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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第五章:偵察任務
46/225

Interlude AY-1


 報告書なんてものは抜け殻だ。

 起こった出来事の搾りかすにしか過ぎない。

 あの日見たもの、感じたもの、それらが引き起こす自らの肉体の反応、五感から沸き立つあの感覚を何も反映できない。

 単なる箇条書きの事実の羅列に本質など宿らない。その事実さえ、書き手の意図で歪められる始末だ。

 そんなものに価値などあるものか。

 諜報担当官Yは煙草の煙を吐き出しながら、苛立った気持ちで書類を机に放り投げた。

 たった今書き上げた報告書を横目に、それでも自分はこのクソみたいなものを上司に渡すのが仕事だと嫌というほど理解していた。

 淡い煙が薄暗い部屋に立ち昇り、消えていく。

 求めていたのはこんなものではなかった。

 傭兵騎士団という組織に入り、戦場で華々しく敵と剣戟を交わしながら舞い踊る。吟遊詩人が唄う白熱した戦闘の舞踊の如く、苛烈に華麗に殺し合う戦士になっていたはずだった。だが、現実はまったく違うものだった。

 良く分からない集団への交渉役、あらゆるものを覗き見るコソ泥のような諜報活動、偽名、偽装、詐欺、窃盗……おおよそ、表舞台での派手な立ち回りとは程遠い。自分の名すら毎回違う。その時点で、この世界ではもう背信者だ。生まれ落ちた際に授けられた尊名を汚している以上、ろくなものではない。

 なぜこんなにも鬱屈した気持ちになるのか。

 理由は分かっていた。たった今まとめた報告書の内容が、あまりにも無味乾燥だったからだ。実際に目にした真実に対して、いつもの形式の言葉で表現したものがあまりにも陳腐だったからだ。別に文学的表現や誇張したものを書き綴りたかったわけではない。ただ、目の当たりにした非現実的なあの空気間、流れ、匂いが、そこにはまったくないことが不満なのだ。

 続いてもう一つの方も確認する。

 こちらも報告書ではあるが、非公式なもののため、ある種のメモ書きに近い。内容の詳細さで言えば、後者の方が深い。推測と私見も交えたものでまだ清書ではなかった。どこまで記すかについても決めかねていた。一番金になる情報の種だが、下手に扱えば身の危険にもつながる。

 やろうと思えば、冒険譚のように劇的に書き連ねることもできるだろう。だが、できない。自己満足に酔って信用を失うわけにはいかなかった。

 慎重に事を運ぶため、担当官Yはもう一度深く煙を吸い込んでから改めて思い返す。この森の民の住処で起こった一連の出来事を。

 


 ナジェイラの祖、森の民オムロという狩猟採集民には、大陸でも稀有な特殊技能があるらしい。

 そんな噂を聞きつけたロハンザ傭兵騎士団は、その正体を隠して森の民に接触。相貌の実による複製能力を知って、利用する協定を結んだ。その当時、遠見の魔眼を手に入れたこともあって、まさに運命的なタイミングだったと言える。

 だが、その複製技術に関しては、森の民のみが知る秘術として、騎士団側に詳細が知らされることはなかった。ゆえに、複製期間が一定ではなく、その成否も不安定である結果に不満を持っていた。改善を要求したりその助言をしようにも、過程が見えなければ何もできない。

 森の民オムロの門外不出の秘儀だと言われてしまえばその通りなのだが、大量生産を目論んでいる騎士団としては、その複製を相手側にだけ任せていては何も変わらないと言う焦燥を抱いていた。そこで動き出したのが諜報部である。

 複製方法を探り、どのような点が問題なのか、その技術そのものを代替できるのかどうか、隠されている情報を暴き出す任務が与えられた。

 排他的な集団の中で、そうした任務をこなすには長期間の潜伏が必要だった。まずは溶け込むことから始めなければならない。単一の集団の中に異物が混じるのだ。馴染むには時間がかかるし、信頼関係を構築しなければならない。

 それでも、諜報担当官は少数の専任を割り当て、比較的短い期間でこれを実行した。その結果、相貌の実という不可思議な植物の存在と、民長オムロの儀式が複製には必要だと言うことを突き止めた。ここまで探るのはどうにか諜報員のみで可能だったが、そこから先は森の民側からの情報供与が必須だった。

 謎の儀式の詳細が、覗き見程度ではまったく不明であり、民長のオムロを懐柔しようと試みても、オムロの口は想像以上に固く、そこから崩すことは不可能だと結論が出ていた。

 そこで森の民の中から懐柔できそうな者を当たった結果、ある若者の一団が現状に不満を持っていることが分かり、この者たちを利用する計画が立てられた。情報漏洩に関しては比較的簡単に取引できたが、問題は彼らがそれほど重大な秘密を知らないことだった。相貌の実の扱いに関しては、森の民の中でも重要な役癪の仕事であり、民長の側近でなければその詳細は知らないという徹底ぶりだった。

 当然の如く、そのような側近から崩そうと試みたが、誰もが森の民という自分たちの出自と生き方に誇りを持って生きており、諜報員が付け入る隙がまったくなかった。閉鎖的集団では、しばしばこのような買収できない価値観の者たちが現れる。厄介な存在だった。

 この間も魔眼は複製され続けていたが、やはり騎士団側が想定している数には程遠い生産速度と精度で、諜報部への期待と圧力は強まっていた。どれほど森の民との距離を詰めても、一定の距離までしか詰められない。秘密を打ち明けてくれるほど、その懐には入れないことがはっきりとしていた。

 正攻法ではもう埒が明かないと判断した諜報部は、大胆な作戦を立案する。

 外部の者を使って森の民を脅かし、騎士団側へ手助けを求めさせるといういわゆる自作自演だ。これにより、絆が深まって依存度も高くなるという計算だ。安定した状況では変化が望めないのなら、環境そのものを自ら乱すことで関係性を見直させればいい。

 その外部要員に白羽の矢が立ったのが、ある山賊団だ。森の近隣である程度の人数を擁し、こちらの意図を理解できる知性がある集団が必要だった。正直、その条件を満たしていたかどうかは怪しいのだが、他に該当する一団がなかったこともあって、彼らを使うことになった。

 この山賊の頭はドーアという者で、その副長がバレイだった。重要なのはこのバレイこそが山賊たちを実質的に指揮する司令役だったということだ。ドーアは典型的な力自慢の荒くれ者でオツムの方はあまりよろしくない。山賊を束ねているバレイの知性こそが、この作戦の肝だと言えた。

 森の民オムロに出入りする送伝屋を抱き込み、不満を持った若者たちとのつなぎを作り、山賊たちとの連絡網を構築した。

 諜報員は森の民の住処に常駐しているわけではないので、この形での伝達方法が必須だった。送伝屋からは確実に諜報員に情報が渡るので、ある程度のお膳立てが済んだ後は決行日の調整のみだ。間に諜報員が入らなくても進行できるので、余計な手間が減る。

 そしていよいよその日が来た。

 序盤から計画通りに進み、不満分子の手引きによって先行した山賊の精鋭が素早く民長のオムロを抑え、人質を盾に民人たちを完全に支配下に置いた。その時すでに幾人かの森の民の戦士の犠牲者と、取り逃がした者たちもいたのだが、概ね想定通りだったと言える。

 担当官Yはそれらを盗み見ていた。

 決行日にはいないことになっていた身なので、兼ねてより森の民の地下集落に構築した隠れ家で待機していたのだ。騎士団側の通常の連絡員は手筈通り、民人と一緒に山賊に囚われていた。この日に集落にいるよう事前に調整して潜り込んでいたのだ。予定では民長のオムロが救援要請を依頼し、連絡員が抜け出して騎士団側が助けに入る、という流れだ。

 Yはその予備要員という立ち位置だ。同時にもう一つの目的、訓練所所長の間諜という役割もある。傭兵騎士団と訓練所の関係は良好ではあるが、運用資金は完全に別だということで訓練所の資金繰りは完全に独立しており、その運営はかつかつの状態だという。訓練所所長のヤヤークは、常に金になる木を探している。当然、相貌の実というのはそれに該当した。

 騎士団よりも訓練所側の方がその絡繰りを知りたいと願っているのは間違いない。既に秘密裏にその一部を流用していている状態だが、未だに不安定なのは騎士団側と同じ状況だったからだ。

 どう転んでも、Yにとって今回の件は金になる。そういう計画だったのだが、誤算はすぐに訪れた。

 山賊たちの統制が想像以上に取れていなかった。ドーアとバレイの前では従順に従っても、その他で相当の緩みがあったのだ。不運も重なったと言える。森の民のある娘に目を付けた山賊の一人が羽目を外したせいで、人質の一団と余計な小競り合いが起き、それをおさめようとしたバレイが乱戦に巻き込まれてあっさりと死んでしまったのだ。完全に流れ矢のようなものだった。更に悪いことに、その山賊のグループは副長の死を隠蔽した。

 団長のドーアにバレたら殺されることは確実だったので、別行動だったのをいいことに誰も報告しなかったのだ。このバレイの死と隠蔽がきっかけで、あらゆる手順が乱れることになった。民長と連絡員が引き離されて予定の救援要請が行えなくなり、ドーアの尋問が過激になっていった。それを抑えられるバレイがいなかったからだ。その結果、民人に多大な犠牲者が生まれることになった。

 その頃にはYは決断を迫られていた。本来なら連絡員への救援要請が困難になった場合は、代替案として自分が本部への状況説明や要請を肩代わりする手筈だった。しかし、一方でこの混乱に乗じて、森の民の秘密に近づける可能性もあった。その天秤を推し量っていたのだ。忠義や義務などの善性精神とは無縁だ。利用できるものはすべて利用してより多くの利益を求めるのが、Yの人生訓だ。

 最終的にYは当初の計画を捨てた。言い訳は後でどうとでもなる。それほどに現場は混乱していた。相貌の実を秘密を知ることが何よりも金になると判断し、独自に動くことにした。民長オムロのみならず、その側近たちも囚われていることで、今まで近づけなかった民長の私室を探ることができ、隠された手記や資料を盗み見ることができた。

 その一部に相貌の実を使った人間の複製、蘇生といった奇天烈な記述を見つけ、バレイの死を隠ぺいしている集団にそれを試させるよう誘導をした。明らかに眉唾ものの話だが、実験する価値はある。しかも、勝手に動いてくれる手足も丁度良くある。試さない手はなかった。

 餌には簡単に喰いついた。追い詰められていた山賊たちは、その生首儀式とも言うべき奇妙なものを早速始めた。手記から分かるのは漠然としたもので詳細など望むべくもないが、真似事と言えどその必死さが伝わったのかただの偶然か、バレイの死体の複製らしきものは、一応産み落とされた。この結果にはYも驚いた。絶対に何も起こらないと思っていたのに、それが動き出したときには、軽い興奮すら覚えた。

 しかし、その複製人間はすぐにドロドロに溶けて消えてしまった。何かが失敗したのだろう。ここで決してあきらめられないのが負け犬の心情だ。愚かな賭博士の典型的行動でもある。次こそはどうにかなると勝手な希望を抱き、更に生首儀式を本格化させた。より鬼気迫るものになった奇妙なその儀式は、相貌の実による死体の複製という禁忌の何かを促進させたようだ。ドーアよりも早く、相貌の実の実験をしていた時点で、どこかおかしくなっていたのかもしれない。

 バレイの死を隠ぺいしようとしていた山賊たちは、その行為そのものに取り付かれたように狂った様子で、一心不乱にわけのわからない儀式を延々と続けたのだ。やがてその狂った努力が行きついた先は、なぜか彼ら全員が相貌の実の中身である赤黒い液体に変換されるという、恐ろしいものだった。

 しかも、彼ら全員がその後バレイのような何かに変態し、もはや人とも言えない人人形のようなものになり果てた後、また一つの液体になって消え去った。いや、今回は消えたというよりはどこかに流れていったと言った方がいい。液体になった後もそれは意志を持つがごとく動いていたからだ。

 Yはその一部始終を見ていた。あの奇妙な儀式はおぞましく意味不明ではあったが、何らかの効果をもたらしたことは間違いない。危険だとしても実験する価値はあるということだけは分かった。何事でも可能性に金を出す者は少なくない。その意味で、あの儀式は商品になり得る。ネタとしては上々の成果だった。

 同時進行で、民長オムロからも相貌の実に関する情報は少しずつもたらされていた。ドーアの過激な脅しが功を奏したとも言えるが、その影響はドーア自身にも何らかの変化をもたらしていた。元々粗暴で言動にやや難ありの性格だったが、日に日にその変動が激しくなっていた。ある種の奇行も見られ、狂人のような振る舞いが垣間見えるようになった。

 その原因が分からず、不審に思ったYはドーアを監視してその理由を知った。ドーアもまた相貌の実に魅入られていたのだ。オムロは相貌の実の存在は隠し通していたが、痛みに屈した森の民からその存在がもたらされ、複製できるらしいという話を聞きつけた。だが、オムロは複製の仕方や秘密の儀式とやらの詳細はほとんど口にしなかった。そのために、ドーアは自身で独自に相貌の実の実験をしていたようだ。その過程で食べ物の複製をし、自らそれを口にしたことで何らかの影響が出たと見ている。普通は部下なり人質なりにその効果を試させるものだが、その程度の知性もなかったのか、よほど空腹だったのか、その思考までは分からない。

 ただ、結果としてドーアは意識が混濁したような精神が常態化することとなり、そのせいもあってバレイがいなくなったことにも気づいていない様子だった。ドーアの最終的な目的は何か分からなかったが、人質の手足を複製しようとしたり、それをつなぎ合わせようとしたのか、別々の部位を一つにまとめて相貌の実に投げ入れたりと奇妙な実験を始めたのもこの頃だった。当然、その材料は森の民で、凄惨な死体が積み上げられることになった。

 Yは当初そのことには気づかなかった。この間に自らも相貌の実について色々と観察していたからだ。相貌の実は実は一か所に固まっているわけではなく、主にオムロたちが使用している場所の他にも点在しており、そちらで調査していたせいもある。何にせよ、その構造や具体的な内部の成分などは皆目見当もつかず、不可思議な植物としか認識できなかった。やはり民長であるオムロのいう秘密の儀式の内容が、複製には必要だという結論に達した時に新たな侵入者が現れた。

 奇妙な鳥のようなものを連れた、黒髪の剣士だった。Yはその人物がおそらくは騎士団側が派遣した先遣隊の一人だろうとすぐに察した。森の民からの連絡が途絶えて、既に何日も過ぎていた。騎士団側も手をこまねいて待っているだけではないことは分かっていた。

 さすがに潮時だと判断し、この時に即連絡用のポッポ便を放った。緊急事態につき突入願う、といった内容だ。山賊の蛮行はある程度許容していたが、放置していた間に想定以上の犠牲が出ていたことも事実だ。適当にごまかすにしても、森の民の被害があまりに大きいと言い訳もできなくなる。

 騎士団の応援を待つ間、説明するためのシナリオを用意する必要があった。山賊の一味と森の民の死者はかなり出ているが、そのすべては山賊団が相貌の実を独占しようとして暴走したという筋書でまとめれば、何とかなりそうだった。おそらく、全体の真相や関連性を知る者はY以外にはいない。部分的な真実は分かるだろうが、それを他と結び付けられるのはこの襲撃の一部始終を観察できた者だけだ。

 その反面、都合の悪いこともある。騎士団側の連絡員は、予備要員のYがすぐに計画修正のために動かなかったことを理解している。彼は結局、最後まで森の民の人質と同様に監禁され続けていた。Yが放置していためなので、救援が来る前にどさくさに紛れて亡き者にした。死人に口になしとはよく言ったものだ。

 そうした後処理を終えて概要をまとめた頃、ドーアの扱いに困っていたのだが、例の黒髪の剣士がどうにかしてくれた。正確には結果的にそう推測できたというだけだ。何が起こったのか、正しく把握はできていない。いつのまにかドーアが行方不明となっていたためだ。

 最後に確認できたのは、民長のオムロを尋問していた姿だった。その後に他の要所を監視していたため、ドーア自身にどのような変化があったのか詳細な流れは分からない。しかし、状況から察するに、ドーアは相貌の実に取り込まれたか自ら試したのか、己を実験体にしたのだと思われた。結果的に生まれたその奇妙な生命体を、黒髪の剣士が撃退した場面は盗み見ていた。

 その後のオムロの話も加味すると、やはりあの樹木人間のような何かが、ドーアの成れの果てだという推理が一番収まりがつく。例の秘密の儀式とやらをしなかったせいで、オムロの言う呪いという状態になったのだろう。

 どういった心情で自らを相貌の実に委ねたのか、一体そこでどんな変化があったのかは定かではないが、正しい手順を知らなければ人体に悪影響を及ぼすことは判明した。逆に、そこを解き明かせるのなら、相貌の実による強化戦士の製造、複製のようなことも可能性はある。流石に最大級の禁忌領域のため、オムロが秘密を話すことはなさそうではあるし、相当数の実験体の確保など、研究をするにしても大規模な準備が必要そうではあるが。

 それにしても、あの黒髪の剣士は何者なのか。気取られぬように隠れて見ていたため、ドーアとの戦闘を間近で確認できなかった。怯んで逃げ回っていたかと思ったら、急に豹変して達人の動きであっという間に斬り殺してしまった。まるで別人の動きだったが、強化魔法の類で一気に片づけるタイプだったのかもしれない。

 Yはその姿にかつて自分が思い描いた英雄の面影を見て、我知らず興奮してしまった。しばし諜報活動を忘れて見入ったほどだ。あの素晴らしい場面を克明に報告書に書けないのが無念だった。

 何にせよ、民長のオムロは無事であったし、そのおかげで多少は相貌の実の実態の一端にも触れられた。想定以上の森の民の犠牲は出たが、壊滅的ではない。今回手に入れた情報を思えば、首尾は上々と言えるだろう。

 最後にもう一度、報告書の校正をしようと思ったところで、ふとYは背後に気配を感じた。

 「……何だ?」

 一人呟いて振り返っても何もない。

 気のせいかと思って報告書を開くが、どうにも落ち着かない。

 隠れ家としているその空間を見回す。何もおかしなものはない。しかし、依然として自分以外の何かを感じた。

 そして担当官Yは、びちゃり、という液体の音を聞いた。


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 ・ナジェイラの祖、森の民オムロの集落襲撃に関する報告。

 ※一部推測による補足ではあるが、実際に観察した結果であり事実に近いものだと確信している。時間的制約のため、乱雑な箇条書きであることはご容赦願いたい。


 ・山賊の団長ドーアが、相貌の実を独占しようと騎士団との契約を一方的に破棄、連絡員も実質人質状態で監禁して裏切る。当初からそう画策していたかは不明。

 ・森の民を極力傷つけないという条件も無視し、人質を相当数死傷せしめ、当該連絡員からの救援要請という流れも遮断された。

 ・副長のバレイ、手引きした森の民の不満分子である若者の一団は、計画の初期段階でほぼ全滅した。山賊たちの無理解が引き金となり、その管理役であるバレイが真っ先に殺されたことにより収拾不能となった。ドーアのその後の暴走はこの要因により更に加速したとみられる。

 ・相貌の実の存在を知り、実験として食料を複製、その複製が不完全だったためか、一部の山賊及びドーアの言動が狂人化、理性が失われた可能性が高い。

 ・人質の死体の四肢欠損や部位切断の理由は、相貌の実の実験材料として使用されたため。その目的は不明だが、おそらく上記による精神疾患による弊害と考えられる。

 ・相貌の実がなるのは神木とされる主幹ではあるが、根は洞窟内の至る所に伸びている。その一つが大広間の方に存在し、森の民の一般的な象徴としてそちらを祭り上げている。

 ※広間の相貌の実は定期的に排除し、複製作業は真の神木の方のみで行っている。御存じの通り、例のモノに関してはこれらとは別の場所で実行されている。

 ・この神木は魔界樹の根とつながりもある模様。相貌の実で複製したものにその異常な魔力が流れ込むため、民長の儀式でそれを抑制しているとのこと。

 ・生首を並べた儀式や神木に吊り下げられた死体など、不可解な状態のものに関しては、森の民の過去の文献の模倣と考えられる。様々な実験が行われ、それを儀礼的に模すことで何らかの形式を一般化する目的があったと推測する。ただし、これらは失敗談であり、民長オムロによると成功例に昇華したものはないらしい。

 ※件の文献はオムロの私室に隠されていたが、他にも多数あると推測される。信憑性に関しては保留。一部の写しは別途用意可能。

 ・最終的にドーア自身は相貌の実に取り込まれたのか、人ではない生命体になって、先遣隊の者と交戦。敗北して消失した。

 ・上述した事実により、相貌の実による人間の複製、あるいは精製とも言うべき実験は、研究として一考に値するが、その際の代償はかなりの危険性を伴うと思われる。

 ・また、相貌の実の中には……


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 その報告書、というよりも手記を発見したのは、諜報担当官Qだった。

 前任の担当官Yが消息不明となって一か月後、どうにか森の民オムロの集落に潜入し、諜報部が確保した隠れ家までたどり着いたのだ。

 人の目に触れない部屋状のその空間は、人気がないままひっそりと存在していた。簡易的に置かれた机と椅子、小さな棚と蔓で編まれた簡素な寝床。かろうじて岩肌にはめ込まれたような燭台だけが、文明の匂いを感じさせる場所だ。

 その机の上に、Yが残したと思われる書類だけがぽつんと置かれていた。埃をかぶっている様子からして、主はしばらく帰っていないのは確実だ。

 記載されている内容は、例の事件の詳細が分かるとても有用なものだ。騎士団が探していたものでもある。

 しかし、諜報部にとってより重要なのは二枚目の方だ。明らかに内容が濃く、公式の書式に則っていないことから、別々の宛先であることは間違いない。Yは二重スパイだった疑惑もあり、それがほぼ決定的となった。

 奇妙なのは、その後の行方がようとして知れないことだ。諜報部を裏切っていたとしたら、もう一つの報告先は心当たりがあり、そちらには顔を見せていないことは確認している。いま目にしたものが下書きだとしたら、Yはそれを清書する前に姿を消したことになる。途中で終わっていることからも、何か不測の事態があったと考えられる。

 再び周囲を注意深く見回して、Qは奇妙な赤黒い染みを壁の一部に見つけた。

 血痕かとも思ったが、匂いが違った。ただ、それはうっすらと引きずったような跡として岩壁の一部に続いていた。よく見るとそこには小さな隙間があり、微かな風が吹いてきている。奥に空間があるようだが、元々この空間自体がそうした岩の隙間にあるちょっとした場所なので、特段不思議はない。

 「……関係ないか」

 Qがもしこのとき、相貌の実の中が奇妙な液体に満たされていることを知っていれば、あるいは何かが違っていたのかもしれない。

 その時、壁の奥の方で水音のような何かが蠢く音を気にかけていれば。

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