6-9
その演習場の大地は軽い土が多かった。
衝撃などで土煙が舞いやすいということだ。
魔力を込めた魔剣の一撃は、周囲を巻き込んで土煙と共に視界を覆った。
「ぬぅっ!!?」
「んにゃーー!!!?」
互いに反発し合うように後方へ吹き飛ぶ二人。
シィーラの頭上に張り付いていたわしも、一瞬でその融合を解かれて上空へ弾き飛ばされる。
ホージンの足を刈り取るぐらいの勢いで、最悪骨折させても仕方がない強度だったはずが、想像以上の反撃をもらった形だ。魔法は効かないと豪語していたホージンの弁もあながち大げさではない。しかし一方で、魔法の無効化というものは厳密には存在しないことも知っていた。
魔剣の一撃をしのいだ今の現象を冷静に分析しなければならない。
視界が少し開けた中、土埃の中でホージンは立ち尽くしたままだった。動けないのかもしれない。シィーラの方は受け身を取ってうまく転がったようだ。納得の行かない顔で現状を確認している。ダメージはそれほどないようで安心する。
先程の魔力の暴発のような衝撃。タイミング的にもシィーラの一撃に、何らかの形でホージンが合わせた結果だが、魔力の通ったあの威力を相殺するには同等の力が必要なはずだ。奇妙なのは、その兆候がまったくなかったことだ。密かに魔力をずっと練っていたという可能性もあるが、それであればやはりその魔力を事前に察知できる自信はある。
ならば、魔剣の魔力を跳ね返したという仮説が一番濃厚だ。
魔法の反射については、昔から理論上は可能だとされていた。魔力に反発という性質がある以上、その斥力は利用できるであろうと考えることは当然だ。
だが、跳ね返すにはたとえ一瞬でも一度は受け止める必要があり、その帯魔先が問題だった。要するに、刹那の時間とはいえ留める場所――仮箱と呼称する――が必須になるものの、その一瞬でこの仮箱が壊れてしまうのだ。魔力を溜めることができる物体としては魔石が有名であるが、その魔石にも許容量には上限があって溢れると自壊する。
これと同じことが仮箱にも発生するわけだ。しかも、急激な魔力が大量に流れて来ることになるので、それに耐えうる仮箱というものは存在しないと考えられた。多少の魔力ではなく、
この場合の仮箱はかなりの魔力量の帯魔を想定しているからだ。ゆえに、理論上はこの仮箱が用意できるのならば反射は可能だが、そのような仮箱が見つかっていないというのが現状だった。
更に付け加えると、反射の方向というものも問題の一つだった。光であれば入射角と反射角は同じ角度になるが、魔力の波は必ずしもそうした直進をするとは限らないため、反射させるために仮箱の位置を単純計算して調整という工程ができず、その斥力に指向性を持たせることが難しいとされていた。角度を誤れば自身にも跳ね返ると言う話だ。
このように否定材料しかない魔法の反射なのだが、直観的にホージンがその常識を覆したように思えた。
(シィーラよ、あの者は魔剣の魔力を跳ね返せるのやもしれぬ。そのことを念頭に置いて、自ら打開策を見つけられるか?)
いい機会なので、妖精の自主性に任せてみる。絶対に敗北はさせられないが、まだ余裕はあると見ていた。正直、いざとなれば力技で押し切れる自信もあった。たとえ先程のものが反射だとしても、魔剣の魔力をもっと上げればおそらく受け止めきれずに自壊する。ただ、その場合はホージンの身も危険なので、どの程度まで耐えられるかの見極めが非常に面倒だった。不殺の条件がある以上そこを見誤ることはできない。
(んー、殺しちゃダメなんだよねー)
シィーラも大概上から目線だった。剣の技量ではホージンの方がやや上な気がするのだが、あの重厚な鎧が俊敏さの枷になっているために判断が難しい。相手に合わせる技術と、従来持っている剣技というものは別物であるからだ。
その意味では、敢えてあの装備をしているホージンにはやはり何か意図があるのだろう。
ちらりと立会人の二人の様子を見ると、ネリオスは奇妙なポーズを取っていてあまりにも意味不明だ。目を逸らす。イゼッタの方が熱心に推移を観察していた。奇妙な道具を通しての視線を感じるが、おそらく何か記録しているのだろう。時折物凄い速さでメモ書きもしている。
シィーラは少しだけ考える素振りを見せた後、すぐに頭をぶんぶんと振って駆け出した。動きながら考えるクセをつけろと教えていたので、素直にそれを実践しているのだと信じたい。
「懲りぬ奴じゃな」
再び突っ込んできたシィーラに対して、ホージンはもう臨戦態勢が整ったのか、先程までと変わらぬ佇まいで迎える。
反射技に絶対の自信があるのかと思ったが、そうでもないらしい。その後も元気に走ってくるシィーラの姿を見ても、驚いた様子はなかった。必殺の奥の手ではないということか。
再度、二人の剣が上に下にと交わっていく。
シィーラは色々な組み合わせで技を繰り出し続けるが、その悉くをホージンにいなされている。呼吸を読まれているのだが、そのことに気づけるかどうか。
「ふんぬっ!!!」
ただし、時折力技も混ぜながら、攻撃の手は緩まない。その連続技の継続時間はかなり長い。その点はホージンも予想外だったらしく、ただ受け流していては埒が明かないとばかりに、シィーラを弾き飛ばすように強く返すことで距離を取らせる返しが挟まれた。
持久力ではさすがにシィーラに軍配が上がったということだ。ずっと攻め続けられれば、厳しいと判断しての行動だろう。
「うばぁーー!!!」
なかなかうまく斬り結べない状況に苛立つシィーラは、段々と大振りに襲い掛かる。
その隙に反撃を食らいそうなものだが、その間さえ埋めるように次々に攻勢に出るため、じわじわとホージンが押されていた。力押しには違いないが、そこには確かな技術の連続がある。見習い騎士でのしごきと訓練所での鍛錬がしっかりと実になっている証拠だ。
攻め疲れを狙っていたホージンに余裕がなくなってきていた。
「ええぃ、しつこいやつめっ!!」
ついに攻勢に転じることにしたようだ。
シィーラの斬撃を受けた後に、毎回返しを行うようになってきた。その巧みさはフェイントを混ぜながら巧妙なタイミングで繰り出され、シィーラの攻撃のリズムが崩れる。
「ぐにゅっ!!?」
気持ちよく攻撃していたシィーラは、度々その合間に守勢に立たされて、勢いがなくなっていく。ニャリスとの攻防戦で駆け引きを覚えたはずだが、劣勢から巻き返す術がまだ足りない。更に、心情的にも次第に冷静さも失っていくため、押し返され始めた。自力での打開はもう無理かもしれない。介入すべきかどうか迷っていると、
「もうもうっ!こうなったら、やってやるんだからねー!」
子供が駄々をこねるような声を上げると、後方へ下がって一気に間合いを開いた。
シィーラが自分から退いたのは初めてかもしれない。ホージンもその動きに警戒心を抱く。重心をやや低くして構えを取った。
何をするつもりなのか、シィーラは足に力を溜めるように片足を前に突き出し、何かを見定めるようにホージンを見据えた。また魔力を込めて魔剣を振るうようにも見えるが、何かが違う。確かに魔力を魔剣に流しているが、それだけではない雰囲気があった。
興味深く見守っていると、突然シィーラが駆け出した。そのままホージンの頭上へと飛び上る。
なかなかの跳躍力だ。
上からの攻撃が狙いだろうか。確かに、人間は頭上からの動きに対応しづらい。だが、ホージンほどの技量であれば十分に対応できると思われた。
「笑止っ!その程度の小細工が限界かっ!」
シィーラの振り下ろした魔剣に完璧に合わせたホージンが吠える。
しかし。
交わるはずの二つの剣はそこになかった。
シィーラの身体が不自然なほど真横にスライドしたからだ。
「ーーーーーーっ!?」
ホージンの驚愕はわしにも分かる。人間の空中での動きは著しく制限される。どんなに体を鍛えても、肉体の構造上でできないことがある。シィーラの今の動きは、その制約を外れていた。しかも、風の魔法などを使った形跡もない。
真横に平行移動したシィーラは、誘いの一手を素早く引き戻し、本命の振り下ろしをホージンへと繰り出した。十分に魔力の乗った一撃だ。
既に空振りの状態で行き場を失ったホージンの剣は、今更そこに合わせられるはずもない。
兜の上から脳天割りとばかりに、シィーラの一振りが直撃した。
ダゥムッという鈍い音と共に、ホージンの動きが一瞬硬直し、次いでゆっくりと後ろにバタンと倒れた。完全に気を失っている者の倒れ方だ。
「みゅみゅ……やったのかしらん?」
その様子を見ながら、シィーラが額の汗を拭う。その頭へと舞い降りた。
(おぬし、今の動きは?)
(あ、どうだった、ゼーちゃん!悪くなかったでしょ?)
(いや、確かに凄かったんじゃが、一体どうやった?真横に移動したように見えたんじゃが……)
(そそ、スゥィィーっとね。妖精として飛んでた時の感覚でどうにかなるっしょーって思ってたら、ちょっとはできたから、その内使おうと思ってたんだよねー)
(飛んでた時の……じゃが、人間の身体でそれは不可能なはずじゃ)
(うん、ゼーちゃんの言ってた通り飛べないし、上手く方向転換とかできないのは本当。でも、ちょっとだけなら止まれるし、さっきみたいにシュパって動けなくもないんだー)
(止まれる?空中停止や空中制御が可能だということか?)
(クーチューセーギョ?)
(ああ、いや、飛んでる状態から更に動いたり、その場に留まる、ということじゃ)
(うん、そそ。ほんのちょっとの間だけどねー)
とんでもない事実を認めるシィーラ。それは人間としての動きを超越したことに他ならない。誰にも到達できない領域の動作だ。しかし、どうやっての方法の部分に関してはおそらく説明はできないだろう。妖精感覚で、などと言われたらそれ以上何も言えまい。そもそもの原理が不可解なものであるからだ。
思えば、シィーラの物事の判断の可否に制限をかけていることは否めない。人間としての尺度でしか測れないからではあるが、わしの身体に入った妖精であるシィーラを、その範疇に含めて語るには限界があるのかもしれない。考えを改めるべきなのだろうか。
人間が妖精の身体に入ったことで妖精魔法もどきが使えるようになったのであれば、妖精が人間の身体に入った時、妖精の身体的動作を疑似的に再現できるという仮説も、ある程度の真実味はある。少なくとも、すべてが不可能という前提は覆された。ゆえに、空中で人間には不可能だと思われる平行移動のようなものが実現できても、不思議はないのかもしれない。
いずれにせよ、今後の可能性として大いに期待できる発見ではある。
人間は空中での動きに必ず制限がかかるこそ、想定される次の動作予測は限定的だ。たった今、ホージンがその罠に陥ったように、あり得ない空中動作をされるとすべてが狂う。これは今後に応用したい技となる大きな武器だろう。
(と、とにかくじゃな。よくやった、今の一撃は見事としかいいようがない)
「おおっ?ゼーちゃんが珍しく褒めてるー?」
よほど嬉しかったのか、シィーラは普通に口に出していた。
そこに近づいてくる影。ネリオスだ。倒れたホージンを調べている。
「ふんふんふーん、完全にのしちゃったみたいね。一瞬殺したのかと思ったけど、気絶してるだけみたい。シィーラの勝利ね、オ・メ・デ・ト!」
なぜかわしに片目をつぶって見せるネリオス。
気が付かない振りで視線を逸らすと、慌ただしく何かを一心不乱に書き込んでいるイゼッタが見えた。
「やっぱりタイミングが合わないと受け切れない上に、全身にマナが流れてく関係で瞬時の負荷が激しすぎて意識もってかれちゃうねー。諸刃とはいえ、さすがにこれじゃぁ、汎用化の際には対策必須と……」
ぶつぶつとこちらも口に出してしまっている。
大体予想はついていたが、イゼッタはホージンの鎧を観察・分析していたのだろう。おそらく、マルメが魔力付与で何らかの仕掛けを施していたのだ。微妙に後ろめたさを感じさせていた理由はそこだろう。両者を手助けする立場になってることを言い出せなかったのだと思われた。
全身を覆うプレートアーマー型であるのは、魔法を反射するための仮箱として、おそらくそれだけの領域が必要だったのだ。鎧の裏地に魔石と同じような性質の何かが仕込まれているはずだ。それらが帯魔範囲を分散させ、手足の先までマナが流れていく仕組みだろうか。逆にそれが仇となって、受け止めきれない場合は全身に負荷がかかって気絶するのは道理だ。
そして、反射に必要な指向性に関しては、剣の方がその役割を担っていたと思われる。
鎧全体で受け止めた魔力を、今度は剣を通して放出する。流れ的には合理的だが、それを行うためには技術が必要そうだ。
イゼッタが必死に記録を取っているのは、マルメに頼まれて、そうした部分を観察していたからだろう。あの二人がどんな間柄なのかは良く分からないが、主導権はマルメにありそうだ。 何はともあれ、ホージンとの決闘には勝利した。いや、そう言えばまだ正式な宣言がなかった。
「あ。そうね。気絶しちゃってるけど、まぁ、いいわ。この勝負、シィーラの勝利ってことで」
シィーラを通して確認すると、ネリオスは例の指揮棒もどきを高々と掲げた。
立会人としての宣言にしてはどうにもしまらない言い方だが、これで推薦の確約は取れた。昇級への道は開かれたのだ。
そこからの手続きは早かった。
重役の騎士団員が軒並み出征中のため、マルメとホージン、二人の推薦での昇級は最強の後押しとなってすんなりと通ったようだ。
あっという間に上級騎士の任命書が届き、図書館の利用も許可された。
騎士見習い時の上官であるガメイア軍曹は去り際に「二度と戻ってくるなよ、クソ虫が……いや、貴様は最初からもう少しマシな何かだったか」などと言っていた辺り、シィーラを多少は認めていた節があった。見た目よりも心意気のある騎士だったのかもしれない。
「とにかく、これでやっと図書館で調べ物ができるのですね!」
ナリスが我がことのように喜んでくれていた。
「むっふっふー、ようやくわけのわからない生活から解放されちゃうのだー」
シィーラも上機嫌で酒を煽っているが、それは違う。
(多少マシな生活になるくらいで、まだ騎士団生活は終わらんぞ?これから妖精関連の文献を探して、調べるのにどれくらいかかるかも分からぬからな)
「のぉぉぉーーーーー!?あたし、凄い頑張ったのに、まだなのー!?」
(そうぼやくな。着実に進んではいる。あの空中での動きは良かった。後で肉串を多めに買ってやる)
「え、本当!?やったー!」
「それでいいんだ、シィーラ……」
無邪気に喜ぶ妖精と呆れるナリスの賑やかな声を聞きながら、ようやく辿り着いた図書館へと思いを馳せた。




