6-7
その夜。
宿屋の一室でナリスを交えて、イゼッタと知り合った現状を話した。
「――凄い偶然もあるものですね……」
「ゼーちゃん、やっぱり変わってる鳥なのかなー?」
まったく毛色の違う感想をもらう。
(人目を惹かぬはずの小鳥の特性が活かせていないのは遺憾ではある……)
その点に関しては常々憂いていたが、今回ほど痛感したことはなかった。物珍しさで捕獲された事実はいかんともしがたい。
「でもでも、丸くて可愛いからいいじゃん!だいじょび、だいじょび」
無邪気に笑うシィーラに頭をぽんぽんと叩かれる。慰められているのだろうか。それはそれで微妙な気持ちだ。
「と、とにかく、一歩前進ではありますよね?その、イゼッタさんからマルメさんにつながれば、例の貴族の人たちより有力な道になりそうじゃありませんか?」
(うむ。それは確かにそうじゃが、マルメ直々の推薦というのがな……事前に情報を仕入れるのが難しそうでなんとも、じゃ)
「うーん、良く分からないけど、そのマルメって人と知り合ってから直接色々話せば、なんとかなるんじゃないのー?前もって何かする必要性ってあるー?」
(その機会が何度もあるとは思えぬ。というより、おそらく一度くらいしかチャンスはないことを想定しておる。ゆえに、その一度で相手をやり込めるか、うまく取引できる材料が手元にないと困るわけじゃ)
司書長という役職が実際にどのような生活をしているのかは分からないが、滅多に図書館にも姿を見せず、本部の敷地内ではほぼ見かけることがないことから、普段はおそらく別の場所にいることが予想される。知り合いになったところで、頻繁に会える存在には思えなかった。
「ほむほむ、ならさー、ネリオスにもっと情報集めてもらったらいいんじゃないのー?上級騎士ならいつでも図書館入れるんでしょー?」
その言葉にわしはがっくりとうなだれる。今更の話過ぎて、妖精の能天気さに呆れるしかなかった。苦笑交じりにナリスが説明してくれる。
「あのね、そうはいかないからこういう話になってるんだよ、シィーラ。ネリオスさんはそもそも図書館に出禁だからね」
「デキン?」
「出入り禁止ってこと。最初に会った時の話の中で言っていたでしょ?」
「むむむ?そうだっけ?んー、言われてみればそんなこと言っていたような?」
一応頭の片隅には記憶が残っているらしい。思い出せるように補足してやる。
ネリオス本人によると、ある夜に図書館で調べ物をしていると、長年疑問に思っていたことの答えが見つかって興奮したらしく、気が付いたら裸になって喜びの舞をしていたとのことだ。 曰く「そりゃあ、気分がハイになったら小一時間も机の上で踊りたくもなるものよねっ!当たり前の自然のことなのに、あの時はやたら物凄く怒られたの。おかしくない?」だそうだが、一般的なことのように思っている時点で勘違い甚だしい。その痴態を見事に担当司書に見つかり、出入り禁止になったという流れだ。叡智が集まる場所で裸踊りをするような輩がいれば、そのような対応になるのは当然というものだ。
自業自得ではあるが、あまりに馬鹿げた話でもある。本人を知らなければ大分話を盛っていると判断したことだろう。ともあれ、そのせいで図書館方面の情報収集がしにくい状況に陥ってることを考えると、やはりどうしようもない。
「あらまー、せっかく入れるのに入れないとか、もったいないねー」
まったくその通りだ。同情の余地もない。
(そういうわけで、マルメの情報をできるだけ本人に会う前に手に入れたいという話じゃ)
その後、幾つかの考えをまとめた結果、最終的にはやはりネリオスが持っている情報と突き合わせて考えるというところに落ち着いた。イゼッタからもマルメについてもっと聞き出すことは必須で、わしが頑張る必要がありそうだった。
シィーラにはネリオスへのお土産、美しいものというお題を用意しておくように頼む。今度はちゃんと手元に残るものでなければならない。意気投合した感性があるので、大丈夫だろうとは思うが、あまり奇抜なものは避けて欲しいところだ。
「まかせてちょー。あたしにいい考えがあるんだー」
その考えは具体的に聞いても分からなそうだったので、信じて何も聞かないことにした。自分に芸術的センスがないことは分かっていた。
それから数日。
イゼッタの部屋に通ってマルメの情報をそれとなく仕入れた。
筆談魔法を教えていく過程で大分距離感は縮まっていたと思うが、若干馴れ馴れしさが度を過ぎていたようにも思える。
完全にこちらに気を許したのか、最後の方は延々とイゼッタの愚痴を聞かされるはめになっていた。正直、どうでもいい話が大半だったのできつかった。まるで興味のない他人の赤裸々な生活の機微など時間の無駄でしかなく、聞き流す方が長かった。
とはいえ、時折そこに差し込まれる情報もあるので、適度に集中する必要もあって無駄に神経を使う意味で厄介だった。緩急を挟まれると余計に疲れるとういうことが嫌というほど分かった。
だが、少なくともその努力は無駄にはならず、ネリオスへの土産話程度の情報は集まった。
それをもって今度はネリオスを訪問。シィーラが用意した美しいものというのは、大小さまざまな小枝などを組み合わせた奇妙な物体で、理解の範疇を軽く超えた珍妙なオブジェクトにしか思えなかったのだが、それが投影された影の造形を見てネリオスは拍手喝采状態だったので、影絵として高評価だったらしいという感想しか抱けなかった。
こちらの心情はどうであれ、イゼッタの情報と合わせて完全に信頼を得たので、ネリオス側が持つマルメの情報とを突き合わせて、かの司書長の断片的な概要が分かった。
そして折しも、マルメが近々図書館に入館するとの報が入り、イゼッタに面会の約束を取り付けてもらった。既に筆談魔法で懐柔していたので、このつなぎは上手くいき、晴れて司書長と会う段取りはついた。
後は直接本人との交渉のみ。色々と紆余曲折したが、ついに今日その時を迎えたのだった。
「じゃあ、後は頑張ってねー」
イゼッタはボクはここまで、とその部屋の扉の前からさっさと帰って行った。さばさばとした性格なので、これからこちらがやろうとしていることに一切干渉はしない。最後まで自分の興味に正直で、気持ちの良い研究者だったと思う……あの愚痴さえなければ最高だった。
(さて、それでは覚悟はよいな?一度きりのチャンスじゃ。基本的にはお主は黙っておればよいからな?)
予め方針は言い聞かせていたが、念押しをしておく。準備に何日もかけた集大成が今から始まるのだ。失敗は許されない。
「ほいほーい。それじゃあ、れっつごー」
(待て待て!!!ノックもせずにいきなり扉を開けるでない!!!)
冒頭から危険な匂いしかしない始まりだったが、どうにか部屋の中でマルメと対峙する運びとなった。
「早速だけど、例の筆談魔法を見せてもらえるかしら?」
席に座るなり、挨拶もなしにそう切り出される。時間を無駄にしない主義だという話は聞いていたので、すぐにシィーラに紙とインク壺を用意させる。その間に相手を観察。本人を目の前にするのは初だ。似顔絵もなく、完全に初対面だった。
マルメ=ポートファー。ロハンザ傭兵騎士団の司書長にして、魔法部隊特殊研究班、第一班長という肩書を持つ27歳、独身の女性だ。元魔法教会員らしいことまでは分かっているが、その他の経歴は不明。常に白衣のような長いコートと、度の強い丸眼鏡が特徴の凛とした美人だった。
イゼッタと同様に研究肌の学者気質だが、魔法士としての腕も高く賢者クラスの知能で有名とのことだった。眼鏡の奥の赤茶色の瞳からも、鋭い知性の輝きが窺える。
”既に話はいっていると思うが、ここからの話はわがしが担当する。よろしく頼む”
「うん……確かにイゼッタさんから聞いていた通り、あなたがしっかりと反応しているようね。なかなか興味深い」
マルメはわしを見定めるようにじっくりと眺めると、納得したのか続けた。
「いいでしょう。時間は有限。あなた方の用件は、私からの上級騎士の推薦状ということでいいのかしら?」
まっすぐに切り込んできたので、同じように答える。
”そうじゃ。図書館にて調べ物がしたい。そのためには騎士の階級が必要となる。見返りとして、そなたが興味があるというものに関して情報共有をする用意がある”
「持って回った言い方は止めて頂戴。はっきりと言って」
”すまぬが、この点に関してはこちらの勘違いであった場合、あまりよろしくない事態になるゆえ、そちらからの言質を取りたいと思っておる。それほどまでに慎重にならざるを得ないものと見てもらえると助かるのじゃが?”
「……なるほど。言い分は分かるわ。なら、今ここに持ち込んでいると考えていいわけね?」
ここは最低限の腹の探り合いだ。お互いに確信を得ながらも、相手の力量を図るために一手間をかけている。マルメから魔力の流れを感じることからも、その推量は間違っていないだろう。だからこそ、返事は一つだ。
”既に手応えは感じているはずじゃ。そのための結界もしっかりと張ってある。護衛もなしに応じてくれている時点で、その効力に自信があるのじゃろう?”
「さすがに気づいているはずよね。ええ、正直に言えば、この部屋に入ってきたときからそこにあることは気づいていた。少し人となりを見ていたのだけれど……あなたと主人との落差が予想以上に激しくて少し戸惑っているところよ」
それは申し訳なく思う。通常、使い魔というのは主人の知能が反映されるものなのだが、シィーラは何も言葉を発しなくてもその言動が幼く落ち着きがないので、わしとの整合性があまり取れていないのは明白だった。実際事実ではないので仕方ないのだが、使い魔という体裁でいる以上、そこを突かれると厳しい。
”それに関しては遺憾だとしか言えぬ。逆にその表裏のなさからの善良性を汲み取ってもらえると助かる”
「ふふ、なかなかに達者な口ぶりね。いいわ、これ以上不毛な牽制はなしにして、もう一歩踏み込みましょう。あなた方の持つその『魔剣』について詳しく教えてくれるなら、推薦状の件は前向きに考える、それでどうかしら?」
待ち望んでいた交換条件だった。確約して欲しいところだが、初対面でそこまでは求められない。ここから信用を得るためにせいぜい頑張るしかなかった。
”取引成立ということで早速、魔剣について隠蔽の魔法を解こうと思う。そこからでよろしいか?”
「ええ、お願いするわ」
シィーラに頷き、隠蔽の魔法を解いたことで魔剣が露になる。
「おお……おお、お……?」
それまでの冷静な仮面を投げ捨て、やや興奮した声を上げたマルメだが、その声もすぐに尻すぼみになる。理由は分かる。わしの魔剣アルゼースは見た目がかなり地味だ。というより、量産型の剣の一振りだと言われても仕方がない外見をしている。鞘に特別な装飾もなく、その刀身が隠れた状態では業物であることが分かる者も少ないだろう。
”派手さがなくて申し訳ないが、剣身に魔力を流せば信用はしてもらえると思う。一瞬、抜き放ってもよいか?結界内ゆえ、大丈夫だろうとは思うが……”
一応マルメの許可を取る。いきなり抜いては無用な警戒心を抱かせてしまうだろう。
「え、ええ。是非とも証明して欲しいわ。正直に言えば、あまりの普通さに一瞬、あなたを殴り飛ばすところだったの」
何気に物騒なことを言われる。冗談かと思ったがその目は笑っていなかった。もしも今回、魔剣がダミーだった場合はマルメに殺されていてもおかしくない気がした。それほどに真剣だ。 実はマルメは魔力付与の研究に熱心な魔法士であり、そのために魔剣に並々ならぬ興味があるという話だった。魔剣も魔道具の一種である以上、十分に納得が行く。だからこそこの機会が設けられたのだが、その情報は間違っていなかったようだ。
「じゃあ、ちょっとだけ魔力流していいのー?でも、その後で逃がす場所はー?」
「結界が防いでくれるはずだから、その場で上に向かって放って頂戴。ただし、念のために抑え気味でお願いするわ」
シィーラはほほーいと能天気に返事をして、すぐさま魔剣を抜き放つと、その刃に魔力を乗せる。抜き身の刃がゆっくりと赤黒く変色してゆく。
「おお!!これが噂に聞く魔力を帯びた状態の刃なのね。魔法剣では変色はしないっていうけど、やはり魔剣だからこその現象なのかしら?」
”一概にそうとも言えぬと聞く。刀身が変色する場合もあれば、発光するものもあるというような話じゃ。アルゼースの場合、更にここから霧が発生する”
「ほふぉおおーーー!!!凄い、本当に魔力が剣に集中しているのを感じるわ!このモヤも魔力の発露なのねっ!!」
急に奇声を発するマルメ。魔剣に夢中になって完全に目が据わっている。先程までの冷静な態度とは雲泥の差だった。こちらは研究者の顔なのかもしれない。だが、それよりも気にするべき点があった。
(シィーラ、もうよい。魔力を流しすぎると結界で留まらぬ危険がある。もう放て)
司書長の豹変ぶりにあてられたのか、シィーラは面白そうにその様子を眺めていて、魔力を絞ることを忘れていた。かなり危険域にまで達しているため、猶予がないように思えた。
「にょっとっと!」
魔力を放出するために軽く振って上方へその力を逃す。
ドムッと鈍い音がして、結界に魔剣の力が衝突する。
「あら……?」
その結界を突き破ったのだろう、天井に盛れた魔力がぶつかって霧散した。幸い残りは微力だったのでどうにかなったが、やはり危ないところだった。ここは最上階だったので助かった形だ。もしも上階に人がいたら、きっと地震のような振動を感じていただろう。
「ごめん、ちょっと結界壊しちゃったかもー?」
その言葉にマルメは冷静さを瞬時に取り戻し、
「いえ、私も少し興奮しすぎたわ……もう一度結界を張るから少し待って頂戴」
あっという間に再度結界の魔防壁を構築した。なかなかの手際で、力のある魔法士であることは間違いなかった。先程よりも強く設定したのは気のせいではあるまい。
「これで大丈夫。一旦、鞘に納めてもらってかまわないわ。それにしても、本当に刃が変色するとはね……魔力を通すために特殊な仕組みでもあるのかしら?普通は反発作用があって帯魔することなんてないのだけれど……でも、持ち主の魔力を識別しているのなら……」
顎に手を当てて、何やらぶつぶつと考え出すマルメ。魔剣の特性について考察しているらしい。物体にその名の通り魔力を追加する魔力付与という分野を研究しているだけあって、その絡繰りが気になるのだろう。
先程呟いていた反発作用というのは、物体には予め持っている魔力があるため、そこに別の魔力をぶつけると異質なものとして自然に排除する動きのようなものだ。正確には物体が初めから持っているものは魔力ではなくマナではあるが。
"魔力付与の研究に魔剣がどう役立つのか分からぬが、知っている限りの情報は教えよう"
「そう……私の専門分野も把握しているということね?いいでしょう、それが本物だということは認める。その上で、今の言葉通りこちらに有益な話を聞かせてくれたなら、推薦は前向きに検討することを改めて約束しましょう」
どうにか取引は成立した。
会談の前哨戦は終わり、ここからは本題に入っていくということだった。




