6-5
デセウス=アレオニーベル=ヨンゴーヌ。
それが昼に突撃してきた上級騎士の偉そうだった男、あっけなく気絶した情けない大貴族の名だ。
貴族名にアレオとあることから大地主であることが分かる。アレオとは古代語で『治める者』という意味があり、つまりはニーベル地方を納める者という意味になる。アレオを名乗れるということはそれだけ広域を領地に持つことの証であり、大貴族と言われる所以だ。尊名には時折、こうした称号のような意味を内包するものがあった。
現在、その男の部屋に侵入して尋問をしている。
「結局、知っているのか知らないのかー、どっちー?」
他人の部屋でその主を立たせ、自分はお菓子を貪っているという構図で、シィーラは無邪気に尋ねる。
ちなみに、立っているといってもデセウスは壁に襟首をナイフで縫い付けられ、足が届くか届かないかの高さでほぼ吊り下げられている状態だ。つま先立ちになっており、気を抜けば首が絞めつけられて苦しむことになる。両腕ももちろん同様に固定されているので自ら外せはしない。
その隣では例の大男のベシメルが正座をさせられている。改めて力関係をはっきりさせるためにそうしているのだが、傍から見ればなかなか鬼畜な絵かもしれない。容赦する気はまったくないが。
「な、なぜにわたしが答えなければならないのだ?まして、人の部屋に勝手に入ってきて、こんな狼藉をする者に!」
貴族のプライドがなせる業なのか、臆病者のくせにまだ気丈に振舞う元気があるらしい。しかし、そんな生意気を許す気はない。
シィーラに指示をすると、部屋の花瓶の中身がデセウスにぶちまけられる。入っていたのは水なので、当然デセウスはびしょびしょだ。
「き、貴様!なぜこのような――うぐっ、重い……」
水は衣服にたっぷりと沁み込み、デセウスを下に引っ張る。ギリギリでつま先立ちしている男には辛い負荷だろう。単なる嫌がらせに見えるが、地味につらい拷問とも言える。
「それでー?」
シィーラは軽い調子で続きを促す。その軽率さが逆に怖く感じるはずだ。大男のベシメルはそわそわと身体を揺らしているが、そちらはわしの魔法で動けなくしているので手出しはできない。足もそろそろ痺れている頃だろう。正座と言う座り方は慣れない者にはかなりきついものだ。
頼みの綱の従者もどうにもならないと分かったのだろう。
「ぐぬぬっ、分かった、分かったから……とりあえず降ろしてくれ……もう、厳しい……」
強がりもそこまでだった。青ざめたデセウスの様子から、油断させようという魂胆でもないことは見て取れたので、信じてやることにする。
五分後、従順になった疲労困憊の大貴族に改めて質問をした。
「イゼッタ=ゴルドヴァンって人のこと教えてー」
「なに?イゼッタだと……?そんな者のことなど……いや、待て。そうか、上級司書の一人にそんなのがいたような……」
「うん、それそれー。ええっと、魔法部隊、第三中隊、セターリャ組組長?って役職なんでしょー?」
たどたどしくシィーラが肩書を付け加える。デセウスが知っているとの断定口調だが、実際のところは分からない。
ただ、大貴族という以上、腐ってもその人脈は馬鹿にできない。どんなにドラ息子であろうと名家の出身であるからには、そうした人とのつながりこそが大事だと教育されているはずだからだ。貴族とは極論、いかに上級の家柄の者と親交があるかどうかで格付けされる。たとえそれが貴族でなかろうと、要職についている立場の者であればつながりは確保するものだ。
騎士団という組織においては、貴族出身であることよりも階級が上の者ほど重宝されることは言うまでもない。その意味で上級司書というのは上位に属することは間違いない。図書館の存在は貴族であるからこそ、その重大さが分かるはずだ。デセウスが大貴族だと知った瞬間、標的であるイゼッタのことを知る手がかりになるとわしは確信していた。
それと言うのもイゼッタの所属が魔法部隊のしかも後方支援系で、こちらとの接点があまりになさすぎたからだ。司書という図書館の職業に特化した立場なので、騎士団としての役割は建前上の肩書であることも考慮に入れると、何かの機会で場を共にするようなチャンスはほぼない。情報を探るにも人となりを確かめるにも、まずは近づく必要があった。
その足掛かりとして、デセウスの大貴族と言う身分は都合が良さそうだった。
自分が逆らえない立場になったことを自覚した大貴族の嫡子は、余計なことを聞かない、言われたことにはすぐに従うという処世術を思い出したのか、素直に知っている情報を吐き出した。協力的でよろしい。だが、それほど交流はないらしく、期待したほどの内容はなかった。
その代わりに、イゼッタにつながる重要な人物の情報を手に入れた。そこから攻めるのが有効そうだ。目的の人物を落とすために、その周囲の人間から詰めてゆくのは定石なので想定内だ。遠回りではあるが確実な道でもある。
思いの外協力的なデセウスは今後も使えると判断して、多少の飴も与えておくことにする。即ち、多少の便宜もこちらではかってやるということだ。貴族同士の醜い争いなど興味はないが、デセウスが邪魔に感じている対立関係の相手の一人の足をへし折ることを約束する。近々、内内の対決があるようで、そのための布石と言うことだ。
卑怯極まりないやり方だが、こうした水面下の足の引っ張り合いはよくあることだ。相手も同じようなことを仕掛けている以上、どっちもどっちなので良心の呵責もない。デセウスを味方に引き込んだところで、颯爽と引き上げた。
帰り際に宿舎内を自由に歩ける特別通行許可証も提案されたが、白昼堂々デセウスとの交流を知られるのは得策ではない。お互いに無関係な方が動きやすいために辞退した。加えて、いつでも忍び込めることを理由に断ったら「それが困るから提案したのではないか!」と正論を言い返された。まったくその通りだが、諦めてもらう。利用できる貴族は貴重だ。性格的にも単純ゆえ、御しやすいのが好都合だった。せいぜい活用させてもらうことにする。
宿屋に帰り今後の方針を考えていると、ナリスが声をかけてきた。
「何か悩み事ですか?」
(うむ……ちょっとな……というか、なぜ分かった?)
「え?普通に気づきますよ。ゼーちゃんの表情が少し固かったので」
鳥面に表情が出るのだろうか。自分で確認したことはないが、鳥に喜怒哀楽があるとは思えない。まったく普通ではないことを言われた気がした。
(そうか……自分で思っているより、深刻に考えていたのやもしれぬ)
「何かお力になれますか?」
窓辺にいるこちらへナリスは近づいてきて、そっと椅子に腰かけた。ちなみにシィーラはベッドでうとうとしている。食後に少し計算などの勉強をさせていたのだが、途中で夢に逃げ込むのはいつものことだった。
(今回ばかりはお主に頼るわけにもいかぬ……騎士団内部での話ゆえ、な。というのも、シィーラの翻訳能力というか代弁能力に限界を感じてきてな……なんとか向上させられぬものかと考えておる)
「今のままではダメなのですか?」
(ダメということはないが、あくまで最低限の伝え方しかできぬのが現状じゃ。会話速度や、相手に合わせて高度なやりとりなどが必要になった時、どうしても祖語や遅れが生じる。お主のように流暢にできるのが理想じゃが、とてもその域には達せそうにない。これは妖精と人間と言う種族間の隔たりも関係するゆえ、シィーラだけの問題でもないんじゃろうが……)
「なるほど。ゼーちゃんの意志を直接届ける方法が欲しいということですね、今の私との会話のように」
(お主は魔法でシィーラとわしとの流れを読んでおるが、初対面の人間にそれを習得させるのは非現実的じゃからな)
「なら、いっそ筆談にしてみればどうですか?ゼーちゃんの言葉を文字に変換する魔法みたいなものなら、正確に伝えられそうな気がしますけど……」
(筆談……!)
その発想は盲点だった。わしが使い魔として思考部分も担うという側面を明かせるなら、その手段は悪くない。最近ではシィーラの言動で聡明さを取り繕うにも厳しい場面が多いことを考えれば、初めからこちらに知性的なものが偏ったという言い訳も成り立たないこともない。見た目からして奇妙な鳥で、使い魔としての立場も特殊である以上、更に常識外の要素を足しても受け入れられやすいというのはあるだろう。
「そんな魔法があるか知りませんけど、魔法を作れるゼーちゃんなら問題ないのではありませんか?」
(うむ。鋭い助言感謝するぞ、ナリス。早速取り掛かろうと思う。いやはや、やはり一人で考えているだけでは視野が狭くてよろしくないものじゃな。レギタナの白晴れじゃ)
「レギタナのしろばれ?」
(ああ、目が覚める思い、すっきりしたという意味じゃ。レギタナ地方の濃霧は深夜から多く発生するんじゃが、白む朝焼けと共に霧が晴れることも有名なんじゃ)
「ああ、そういう諺ですか。何にせよ、お力になれたなら良かったです。それで、そういった魔法が必要になる状況に近々なるということですか?」
わしは頷いて、現在の状況をナリスに説明した。
変態見聞屋のネリオスから司書長のマルメ=ポートファーと懇意になれれば、図書館関連では最高の立ち位置を得られると教わった。だが、当然一足飛びにそんな要職の人間に近づけるはずがない。まずは下級か上級司書から攻めて、道筋を作らねばならない。そこで白羽の矢が立ったのが、イゼッタ=ゴルドヴァンという上級司書だ。下級司書を飛ばしているが、上級司書を落とせば下級に用はないので、ここは近道ができるという理由だ。
そのため、例の大貴族のデセウスを利用してイゼットとの渡りをつけようとしているのが現状だった。
「その上級司書さんとの対話で、さっきのような対処が必要になるから悩んでいたわけですね」
(うむ。じゃが、そこは筆談でどうにかなりそうじゃ。その前に情報収集も必須となるが、それもわしが飛び回っていればなんとかなるじゃろう)
飛べるという鳥型なことは、偵察にこの上なく有利だ。形状が珍妙なので目立つことは目立つが、隠蔽系の魔法で隠せばいいだけの話だ。
「えっと……見聞屋の人がいるのに、情報収集はご自分でするんですか?」
(ああ、ちとややこしいが、内部から組織内の秘密を探るのには適した部分とそうでない箇所があってな。中に食い込んでいるからこそ、手を出せない部分と言うものが出てくる。ゆえに、そこを自前で補う必要があるという話じゃ。今回は最終的には協力して空白を埋める形になるじゃろうな)
ネリオスは間違いなく騎士団内部で格別の情報網を持っているが、裏を返せばそれは探られたくない者たちにとっても露呈しやすい存在であるということだ。内部にいる以上、完全に正体を秘匿した立ち位置が必須で、そのためにはギリギリの境界線――もしもバレても言い逃れができる境――を守らねばならない。直接は触れてはならない領域があり、そこを探る場合にはネリオス自身は完全に外側にいる必要があるということだ。その境を見誤れば、ネリオスは騎士団から追放されてしまう。
「難しい立場なんですね……」
(その代わり情報料は浮くと考えれば悪くもない。今まで大分、ヨーグに依存していた側面もある。あまり楽を覚えるとシィーラのためにもならぬしな)
甘やかすと自分の身体の筋肉が衰えるため、できるだけ動かしたいという意図もあった。
「そう言えば、遠征での成功報酬手当でそれなりの金額が入ったみたいですね。夜の強奪屋の仕事はしばらくお休みですか?いえ、ニャリスが少し寂しそうだったので……」
(ああ、あやつの出番をしばらく作れてやれておらぬな。すまぬが、もう少し我慢してくれ。いずれまた力を借りるときは必ず来るゆえ)
「では、今度お暇ができたら手合わせをしてあげてください。実力を試したがっているようですから」
(うむ。シィーラと違って手を抜かずに修練していることは知っておる。きっと腕を上げているんだろうな)
「あと、ちょっと気になったんですけど……結局、その貴族の人たちがシィーラを訪ねてきたのって、何のためだったんですか?」
訪ねてきたというより嫌がらせに来たわけだが、わざわざデセウスたちがシィーラを探しに来た理由、それは意外な人物が関係していた。
(それなんじゃが……訓練所の暴徒騒ぎのとき、魔剣に巻き込まれて死んだ貴族がおったのを覚えているか?)
「ええと、確か……エジデルト家とか言いましたっけ?」
(ほぅ、よく覚えておるな。わしはすっかり忘れておった。そう、その名家らしい貴族の差し金というか、逆恨みがまだ続いていたということらしい。向こうは嫡子を殺した平民が騎士になることが許せないというような気持ちなんじゃろう。勝手な言い分で曲解甚だしいが、その余波で騎士見習いまで落とされた可能性もある。どのくらい噛んでいるか分からぬが、面倒な話じゃな)
「それは……少しやるせないお話ですね……」
死んでいる相手の遺族に同情を覚えたのか、ナリスは少し目を伏せた。優しさゆえの感情だろう。個人的には完全にいい迷惑なので、まったく情けをかけるつもりはないが。
(いや、たいした問題ではない。所詮、動かせるのは少数の貴族連中だ。むしろ、弱みを握れる相手が向こうからやってきて入れ食いとも言える。せいぜい、利用させてもらおうぞ)
実際、今回のデセウスのように掘り出し物もある。有効活用しない手はない。
「あはは……それはそれで何と言えばいいのか……」
それからしばらくナリスと歓談し、夜は更けていった。
翌日から、早速シィーラとは別行動で動いた。
デセウスが持っていたイゼッタの情報はそれほどなく、代わりに彼女の親戚だというある騎士団員のことを教えられた。
その者の名はギーオ=シジット=イルランで、デセウスと同じく貴族特有の名義騎士と揶揄されるような肩書のために騎士団に所属している輩だった。こちらとしては与しやすいので、とても有難い。第一小隊補給部隊セターリャ組とのことで、指揮官クラスではあるが、部下の指導のために演習場に姿を現すこともある役職だ。
当然の如く今回の戦争に参加していない騎士団員なので、狙い時でもある。
貴族特有の他人を見下した態度で鼻持ちならない性格であり、本人がいないところではかなりの陰口が叩かれていたために、情報収集は容易だった。ある程度の噂を聞いてまとめると、どうやら賭け事が好きな賭博気質で、かなりの額をつぎ込んで借金を抱えている身のようだった。一応貴族のため、毎月どうにか最低限の返済はこなしていて、本人はそのうち一山当てて一発逆転ができると信じているようだ。胴元の方は胴元の方で、貴族だから泳がせて搾り取るだけ搾り取るという魂胆が見え隠れしていた。
ギーオは自分が貴族で騎士の身分であることからも安心だと高をくくっているが、いざとなればそんな立場など何の役にも立たないことを知らないだけだ。賭博の追立というものはそれほど生易しいものではない。借金を踏み倒されれば賭場そのものの信用に関わるため、きっちりと回収することは必須事項だ。その辺りをつついて、ギーオを懐柔する必要がある。
肝心のギーオとイゼッタの関係だが、直接的に会っている場面はまだ一度も見ていない。ただし、ギーオはイゼッタのことを気にしているようで、何度か取り巻きに様子をうかがわせていることから、一方的に惚れている可能性があると思っている。
逆ならば一番好都合だったのだが、あまり贅沢は言えない。これらの要素を組み合わせてどうにかする算段を立てることにする。
しかし、イゼッタの方の情報があまりにないことが、まだ障害としてあった。魔法部隊所属で専用の建物内での修練や生活を送っていることもあって、なかなか探らせてくれない。鳥の利点を活かそうにも、隠蔽の魔法をかける必要があり、その魔法が建物に張り巡らせられた結界に干渉して上手くいかない。強引に破った後、何気なくまた隠蔽の魔法で内部に張り付けばどうにかならなくもないが、何度も通じる手でもない上に、言わば魔法士の宝庫という場所でどれだけ隠密行動ができるか、闇雲に突っ込むわけにはいかない事情があった。
上級司書の中でも比較的騎士団の仕事をしている方らしいが、その役割が一般的ではないのでやはり接近しづらいことに変わりはなかった。
そこで少し視点を変え、ギーオ自身を使うよりもその詮索力の方を利用することを思いつく。ギーオとイゼッタの交流がほぼないことを考えると、本人よりもその情報収集した中身の方が役立ちそうだということだ。少なくとも、こちらより長い間調べていたはずなので、何かしらの結果があるはずだ。早速、ギーオの部屋に忍び込んでそれらしい報告書を盗み見ると、思ったよりも収穫はなかった。たいした情報網ではなかったということだ。期待外れな結果に落胆したが、一つだけ気になる点もあった。
イゼッタは魔法部隊の中でも特殊な、実験的作戦立案班員らしく、地下の特設演習場とやらで日々魔法の実験をしているようだった。あまり信憑性のある話ではないが、地下に特別な演習施設があるという噂話は耳にしたことがある。そちら方面を攻めてみるのは悪くないかもしれない。
そのためには、その場所をネリオスに聞く必要がある。そんな秘密の演習場は、流石に噂話程度では確定できない。
また美しいものとやらを用意する必要があるということだ。
シィーラに何か策があるか聞いたところ、「任せてー」と即答される。一抹の不安がないわけではないが、一度はこちらの予想を超えて成功している以上信じるしかない。
協力体制を取り付けたといっても、実際はその一歩手前だ。実力を示さなければ信頼されないのは、この間の薬品攻撃でも分かっている。情報収集能力でも、一定の成果を上げなければならないだろう。そう考えると、ここでネリオスを頼るのは悪手かもしれないが、その先にあるものを知ればあの変態も納得するはずだ。
こちらですべて賄って時間をかけるより、利用できるものを活用して時間短縮が最善だと考える。
方針は決まった。
移動しようと魔法部隊の専用宿舎から離れようとしたところ、不意に網縄が降ってきた。
考え事をしながらイゼッタの居住区を探れないかと飛んでいたのだが、その注意緩慢さが招いた失態だ。
まさか、捕縛されようとは思ってもいなかった。
魔法でその網を切ることはできたが、ただの鳥がそんな真似ができるはずがない。魔物の類と認識されると今後の活動に支障をきたしてしまう。迂闊な行動は取れなかった。
不本意ながら網の中で大人しくするしかなく、なすがままに引き上げられてゆく。どうやら屋上からの投げ縄だったらしい。まったく気づかなかった時点でやはり己の油断だ。情けない。
そして、捕縛した相手と対峙して驚いた。
「やっぱり、珍しい鳥ねー……鳥?でいいのかしら?」
探していた相手、イゼッタがこちらを興味深そうに覗き込んでいた。




