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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第七章:図書館
57/225

7-1


 上級騎士にはなったものの、シィーラの所属部隊は未定だった。

 どうやら配属先でもめているらしい。

 魔剣持ちという特性はそれだけで戦闘能力の高さを表わしていると同時に、常人ではないことの証でもあり、扱いが難しいのは自明の理だ。上層部が出兵中なことも影響しているのかもしれない。

 どちらにせよ、こちらにとっては都合がいい。この隙に図書館に入り浸ることができる。

 そういうわけで、新部隊への挨拶より先に図書館への入館の方が早かった。

 ロハンザ図書館は正面から見ると二つの建物で成り立っている。

 本館と別館という二つだ。別館と言うのは傷んだ本の修繕や登録本の選定、蔵書の整理点検などをしたり、司書たちが寝泊りもできる居住区でもあるらしい。要人をもてなすための応接室などもあるというが、そちらに特に用はない。蔵書がある方が本命なのは言うまでもないだろう。

 本館はかなり天井が高い二階建てで、大貴族の屋敷のような趣があった。入ってすぐに横長のカウンターがあり、司書が入退出の記録をしている。館内には警備係が何人か配備されていて、貴重な蔵書などの盗難を防いでいた。その役職になるのも一つの手だと思って、後で確認するよう心の片隅に留めておく。

 通常の屋敷と違うのは、周囲すべてが書架、つまりは本棚で埋め尽くされていることだろう。高さがあるために中二階に足場となる回廊がぐるりと囲み込むように続いており、見上げたときの景観はなかなかのものだ。狭い範囲ながらも中央は吹き抜け式となっており、尖塔のような上層部も垣間見える。

 簡易的な脚立もちらほらと見えており、どの本にも手が届く配慮はなされていた。シィーラはその圧倒的な書架の数と見慣れない構造に最初こそ興奮していたが、読書と言う習慣がないためにすぐにその感動も薄れてしまった。しまいにはかび臭いなどと文句を言って、司書ににらまれていた。余計な失言は止めて欲しい。

 逆に、わし自身は読んでみたい本が沢山ありすぎて今すぐ手に取りたいぐらいだった。妖精のことがなければ喜んで入り浸いところだが、今は余裕がない。

 まずはカウンターで二階への許可をもらう。

 初の入館のため、許可証となる木札に名前を入れてもらうことから始めるらしい。階級証明やら何やら、手続きで多少待たされたが無事に通った。木札は退出の時には返却し、次回以降はカウンターで受け取る仕組みのようだ。毎回入館の資格があるかないかを精査する手間が省けるということで、初回以外は時間短縮ができて合理的だ。その最初の待ち時間で、既にシィーラが居眠りする勢いではあったが。

 吹き抜けの螺旋階段を二階まで上がると、またしてもカウンターがあって、もう一人の司書がいた。

 「やぁ、やぁ、よく来たね。ようこそロハンザ図書館へ」

 こちらを見て笑ったのはイゼッタだった。

 司書の制服らしいものを着ているが、その上からだぼっとした白衣のようなものを羽織っており、上級司書としての威厳はまったくない。

 「ゼーチャンはいつも通りだけど、キミの方はなんだかお疲れみたいだネ。大丈夫かい、シィーラ君?」

 木札作成でうたた寝していたシィーラは、図書館を初めて見た最初の興奮は冷めきっており、すっかりこちらにお任せモードでふわふわしている。

 「やっほー、イゼッタ。適当に座れるところに案内してちょー、後はゼーちゃんとよろしくー」

 (おい、せめて最初くらいはやる気を出せ。わしら二人に関わる重大な調べ物になるのじゃぞ)

 「んー、なんか、ここの匂いって眠くならない?」

 「ああ、本に囲まれている空間っていうのは、確かに独特の香りがするかもネ。眠くなる気持ちも分かるかも?」

 先程はかび臭いと愚痴っていたのに良く言うものだ。しかし、一階と二階とでは違う匂いというのも分からなくもない。

 「だよねー、ってことで、座れる場所はー?」

 「はいはい。その前に、最低限覚えておかなくちゃいけない二階の規則を伝えるよ。お姉さんが優しく教えてあげるから、絶対に破っちゃだめだぞー?」

 「ほへー?破ったらどうなるのー?」

 「入館資格取り消しだネ」

 (絶対に厳守するのだぞ、シィーラ!)

 ようやくここまで来たのだ。ネリオスのように出禁は避けねばならない。

 「むー、頑張るけどー……」

 その視線がさまよう。イゼッタは何となく察したようだ。

 「とにかく座りたいみたいだネ。筆談魔法も使えた方がいいし、じゃあ、ボクについてきて」

 イゼッタに連れられて、カウンターから少し進んだ場所にある机と椅子があるフリースペースのような空間に落ち着く。シィーラに用意させておいた紙を取り出させた。イゼッタとはわしが直接やり取りした方が早い。

 「それじゃあ、お姉さんの誰もよりも分かりやすい、図書館上階の使い方講座、いってみよー」

 良く分からないノリで、イゼッタが説明する。

 「まず、読みたい本があればボク、司書に言うところからだネ。目的の書物の名前が分かればそこまで案内してあげるし、どんな種類の本が読みたいか言ってくれれば候補か、その辺りが集まっている書架を教えるってわけさー」

 ”なるほど。蔵書のすべてを把握しているというわけじゃな”

 「まぁ、全部って言うと厳しいのが本音だけどネ。それでも配架はきちんとしているから、おおよその見当はちゃんとつくから安心慢心感心しておーけー」

 慢心はダメだと思うが、イゼッタは続ける。

 「次に、読む本を決めたらその言語が読めるかどうか教えてネ。必要ならその言語の辞書を貸し出してあげるから。ちなみに、キミは共通語以外にどんな言語が扱えるのかなー?」

 ”辞書があるのか。じゃが、必要ない。おそらくどんな言語も読める”

 「え?」

 一瞬固まった後、真顔で右手を左右に振ってから破顔するイゼッタ。

 「いやいやいや!キミは本当に凄い使い魔だネ!冗談まで一流なんて、お姉さん完全にしてやられちゃったさー」

 冗談ではない。わしは師匠のもとで様々な書物を読み漁っていた。当然、時代が違えば言語も違う。現在の大陸では共通語が制定されて一元化されてはいるが、各国の歴史ある言語が滅びたわけではないため、今も学者や魔法士など必要な古語をしっかりと学んでいる。博学であるということは、様々な書物を読破しているということであり、すなわち複数の言語を理解しているということでもある。

 何も言わないわしに気づいて、イゼッタの表情が次第にひきつる。色々と忙しい女だ。

 「ま、まって、まって。本当に本当なんだネ!?お姉さん、さすがにこれは信じられない、信じたくない!よし!じゃあ、ちょっと待つんだよー、逃げるなよー」

 イゼッタはあたふたとどこかへ走って行った。相変わらずサンダル履きなので、ペタペタという足音が特徴的だ。

 そして戻ってきたときには、その腕に何冊かの本を抱えていた。

 「じゃあ、これからだネ。この題名は?」

 どうやら試して確かめたいらしい。実証するのが一番なので黙って付き合う。次々に指定される箇所を読み上げ、その度にイゼッタの顔が青ざめてゆく。

 「……最後にこれは?」

 ”オージリカ半島における植物生態とマナの推移について。これで納得したか?”

 「な、な、な、なんてこったい……お姉さん、語学には多少自信があったんだ……だけど、キミの知識には全く歯が立たないよ……本当にシィーラ君の使い魔なのかい?あまりにもその……いや、今は関係ないネ。とほほ……信じるよ、キミに辞書は必要ないんだって」

 がっくりとうなだれたイゼッタはそれらの本を一旦返しに戻った。気落ちしていたのは、語学力の差を実感したかららしい。対抗意識を燃やすところではないと思うが、人それぞれなので何か思うところがあったのかもしれない。悪気はなかったが、少しすまなく思う。

 「じゃあ、気を取り直して――」

 やや気分が下がったイゼッタだったが、その後も規則の説明を続けた。

 それで分かったことは、読める本は基本的に一度に一冊まで――辞書は例外で含めないそうだがわしには関係ない――、貸し出し、持ち出しは厳禁で、司書の勤務時間内のみの閲覧が可能。館内での読む場所は上階の書物に関しては、上階の個室に限り、使用の際には司書に報告が必要。どうしても複数の参照が同時に必要な時は、申請を通して許可が必須。各書物に関しては、盗難防止などのために誰が読んだかは記録される。

 かいつまんでまとめると、そのような内容だった。

 気になった点をいくつか質問する。

 ”閲覧については理解したが、写本は許可されておるのか?”

 「あー、それは原則的に禁止なんだけど、実際は半分以下だったら見逃しているってのが現状かなー。やっぱり、重要な部分というか、自分用に記録しておきたい箇所はあるしネ。研究分野だとその部分が結構な量になるから、必然的に写本みたいなことになっちゃうんだな、これが」

 暗黙的に融通が効くということらしい。

 ”司書の勤務時間というが、同意が得られればその延長は可能という解釈でよいのか?”

 明確に区切られた時間がなかったように思うので、おそらくは柔軟な対応が可能になっていると踏んでいるのだが、果たしてその通りだった。

 「ふっふっふ、そこに気づくとはお目が高い。まぁ、お察しの通り、その辺はボクら次第ってところもあるから、司書には優しくした方がお得だネ。ちなみにボクは魔石が好物だよ」

 直接的に賄賂を示唆してくるあたり、その方法が効果が高いということで、実際に横行している常識なのだろう。

 ”複数の同時閲覧は申請が通れば、その権利自体を有するのか?それとも、指定した文献そのものに適用されるのか、どちらだ?”

 「おっと、なかなかに難しいことを聞いてくるネ。えっと……ああ、そういうことか。後者が正しい。基本的にはモデーリャとダーリャで申請したら、後からセターリャが必要だってなった時にはまたそのための申請が必要って感じかな」

 それはまったくもって面倒な手続きだった。一人一冊の縛りは大きい。同時に参照したいものがあるときに不便だ。すぐに別のものを加えることができないとは。とりあえずは一冊一冊読み進めればよいが、後で何か手を考えておく必要があるかもしれない。

 ”概ね理解した。では、早速関連する書物がどれくらいあるのか把握したいが、いいか?”

 「早速、読む気満々ってことだネ。さぁ、何でもお姉さんに言ってごらん。魔法関連の文献は大体頭に入っているのさー」

 勝手に魔法関連にされているが、まったく違う。

 ”まずは精霊リータス関係の書物がどれだけあるのか、そしてその中で一番有用そうなお薦めを知りたい”

 「え、あれ、精霊?」

 きょとんとした顔で固まるイゼッタ。予想外の要求だったようだが、すぐに我を取り戻した。

 「えっと、精霊だネ。おーけーおーけー、確か何冊かはあったはず……ちょっと目録を確認してくるから待ってて」

 流石に頭の中にすべてが入っているわけではなさそうだ。カウンターの方で何かごそごそしてから、イゼッタは戻ってくる。

 「じゃあ、早速今調べてきたものを列挙しちゃうぞー」

 精霊に関する書物は10冊ほどあった。多いか少ないかで言えば少ないのだが、ジャンル的に他種族関連のものは魔物以外はほとんどないというのが一般的なので、思ったよりもあったという印象だ。しかも、その10冊は精霊に特化したものだけではなく、例えば『大陸における生態学変遷』など一部が含まれているものでも該当するため、実質的には4冊が候補となった。

 その中から、まずは『精霊考証』を選択する。以前に聞いたことがある題名だったからだ。

 イゼッタもそれが第一候補だったようで「やっぱ、そこからだよネ」と訳知り顔で笑っていたが、そのわりには実際の原本を探すのに戸惑っていた。ちなみに、この時シィーラは既に夢の世界に旅立っていたのでそのまま放置していた。イゼッタの前ではもう取り繕う気力もなかった。

 それから10分後、図書館上階の個室で『精霊考証』を読み進める。

 シィーラは寝ぼけ眼だったが、また空を飛びたいのだろうと鼓舞すると、俄然やる気を出して本をめくる係をほんの少し頑張った。

 この時今更気づいたのだが、シィーラは共通語しか読めない。その共通語も完璧ではない以上、ただの文字列を妖精ユムパが黙って見ていられるはずがなかった。途中でまた眠りの旅へ誘われるのは必然で、結局好きにさせるしかなかった。まずはこちらで情報を収集して、シィーラの記憶に何かひっかかるものがあるか聞いていくしかない。

 連想記憶とは部分的な情報、すなわち起点となる単語などからでも呼び起されるものだ。本当ならシィーラ自身が本を読むことでその工程を促進させたかったのだが、文字が読めないのでは仕方ない。

 その日はずっと一人で読み耽っていた。

 妖精の部分に関してだけ拾い上げるつもりだったが、冒頭から興味深く、普通に通読する読み方になったのは不可抗力である。思ったより自分だけ楽しんでいた自覚はある。やはり、読書はいいものだ。



 その夜。

 宿屋に戻ってから、この方法での問題点に気づいた。

 致命的に進行が遅いことだ。

 一人一冊の時点で仕方がないことではあるが、今は所属も決まっていない宙ぶらりんの状態であるからこそ自由に動けているだけであって、本来ならば日中は騎士団の鍛錬などに時間を取られる。

 一日中読んでいられるわけもないので、今後は更に先細りしてゆくのは目に見えていた。かてて加えて、今は騎士団の本隊が出征中なことも大きいため、その帰還前にある程度は目星をつけておきたいのが本音だ。ここからは、ある意味で時間との勝負なのである。

 シィーラが無邪気に猫じゃらしで遊んでいる傍ら、何かいい手がないかと頭を悩ませていると、ナリスが一つ提案をしてきた。

 「図書館への随伴というのは可能ではないんですか?」

 (誰かを伴って連れていくということか?資格で制限している以上、無理であろう?)

 「でも、町の資産的な持ち物なんですよね?他国から来た人は、別に騎士団員ではなくても入館できているという話ではありませんでしたか?」

 指摘されてはっとなる。確かに、外交の一環で要人の希望があれば図書館を解放して閲覧させているはずだ。その場合は、随伴可能という話になる。

 (頭が固くなっていたようだ。ナリスの言うことにも一理ある。じゃが……)

 それが通ったとしても、更にまだ難関があった。

 (仮に誰かを一人くらい連れていけたとして、その者が文字を読めなければ意味がない……多言語を介するような教養は、一般人は持ち合わせておらぬ)

 「あっ、確かにそうですね……わたしも共通語くらいしか分かりません……」

 専門的な学術書や研究文献であればあるほど、古代語や年代ものの専門言語であることが多い。読める人間であっても、すらすらと解読するのが手間取る場合さえあるのだ。その壁はベーゼルの塔より高い。

 「語学能力がないとこの案もダメですね……」

 (ぬぅ……根本的に無理があったか)

 ナリスと共にうなっていると、シィーラが横からあっけらかんと言った。

 「魔法でどうにかならないのー?筆談魔法だってできたんでしょー?」

 (そんな都合のいい魔法など――いや、可能性はあるのか……)

 筆談魔法も通常ならあり得ない魔法だ。妖精魔法もどきという馬鹿げた力がなければ成り立たない。同様に、今までの常識にとらわれない魔法も十分に考慮に値する。新しく魔法を精製するという考えは、これからは常に持っておくべきものかもしれない。

 (ちょっと、作ってみるかの……)

 新しい目標を設定することにした。

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