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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第六章:昇級
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6-6


 あまり偶然は信じない質だ。

 世の中は理不尽に満ちていて都合のいいことなんてそうそうなく、幸運よりも不運が舞い込むのが常だ。それが師匠の教えではあったし、賛同もしているのだが、この機会を逃す手はなかった。

 接近手段を探していた相手が目の前にいる。似顔絵でしか確認していない容姿な上、あまりいい出来ではないので心もとなかったものの、特徴的なニヤルの髪飾りで決定的だろう。

 ニヤルというのは貝から取れる宝石の一種で、大陸では一般的に伴侶を探している女性がつける慣習があり、それも一生で数ヶ月の間限定という縛りが普通だ。婚期を逃した最後の手段という風にも取られ、真剣さは伝わるが精神的なリスクも負うために、諸刃の剣とされている。

 しかし、イゼッタはそうした風習をまったく無視して、単に気に入っているからという理由で一年中つけている珍しい女だった。既存の常識にとらわれないのは、柔軟な性格と見るべきか、逆に己を通す頑固さと見るべきか、判断が別れるところだ。

 そういう点も踏まえ、じっくりと観察して情報を手に入れてやろうと意気込んでいいたが、予想外に向こうからぺらぺらとしゃべりだした。

 「いやー、なんていうか、鳥?みたいなものだと思ってたら、結構アレな珍種みたいでお姉さんびっくりしちゃったなー」

 網縄の上から、こちらの身体をペタペタと触り出す。

 「むっふっふ、毛並み良好、丸っとしててイイネー、キミ。思ったより魔力も感じますぞ?ほっほぅ、この小さな羽で飛べるとはこれまた素晴らしいネー」

 誰にともなく声に出して感想を漏らしている。

 魔法部隊の特殊な班員であることから、もしかしてとは思っていたが、実際に目にして感じたのは研究職の人間、学者肌特有の空気だ。この手の人間は得てして人の話を聞かず、己の興味に邁進するあまり常識外の変人となる傾向が強い。そういう意味で、わしという珍しい鳥もどきはイゼッタの関心を惹くのも当然だといえる。むしろ、好奇心を煽りすぎて捕まっている。 その先にある未来を想像すると、愉快な事態にはなり得ない気がしてきた。妙な気を起こされて実験台にされるのは勘弁願いたい。イゼッタのこちらを見る目が怪しく輝いていた。

 相手が好奇心の塊であるなら、その興味に便乗して先手を取るのが得策だと賭けに出る。

 (待て待て!慌てるでない!)

 言葉は通じなくても鳴き声は届く。その必死さというか、感情的な何かが伝わることは分かっていた。

 「あらあら?何か言いたげだネ、キミ?」

 (何か書くものをくれまいか?)

 小さな羽を動かしてペンで文字を書くジェスチャーをしてみるが、当然伝わらない。

 「何かご不満のようだなー、でも残念。キミはもうボクのものだよー」

 妙齢の女らしからぬ笑い声をあげながら、網縄に担がれて建物の中に連行される。物騒な物言いで不安しかないが、思いがけず魔法部隊の専用宿舎内に入れたので、これはこれでありかもしれない。いつでも抜け出せる準備をしつつ、もう少し様子見しておくことにした。

 調子外れな口笛を吹きながら、イゼッタはペタペタという足音をさせながら自分の部屋へと戻って行った。特徴的な足音なのは、履いている靴がサンダルだからだろう。足全体を包まずに甲の一部分だけを覆ったり、紐などで止めているだけの履物だ。貴族などが室内でのみ履いていることが多い。騎士団員で履いている者は初めて見た。やはり変わっている。

 「さあて、さてさてー、いったいどこから調べましょうかネ。むっふっふ、これは楽しみですなー」

 舌なめずりせんばかりの勢いで、イゼッタは部屋に入るなり網縄からわしを引きずり出した。密室状態になったことで、逃げられる心配がなくなったと踏んだのだろう。

 甘い。

 わしはすかさずその手から逃れて飛び上り、目当てのものを探した。

 「ほわぁ!!!?」

 予想外の抵抗に驚いたイゼッタを無視して、部屋を見回す。

 それほど広くはない一室は、それでも安宿屋よりは面積も装飾も立派で、ベッドに椅子に机、備え付けの箪笥に物入れとお馴染みの家具に、魔法士が使う作業台に本棚、試験管に薬品類とならではのものも見受けられた。

 探し物は机の一つにあったので、そこへ目掛けて飛び込み、早速作った魔法を試す。

 ”わしは使い魔で対話可能だ。話す意思はあるか?”

 紙に素早く言葉を書く。筆談魔法だ。近くにインクと紙がないと不可能なので、実際に羽ペンなどを動かすわけではないが、その類の書くものが必要だった。

 「こらこら!おいたをしたらダメだぞー!!」

 逃げ出したわしを叱るようにイゼッタが飛び掛かってきたが、そこへ文字を書いた紙をくわえて突き付けた。

 「えっ?」

 一瞬何が起きたのか分からないと言った表情のイゼッタだったが、すぐに理解して叫んだ。

 「嘘でしょっ!?キミ、文字が書けるの!?でも、どうやって!?というか、使い魔って誰の!?」

 常識外の出来事でも、研究職のせいか受け入れが早い。すぐに返答を書く。

 ”特殊な筆談魔法で書いておる。主人については今はまだ伏せておく”

 「すごい、すごいっ!!本当にこっちの言ってること分かっててしゃべってるネ!これは物凄いことだよっ!!」

 物凄いのはイゼッタだ。興奮しすぎたのか鼻血が出ていた。

 ”落ち着くがよい。お主、鼻血が出ておるぞ”

 「うそっ!?ありゃ、本当だ!まぁ、そんなのどうでもいい。もっとお話しよう!話したいことがあるようなことを言ってたネ!何か気になることでもあるの?そもそも、もしかしてボクを知っていたとか?」

 思いの外、いい方向で話が進んでいる。イゼッタという人物は思ったよりも使えそうな予感がしていた。利害が一致すれば、利用できる関係になれそうだが、大本命である司書長のマルメとの関係が分かるまでは慎重になった方がいいだろう。

 ”お主のことは知らぬが、上級司書を探していたという意味ではそうだ。わしは図書館に興味がある”

 「ほっほぅ!鳥が知識に興味を?いや、キミのご主人の方が、図書館に用があるってことなのかな?キミみたいなすごい使い魔を使役するぐらいだもんネ。そりゃ、ここの図書館の蔵書は垂涎ものかもしれないなー」

 ”じゃが、主人はまだ騎士見習いでな。図書館に入れぬ。しかも、おそらく用があるのは上階になる”

 「なるほどなるほどー、つまりキミのご主人の昇級の手助けをボクに頼みたいとか、そういう話なのかなー?」

 理解が早い。同時に、イゼッタの目が爛々と光ったのを見逃さなかった。優位に立った者特有の、何か要求できそうだという感覚を得たときの高揚感が感じられた。ここは勝負所だ。足元を見られぬよう、交渉のテーブルに着くために持ち札を見せておく必要がある。

 ”手助けというか、取引じゃな。この筆談魔法、構築法を知りたくはないか?”

 「おおっと!取引とはまた商人魂を感じさせますなー、あくまで対等で行きたいと?」

 ”互いに欲しいものを手に入れられるならば、それが一番最適であろう?不公平でわざわざ遺恨を残すこともない”

 「むっふっふ、想像以上にキミは聡いみたいだネ!いいよいいよー、お姉さん、賢い知性は大好物さー」

 公正な感覚がある人間で助かる。己の利益のみを追求する話が通じない相手では、どんなに理にかなった提案も通らないのが常だ。イゼッタは合理的判断ができる性格のようだ。

 「じゃあ、まず、その筆談魔法とやらがキミの独自であることを前提に始めようか?そして、対価はキミのご主人を上級騎士に推薦することって話になるけど、実際はその一歩手前が現実的になるかな」

 ”どういうことじゃ?筆談魔法が他に存在すると?後者の意味ももう少し具体的に頼む”

 「うんうん、まずその筆談魔法。キミが作ったものかどうか、その精査が必要になるネ。ボクがまだ知らないだけでどこかで既に出回っているとしたら、キミは単にその模倣をしているだけかもしれない。それを自分のオリジナルだと主張して騙している可能性があるでしょ?」

 それはその通りだ。初対面の人間の話を鵜呑みにするのは危険だ。

 ”じゃが、精査といってもどうやるのじゃ?確かめようがあるまい。大陸中の魔法をすべて網羅しているものなどないと思うが?”

 「それはそうなんだけど、それに近いものがあるというか、できちゃったりするんだよネ」

 ”馬鹿な。そんなことは不可能じゃぞ”

 これにはこちらが思わず驚く。そんな話は聞いたことがない。

 「いやいや、あるよー。といっても、さすがにすべてというのは言い過ぎかな。魔法研究関連に携わっているとね、ある種の互助会的なつながりができて、新しい魔法っていうのは噂話であろうと眉唾な思考実験だろうと、なんでも集まってくるわけさ。キミのそれが初物であるなら何も引っかからないはずだから、それを確かめるまで少し待っておくれよ」

 ”なるほど。そのような情報網があるのか。無論、これはわしが作ったものゆえ、何もやましいことはない。じゃが、発想そのものはどこかの誰かが思いついている可能性はあるじゃろう。そのようなものも含めるのであれば、類似のものが出たときに疑われるのは少し不満ではある”

 「ふむふむ。もっともだねー、でもその辺は匂いでだいたい分かるから大丈夫かなー。単なるアイデアと実際の試作とかまでいっているのはまた別物だしネ。ボク自身、今の今までこの発想はなかったし画期的だよ!」

 公平に判断してくれるということか。魔法に関しては生真面目そうなので、この言は信用できそうだ。

 「それで、上級騎士への推薦の方だけど、こっちはさすがにボクの一存ではどうにもならなくてネ。半日、図書館上階への限定閲覧を特別許可とかならできるけど、キミの調べ物はそんな短い時間で終わるものではないんでしょ?」

 ”うむ。調査時間が未定ゆえ、いつでも利用できる上級騎士の階級が必要だと思っておる”

 「だよネ。それでいて、多分普通に時間かけて昇格するって話がナシなんでしょ?そうなるとやっぱり特別昇級制度を使うしかないだろうけれど……」

 ”その特別昇級制度というのはどういうものなんじゃ?参戦時の任務貢献度みたいなものの評価だと見ておるが、それ以外にも何かあるのじゃろうか?”

 「そんな感じで合ってるかなー。ボクもあまり興味はないから知らないけど、どっちにしろ本部にいる状態では何しても無理……あ。いや、相当有力な魔法兵器とか破壊魔法系を考案したら一考の余地ありかも?」

 新しい魔法は作れるだろうが、戦争に利用される前提で提供するのはなしだ。師匠も常々言っていた。魔法も所詮道具と同じで使う者次第で毒にも薬にもなる。だからといって、人を害する目的で初めから作るのは間違っていると。もともと、わしには魔法を出力する能力がないため、思いついてもそれを試すことはできなかったわけが、今は違う。

 妖精魔法のようなものまで利用できる以上、取り扱いには慎重にならねばならない。

 ”人殺しを前提の魔法制作に加担する気はない。いや、お主の研究がそのようなものだったとしても、それを責めるつもりもないので勘違いはせんでくれ。単に個人的な信念の話だ”

 「いやー、気を遣わせたみたいでゴメンネ。確かに騎士団所属の魔法研究の多くがそれ系じゃないはずがないわけで、なんとも言えないんだけど、魔法そのものに罪はないからネ。使い方次第だから、って言い訳にしか聞こえないかー」 

 ”弁明する必要はないが、使い方次第というのには同意する。それにあらゆる魔法は、いずれにせよどこかで誰かが、いつかは作るものじゃと思っておる。人間の想像は皆同じところに行きつくものじゃ。早いか遅いかの違いでしかないことも分かっておる”

 「おおー、とても深い言葉だネ。キミとはいいお酒が飲めそうだよ!ご主人が相当切れ者なんだネ!」

 この場合シィーラに相当するのだろうが、まったく同意できない。

 「そっち系が嫌ってなると、やっぱもっとお偉いさんからシーダルの矢でも射ってもらうしかないかなー。だけど、そのためには相当気に入られなきゃダメだし、厳しいかしらん」

 ”もっとお偉いさんとは?”

 上手い具合に話が転がったのですかさず深堀してみる。シーダルの矢は伝説級の弓矢のことで、あらゆるものを貫ぬいたということから、半強制的に何かをねじ込むほどの強引な手を表わす。例えばどこかの王が、わがままで何らかの政策を押し通すときなどと言えば想像はたやすい。

 「うん、図書館関連だと最強の人かな。司書長のマルメさん。彼女に気に入られたら何でも大丈夫そう」

 聞きたかった名前が出てきた。更に突っ込もうとしたところで、しかし、扉が激しくノックされる。

 「イゼッタ!いるんでしょ!?また勝手に会議さぼって!出てきなさいっ!班長がメッチャ怒ってて、あんた連れてかないとあたしまで怒られるんだから!」

 「ありゃ、やばば……!」

 イゼッタががばっと身を翻して窓の方に近づく。ガラス窓ではなく、板木で密閉するだけの跳ね上げ式だ。その可動域を目一杯開いて、こちらを促す。

 「ほら、キミ!とりあえずここから逃げて。また今度ちゃんと話そ?ここにいたら、ミリゼがいろいろとうるさいからさ」

 不本意ながら、今は従った方がよさそうだった。渡りをつけられたということで良しとしておくべきか。

 ”また来る”

 短くそう残して、わしはイゼッタが開けた窓から空へと飛び出した。外から位置を確認したので、あの窓が開いていれば次からは訪問できそうだ。

 「ご主人によろしくねー」

 そんな言葉と共に送り出されたが、イゼッタにシィーラを引き合わせることが最善かどうか判断しかねる。

 部屋からは「ちょっと、あんた!その顔どうしたのよっ!?」と悲鳴のような声が聞こえた。

 そう言えば、鼻血を拭いもせずにイゼッタは話に夢中になっていた事を思い出しながら、自分もまったく気にしていなかったなと苦笑した。

 


 思わぬことからイゼッタと知り合いになったが、かの研究員をどう味方につけるか考える必要があった。

 筆談魔法で交渉は可能そうだったので、司書長マルメとのつなぎまでの道筋は立ったと言える。問題はその先の上級騎士への昇級について、どのような選択肢があるかどうかだ。イゼッタの話では、マルメの推薦ならば昇級もどうにかなるというような雰囲気を感じた。ならばその道を模索するのがやはり最善か。

 どうであれ、マルメ=ポートファーという人物についてもっと知ることが必須のようだ。

 そのためにはイゼッタともう少し友好な関係を気づいて情報を引き出すことが重要だ。単なる騎士団員にとって、司書という役職の者との接点は少ない。図書館以外ではほとんど見かけないため、素性がまったく知れないのだ。

 ネリオスは別の上級司書の一人を情報源として抱えているようだが、それが精一杯という実情も聞いている。図書館関連の人物を多く抱き込み過ぎると、不自然さが隠せなくなって見聞屋としての立場が危うくなるとのことだ。だからこその、今回の協力の申し出ではあった。

 となると、やはりネリオスに知っている情報をもっと共有してもらわねばならないだろう。まだ完全に信用されているわけでもなく、実力も図られている最中だ。今回のイゼッタとのつながりを証とすれば、より強固な協力体制を敷けるはずだ。

 正直、気が進まないのはネリオスの裸がチラついてしまっているせいだ。あの手の輩の知り合いはいなかったわけではないが、苦手なのは確かだ。シィーラが意気投合しているのも頭が痛い。自分の姿で仲良くしているのを見るのは、どうにも落ち着かない。

 とはいえ、避けて通れぬ道ではあるのじゃがな……

 夕暮れが迫る空を飛びながら、憂鬱な思考は巡るのであった。

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