7-3
ロハンザ傭兵騎士団、第零騎士団小隊。
それがシィーラが所属することになった部隊だった。第一から第三のような大・中・小隊の区別はなく、単に小隊しか存在しないという。
情報機関で完全なる諜報部隊となれば、それも納得の行くものではあるが、なぜシィーラが選ばれたのかは疑問ではある。
タハリと名乗った隊長の男は、余計なことは一切言わない主義で事務的に任務を告げてさっさと去って行った。質疑応答も一切なしの呆れるほどの一方通行だった。単につなぎをしただけのマルメが、申し訳なさそうにこちらに謝る始末で、何とも勝手な印象は拭えない。
とはいえ、配属辞令そのものは本物で、後日第零小隊の証らしい指輪が届いた。通常はその裏側に所属部隊名、階級などが刻まれ、表の楕円形のプレートに騎士団の紋章であるニジェム金貨の上に剣という意匠が描かれているのだが、第零部隊は情報機関であるために紋章はなかった。身元を明かすものを持たせないということではあるが、ならば指輪そのものが不要なのではと思わないでもない。
裏側の所属部隊と階級だけでは特定できない、あるいは決定的な証拠になり得ないということなのだろうか。半端な仕様に思えるが、ロハンザの街ではこの指輪が身分証明にもなるので便利ではある。ただ、半端さはそれだけではなく、指輪だというのにどの指にも嵌められない大きさだったことも付け加えておく。
個別に指の太さを図っていないのだから当然だ。聞くところによると、手間を省いて一律同じ大きさで作っているため、嵌まる指があれば幸運くらいの適当仕様だそうで、基本的には紐を通してペンダントとして持ち歩くものらしい。無骨な鉄製でもあるし、あまり深く考えても仕方がない。
ともあれ、思わぬ役割の部隊に配属されて、困ったことになった。
初任務の内容がロハンザの街とは関係ない他国での活動が必須で、ロハンザ傭兵騎士団本部での仕事ではなかったからだ。要するに、この街を離れなければならない。この街の図書館目当てにわざわざ騎士団に入ったというのに、これでは意味がない。
幸いにもまだ猶予期間があるので当面はまだ大丈夫なのだが、完全に期限が切られた形になった。ますます調査に力を入れなくてはならない。もっとも、その期限すらどのくらいなのか見当がつかない。追って連絡係から説明があるという曖昧な指示のみで、その他に何一つ具体的なものがなかった。
これほど不確定な運用管理があっていいのだろうか。第零騎士団が特殊過ぎるという話ではあったが、期日が分からないと大まかな計画すら立てられない。一度ネリオスに確認した方がいいだろう。
そんな予想外の配属先からの連絡待ちという状況で、更に妖精関連の文献を読み漁ってまた数日が過ぎた。
こちらの真剣さというか焦りを感じ取ったのか、シィーラもどうにか思い出そうとしているものの、確定的な何かは未だ出てきていない。連絡係とやらの影もまったく見えてこない。根を詰めすぎても効率は上がらないということで、この辺で一回休養日を設けることにした。
その間に、ネリオスに第零部隊について情報を求めた。
「あらあら、ゼロに配属なんてなかなかないわよ、ユー!凄いじゃないの、ヴェリー、グッドォォ!」
ネリオスとの対話は、気が合うらしいシィーラに任せている。筆談魔法でわしがやるよりも適切だと信じている。個人的にやりとりしたくない、苦手だからなどと思っているわけではない。断じて、ない。
「凄いって言われても、全然良く分かんないよー?たいちょーさんもすぐどっか行ったきりで、他に誰がいるかも分からないしー」
見聞屋として対応する地下部屋のひとつで、シィーラはソファに身体を投げ出して不満を言う。
「そりゃあ、あそこは秘密主義が服着てウォーク、トークな連中だもの。でも、そのタハリって男はちょっと知ってるわ。ゼロの中でも有名な隊長の一人よ。神出鬼没のタハリって呼ばれててね。どこにでもいて、どこにもいない、とか噂されてる人ね」
「いるのにいないの?どゆことー?」
「えっと、つまりね」
ばっと立ち上がったかと思うと、急にカッターシャツを脱ぎだすネリオス。
「今服を着てたけど―!」
そしてズボンも脱ぎだす変態。
「次の瞬間には履いてなーい」
見たくもない裸で、妙なポーズをするマッチョ男。なぜに脱ぐのか。考えたくない。
「ふむふむ?」
「でもまた次に見るとー」
壁に吊り下げられたマントを急ぎつかみ取って、大仰にまとう。
「いつのまにか着ているミステリー」
「おおー」
「つまり、そういことね」
得意げにウインクするネリオス。まったく全然伝わってこない。見たくもない裸体を見させられただけだ。で、あるのに、シィーラはしきりに感心していた。
「なるほどねー、なんとなく分かったよー」
(分かっただと!?)
思わずツッコミを入れてしまう。何がどうしてそうなるのか。
「普通じゃないことをする、びっくりさせる人ってことでしょー?」
「イエス!そういうことね」
そうなのか?本当にそうなのか?
やはりこの二人の通じ合い方は一生理解できないと再確認する。とにかく、所在不定ながら各国を渡り歩いている御仁らしい。なぜ、そんな隊長格の人間がわざわざ伝令まがいのことをしてきたのだろうか。シィーラを通じて質問をすると、
「単に近くを寄っただけかもしれないけど、メイビー、実際に見定めに来たのかもしれないわね」
「んー、でも、すぐ帰っちゃったよー?」
「ユーの場合、ちょっと見ただけでも何となくフィーリングはビンビン伝わってくるわ。辞令まで出したなら、お眼鏡にかなったってことでしょ」
確かに見られていた感覚はある。少数の小隊であるなら、当人を確かめることは当然の確認ではある。
「なんでもいいけどさー、結局何をする部隊なのか分からないよー。ちょーほーってロハンザ騎士団に必要なのー?」
「当然必要ね。各国の情勢を探るのもそうだし、ウチは割と恨まれる立場でもあるしね。バッドな噂を早めに聞きつけるのも重要よ」
「ふみゅー」
(ロハンザ傭兵騎士団を襲撃する、罠にかけるような計画をしてる連中を嗅ぎつける、といった仕事も大事だということじゃな)
分かっていないシィーラに補足する。他国の戦争に参加している以上、いらぬお節介どころか厄介な助太刀をしている組織に映るのは仕方ない。おまけに、そのせいで敗けたとなれば敵意を持たれるのも自然な流れだろう。
「というより、ゼロになったんなら是非ともネリオにネタを提供してちょうだい。逆に、こっちがゼロの面子を知りたいのよ。お願い、プリーズ!」
半裸の男に至近距離から手を合わせられることほど不気味なものはない。
視線を逸らしながら、あまり意味を分かってなさそうなシィーラに説明する。
(これから知る小隊の人間の名前などを教えろ、とそういうことじゃ。諜報部隊だけあって、内部にいてもその詳細はつかみにくいということじゃろう)
「んー、でも、あたしはゼロ騎士団になったよーって普通に言ってるよ?」
「ちょ、ユーってば!それって普通に団規違反だから、すぐにやめなさい。バレたら退団ものよ?」
「ええっ!?ダメって言われてないのにー!?」
確かに注意喚起されていないが、諜報部隊に配属されたことを喧伝していいはずがない。言いふらしているつもりはないが、不注意だったことは否めない。あまりにも当然のことでわしも抜けていたかもしれない、気を付けねば。
(今後、所属は黙秘することにする)
今更ながらシィーラに厳命した。ジャコブやロアーナの知るところとなっているが、あの二人なら大丈夫であろう。いや、一応釘を刺しておくべきか。退団はさすがに困る。
妖精の調査に夢中になりすぎて、他が疎かになっていたようだ。今一度気を引き締めることを自分に誓う。
最終的に、ネリオスとは情報の相互交換をこれからも続けることで落ち着いた。
司書長であるマルメ=ポートファーの情報と共に、第零騎士団の実態についても分かったことを流すことにする。
ロハンザ傭兵騎士団そのものには何ら愛着も執着もないため、情報漏洩に関して一切ためらいはない。利用できるものは何でも利用すればいいだけだった。代わりに現時点で知り得る第零騎士団の情報は手に入れた。
第零騎士団が小隊のみで構成される少人数の部隊であることは聞かされていたが、その小隊が多くとも10ほどしかないという話で、全体の構成数もかなり少ないことが分かった。ネリオスでも一人しか虫を持っていないという。この場合の虫というのは情報提供者を指している。シィーラもその一人に抜擢されたということだ。
諜報部隊だけあって念話の情報伝達が発達しているらしく、その魔法に長けている者が中央集中的に全体を管理しているそうだ。魔力が高い者が多いというのは、その辺りに起因しているとネリオスは推測していた。実際、第零騎士団の小隊とは別に特殊伝令部隊という移動と念話に特化した組織があり、各地を常に走り回っているという。今待っている連絡係というのは、十中八九その伝令団員だと断言された。
念話と聞いてもしかし、いまひとつ納得感がなかった。念話は二者間での長距離通話を実現する高度な魔法ではあるが、この長距離というのは語弊がかなりあってせいぜいが目視できる距離なのである。とても他国との情報伝達に使えるとは思えなかった。そのことに言及すると驚くべきことが分かった。近頃では魔道具の増幅器とやらで、その距離を伸ばせるというのである。その魔道具を媒介することで、見えなくとも魔力が届く範囲ならば念話が届くという原理らしい。それを複数使えば中継しながらより遠くへと、念話が可能ということだ。
まったく最近の魔道具事情に詳しくなかったため、これは驚嘆すべき技術の進化だった。もともと、魔法が使えないためにそうしたものの最新の動向に疎い傾向にあったが、これからはもっと魔道具界隈にも耳を傾ける必要がありそうだと痛感する。
一方で、その魔道具は量産できない特別な一品で個人では買えないほど一つ一つが高価らしく、それに加えて肝心の念話そのものが高度な魔法且つ適性が必要という難度を考えると、この組み合わせでの情報伝達を構築するのは相当の資金と人材がなければ成り立たない。まだまだ、この大陸の長距離通信に革新は訪れないようだ。
最近の魔道具発展に伴って、例の身分証明となる指輪にも絡繰りがあることも分かった。ただの鉄製かその類だと思っていたのだが、その成分に特殊なものが含まれており、特定の魔石とマナ反応を示すというのだ。つまり、ある魔石を近づけるとあの無名の楕円形のプレートにちょっとした文様が浮かぶという。マナ反応をそのように使うという発想がなかったため、これには非常に感心した。確かにこの方法ならば、相手のことを知らずとも確認することはできる。
指輪を紛失した場合は死罪だとまことしやかに囁かれていたが、悪用される危険性を思うと納得もできる。山暮らしでもそれなりに時代の流れにはついていけているつもりだったが、やはり知らないことは多々あること、特に自分が関わらないことには鈍くなるとつくづく感じた。
それにしても、念話とは少々厄介だ。シィーラは使い魔を使役する上に魔剣使いという特徴が知られている。魔法に関してはかなりの使い手だと思われているだろう。念話ぐらい習得していて当然という前提だと、肩透かしになる。少し前に、もしかしたら念話を使えるかもしれないと試したものの、まったくダメだったからだ。
普段のわしとシィーラの会話はどうやら、念話とは異なる法式だという結論は出ている。念話の適性はないという話にするしかないだろう。
いずれにせよ、未だに第零騎士団の実態は程遠く、未知の塊のままだった。
更に幾日か過ぎ、『精霊考証』は無事に読み終えた。
シィーラが引っかかった部分は幾つかあったが、決定的ではなかった。更に他のキーワードが出てきて、連想して何かを思い出してくれることを期待する。
残るは『精霊、その種族と伝承』という文献だった。
ジャコブとデセウスも中盤から終盤に差し掛かっている。言語魔法を使っても読み進める速さや制限があるため、どうしてもこちらと比べて遅い。
それでも着実にキーワードは集まりつつあった。
まだ連絡係からの接触がないため、調査にすべての時間を当てている。騎士団員というより、完全に学者のような日々を送っていた。
そんなある日の夜。
いつものように回水亭でナリスに成果を話していると、ヨーグからの手紙を手渡された。
ずっと図書館に入り浸っているため、あの見聞屋と最近はまったく接点がない。忙しそうにしていたが、落ち着いたのだろうか。
「いえ、なんだかとても険しい顔をしていました」
(そうなのか。この街を近く離れるかもしれないということは、あやつには話しておらんのじゃな?)
ヨーグはナリスに気があることは分かっている。ナリス本人はまったく気づいていないか、毛の先程も関心を払っていないのだが。
「はい。誰にも話していないです。あ、でも、早めにベーゲフさんには伝えておかないといけないので、その時は教えてください」
「その人、だれー?」
(この宿屋の主人じゃ……世話になっておるのだ、忘れてやるな)
「あれ、そんな名前だったっけー?」
「シィーラ。本人の前で絶対に忘れてたなんて言わないでね。無口な人だけど、結構繊細なところもあるんだから」
そうはまったく見えないが、今は置いておこう。
ヨーグからの手紙を開く。
そこには簡潔に近日会いたい旨が記されていた。何について話したいのか、詳細は一切ないが『火』という単語が無理に挿入されていた。
誤字の類かと思ったが、これほど短い言葉にそれはない。意図的に暗示させたのだろう。
つまりは、最近というかここ何巡りか巷を騒がせている放火騒ぎに関連しており、尚且つそのことを公には話題に出せない、といった状況だ。しかも、それをシィーラに伝えて来る辺り、ロハンザ傭兵騎士団絡みの可能性が高い。
今は妖精の調べ物以外に時間を取られたくはないが、ヨーグには世話になった恩もあるゆえ無下にはできない。
特に指定日などもないことから、こちらの意思確認を待っているようだ。断ったらあきらめてくれるのかと一瞬考えたが、なんとなく切羽詰まったものを感じて時間が取れる日を見積もる。せめてこちらに合わせてもらうとしよう。
返答として日時を書いたものをナリスに渡しておく。直接シィーラに連絡を取ってこないのなら、こちらもそれに従うまでだ。
「それはそれとして、その諜報活動をするようになった場合、わたしが一緒にいても大丈夫なのでしょうか?」
ナリスには零騎士団に配属されたことは既に伝えてあり、この街を離れる可能性も言及してあった。ここで大分落ち着いた生活を送れるようになったこともあり、望むなら留まってもかまわないという話はしたのだが、まったくその気はないようだった。以前のように、シィーラとわしについていくと即答されていた。
この点に関してはもう押し問答する気はない。本人が望む形に寄り添うまでだ。
(向こうも情報機関である以上、団員の素性調査は最低限しておるはずじゃ。おそらく、ナリスとシィーラが同居していることも把握しておるはず。気にする必要はなかろう)
そう自分で言いながら、またも今更気づくことがあった。
連絡係とやらは今この時も、既にどこかでこちらを監視、観察している可能性がある。タハリは直接目の前に現れて品定めをしていったが、やり方はそれだけではない。
むしろ、わしが管理側であるなら必ず調査しておきたいところだ。どんな人物であるのか、それは素でいる時にこそ現れるものだ。
ふむ……これからは一層、周りに気を付けねばなるまい。
そう心を引き締めていると、
「だいじゅび、だいじょび。あたしとナリスの仲だからねー」
まったく理屈が分からないシィーラの楽観主義が爆発していた。
妖精の警戒心を引き上げるための方法を、未だにわしは知らない。誰か教えてくれないものだろうか。




