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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第六章:昇級
49/225

6-3


 翌日。

 早速、ネリオスという情報屋と面会を申し込むため、補給部隊の宿舎がある演習場近くへと足を伸ばした。

 かの変態の根城としている専用の小屋のようなものがあるらしく、用がある者はそこへ面会希望の書簡を残せばいいとのことだ。

 とりあえず日取りだけを先に決め、その間に美しいものとやらを考えておくといった予定だった。

 しかし。

 「ヘイ、ユー?ネリオに用かしらん?」

 投函箱を見つけたところで急に小屋の扉が開き、長髪の男がぬっと現れた。中世的な顔立ちとその髪型から一瞬女かと思ったが、騎士団員に配給されるシャツの袖から覗く腕は引き締まった男の筋肉に見間違いようがなかった。なぜか袖口が引き裂かれたようなギザギザの切り口なのが気になった。喧嘩でもした後なのだろうか。

 「塀、ぶー?壁が嫌いなのー?」

 「あはっ、面白いリターンね!こんにちはって意味で言ったのよー。北稜語は苦手かしらん?」

 「ああ、おっけぃのやつだー」

 「そそ、分かってるじゃなーい。ところで、ユーはどなた?」

 「あたしはシィーラ!あんたはだーれ?」

 「あら、さっき言ったじゃない。ネリオはネリオよ。ユーはネリオに用があるんじゃないのかしらん?」

 誰にでも物怖じしない妖精ユムパは軽い調子で会話を続けるが、次の言葉でわしの方が固まった。

 「あれー、もしかして、ネリオスっていう変態の人ー?」

 (馬鹿者っ!?本人を前に変態は使うなと言ったじゃろうがっ!)

 もう遅かった。最初のネリオという単語に気づくのが遅れた自分の過失でもある。ネリオスとネリオという言葉がすぐに結びつかなかった。まさか、自分の呼称がそんな呼び方だとは。気に入らない相手には容赦がないという噂も聞いている。初っ端で機嫌を損ねるのは避けたいのだが、果たしてネリオスのこめかみがひくついた。

 「変態ですって?ユー、誰のことを言っているのかしらん?」

 「だから、あ……」

 (やめいっ!!!)

 頭の上で羽をバタつかせて真剣に割って入る。これ以上は致命傷だ。

 「あら?そのミステリアスな小鳥ちゃんは何かしら?ユーの使い魔?あら、あらあらっ!?」

 最近はあまりに自然にシィーラの頭に陣取っているためなのか、初対面の人間もあまり突っ込まなくなるほど普通に存在しているが、よくよく考えると人間の頭の上に鳥が常に留まっていれば、気にならないはずはなかった。ネリオスの視線がわしに固定される。

 「なんだかいい感じじゃなーい!?どうなの、ユーのフレンド?」

 「ふれん?」

 (友という北稜語じゃ。よいか、何としてでも機嫌を取れ。こやつを敵にまわしたくない)

 間近にして即座に感じた。たとえこの男が変態だとしても、その秘めている何かは稀有なものだ。凡人にはない雰囲気が、何もせずとも伝わってくる。それは生まれつき備わったもので、消えも変えられもしない特性だ。

 師匠の言葉を思い出す。「人には稀に、とんでもない気配というか雰囲気を持ったやつがおる。俗にいう覇気だのオーラだのいうもんじゃ。実際目の当たりにするまで眉唾じゃろうし、そんな生まれつきの差を認めたくはないじゃろうが、そいつを感じたら絶対に軽視だけはするな。そういう圧倒的な違いというものは必ずある。なに、自ずと無視はできんじゃろうがな」

 まさしく、その何かをネリオスには感じた。

 「ゼーちゃんはあたしの先生?みたいなものだよー。あっと、そうそう、使い魔でもあるけどー」

 方便の方が後に来るのは頂けないが、忘れなかっただけ良しとするべきだろうか。不安の残る説明に、

 「ゼーチャン?いえ、ゼーちゃんかしらん?あはっ、あだ名を使うなんて、ユー、やるじゃないっ!」

 ネリオスは顔を輝かせた。尊名主義の世界においてあだ名というものは好まれない。むしろ、忌み嫌われる方が多い。尊名を省いたり何某ちゃんと呼ぶ風習自体が稀で、それに気づくだけでも珍しい。それらを冒涜ととらえる者が多いためだ。そういう意味では、己をネリオと省いて呼んでいることからも、共感のような何かが働いたのかもしれない。独自の掟、ルールで動く人間だということは聞いているし、実際にそういう人間であることは完全に理解できた。

 だからこそ、一度でもそっぽを向かれると厄介な相手だ。この手の人間は情に厚く仲間意識が強いために、反対の仲間以外という括りへの隔たりは相当に大きい。慎重に対策を練って対応したかったのに、このような出会い頭はまったくもってついていない。

 どうすべきか必死に頭を回転させていると、シィーラが独断で切り込んでしまった。

 「ほんで、あんたがネリオスって人なら、情報ちょーだい。色々知りたいことあるんだー」

 「あら、見聞屋としてのネリオにやっぱり用があるのねん?いいわよー、それなら、ネリオに何か持ってきてくれたんでしょ?タダじゃチャルノーも鳴かないわよ」

 チャルノーというのは小鳥で、水を飲むとすぐに鳴く習性がある。その鳴き声は美しく簡単な手段で実行させられるということから転じて、どんなにたやすい方法があろうと、タダではダメだという意味を含んでいる。

 シィーラは当然分かっていなかったが、前半の真意は汲み取れたようだ。

 「うん、綺麗なものでいいんだよねー?」

 (おい、大丈夫なのか?それはこれから考えるところだったんじゃぞ?というか、おぬし。そもそも、今は何も持っておらぬぞ?)

 「大丈夫!ってことでゼーちゃん、そこで転がってー」

 (は?転がる?)

 謎の余裕を見せられた上に、意味不明な要望を出される。

 「いいから、早くー」

 平時であればそのような理解不能な命を受けることはないが、重要な相手を前にして何か考えがあるというのなら、乗らないわけにはいかない。気まぐれな妖精を信用はできなくとも、シィーラの突拍子もない意外性は期待できないこともない。こちらに即効性のある代替案がない以上、今は従うしかなかった。

 頭上から降りて地面を転がる。土草が多い土地ですぐに汚れる。丸型なので転がるのに適している体形ではあるが、一応鳥なのでこんな真似はしたことがない。自分自身、一体何をしているのか分からなかった。

 「お、いいねー、いいねー!次はちょっとだけ羽をばたつかせてー」

 何がいいのか一つも理解不能なまま、言われるままに羽を広げてはばたく。相変わらずこの小さな面積でどうやって揚力を得て飛んでいるのか、謎の飛行原理で宙を飛ぶ。

 「はい、飛びすぎー。そのまま、羽を広げたままでー、ここにきてちょー」

 差し出された手のひらに着地する。

 「うん、悪くない。はい、見てみて、どぞー」

 シィーラはそのままネリオスに向かってその手を伸ばした。このわしが献上されたような形だ。まさかとは思うが、生贄にされたのだろうか。いや、だとしてもその前の行動は何だったのか。まるで理解が追いつかない。何をさせられているのだろうか。

 一方で、ネリオスはじっとこちらを見つめていた。食い入るようなその視線は全身を嘗めまわすように鑑賞しているが、邪な感情はなく、ただ真剣に射抜いてくる。まるで自分が美術品か何かになったようで、鑑定されている気分だ。落ち着かない。

 「ふーん、なるほどね……」

 そのままどれくらいの時が経ったのか。何が進行しているのか分からないまま、わしはシィーラの手のひらの上で固まっていた。

 「じゃあ、なぜ、これなのか教えて」 

 「ほむ?」

 (どうしてわしを美しいものとして見せたのか、それを説明しろということじゃ。ネリオスは必ず理由を求めることは聞いておったじゃろう。今がそのときじゃ)

 シィーラの思考はさっぱり分からないが、状況は把握できている。ここが正念場だ。

 「あー、理由ってやつだねー。んとー、ゼーちゃんの羽は綺麗なんだけど、土がついてた方がもっとキラキラするっていうか、かっちょいーから?あと、ぱたぱたーってするときの空気が気持ちよさそーなのー」

 つまり、どういうことだ。説明の説明が欲しいと思ったのだが、ネリオスは感心したように大きくうなずいた。

 「ユー、シィーラって名前だったわね。覚えたわよ、ヴェリー、グッドォォ!!!!」

 そして唐突に親指を突き立てて叫んだ。

 びくっとシィーラの手が震え、身体がふらついた。慌てて持ち直す。

 「シィーラ!ユーは分かってるわね!そう、自然美っていうのは、つまり静と動のコントラスト!光と闇、土の泥臭さと空気の瑞々しさ!その対比をしっかりと提示してきたチョイスはいい感じよ!」

 興奮しているのか、ネリオスの身振りが大きくなる。

 「何より、ありのままにこの独特の小鳥ちゃんで表現してるのがポイント高いわー」

 「ふみゅ、なんだか分かんないけど、気に入ってくれたってことー?」

 「いぇーす!」

 「おおっ、いぇーす!」

 その返事だけはしっかりと伝わったようで、シィーラもネリオスの熱が移ったようにその場で飛び跳ねた。

 完全に蚊帳の外のまま、放り出された空中でしばらく飛び回って羽についた土を払い落とす。ネリオスの感動ポイントは理解不能だったが、とりあえず美しいもののテストは通ったということでいいのだろうか。

 瞬く間に通じあったように妙な踊りをし始めた二人を見て、頭が痛くなる。まるで見たことのない動きをする自分の姿を見るのはやはり辛い。何より、変態で有名な男と楽し気に意気投合している時点で、その後のシィーラの扱いも自ずと見えてくる。ここは外だ。遠巻きに誰かの視線があることも気づいていた。

 長所と短所、果たしてどちらが上回るのか、今から悩みの種は尽きそうになかった。



 ひとしきり踊って興奮の波を昇華した二人が落ち着いたころ、ようやくまともな話ができそうな雰囲気になった。

 早速聞きたいことを口にしようとしたが、場所を移すと言ってネリオスは床の一部を持ち上げて地下へと誘った。やけに小さい小屋だと思っていたが、あくまで入口に過ぎなかったようだ。意外にも整った石階段を降りると、土壁の通路に幾つかの扉があり、地下には複数の部屋があることが分かった。

 その内の一つに入ると、漆喰の壁で覆われたしっかりとした造りの部屋になっており、本格的に利用していることが見て取れた。

 「さてさて、それじゃあ、教えてプリーズ。シィーラが欲しい情報とやらをねん」

 大きなソファに身体を沈めて、ネリオスはウインクをしてくる。

 形容しがたい感情をねじ伏せて、シィーラを通して図書館で調べ物をしたいことを話した。そのための十全な時間も必要なため、それらの条件に必須なものが何なのか、まずはその情報を求めていることを話す。妖精云々に関しては今はまだ伏せておく。

 「……なるほどね、図書館とはネリオも予想外だったわ」

 「なにか問題あるのー?」

 「ノーノー、大丈夫よ。珍しい依頼だったから、ちょっぴり驚いただけ、ちょっぴりね」

 どこか含みのある言い方だったが、ネリオスはすぐに淀みなく図書館の情報を落としてくれた。

 ロハンザ傭兵騎士団が管理するロハンザ図書館は、大陸でも屈指の大図書館である。ロハンザの街が歴史ある交易都市として繁栄し続け、今もなお国ではなく独立都市として存続できていることは、この街の運営が優れていることの証左だ。そしてその根底にあるのは、粛々と積み上げてきた人間の叡智という確かな礎があるからだ。

 図書館には、その叡智が記述された書物が収まっている。一般向けに開放されず、騎士団本部で厳重に管理しているのも当然ではあった。

 一方で、そのような貴重な図書館に立ち入ることができるのが、軍人のような騎士団員だけというのはおかしな話ではある。騎士団員のすべてが教養が高いわけでも、文字が十分に読めるわけでもない。戦術書などを読むのは将校階級だけで、ただの歩兵や槍兵が読む必要はないし、そもそも軍事関係以外の蔵書もたくさんある。

 よって、図書館は上階と下階に分かれており、そこでも入場制限がかかっている。一般書物や重要なものは上階にあり、上級騎士団以上でなければ閲覧不可となっていた。シィーラが騎士見習いという階級である限り、騎士団になっても目的が果たせない原因がここにある。わしらが昇級を狙わなければならない理由でもあった。

 そこまでは大体把握していた事前情報だった。ネリオスはそれを踏まえて更に詳しく語る。

 まず、ロハンザ図書館は騎士団本部内にはあるが、実際の運用に関しては騎士団側は半分の権限がしかないということだ。もう半分はロハンザ議会の中の司書部が担っており、現場の司書が実質の運用管理を担当しているとのことだ。ネリオス曰く、図書館で調べ物を満足にするためにはこの司書と親交を深めるのが一番だという。色々と融通が効くようになり、関連する書物の所在なども把握しているからだ。

 また、上階の中でも更に厳重に守られている蔵書もあり、それらは特別な許可がないと閲覧不可であるという。おそらくは政治的に有用なものであったり、特殊な魔法書であろうから関係ないと思われるが、心の隅には留めておく。

 本の持ち出しは原則不可で、読んだり調べるなりの行為すべては図書館内の閲覧室でのみ許可されている。利用できる時間帯は司書がいる勤務時間が基本で、ネリオスが司書と親しくなれといったのは、ここでもその関係が活きるからだろう。妖精について調べ始めても、すぐに結果が出るとは限らない。というより、何も出てこないかもしれない。どちらにせよ、その判断をするためにもそれなりの時間はかかる。しばらく通うことにはなりそうなため、司書とは顔なじみ程度にはなっていた方がいいのは確かだ。

 (図書館の仕組みはおおよそ分かった。次に、上級騎士になるための昇級試験について聞いてくれ。最速で可能性のある方法を、じゃな)

 「昇級、ね。ユーが何を調べたいのか知らないけれど、そのために来たんだとしたら当然上階の希少な書物が目当てでしょ?そりゃ、ハイレベルにならなくちゃ、ってことよねー」

 ネリオスは不意に立ち上がって、部屋の棚から白い小瓶を取り出した。中身が見えない白い陶器でコルクのような蓋で封がされている。

 「なあに、それー?」

 「これはね、こう使うのよん」

 ネリオスがそれをテーブルに叩きつけた瞬間、シィーラはその場から飛び退った。何かの薬品だったのは間違いない。液体が飛散して蒸気となり、紫色の煙のようなものが辺りに充満した。視界が覆われ、強烈な臭気も強い。

 (息を止めて吸い込むでないぞ!いま、この霧を吹き飛ばす)

 (おねがーい、くちゃいくちゃいー!)

 風の魔法で正面へとすべてを吹き飛ばす。他の家具類も巻き込まれる勢いだが、この際被害は考えない。ネリオスはおそらくシィーラの力量を試すために不意打ちしたのだろう。遠慮することはない。

 一瞬で紫の煙の塊を部屋の奥へと追いやると、いつのまにかマスクをしたネリオスが笑いながらこちらを観察していた。やはり、反応を窺っていたようだ。次いで、パチパチと拍手をしながら別の小瓶を開けると、煙がすべてそこへ吸い込まれてゆく。あの奇妙な煙を回収する魔道具らしい。

 「ヴェリー、グッド!いい反応だったわ、シィーラ。試すような真似してソーリー。でも、ネリオも一応半端な子に情報流すわけにもいかないからね、分かってちょーだいな」

 「試したってことでしょー?そんじゃ、合格ー?」

 「イエース!ユーなら、大丈夫そうだから話してあげるわー」

 随分、手荒な試験だったが、お眼鏡にはかなったらしい。改めて話を聞けるようだった。

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