぞ)
成り行きで関わることになった、ナリスの復讐劇の幕が切って落とされた。