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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第六章:昇級
47/225

6-1


 「よーし、クソ虫ども!後10週追加で上がっていいぞ。優しいオレサマに感謝するんだなっ!だが、くれぐれも這いつくばるような真似はするなよ」

 野太い声が演習場に響き渡り、豪快なバカ笑いと共に去って行った。

 その場に残されたのは命令を受けた第12班騎士見習い小隊の面々だ。心底疲れ切った顔を見合わせ、諦めたようにまたその重い足を引きずるように動かし出す。

 「クソがっ、絶対あいつは殺す!」

 「畜生……もう体力残ってねぇよ……」

 恨み言を吐きながらも、彼らは皆休もうとはしなかった。ここでサボれば、更に酷い訓練メニューが用意されることを身をもって知っているからだ。

 「ぐにゅー……こんなに走り込んで、本当に意味あるのー?」

 (意味はある。それ以上に、こういう限界まで追い込むやり方というものは精神を高める側面が強い。己で定めた限界など妄想で、更に上があるという可能性に気づかせるようなものじゃな)

 「そんなの、言ってくれればいいじゃん?」

 (言葉では信じられぬゆえ、体に覚え込ませねばならぬことが色々とあるのじゃ。だいたい、この位なら余裕で耐えられるはずじゃぞ?わしはお山でもっと長時間走り込んでいたものじゃ。おぬしになって弛んでいるのなら、この機会に鍛え直すのは悪くない)

 「ぐっぎょーん!?ゼーちゃんの鬼!魔族!こんなに疲れることするなんて聞いてないよー!」

 シィーラは喚きつつも、一番先頭をしっかりとした足取りで走っていた。

 「あいつ、何だかんだ言って普通に走ってやがるな……」

 「強靭……粘り強いこと。賞賛、驚嘆」

 そんな妖精ユムパの後ろから、ロアーナとジャコブも食らいついていた。

 ここはロハンザ傭兵騎士団の第三演習場。騎士見習いたちが訓練で汗を流す場所だ。訓練所上がりの急造の騎士見習いとして、シィーラたちは現在猛特訓中だった。どんな組織でも最初は下っ端の雑用係から始まるものだが、騎士団という集団においてはまさしく最下層の小間使いであり、あらゆる理不尽を押し付けられる役職でもあった。

 中でも鬼軍曹、影ではクソ虫軍曹と揶揄されるガメイア軍曹が担当する騎士見習い小隊は、最底辺の落ちこぼれとして扱われることが伝統だった。

 初っ端からとんだ部隊に配置されてしまったものだ。

 本来ならばもっと時間をかけていい立場からスタートするはずだったのだが、状況の変化に合わせた結果、滑り込める場所がここしかなかったというのが現実だ。

 (それにしても、あの狸め。時間的制約を理由にしとったが、半分は絶対に嫌がらせじゃな、これは……)

 「たぬきー?」

 脳裏には訓練所所長のヤヤークの姿が思い浮かんでいた。交渉時に大分やり込めたはずなのだが、敵もさる者、ただでは転ばなかったということだ。もう一度脅しをかけいに行くことはできなくはないが、一度この階級で入った以上、突然昇格というのも外聞が悪すぎる。

 やはり、ここから最短で上級騎士まで上り詰めるしかない。見聞屋ヨーグの言葉が蘇る。

 「昇級には訓練所同様、正攻法だけではなく他薦や功績による特進制度があります。その道を模索するのが一番いいかと思います」

 もっともな言い分だが、問題はその模索する時間も訓練やしごきの時間に取られてしまっているということだ。

 強化遠征から帰ってまだ間もないと言うのに、考えるべきことがまた芋づる式に増えていた。

 訓練所の方の後処理も完璧に終わっているとは言い難い。

 (一つ一つ、片づけるしかないか……)

 「んー、たぬきを片づけるのー?どゆことー?」

 (そういうことではない……)

 もう少し、シィーラの知性が高ければと思わずにいられなかった。



 話は少し遡る。

 強化遠征を無事に終えた偵察試験班は、その任務で唯一成果を残した班となった。

 他の正規騎士による偵察班は、ことごとく例の偵察潰しの毒牙にかかり、ほとんどが壊滅的な損害を受けていた。どうにか生き残りが持ち帰った情報も中途半端だった。

 実質的にアルバがもたらしたものが唯一で精度が高く、他はすべてその補足という結果になった。当然、訓練生の功績は誰もが認められるものとして高く評価された。しかし、それは現場での話であって、この結果を持って訓練所に報告した際、想像していたよりもその評価は低い結果となった。

 ヤヤーク所長の理由説明としては、班員の半数が死んでいるという損失が大分マイナス評価だということだ。その採点に一定の理解は示せるし納得できる面もあるが、当初の誓約書として評価は上向きで判断を保証するとあり、今回の功績は客観的に見ても十分に高い。その比率を考慮すれば、不当に低い評価と言わざるを得なかった。

 他の面子のものも同様だ。せいぜいが訓練所内での素行不良や懲罰対象の帳消しで、強化遠征で命を懸けて生還した対価としては過少評価すぎる。厳密な評価基準が明文化されていないため、誓約書を持ち出して抗議しても覆せるかどうかは微妙なところが厄介だ。所長が初めからこうすることを目的としていたかは定かではないが、足元を見られていることは確実だった。 だが、こうなる可能性も一応考慮していたため、そこで泣き寝入りする気は毛頭なかった。

 以前からヨーグに調査依頼していた結果が既に揃っており、おおよそ推測していた通りの裏付けも取れていた。攻勢に出る時だった。

 即断即行で不当な評価を下されたその夜、所長の家に押しかけて話し合いの場を無理やり設けた。

 初めは聞き分けの良い大人の顔を演じていたヤヤークだが、こちらが握っている秘密を聞くと、真剣な顔つきで対話の席につく覚悟を持ったようだった。

 「……つまり、これは脅しというわけかね」

 テーブルを挟んでシィーラとナリスに向き合ったヤヤークは、こめかみを抑えながら静かに言った。動揺しているとしても、落ち着いた様子でなかなかの役者だ。ナリスを連れてきたのはシィーラでは代弁者として不十分だと判断したからだ。二度もこうして顔を合わせた以上、シィーラとの親密な関係は露呈するが、今はそれよりも立場を分からせておくことの方が優先された。

 「どう取って頂いても結構ですが、こちらは正当な対価を要求しているだけです。そちらも無理を通している自覚はおありでしょう?」

 ナリスにはこちらが主導権を握っており、高圧的な態度で問題ないことは伝えてある。意外にも、小憎らしい物言いがなかなか板についていた。

 「それは見解の相違というものだな。私は正当に評価したと思っている」

 「暴徒ヴァルガー鎮圧、傭兵騎士団第一大隊長シザレッドへの一撃成功、強化遠征での唯一の任務達成。これだけの功績が、訓練所内の一段階昇級では納得がいくはずがないでしょう?過去にはクレムスの観覧会での対戦で、正規騎士団員といい勝負をしただけで騎士団昇格の実例もあります。今回のシィーラの実績は、それを遥かに凌駕しています」

 理路整然と正論をぶつけると、ヤヤークの表情もさすがに曇った。

 「まぁ、それは……時代の違いというものもあるからな。状況に応じた相対的な評価という考え方をすれば、一概に過去と同様の功績で同じ対応というわけにもいかぬ」

 なかなかにしぶとい強硬姿勢だった。崩れそうで崩れない。さすがは訓練所所長を務めているだけはある。だが、このままでは埒が明かない。切り口を変えて圧力をかけることにする。

 「それはそうと、強化遠征中の森の民の事件に関して、どの程度把握しておられますか?」

 「森の民……オムロの襲撃事件のことかね?貴公らが民長を救出したという話は聞いている。偵察だけのはずが、独断専行で突入したということもね。結果、上手くいったからいいものの、大分危険な賭けだったと個人的には思うよ」

 (少し呼吸が乱れたな。皮肉を込めて進めてくれ。馬鹿にした感じでも良い。現場にいない人間は結果論でしか物事を語れない、とな。わしらの強制介入によって犠牲者は確実に減らせたことも付け加えて言ってくれ)

 「現場に立たない人ほど、結果論で片づける傾向が強いそうです。付け加えると、シィーラの決断と行動によって人質の犠牲が抑えられたことも事実です」

 「……詰まるところ、みな勝者の論理だと思うがね。それで、森の民のことを持ち出してどういうつもりだ?」

 「相貌の実。それが何を意味するか、お分かりですよね?」

 一番初めにヤヤークに聞かせた単語だ。知らぬ存ぜぬは通らない。ただ、相手もこちらがどこまで知っているのか、測りかねている雰囲気は伝わってくる。その辺りを探りたくて話し合いに応じたといっても過言ではないだろう。

 ここでヤヤークがすぐに答えずに間を置いていることからも、どう対応するか迷っているのは間違いない。攻め続けるときだ。

 「あなたが勝手に何を複製しているか、それも分かっています」

 「ほぅ……一体それは何かね?」

 (少し迂遠に揺さぶる。例の暴徒が使っていたものをどう処分したか、確認してみてくれ)

 「どう、とは妙な聞き方をするものだ。その後の調査で貴公が主張していたように呪具の可能性が高いという見解に至ったため、破壊して処分するように指示したが、それがどうかしたのかね?」

 「そうですか、確かに破壊したのですね?」

 「強力な魔力を宿した危険な代物だからな、当然の処置だと思うが?」

 (はっきりとボロを出しおったな。本物の呪具は壊せないものなんじゃ。つまり、壊せたということはあの呪具が紛い物であることの証となり、更に言えば相貌の実で複製した半端な代物だからじゃ。ヤヤークは勝手に相貌の実を使い、呪具を複製して闇市で売りさばいておるが、民長オムロの儀式をしておらぬゆえ、完璧な複製品にはならぬ)

 ある程度の前情報は話してあるので、ナリスは理解が早い。ヤヤークの秘密とはつまるところ、相貌の実の私有化で呪具を複製して売りに出していることにある。ナリスはその秘密を巧みに小出しにして、ヤヤークを追い詰めてゆく。

 「なるほど。ところで、本物の呪具というものは壊せないということを御存じでしょうか?」

 「…………」

 再びヤヤークが黙り込んだ。ここまでの質問で、こちらが全容を掴んでいることに気づいたのだろう。計算高い男だ、そろそろ観念するかと思ったのだが、まだ粘るつもりらしい。

 「貴公が何を示唆しているのか分かり兼ねるが、壊したと報告書にあっただけで、実際どういう状態だったのかは私には知る由がない」

 「では、あなたの雇っている仲介業者が闇市で呪具を不定期に出品していることも知らないと?」

 ヨーグによる裏付けが既に取れている事実を突き付ける。しらばっくれようとしても、先回りして証拠は固めてある。状況証拠だけのものもあるが、全体像がバレている時点で、言い逃れは通用しない。

 黙秘を続けるヤヤークに畳みかける。

 「例の暴徒たちを煽動するよう依頼された何でも屋がいたことも、まったくあなたは知らないということですか?」

 先日のあの訓練所襲撃自体が、ヤヤーク所長の計画だったことも突き止めていた。予想よりも大分被害が大きくなったようだが、元々は呪具の効果の宣伝とそれに対応できる訓練所の質の高さを証明することにあったのだと推測できる。完全な自作自演だが、そのすべての利益が訓練所にもたらされる一石二鳥以上の狡猾な仕組みだ。

 シィーラはある意味、その計画に穴を開けた存在でもあるので、素直に評価できなかった側面もあると見ている。

 「……まったく、随分と嗅ぎまわったものだね……」

 まだ抵抗するかと身構えていたが、ついにヤヤークは折れたようだ。ソファに深く沈みこんで、訓練所所長は疲れた声で続けた。

 「そこまで調べたなら分かっていると思うが、ロハンザ傭兵訓練所の運営資金は騎士団のそれとは切り離されている。真っ当な資金繰りではうまく回せないのだよ」

 当然理解していた。だが、そうなったのは自業自得だということも知っている。

 元々は訓練所の運営資金は騎士団側が提供していた。しかし、ある時期に裕福な貴族の嫡男たちが集中して在籍したせいで、寄付金というかなり潤沢な余剰資金が手に入った。その分を騎士団側は当然還元されると考えていたが、ヤヤークは寄付金は訓練所への特別手当であって、騎士団側に帰属するものではないという主張を押し通し、これを手放さなかった。用途は不明だが、すべてが訓練所のために使われていないことは確かだろう。

 これを機に資金問題が様々に揉めた後に決裂し、それならばと完全に分離されたものへと変わったのだ。寄付金を期待できる貴族がいる内はいいが、その比率が少ないと厳しい予算になるのは当たり前の話である。この点に関してはヤヤークの見積もりが甘すぎたという落ち度でしかない。

 「そんな裏方の話はこちらに関係ありません。けれど、関心を持つ人はたくさんいるでしょうね」

 同情はしないと斬り捨てて、いつでもこの情報は売れるのだと匂わせる。ナリスには脅迫の才能があるのかもしれない。

 「ふぅ……分かっている。何が、望みなのかね?」

 大きく息を吐き出してヤヤークは言った。ようやくその言葉を引き出せたので、要求を詰め込んでいく。

 こうして急いで詰めかけたのは時間がないからだった。

 ヨーグによると、ロハンザ傭兵騎士団は現在ある戦争に従軍中だ。つい先日出立したばかりで、かなりの数の団員が本拠地にいない状態だ。その穴埋めとしての団員を緊急募集しており、通常より緩い規定で人員確保を急いでいた。本拠地に常駐する定員が割れているとのことだ。傭兵騎士団は実質的にロハンザの軍でもあるため、防衛のために一定数が常駐している必要があった。

 それだけ今回の戦争には騎士団員が大規模投入されるということでもあるが、そのような事情はわしらには関係ない。大事なことは、騎士団拠点が手薄な今、図書館で調べ物をするには丁度いい時期だということだ。今を逃す手はない。

 そして、その穴埋め要員の締め切りが迫っていた。

 訓練所は緊急時には繰り上げ入団といった措置も可能になっているため、既に数十人が騎士団入りを果たしていると言う。今回の功績を持って、シィーラもその流れに便乗できると踏んでいたが、先の過小評価で御破算となっている。これを覆すための訪問だった。もともと、ヤヤークの悪事や裏金作りに興味はない。騎士団入団への裏工作をしてくれれば、好き勝手にすればよい。

 色々と疑ってくる所長だったが、最後にはこちらの条件を呑んだ。立場的にもそうするしかないのだから当然ではある。

 最後に報復など馬鹿な真似をしないように釘をさすために付け加えておく。

 「ちなみにこちらを探らせている三流の見聞屋連中は引き上げさせてください。以降、不審な姿を見つけた場合、この家に死体として放り投げることになりますので」

 立ち去り側に警告を残すと、ヤヤークはやや青ざめた顔で了承した。

 さすがにそこまでバレているとは思っていなかったのか、初めて動揺が見られた。情報は力だ。その差を鑑みれば、所長も引き際はわきまえているはずだった。



 それがわずか半巡り前のことで、その結果としての現状である。

 やはり、どう考えてもおかしい。

 訓練所上がりでその所長お墨付きで入団しているはずなのに、なぜ騎士見習いなのか。最低でも下級騎士が妥当だ。こんな嫌がらせをしてくるとは、脅しが逆に効きすぎたのだろうか。

 だが、冷静に考えるとそれもないように思えた。ヤヤークは老獪な策略家だ。ここで感情的にシィーラに不満をぶつけたところで、益はないことは十二分に分かっているだろう。だとすれば、この状況は別の第三者の介入があったと見るべきだ。

 環境の変化の慌ただしさで、落ち着いて考える暇がなかったために見落としている何かがあるようだ。

 もう少し現状を正しく理解する必要がある。

 「なぁ、今日も疲れたし、終ったら今夜もあそこ行こうぜ」

 「あ、さんせーい!連続肉ぱーてぃー!?」

 「おうよ!」

 ロアーナたちにも正当な評価を要求した結果、入団と金銭面での報酬が与えられていた。問題はその使い道だ。あぶく銭のように豪遊してすぐに使い切る勢いだった。宵越しの金は持たないと言うのは聞こえはいいが、単なる無計画だ。他人の流儀に首を突っ込むつもりはないが、シィーラを巻き込むのは勘弁願いたい。

 どうやってそれを伝えればよいものか。

 考えなければならないことは、やはり増えていくのだった。

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