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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第六章:昇級
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6-4


 人が裸になるのはなぜか。

 水浴びや入浴、性交時などが筆頭に挙げられるだろうが、それ以外はどうか。

 暑さで衣服すらも着ていられないとき、寝るときに煩わしいという理由で脱ぐこともあるかもしれない。あるいは水辺でも、人は裸になることもあろう。

 だが、文明が発達した部屋の中、赤の他人の前で裸になる理由などない。そのような接待は非常識だ。

 現在真っ裸になって当たり前に椅子に座っているネリオスは、ゆえに異常だ。申し訳程度の前隠しの布はあれど、横から見れば半ケツどころか、諸だしの下半身が生々しい。変人ネリオス、などと呼ばれていることにも納得がいった。独自の美学だけをもってして変態の異名を持つのかと思っていたが、私生活にもその特殊性が表面化していた。

 そんな変態性が許されているのは、ネリオスが唯一無二の見聞屋だからであろう。そんな異常を帳消しにするほど、この男の持つ情報の力は強い。無駄に全裸だとしても目を瞑るしかなかった。

 早く部屋を出たい衝動と戦っていたこちらの葛藤とは無縁に、全裸の男を前にしてもシィーラは一歩も引いていなかった。というより、まったく気にしていない。その胆力はやはり妖精ユムパの精神性のなせる業だろうか。自分だけが微妙な気持ちでいるせいで常識というものが遠ざかる気がしていた。このままこの空間にいると、おかしいのはこちらだと錯覚しそうになる。いや、変人たちに負けてなるものか。わしは正しい。

 あまりにもシュールな絵面であっても、話は真面目に進んでいた。

 「――昇級チャンスを狙うなら、やっぱりどこかのお偉いさんに推薦させることね。騎士団だって結局利権の奪い合いみたいなところがあるわ。声が大きい人が通そうと思ったら、たいていは通っちゃう世界よ」

 「声が大きい人がいいのかー」

 「ええ、特に今は他国に参戦中だしね。うるさいのがいない内にさっさと事を進めちゃえば、後はどうにでもなるいい時期だと思うわよ」

 優雅に紅茶を飲んでいるが、ネリオスはほぼ裸である。肌色成分が気になって仕方ない。

 「お偉いさんって、誰がいいのー?」

 「それはユー、別料金になるわよ。あまり甘えてはダーメ。いい?ここまで話してあげてるのだって、初回限定サービスなんだからね」

 「さーびす?」

 (仕事の提供というような意味じゃ。最初の一回目ゆえ、特別提供という意じゃな)

 正直、話があまり入ってきていなかったが、習性のようにシィーラに説明することで少し冷静になれた。

 「特別かー。でもでもー、図書館情報たいしたことなかったんじゃなーい?もっと有用なもの期待してたー」

 「フォワッツ!?ユー、なかなか言ってくれるじゃない?ネリオの情報の質が期待外れとでも?」

 (愚か者っ!きゃつを怒らせるようなことは言うなと、あれほど―ー)

 ネリオスのこめかみに青筋が立つ。わりと感情が出やすい性格なので失言は控えたいのだが、シィーラはすぐに思ったことを口走るので相性が最悪だった。

 「だって実際、司書?と仲良くしろーぐらいしか言ってなくなーい?」

 間違ってはいないが、言い方がやはり直情的に過ぎる。肝を冷やして見守っていると、

 「……スゥー」

 何か罵詈雑言を言い出しそうな雰囲気だったが、ネリオスは立ち上がりかけた腰を元に戻して大きく息を吐いた。感情的な性格に見えて理性もしっかりと持っているようだと評価を改める。踏み止まれる人間というのは、まともに会話ができる証拠でもある。客観性を欠いた人間ほど厄介なものはない。

 もう一度紅茶を一口含むと、ネリオスは「そうね」と言って目を閉じた。部屋の熱量が下がってゆく。

 「確かに、図書館自体の情報はそれほどのものを与えられていないわね。自分でもサーチできる範囲のもので時間短縮にしかなっていない。でも、ネリオの情報の価値が低いなんて評価は、ネリオのプライドが許さない。いいわ、もう少し具体的に狙うべき相手を絞ってあげる。その標的はね……」

 全裸男は理性を取り戻して語ってくれた。くねくねと奇妙な動きの踊りを披露しながら……冷静とは何だろうかと考えさせられた。



 騎士団階級の昇級には、将校クラスの推薦と実任務の功績が大きく寄与する。特別昇級も基本はそれ以外にはなく、その度合いの違いだけということだ。他国の軍隊としての仕事が主となる以上、任務とはすなわち戦時の活躍を意味し、従軍していなければ不可能だ。

 既に本隊が派遣された今、残された道は推薦を取りに行くという方法以外になかった。

 では、誰からの推薦が一番効率的なのか。

 正攻法ならば、何らかの功績で目に止まって親しくなって便宜を図ってもらう道になるだろうが、そんな機会も時間もない。手っ取り早くいくには、何らかの弱みを握って脅すのが最適だろう。正しい手段にこだわりなどない。陽の当たる道だけを歩こうという気はさらさらなかった。

 そんな手頃な相手をネリオスが提供してくれた。

 シィーラの容赦ない突っ込みに応じてくれた形だ。次からは厳しい対価が要求されそうだが、最初の情報としてはいいものを引き出せたとも言える。

 ここからはその相手を探っていくことに目標が定まった。

 とはいえ、昼間は相変わらず鬼軍曹のガメイアにしごかれている。騎士見習いは基本的に体力づくりのために様々な訓練が仕事となっており、その厳しさはなかなかのものだ。基礎体力は大事なので文句はないが、その方法に関しては色々と口出したいこともある。ほぼ人として見なされない扱われ方なので、様々な感情が渦巻くのは当然ではある。

 軍隊に限らず、組織という団体の中では優劣というものは士気や成長にも関わるために、どうしても極端な構図ができてしまうものだが、騎士見習いと言う階級はその最下層として苛立ちのはけ口にされやすい。悔しいならば、嫌ならば階級を上げろという動機付けにもなり得るが、精神的に弱いものはここで参ってしまう。それほどまでに階級差別というものは存在するものだ。

 幸いにも、妖精であるシィーラはそのような心のもろさとは無縁なので問題にはなっていないのだが、理不尽さは感じているようだ。

 (あのハゲーーー!!!いつかジッタンガッタンにしてやるーーー!!)

 口に出して不満を言えないので、こうして念話のような形でいつも叫んでいる。ハゲとは勿論、ガメイア軍曹のことだ。長い時間走らされていたのだが、想定以上にシィーラの体力があって耐えきったためか、走り切った後ですぐさま組み手をさせられた。当然、既に体力が残っていなかったシィーラは、ガメイアに幾度もいいように投げ飛ばされたというわけだ。

 きっちり受け身はとっていたものの、何度も放り投げられ、その度に暴言を聞かされてはストレスも溜まるというものだ。

 徹底的に人格を否定して精神を追い詰め、怒りと言う原動力にすべてを変えさせて戦闘力を高めるやり方だ。軍人を養成する一つの方法ではあるが、個人的には好みではない。シィーラの憤りももっともだ。

 「クソ虫はクソ虫らしく、そうやって地べたを這いずっていろ。他のクソ虫も何ぼけっとしてやがる!走り切ってない奴もまだいるだろうが!早くその女々しい体を持ち上げて、走ってこい。オレサマがもう上がるからって勝手にさぼったクソ虫は後で分かるからな。バカな考えは捨てて豚のように走れ、いいな!?」

 いつものように言いたいことを言って、ガメイアは演習場から去って行った。監視役の騎士団員は残っているので、鬼軍曹の言う通りズルはできない。

 せいぜい、小隊の仲間同士で愚痴を言い合うくらいだ。

 「くそっ、本当にあいつ最悪だぜ……」

 「ああ、シィーラはちゃんと走り切ったってのに、あの仕打ちはねえよな……」

 「アホが。他人のこと言ってる場合かよ。おれたちも走り切らないと、また追加で腕立て地獄だぞ。ほら、走れ走れ!」

 まだ課題の距離を走り終えていない者たちが、ふらふらしながらも足を再び動かしていく。何だかんだと言いながらも、あきらめずに続ける根性があるのは見所がある。

 「おい、大丈夫か?派手に投げられまくってたけどよ……」

 「うーん、だみだー。ロアーナ、負ぶってー」

 「絶対元気な奴の返事じゃねぇか。ったく、本当にお前は良く分からねぇな」

 ロアーナも比較的体力がまだ余っている部類だ。戦闘狂だけあって、生半可な鍛え方はしていない。

 と、そこへ。

 「おい、そこのへっぽこ見習いども!貴様らの中に、シィーラとかいう奴はいるか?」

 いかにも性格の悪そうな男たちがにやついた表情を浮かべていた。服装からして上級騎士の一団だ。これ見よがしにその証である紋章入りの腕輪を掲げていた。この腕輪というのは軍人にはよくある識別符号の一つだ。その昔、とある帝国が採用してから広まったもので、戦場での遺体には魔法の爆発や魔物、大動物に踏み潰されるなどで顔の状態が不完全なものも多く、死体が誰なのか判別できなかったため、この腕輪に名前と階級を入れるという方式にしていた。

 実際には腕も吹き飛ばされているということもよくあるので、その効果には疑問がありつつも、軍人に腕輪という習慣は大分普及している文化だった。

 今では腕輪に魔石を埋め込み、上級騎士ならばちょっとした補助魔道具扱いにもなっていたりもするが、下級騎士の腕輪には魔石はなく、単なる識別のためのものといったように区別されている。騎士見習いのシィーラたちには当然そういうものはない。

 同じ騎士団員でも、そうした違いで競争意識を植え付けているとも言えるシステムだ。

 まさにそうした挑発、煽りを受けてロアーナが鼻白む。

 「なんだ、お前たちは?」

 「なんだじゃねぇよ!上級騎士様になんて態度だ。身の程をわきまえろ、下っ端が。質問してんのはこっちだ」

 騎士団内は基本的に縦割り社会だ。階級が上の者が下の者を従えるのは世の常とも言える。力関係は明白で、かなり理不尽な命令でもまかり通ることが多々あるのが現実だ。皆、そうした強者の立場になるために、そこに至るまでは耐え忍ぶというのが常道だった。

 しかし。

 「はん、雑魚に下っ端扱いされる覚えはないぜ。お前ら、どうせ実戦経験のないどっかの半端貴族だろ?偉そうに威張るんじゃねえよ」

 常識にとらわれないはみ出し者も常にいる。ロアーナは真の実力主義者であり、立場や階級に屈したりはしない強さがあった。

 「なっ!?貴様、誰に向かって刃向かってるのか分かっているんだろうな!?」

 「なんだ、目も悪いのか?救いようがないな。お前以外に誰がいるんだ、バカ」

 煽り合戦では完全にロアーナの勝利だった。上級騎士たちは抵抗に合うとは思っていなかったのだろう。飼い犬に手を噛まれたように顔を歪めていた。それらのやりとりを見ながら、わしは相手が何者か見定めていた。

 ロアーナの指摘通り、貴族上がりの騎士団員の可能性は高い。多くの者が戦争に参加しているこの時期に、上級騎士で本部に残る者というのはたいていが後方支援部隊か戦場ではあまり役に立たない者、あるいはお飾りで役職を与えられている者など、現場ではいても邪魔になるだけという扱いの者が一定数いるものだ。その最たるものとして、名家の貴族など体裁のためだけに組織に属している存在がよく見受けられる。

 目の前の上級騎士たちは外見こそ騎士の恰好ではあるが、その物腰や雰囲気は鍛えられた戦士とは思えない。

 「貴様、そこまで言ってタダで済むとは思うなよ!立場というものを分からせてやる!」

 怒りに顔を真っ赤にした一人が、腰から剣を引き抜いた。上級騎士は本部敷地内のどこでも帯剣を許可されており、室内用の細剣であっても殺傷力はある。丸腰のロアーナに対して、その優位性ははっきりしていた。普通ならそこで怯むはずなのだが、傭兵出身のロアーナにとっては日常茶飯事だった。臆することなく、挑発を続ける。

 「坊ちゃんが慣れない刃物を振り回すと危ないぜ?せいぜい、自分の手を切らないように気を付けろよ?」

 「なななっ!!もう我慢ならん!」

 一向に思い通りにならない展開に堪忍袋の緒が切れたのか、ついにその男が手を出した瞬間。

 「ぐはぁっ!?」

 突き出した細剣は空を切り、ロアーナがその男の腹部に掌底をお見舞いしていた。容赦ないカウンターで男は苦悶の声を上げてうずくまる。

 「わー、ロアーナ、かっちょいい!」

 それまで完全に傍観を決め込んでいたシィーラは、パチパチと拍手を送る。黙って見ていたのは相手がたいしたことがないことが分かっていたからだ。それをやり込めるロアーナを見たくて、大人しくしていただけだった。

 「き、貴様らっ!よくも上級騎士である我らに手を上げたな!絶対に許さんぞっ!!」 

 「はん、丸腰相手に刃物を持ち出した上に返り討ちに合うとか、よくそれで上級とか名乗れるな。恥ずかしくないのか?」

 「うるさいうるさいっ!おい、ベシメル!さっさとこいつを片づけろっ!!」

 一団の中で一番偉そうな男が背後の大男に声をかけると、のっそりとその巨体が前に出てくる。先程の細剣とは違って、得物はその体格に見合った大剣だった。同僚に刃を向けていい代物ではない。さすがにロアーナもその凶器を前に、ふざけた態度のままではいられなかった。

 「おいおい、そいつを私に向けるってことはもう洒落じゃすまされないぜ?殺されても文句は言わねぇってことでいいんだな?」

 一層の凄みを増した声に男たちはたじろぐが、大男は黙って構えを解かなかった。静かに命令を待っているのだ。その従順な態度で確信する。大男は偉そうな男に逆らえない立場で、男はどこかの大貴族なのだろう。名家であればあるほど、代々仕える使用人専用の分家を持っており、生まれながらにして側仕えとして付き従っている関係の者たちがいる。

 これは使えると判断して、シィーラに告げる。

 (あの偉そうに吠えている男を拘束するがよい。役に立ってくれるはずじゃ)

 「え?あっちの弱っちいのでいいのー?」

 (よい。大男の方は主人が捕まれば何もできぬ)

 それじゃあ、と言うなりシィーラの身体が躍動した。瞬時に男の懐へ入り込み、その顎へロアーナと同様の掌底を叩きこむ。脳を揺らして意識を刈り取る技だ。鬼軍曹のしごきは過酷だが、そのおかげもあってわし本来の体つきは戻ってきていた。従来の筋肉で力の伝達が円滑に行われているということだ。

 「ど、どうした、デセウス!?貴様、な、何をしたんだ……!?」

 「うるさいから黙らせただけー。次はだれー?」

 急にぐったりとなった偉そうな男はデセウスと言うらしい。シィーラの脅しにもはや戦意を喪失したのか、男たちは及び腰になって今にも崩れ落ちそうだった。大男は主人を落とされた手前、何もできずに固まっていた。元より、この大男だけは実力の差を感じていたのだろう。全面降伏の意志が見て取れた。

 「いないなら、この人の名前教えてー」

 気絶している貴族の名を手に入れ、上級騎士たちにはとっとと退去してもらう。どうせ手駒にしか過ぎない彼らに大した情報はないだろう。

 「んで、一体あいつら何だったんだ?」

 ロアーナが理解できていないのも無理はない。わしにも全容は見えていないが、ある程度の推測が立つ程度だ。

 完全に巻き込んでしまった形なので、一応最低限の話はしておく。結論から言えば、これも嫌がらせの一環だということだ。この演習場は主に騎士見習いだけが使う場所で、上級騎士たちが訪れるような場所ではない。偶然通りかかるといった状況があり得ない以上、ここには誰かを探しに来たことは明白で、最初にシィーラの名を出していたことから、確実に標的はシィーラだ。では、誰の差し金か。

 ロハンザ傭兵騎士団に入ってまだ間もなく、シィーラの名を知る者は少ない。となれば、訓練所時代からの因縁しかなくなり、騎士見習いと言う階級に降格させた黒幕と同一視せざるを得ない。相当の恨みを買っているようだ。

 「変なのに目を付けられてるってわけか。その面倒な野郎の目星はついてるのか?あと、なんであのバカの名前を聞いてたんだ?」

 「誰かはまだ分かってないってー。あの人はねー、なんか利用できそうなんだってー」

 完全に他人事のように受け答えするシィーラに苦笑しながら、ロアーナはその頭上のわしの方を見る。

 「本当にゼーチャンが頭脳担当なんだな。まぁ、散々私も世話になった。少なくとも、シィーラよりは間違いはないだろうよ」

 「うん、ゼーちゃんは頭いいからねー」

 軽くバカにされていることにシィーラはまったく気づくことなく、屈託なく笑うのだった。 

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