6-8
司書長との対話は続いていた。
魔剣アルゼースを注意深く調べながら、マルメが質問をしてわしが答えるという問答が重ねられた。
「普段の魔力供給は、魔剣が自発的に宿主から摂取しているのよね?その際の吸入口というか、具体的にどこから魔力を取り入れているかは分かるのかしら?見たところ、鞘に納めた状態でもその工程は行われているということでしょう?」
”具体的にどこからという認識はない。おそらく、魔剣全体でその役割は果たしていると考えられる。ちなみにアルゼースの場合、鞘は後から特別に拵えたものであるゆえ、あくまで吸収しているのは剣身そのものの可能性が高い”
「なるほど、それは興味深いわね。それと、鞘は勝手に作ってもかまわないということ?魔剣というのは鞘と対になっているものだと思っていたのだけれど?」
”それはものによる、としか言えぬ。鞘も含めての魔剣も存在するし、そうでないものもあるというだけじゃろう”
「知らなかったわ、そういうものなのね。だとすると、この物凄く普通のぱっとしないどこにでもありそうな鞘は、本当にその辺の武具屋で買ったものなのかしら?そんなもので魔剣を納めても平気だということ?」
マルメはよほどこの鞘の外見が気に入らないのか、言葉の端々に棘を感じないでもない。できるだけ外見上はありふれたものにするという目的でそうしているので、意図した効果は抜群だという証ではあるが、こちらとしても何か不本意なものを感じる。
”いや、さすがに適当に選んだ普通の鞘では無理じゃ。普遍的な外装ではあるが、この魔剣用に鍛冶屋に作らせた特注品ゆえ、魔力対策の法式が内側に刻まれておる”
「内側に?けれど、そんな法式があるなら気づくはず……いえ、そういうことね。更にそれを覆う造りになっているわけか。面白い、是非ともその法式を教えて欲しいわ」
”そこは至って普通の法式じゃよ。魔力付与の際にも――”
そうしてマルメと小一時間ほど話し込んだ。
お互いに魔法知識が高く、予想以上に有意義な会話だった。当然の如く、シィーラは途中からうたた寝をしていた。あからさまに舟をこいでるわけではないし、寝息を立てることもないが、まったく発言せずにうつむいている時点でバレているだろう。マルメは気づいているのかいないのか、そのことに触れることはなかった。
「――やはり魔剣が特別だってことは痛いほど分かったわ……周囲から自動的にマナを集めようとする特性は気になるけれど、下手に手を出すと呪われるという話もあながち嘘じゃなさそうだから、今は手を出せないわね……結界で対策しようにも、その呪いの解析ができなければ意味はないし……」
”魔剣の解析に成功した例は一つとしてなかったはずじゃ。個々に対応する必要性がある上に、研究の記録上すべてが失敗して記述者の死という結末を迎えておると言う話も大げさでもあるまい。あらゆる魔剣が封印という形で隔離されていることからも、興味本位では近づかぬ方がよい”
「確かにそうなのよね……でも、待って頂戴。そんな魔剣をあなたはどうして保有できているのかしら?その魔剣アルゼースというのは、どういう経緯で手に入れたの?」
”偶然封印が解かれたため、という説明しか公にはできぬ。そちらとしても、下手に知ったところで厄介ごとが増えるだけであろう?”
魔剣の入手方法がまともであるはずもない。いかに強力であっても、忌避されているゆえに封印されている。それを手にできる者は言わずもがなである。そんな怪しさが分かっていても手を出せないのは、ひとえに魔剣という存在が呪具のようなものであるからだ。無闇に手を出せば魔力を吸われて呪われる。適性がある者にしか扱えないことも、魔剣持ちに対して強硬な手段が取れない理由でもあった。
「言いたいことは分かっているわ。だから、非公式で明かせる範囲でいいの。魔力付与の一つの到達点として、物体に帯魔できる法式を確立することがあるの。もしも、呪われていることがその条件に含まれているのなら、この道に未来はない。でも、きっとそうじゃないと私は信じている。その確信を得るためにも魔剣という存在は大きな手掛かりだし、どんなささいな情報でも見逃したくないのよ」
真摯に頭を下げられては、無下にはできなかった。誰にも話す気はなかったのだが、少しだけ譲歩する。
”アルゼースの入手経緯についてはそちらの関心にまったく関係はない。じゃが、その特質についての理由というか、噂話程度ならできる”
魔剣アルゼースというその名は、封印した人物が由来と言われていた。そもそも、魔剣の成り立ちというのも様々な説があって一概にまとめてこうだと言うことはできないのだが、一番多いパターンが生前、何らかの未練を強く残した魔法士の魂が剣に宿ったというものだ。死して尚、その怨念のようなものが魔力となって力を帯び、尋常ではない効力を持つという説明だ。 その強い念を絶やさないために周囲から魔力を奪い、消滅しないような仕組みになっているわけだ。ゆえに魔剣は、宿主の魔力を吸いつくしてはまた別の持ち主へと渡り歩くような特性を持つ。呪われてでも力を求める者というのは存外多く、命を引き換えにしても魔剣を振るう者は後を絶たなかった。
魔法士のアルゼースは、この悪循環を止めるべく自ら所有者となったのち封印を施したと言われている。しかし、封印もまた命がけのものとなり、最終的に自分自身も魔剣に取り込まれる形の結末となった。
「つまり、その魔剣には元々の何らかの怨念とそれを封じたアルゼースという人物の意志、両方が内包されているということ?」
”それが真実かどうかは分からぬが、一つの解釈としてそのように理解しておる。ゆえにこそ、ある程度所有者の自由が利くというか、緩い部分があるように思う。他の魔剣と比べたことはないし、比べられるものでもないとは思うが、先程の鞘の細工もしかり、融通が利くことは証明されているとも言える”
「だとすれは、ちょっと特殊過ぎて普通のものには応用が効きにくいわね。けれど、そんな魔剣に対しても対策の魔法式が効いてるなら、正しく魔法が成立するなら希望はあるってことか……その鞘の方のもう一度見せてくれないかしら?」
”ならば、汎用のものを書き出そう。基本構造は一般のそれと大差ない。ただ、実際は応用でアルゼース用のものを加えてひねっておるゆえ、その部分を省いて渡そう”
「専用に追加してから、読み取り保護のために改変しているということ?それは相当高度な魔法よ?それを知っているということはあなたが施したというの?」
”いや、師匠じゃ。魔法に関しては賢者級ではあるが、まったく人には知られておらぬ。信じられずともかまわぬが、わしからはそれだけしか言えぬ”
師匠の実力は大陸随一だが、証明する術はない。そんな必要性も感じていなかった。
魔法式を記述してマルメに渡すと、司書長は研究者の目でしばらくそれに見入っていた。
「……結界に近い魔力減退の法式ね、とても綺麗な入出力だわ」
”魔力付与の参考になるかは分からぬが、大事なのは――”
それから更にマルメに役立ちそうな魔法の情報を落としてゆく。ここまでで、大分相手の知りたい要点をつかめていたので、そこに焦点を合わせれば容易だった。最終的にはそれなりの満足度を与えることができた。
「正直、想像以上に有益な魔法談義だったわ。あなたの師がどれだけ優秀なのか分かった。いつか会ってみたいけれど、きっと叶わないのでしょうね?」
”約束は一切できぬ。極力、人と関わることを避けておるゆえに”
「いいわ。下世話な詮索はなしにしましょう。さて、そちらの提供分は十分な価値があったと認める。今度はこちらの番なのだけれど……」
マルメが少し困った表情を浮かべた。この間は喜ばしいものではないと思った矢先、
「推薦はできるけれど、一つだけあなたたちが超えなければならない難関があるわ」
あまり聞きたくない事実を告げられる。
ロハンザ図書館の運営は、傭兵騎士団と議会とで実権を折半しているのが実情だ。
司書たちは騎士団員の資格を持ちつつも、ロハンザ議会の議員でもあった。どちらの役職も正式なものではあるが、当然の如く本職としては偏りがある。つまり、騎士団側か議会側かという本質的な所属という立場だ。
その意味で、司書長のマルメは完全に議会所属になる。
図書館はロハンザの街のものであるから議会が運営するのは問題ないのだが、その議会は実質的に二大貴族のもとにそれぞれが政務と軍務という役割分担で綺麗に別れている。要するに、、その構造のまま図書館にも適用され、司書長が議会側であれば、騎士団側にもその権力を持つ役職が必須ということで、図書館長という同等の立場の者がいる。
その人物こそがホージン=イウファ=ニカルデで、マルメと同等の権力を持つ図書館の要人だった。
ネリオスの情報でそのような役職の者がいることは知っていたが、相当の堅物で厄介な性格だと聞いていたいので、そちからから切り崩すのは不可能だと触れないでいたのである。ここへきて、そのホージンという面倒そうな壁が立ち塞がっていた。
「私が推薦しても、ホージンさんが同意しないと通らない可能性があるのよね……」
”図書館長という御仁か。頑固らしいとは聞いているが、どのような人物なのだろうか?”
「噂は知っているようね?そう、頑固というか独特な騎士道精神被れというか……彼なりの筋を通さないと何事も納得しない人なのよね」
”具体的にどういうことなのだろうか?”
「ええと、あなた方、魔剣使いなら戦いに自信はあるかしら?」
マルメから予想外の申し出を受けることとなった。
司書長との会談から二日後。
とある演習場でシィーラは甲冑姿の騎士と対峙していた。
最近は皮鎧型や胴に手足など部分的に守る可動式の鎧が多い中、二昔前ほどの全身を金属板で覆うプレートアーマーとも呼ぶ仰々しい姿だった。ご丁寧に兜まで完全に密閉型で、生身の部分がほとんど露出していないため、どんな人物なのかは分からない。
だが、この鎧男こそがホージンという図書館長であり、決闘で倒さねばならない相手だった。
そう、決闘である。
マルメから提案された解決策として、推薦と共にホージンに打ち勝つという項目があった。理解に苦しむ条件だが、ホージンという男は実力のない者を認めない信条を持っており、その実力とは何を置いても戦闘能力という肉体派だった。
図書館で本を読むことにはまったく関係ないことではあるが、上級騎士の階級がその条件であることから、理にかなっていないこともない。もはや、何が正しいのか良く分からなくなる。 ともかく、ホージンとの決闘で勝てばマルメの推薦に同意してくれる、延いてはそれが上級騎士への道となるというわけだ。
「試験的な意味合いもあるから、挑戦する側には不利なこともあるけれど……あなた方なら大丈夫よね?立場上、私はあまり情報を漏らせないのだけれど……」
マルメは何か言い淀んでいたが、こちらとしてもこの形は分かりやすくていい。
シィーラもやる気十分なようで「よっしゃ、こーい!」と上機嫌だ。事前にニャリスと鍛錬したことで、自身の動きが良くなっていることを自覚できたことが嬉しかったようだ。騎士見習いの基礎体力訓練だけでは分からなかった、実力の向上を認識することでより強くなったと実感できたのだろう。
わし本人としては身体の使い方がようやく7割ほどに戻ったというくらいなのだが、中身が違う以上言っても詮無きことだった。
立会人としては司書側からはイゼッタが、騎士団側としてはネリオスが駆り出されていた。前者はマルメの指定で、後者はきっと自ら手をまわしてねじ込んだのだろう。公式な昇進試験のようなものだが、実際は非公式なために他に観衆はいなかった。イゼッタはいつもとは違って口数も少なく、決闘の記録を取るのか、筆記の準備に忙しかった。
決闘の舞台としては演習場に縄を埋め込んで囲んだ50メートル四方の狭い空間となる。この枠から出れば場外で負けという判定だ。もちろん、降参あるいは続行不可能だと立会人が判断した場合は、その時点でも負けとなる。シィーラは魔剣持ちであることを伝えてあるので、その使用と使い魔であるわしの参加も認められていた。正直、どちらかは禁止とされる可能性が高かったのでこの許可には驚いた。
それだけ相手は自信があるということかもしれない。それがあのプレートアーマーなのだとしたら、きっとあれは単なる懐古主義の一品ではないということだ。だが、一見したところではその性能の度合いははかれていない。武器も両手持ちのロングソード系だが、変わった特徴は特に見受けられなかった。
「あー、それではこれから美しくも儚い決闘をスタートしようと思うわ。両者、指定の位置に――そこに引いてある線よん――ついてちょうだいね」
取り仕切るのはネリオスだ。
小枝を切って長くしたような奇妙な棒を持って、大げさに振っている。指揮棒のつもりなのだろうか。花束のようにその枝を花で飾り立てていて変に目立っているが、理由は不明だ。気にしない方がいいだろう。
「ほいほい、ここでいいのー?」
「ええ、そこでいいわよ。えっと、時間は無制限で相手が降参するか継続不可だとこちらがジャッジしたら、そこで終了よ。あと、さっき言った範囲から出ても場外で終わりね。半殺しまではいいけど、本当に殺したら反則負けだし普通に罪になるから気を付けなさいよ。他に何か質問はあるかしらん?」
「その奇抜な小鳥ではなく、人間本人を倒すということでよろしいな?後から、実は小鳥も含めるなどと言い訳されてはかなわぬ」
くぐもった声で、ホージンが質問する。その声質からして壮年以上の男ではありそうだが、口元も隠れた兜ゆえに反響していてはっきりとはしなかった。
「ええ、シィーラが本体で、使い魔の小鳥ちゃんはあくまで道具扱いでいいとのことよ」
「委細承知。いつでも参ろうぞ」
こちらも今更疑問はなかった。ネリオスは小さくうなずくと、「それじゃ」と奇妙な指揮棒もどきを振り上げ、
「始めっ!!!」
決闘の火蓋が切って落とされた。
最初に動いたのはシィーラだ。動きたくてうずうずしていたので、まずは好きにやらせるという作戦は事前に決めていた。思い切りよく、相手に飛び込んでゆく。魔剣は既に隠ぺいの魔法を解いて抜き身の状態だ。
不意打ちのような突進力ではあったが、ホージンは予想していたのか、どっしりと構えたままうろたえた様子はない。小手調べとばかりに繰り出したシィーラの水平斬りを、しっかりとその剣で受け切って見せた。
そのまま押し返してこないのは余裕の表れか、様子見なのか。
勢いを止められたシィーラは「むーん!!」とうなり声なのかかけ声なのか分からないものを発しながら、そのまま背後を取ろうと回り込む。
だが、受け止めた剣を離さないまま、ホージンもその身体を回転させて正面からの姿勢を崩さなかった。表情が見えないのが不気味だが、兜に開いた両目の位置の奥から、じっとシィーラを見つめているのは分かった。
正々堂々と戦っている相手に卑怯な真似はしたくなかったが、こちらも未来がかかっている。使える手は使わせてもらおうと、その両目の穴へと目くらましの閃光魔法を放った。内部での光りの爆発は強烈だろう。
しかし、何も起こらなかった。剣身同士が拮抗したまま、ホージンの力は一瞬でも揺らぐことはなかった。何かがおかしい。
シィーラの頭上から指示を飛ばす。
(一度離れろ。あの鎧は何やら仕掛けがある)
こういう時のシィーラは素直で従順だ。ぱっと後方へ飛び退り、油断なく魔剣を構える。
(仕掛けってなーに?)
(まだ分からぬ。じゃが、今しがた閃光の魔法を兜内に放ったが、対策されたのやもしれぬ)
(んー、魔法が効かないってことー?)
「我が鎧に魔法は効かぬぞ?よもや、そんな小手先頼みではあるまいな?」
そんなこちらの戸惑いに気づいたのか、ホージンはくぐもった声でしかし、はっきりと言い当ててきた。魔剣とやりあっても防げる自信があったということだ。しかし、こちらもそれで引き下がるほど生半可な実力だとは思っていない。
(ならば、魔剣の本当の力を見せてやろうではないか。魔力を5割ほど、最大の半分ほど込めて足を狙え。どの程度耐えられるか、それで分かるじゃろう)
妖精は数字には弱いため、指定がなかなか難しい。
シィーラは「分かったー」と言いながら、再びホージンとの間を詰める。前日までニャリスと今日を想定した訓練をしていたので迷いはない。戦闘時に魔力を込めるために停止している暇はない。動きながらその準備を整える方法を学んで、今や実践できるようになっていた。昔は何も考えておらず、あるいは考えすぎて他がついていかないという残念な動きだっただけに、目覚ましい成長だった。
適度に剣を交えながら、しっかりとその刃に魔力を流してゆく。
奇妙なのは、ホージン側だ。受けたり捌いたりはするが、自ら攻撃を仕掛けてこない。始めは様子見かと思ったが、流石に一度も攻めてこないのはおかしい。
(何か企んでおるぞ。警戒しておけ)
その頭上から指示を飛ばすが、シィーラは何合も剣を重ねているのが楽しいといった様子で返事はない。ある種の興奮状態に陥っている。魔力を溜めていることは感じられるが、それ以上に様々な型や連続の技を繰り出していることに夢中だ。今までよりもそうした一連の動きが可能なことに酔っているとも言える。
幼かったころの自分を思い出してしまう。できなかったことができるようになり、思い描いた通りの動作ができた時の高揚感は何事にも代えがたい。だからこそ、それに身を委ねてはならない。
もはや言葉は届かないと思い、わし自身が強く警戒することにする。ホージンは何かの機会を窺っている。その瞬間のために魔防壁を展開するしかない。
通常時から張っておくこともできるが、それでは相手に手の内を見せることになる。強度や範囲、そういったものを気取られたくなかった。
二人の攻防がしばらく続き、連続技で魔剣を右に左に振りながらも、ついにシィーラの魔剣に魔力が溜まった。
「よっしっ!!!くらえー、段々斬っ!!」
強い技には名前を付けた方が格好良いというどこからか得た知識に触発され、シィーラがその名を叫んで斬りかかる。
しっかりと足元を狙った下段斬りだ。名前はともかく、その狙いと動作は理想に近い。中段、上段への跳ね上げとつなぎを経てからの一撃だ。ホージンの体勢はやや崩れている。
だが。
その一振りを待っていたかのように、ホージンの腕が動いた。今まで受け身一辺倒だった動きが、初めて主体性をもってこちらへ向けられた瞬間。危険信号を受け取って、とっさに魔防壁を張る。
と、同時にシィーラとホージンの間で強大な魔力が弾けたのだった。




