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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第七章:図書館
58/225

7-2


 それから数日。

 精霊本の読解と言語魔法の精製とを並行して推し進めることになった。

 妖精の身体に入っているためか、人間の魔法における制約を一切受けない特殊な常態がなせる業だ。どうしてもそれをいつも忘れてしまうのだが、長年魔法を使えなかった身だ。しかたがないと見逃して欲しい。

 とにかくその柔軟さを遺憾なく発揮してあらゆる常識をかなぐり捨てた結果、短期間で学修への冒涜のようなものが完成してしまった。

 「おおぅ、本当に読めてるー」 

 シィーラがついにその語学能力を開眼した、というわけではない。

 精製した言語魔法によって、それまでまったく解読不能だった文字が分かるようになったのだ。

 「テーゼルヘーゲによる……くーほーてき糞ポイ法?」

 (何じゃその言葉は?クソを投げるな。抽象的分類法じゃ)

 文字と同時に意味も分からなければならないということに気づいたのは、またもや後になってからだった。語学能力が向上しても、知能そのものが上がるわけではない。言葉が分かるだけでも十分凄いのだが、目的のためにはまだ足りなかった。

 しかも、この言語魔法はかなり脳に負担をかけるため、長時間の効果は望めない。2,3時間で解けてしまう。とはいえ、一時的にせよまるで知らない言語が分かるようになるというのはとんでもないことではある。

 熟語関連に弱いシィーラではあるが、地名や固有名詞などの単語は読めるので、連想させる関連ワードとしては十分だろう。

 読み進めていくうちに、引っかかりを覚えるものをまとめていけば、きっと何かを思い出すはずだ。というか、思い出せ、と強く願っている。

 人間の身体を離れて早数ヶ月。

 段々と人であった時の感覚を失いつつある気がして恐ろしい。常識外の魔法をいくつも作れそうだが、あまりそれを行使するのもためらわれる。本来の自分に戻った時に魔法を一切使えなくなることを考えると、それだけ反動が大きいことが予想されるからだ。とりあえず、今は目の前のことに集中するべきではあるのだが。

 シィーラによる読解の一歩目はクリアしたが、まだ効率は悪い。もう少し人手がいるという理由で、ナリスの言っていた随伴という線にも手を出していた。結論から言えば、申請を通せば可能と言うことで、イゼッタ経由のマルメ司書長の権力にすがることにした。

 人脈はこういう時に使わねば損だ。交換条件で色々要求されたが、今は時間との勝負なのである程度妥協して呑んだ。そういうわけで、もう一人の人選が必要になったのだが、ここでの選択肢があまりに少なかった。

 騎士団員である必要があるとのことで、ロアーナ、ジャコブ、ネリオス、デセウスぐらいしか候補がいない。そのうち、前者二人は知性の面で厳しく、ネリオスは出禁を解かねばならず、残った大貴族しか選択肢がなかった。鼻持ちならない男だが、貴族だけあって教養面では適性があり、その身分から自由時間も多いということではからずも適任であった。おまけに脅しが効くので良いようにこき使える。考えれば考えるほど、このデセウスしかいないという結論が出た。

 相手の許諾を得る前に、デセウスを随伴者として登録しようとして気づいた。もともと上級騎士であるデセウスにその申請書は必要なかった。初めから無理やり手伝わせればよかったのだ。まったくの盲点である。

 ここでまた更に気づく。うっかりが多すぎて嫌になったのは置いておくとして、もう一人戦力が手に入るということだ。

 本当ならアルバを引っ張ってきたいところだが、魔眼持ちである彼女は出征していると思われた。所属も秘匿されているため詳細は分からないが、普通の騎士団員とは違う扱いなことは確実で、さすがに融通が効かない。

 最初の案に戻り、ジャコブかロアーナのどちらかに助力を求めるしかなさそうだった。自ずと答は定まる。ジャコブ一択だ。ロアーナは戦闘面では申し分ないが、それ以外に興味はなく飽きやすい。シィーラと同じ傾向が強い。その点、ジャコブは何に対しても粘り強く、一生懸命に取り組む真面目さがあった。

 報酬は上級騎士の宿舎の部屋を自由に使う権利辺りでいいだろう。下級騎士の宿舎は、見習い時の10人部屋よりはましになったとはいえ、それでも4人部屋だと聞く。個人的空間がないのは辛いものだ。上級騎士の場合、使用如何に関わらず必ず個室が与えられているために丁度よかった。シィーラが使わない分、ジャコブの休憩所として有効活用してもらう。

 こうして三人体制の調査環境が整った。



 それからは読書期間が何日も続いた。

 相も変わらず配属先未定をいいことに、シィーラと図書館に入り浸った。

 デセウスも比較的時間に融通が効くため、無理やり通いつめさせている。毎回「なぜにわたしがこのようなことを」とぶつぶつ不満をぶつけてくるが、意外にも仕事はきっちりとこなしていた。ジャコブも最初はかなりのスローペースで苦心していたようだが、最近は少し慣れて来たのか、複写する量が多くなっていた。

 二人には妖精関連で気になるところを書き出すように指示している。その中から、シィーラが連想して思い出す何かがあることを期待しているのが現状だ。

 ちなみに、今の所『妖精考証』から引き出された新たな情報はほとんどない。先行きが不安である。

 ここまで来るのに大変な道のりだったのだ。空振りは勘弁してほしいところだった。

 「むぎゅー、この作業、いつまで続くのー?」

 (お主が有用なことを思い出すまでじゃ)

 今日も今日とて個室で調べ物を続けている最中、作業机に突っ伏すようにシィーラが倒れ込む。これもまたよくある風景であった。集中力が散漫な妖精ユムパには、こうした弛緩する時間が必ず生じるのでいちいち気にしてはいけないことは学んでいる。

 「本当に何か思い出せるのかしらーん?忘れてるってことは、どうでもいいことでしょー?」

 (それもまた真理ではあるが、妖精の場合、関心さえ向けば色々と掘り起こされる記憶もあると信じておる)

 「それって、あたしが思い出したくないって思ってるみたいじゃん?そんなことないんだけどー?」

 ぷぅと頬を膨らませるシィーラ。子供っぽい仕草で、自分の顔でそのようなものは見たくない。

 (別にお主が真面目に取り組んでいないとは言っておらぬ。おそらく、人間の器に入っていることでシィーラもわし同様に混ざり合っている影響が強いと思っておる)

 「混ざるー?」

 (うむ。要するに人間と妖精の特性というか、精神的なものも含めて影響し合っているのじゃろう。わしが妖精魔法もどきで尋常ではない魔法を使えるように、お主は人間には不可能な動きをやって見せた。そのような特殊性が、日常の精神的思考にも起こりうるとしたら――)

 頭に疑問符を浮かべているシィーラの様子を見て、言葉をもっと噛み砕く。小難しく言っているつもりはないが、ついそのような話し方になるのは師匠譲りの悪いクセかもしれない。

 (ああ、つまりじゃな。人間的な考え方や興味が、おぬしの本来の妖精としての考えを邪魔しているといえば分かりやすいか。妖精は基本的にひとつのことに真っすぐに向き合って突き進む傾向が強いと思っておるが、お主は人間に感化、影響されすぎていろんなものに目移りするようになってしまった)

 「んー、つまりー?」

 もう一声、簡潔にする必要があるようだ。

 (つまり、妖精ならば肉串を食べたいと思えば、もう肉串しか目に入らなくなるものじゃが、今のシィーラは肉串を食べたいと思いつつ、ネズパンも欲して一つに絞り切れないということじゃ)

 「おおー、確かにいろいろいっぱい考えちゃうかもー?」

 妖精は興味を持てば一直線で、その際には集中力もかなりのものになるのだが、その特性が薄れているのかもしれないと推測していた。思い出そうとしてはいるが、他にも常に興味が溢れていて、無意識に一点集中できない状況にあるというべきか。それはおそらく無意識下の制御できない部分なので、一概にシィーラを責められないとそう考えていた。あるいはそれは、人間という種の特性なのかもしれない、そういう話だ。

 (ゆえにこそ、気長に何度も試していくしかあるまい……時間は有限ではあるが、こればかりは急かしたところでどうにかなるとも思えぬ)

 何とも歯がゆいことではあるが。

 「ほっほぅ?じゃあ、今日はもう寝ていいー?」

 (それは許さぬ!)

 「ええっ、ゼーちゃんのケチー!」

 そういう問題ではない。

 とにかく、シィーラが思い出すことが重要ではあるが、文献そのものから得られるものもあるはずだ。少なくとも、妖精知識に関して新たな情報はちらほらと散見され、少しずつではあるが蓄積されてはいた。

 決定的なものはまだ見つかってはいないが、気になるものは幾つかある。問題はその点に関して、誰からも適切な意見をもらえないことだ。己自身のみの推測では、楽観的なものや希望的観測に基づくものになりがちで、客観的なものになり得ない。 

 かといって、妖精の専門家などというものがいるのかどうかも疑わしい。少なくとも聞いたことがなかった。大陸のどこかにいるという大賢者の一人、叡智のアージェルダイク辺りなら何か知っているかもしれないが、その本人を探し当てるだけで何年もかかりそうだ。何より、人探しをするならばまずは師匠だろう。

 いったいあの放蕩師匠は今頃どこにいるのやら。

 そもそも、わしは失踪した師匠を探しに人里に降りて来たのだ。その途中で妖精と入れ替わるという訳のわからない事態になって、それどころではなくなっているのだが。

 人生、何が起こるか分からないものだ。いや、今は妖精、妖生というべきか。

 くだらない感慨を覚えていると、個室の扉を叩く音がして、上級司書のドーンが扉の隙間からぬっと顔を出す。いつも青白い表情で覇気のない中年男だ。

 「マルメ殿が君を呼んでいる。大至急、別館に行くように」 

 それだけ言って勝手に去ってゆく。質問は絶対に受け付けないといった態度だ。

 人と関わるのが嫌いなようで、特にシィーラが避けられているというわけではない。基本的に誰ともしゃべらない陰気な性格だというだけだった。追いかけて仔細を聞いても、特に新たな情報は得られないだろう。

 「何の用だろー?」

 (分からぬ。とにかく、行くしかあるまい)

 急な呼び出しというものは総じてあまりろくなことがない。あまりいい予感はしなかったが、別館に向かうことにした。



 ロハンザ図書館の別館は中流貴族の屋敷然とした建物だった。

 本館とは屋根付きの渡り廊下でつながっており、ちょっとした中庭を抜けて直接入ることができる。

 連絡口のようなところで使用人らしき者に案内された場所は、応接室の一つのようだった。

 途中で司書たちが本の修繕などをしている光景を目にしたが、誰もこちらに注意は払っていなかった。客人が訪れることは珍しくないのかもしれない。

 やや格式高そうな扉を開けて入ると、ソファに腰かけているのはマルメ司書長その人だった。前回と同じ白衣のような長いコートを羽織り、丸眼鏡の奥からこちらを見つめる瞳は相変わらず鋭い。

 「急な呼び出しで悪いわね。最近はずっと図書館に通っていると聞いたものだから、丁度いいと思って」

 軽く手を上げて、そう呼びかけて来る。

 「何が丁度いいのー?」

 シィーラは答えながら左手をちらりと見る。しっかりと気づいているようだが、警告はしておく。

 (シィーラ、油断するでないぞ?)

 (ぬーん、これ、殴ってもいい?)

 (いや、待て。もう少し様子を見るべきじゃ)

 あからさまに左側から何かの敵意を向けられているが、その意図が見えない。何よりマルメが何も言ってこないのが奇妙だった。時間を無駄にしない主義で、何事も単刀直入に行動する人物だと思っているので、軽い挨拶の後にただ黙っているのはおかしい。何かを待っているその様子から、こちらの能動的な反応が必要だと判断する。

 (ふむ……今思っていることを口に出してよいぞ)

 「ねーねー、なんかムカつくから殴っていいー?」

 何もない空間にシィーラが問いかけると、その気配がふっと変わった。

 「……なるほど」

 誰もいなかったはずのその場所に、突如人影が現れた。かと思うと、そのまますたすたと何事もなかったかのようにマルメの隣に座る。

 その男はどこにでもいる町人のようでいて、どこか掴みどころのない雰囲気があった。特徴がないのが特徴とも言うべきか、目立たない風貌であることは確かだ。先程まで意識阻害系の魔法で隠れ潜んでいたのは間違いない。相当の実力がある。騎士団の制服を着用していないが、当然のようにマルメ側に座っていることから関係者ではあるのだろう。

 「ええと、シィーラさんはとりあえず座ってもらって結構よ。それで、あなたはまず謝罪と自己紹介をすべきだと思うけれど?」

 マルメの許可が出たので、シィーラを向かいのソファに座らせる。謎の男は司書長に促されて、そうか、と短くうなずくと口を開いた。

 「私はロハンザ傭兵騎士団、第零騎士団所属のタハリという」 

 それだけを淡々と告げてじっとこちらを見つめている。果たして続きがあるのかと悩んでいると、マルメも呆れたように首を振った。

 「タハリ隊長、いつも通りまったく説明が足りないし、謝罪もしてないわよ?」

 「そうか。説明するのには慣れていない。謝る必要性も理解できない。単なる確認をしたまでだ。お前はどう思う?」

 それを相手に尋ねる時点でどこかズレている。マルメもあきらめたのか、わしに向かって紙を差し出した。こういう時、シィーラには不用意に発言しないように言い含めてあるので、しっかりと口を閉じている。単に面倒くさいか、用意された菓子を食べるのに夢中になっているだけかもしれないが。

 ”それで、用件は何だろうか?”

 期待されている通り、わしが聞き手にまわることにする。

 「ほぅ、本当にこちらの鳥のようなものが相手になるのだな?」

 初めてタハリの声に感情が乗った。ほんの少しだが。 

 「わたしが嘘をつく理由なんてないでしょう?それより、目的をしっかりと自分から話して頂戴。あなたの部下と違って、こちらはいちいち意図を汲み取って会話するような器用な真似はできないわよ」

 「そうか……魔剣使いがいると聞いて、任務を伝えに来た。今現在抱えている案件で、とある魔法関連の――」

 「待って頂戴、タハリ隊長。まずは勧誘というか、所属の件から伝えないと。いきなり任務とか言われても承諾できないでしょう?」

 タハリという男、どうにも人と話をするのが苦手なようだ。隊長という役職なのに大丈夫なのだろうか。マルメに遮られてもまったく表情を崩すことはなく、その感情は読み取れない。

 「そうか。そこからか。お前をウチの零部隊に迎え入れる。西方方面担当だ。その初任務だが――」

 ”少し待ってくれ。その零部隊というのは何だ?騎士団は第一から第三までだと聞いておるが?”

 「零部隊は公式には存在しない。諜報関係だと思えばいい。それで、お前にやってもらたい任務だが二つある」

 何ともマイペースな男だ。一本調子で自分の主張だけを繰り返そうとしている。

 ”だから少し待って欲しい。その零部隊とやらの配属辞令は正式に出ているのか?何も聞いておらぬ内から、任務と言われても承服しかねる”

 「そうか。配属辞令……そういえば、あったな」

 タハリはごそごそと懐から何かを取り出して、机の上に置いた。それは完全にくしゃくしゃになった辞令書だった。

 「初めからそれを出して頂戴……」

 マルメの溜息はわしのものでもあった。

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