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「なおさら、ここからすぐに離れんとあかんちゃうんか?」
「そうよ、何で留まるのよ!?」
避難すべきだという提言を蹴ったので、当然の如く疑問が投げかけられる。時間が惜しいが、納得させることも必要だと分かっていたので手早く説明する。
(あの猿を使って魔物を呼び寄せていたということは、敵の本隊がどこにいるかを考えねばならぬ。魔物の群れをけしかけてきたのは何のためか。移動のための時間稼ぎと、方向の限定だと考えるべきじゃ)
「方向の限定?」
(あの猿を逃がしたとき、どの方角へ走り去ったか覚えておろう?あれだけ調教するには相当の手間暇がかかる。できるだけ回収しようとすると考えれば、あの猿が向かう先は当然合流場所じゃ。つまり……)
「あっ!!あのお猿さんが向かった方に、敵が待ち伏せしてるってことだねー?なるほどー」
(いや、お主一人で勝手に納得してないで、皆に伝えてくれ)
代弁を忘れているシィーラを急かす。こういうときに直接話せないのはもどかしい。
「つまり、誘われてるっちゅうことを逆手に取って、敢えてここに留まると?そやけど、ここで魔物しばいてたら結局あちらさんと挟み撃ちになって益々まずいんちゃうか?」
敵側の思考として、罠を張って待ち伏せているときに相手がやってこないと気づいたら、取るべき手段は二つだ。更に待つか、様子を見に進むか。撤退という第三の選択肢もあるが、攻勢をしかけて好機と踏んでいる中でその判断はまずないだろう。あわよくば、魔物との戦闘で疲弊していて逃げられていない、などの推測で確かめに来るはずだ。
そこを今度はこちらが罠にはめる。
魔物と交戦中で手一杯という状況を見せつけ、乱入してくるように仕向けるのだ。その前に、一定の範囲に近づけば発動する設置型の魔法陣を用意し、相手を捕縛するという算段だ。危険な賭けではあるが、後手に回っている以上安全策などないに等しい。一発逆転とは言わないまでも、反撃に転じる機会は自ら作り出さねばならなかった。
「まぁ、踊らされるよりは仕掛ける方がやりやすいな。私はそれでかまわないぜ」
真っ先に同意したのはロアーナだ。こういうときの思い切りの良さは、さすがに戦士だけある。
「その手の罠系の魔法なら、私たちが得意そうね……いいわ、走って逃げるのは正直きついし、乗ってあげる」
次にオキが続く。足の骨折は完治しているわけではない。合理的判断も相まって、賛同してくれたようだ。
その後も皆は納得したのか、よりマシな作戦が他に思いつかなかったのか、最終的にはその方向で戦うことが決まった。戦いやすい場所に腰を落ち着け、それぞれが戦闘準備に入ったところで、わしは上空に飛び立って索敵を開始する。
名前も知らぬ相手だが、魔力探知を逆手に取ったり猿を調教して利用したり、かなり搦め手が上手い印象がある。一筋縄ではいきそうにないため、用心するに越したことはない。一般的な偵察部隊の人数の定義は難しいが、魔眼持ちのような今回のような編成は特殊だとして、最低でも15人から30人ほどだろうか。それに対抗するための人数となると、真っ向勝負でない以上、少数精鋭だとしてもやはりその半分はいるはずだ。
予想では10人ほどで、こちらとほぼ同数と見ている。しかし、問題なのはその指揮官だと思っていた。偵察という隠密行動部隊を狩るための専門家だ。ほぼ闇討ちのような奇襲を得意としているに違いない。基本が正攻法ではなく裏読みの相手は、対策が立てづらい。妖精という立場を利用するなら、こちらもまったく同じ方法になるがゆえにこそ、厄介だった。 おまけに単独での戦闘ではない。シィーラのことだけを考えればいいのであればもっと楽なのだが、班長という責務もあるために身軽には動けない。シィーラの「班長の役割って結局何なのー?」という疑問に対して、班員の安全を確保しつつ任務を遂行すること、と教えた手前、他の皆を無下にするわけにもいかない。
どのくらい守りながら戦えるか、正直未知数なところもある。複数人をサポートしながら、という器用な真似ができるほどシィーラはまだ技術的に習熟はしていない。できるだけ負担を減らすためにも、相手の人数は把握して戦略を立てておきたい。そのための索敵でもある。
これまでの経緯からも、普通の魔力探知ではあまりよろしくないことは分かっている。そこで、鳥という特性を最大限に活かすことにする。本当に鳥なのか、という疑問はさておき、人間の5倍以上あるという視力と解像度の高さを利用しない手はない。高高度からでも小さな獲物を捕らえるこの目の良さは、魔力に頼らずとも対象を見つけるにはうってつけだ。
勿論、ある程度の範囲は絞らなければならないが、現状の相手の動きは予測がついている。まさか相手も、鳥が監視しているとは思うまい。上空からの視線を警戒はしていないはずだ。樹々の枝が視界を狭めても、すべてを覆うほどではない。ほんの少しの隙間でも、鳥の視界はしっかりと鮮明に見える。
ただ、誤算なのはそれを処理する自分の脳の方だった。人間の視界に慣れきっているため、膨大に増える情報量に追い付ていないのだ。魔眼使いの気持ちが今更ながら分かった。これはなかなかに骨が折れる。
それでも根気よく索敵を続ける。が、一向にそれらしい敵は見当たらなかった。何かを見落としているのだろうか。もう一度、状況を整理する。敵の立場になって考えるのだ。偵察部隊を潰すとき、自分ならどう動くか、何が有効か。相手側が取ってきた行動を踏まえて分析しながら、その要素を使って仮説を立てる。
重要なのはやはり魔力探知に対して案山子、あのような反射的な装置を用意していたことだ。あれは魔石が魔力に反応してこちらの位置を特定するためのものと考えるべきで、その意図が重要だ。遠方の敵の位置を知ってどうするのか。追跡するためというのが定石だが、移動するものを一時的に捉えても範囲を絞る程度にしかならないはずだ。いや、そうとも限らないのか。
先程の猿が脳裏にちらつく。招魔の笛を吹いていたが、それほどの芸当ができるなら他にも応用が利くはずではないか。あれだけの調教をしていたということは、敵側には間違いなく調教者がいる。そして調教者と言えば、まず浮かぶのは魔獣使いという存在だ。動物のみならず、魔獣すらも調教して使いこなす技術を持った者だ。
あの猿は動物だったが、たとえば小動物の魔獣を操れるとしたら、このような森の中では色々と使いようがある。更に、魔獣であれば魔力を介してある程度の遠隔で情報のやり取りができる。そこで朧げに何かが見えてきた。
魔獣を目として、対象物を監視できるとしたらどうか。高度な魔法になるが不可能ではない。思うほどの遠距離は無理だろうが、人間の有視界の想定は遥かに超えるはずだ。
嫌な予感がした。一つの突拍子もない想定が浮かぶ。
今探す対象は人間ではない。この周辺でこちらを注視している生命体だ。破格の魔力探知をもってしても、明確ではない対象を絞り込むのは難しい。それでもやらねばならない。一般的な動物を省き、揺らぎの多い魔力を持った何かを絞り込んでゆく。どの程度の範囲内かが分からないため、勘によるところが大きいが、必ずそれはいると確信していた。
そうしてじりじりと時間が過ぎていった矢先、ついにそれを捕らえた。
定期的に魔力を放出する猿がいたのだ。それは普通の野生の猿ではなく、かといって魔獣化した猿のシーミャでもなかった。魔物になりかけの猿といったところだろうか。その曖昧さがまた特定の妨げになりつつ、特徴的でもあったので網に引っかかったのだ。想定していなければ、絶対に見逃す対象だ。
そのシーミャもどきが、明らかにナルファを見つめていた。その一挙手一投足を見逃すまいと、首ごと動いている。一般的な猿の視力は確か、人間と大して変わらなかったはずだが、魔法や魔力によって増倍することはできる。その監視が、目標の位置を確認するためだとしたら、次に何が考えられるか。
わしは自分の立てた作戦が間違いだったことに気づく。罠を張って待っているのは上策ではなかった。
敵はおそらく攻めてこない。ずっと適切な瞬間を待っているのだ。
今から下に戻って魔法結界を張らせても間に合うか分からない上に、攻撃の度合いも不明なので効果的ではない。ならば、とシーミャもどきに向かって飛ぶ。シーラに状況を伝えたいところだが、その時間も惜しい。また後手に回っていることに苛立ちながら、一直線に急ぐ。
敵側の攻撃の準備は既に終わっているのか否か。待っているその瞬間の決め手は何か。
様々な思考を巡らせながら、シーミャの位置だけは逃すまいと飛行する。相手の狙いはおそらく、局所的な集中砲火のような魔法攻撃だ。遠隔であっても、明確に位置が特定できさえすれば効果は覿面だろう。完全に奇襲となれば尚更だった。
通常、遠距離魔法というものは範囲を絞っての面攻撃になる。それはおおよその位置しか把握できないためであり、攻撃対象が動き回っても数を打てば当たるという方策でもある。だが、確実に位置が把握できるならば極論、点攻撃が可能だ。要するに、狙撃のような形で遠距離魔法を行使できる。遠距離であればあるほど魔法の威力が落ちるのは道理だが、一点のみであればそれほどの魔力量は必要ない。まるで見えない死角から、そんな攻撃を受けることは想定にはない。
すべては推測に過ぎないが、それに近い危険が迫っていることには確信があった。
――常に最悪を想定しろ。
師匠の言葉が蘇る。シーミャもどきまでの距離は後2000メートルほど。
この焦りは何なのか。太い枝を避ける。速度が落ちる。
後1000。
枝葉が多い場所を避けるため、迂回。ちりちりと脳裏で何かが鳴っている。
後700。
すべてを救うことなぞできぬよ。
それは誰の言葉だったか。再び加速する。
後300。
シーミャもどきを確実に捉える。こちらを気にした様子はない。
後100。
身体ごとぶつかるために軌道修正。確実な衝突コースへ向かう。これなら間に合うはずだ。風を感じながら力強く飛ぶ。判断を誤らなくて良かった。
そう思った瞬間、シーミャもどきの首がさっと動いた。今までの小刻みなものではなく、大胆な横移動だ。見る対象が変わったということだ。
その意味するところを悟ったところで激突した。
「KYUIIIIIーーーーー!!!?」
枝上から突き飛ばしてそのまま押し込む形になる。そのまま地面へと衝突。
シーミャの身体がぐったりとしていることを確認し、素早く魔芯を探ってそこへ魔法を撃ちこむ。それほど大きくなかったのか、あっさりと砕けた感触があった。これで目は潰したが、この後は読めない。とにかくシィーラの元へすぐに戻らねばならない。
全速力で再び飛ぶ。時間がなかった。状況を知らせねば。
おそらく初弾は既に放たれている。その結果を受け止めなければならなかった。
現場は混沌としていた。
魔物が既に追いついており、前線でデデやジャコブ、ロアーナが対処している。
ウェーディー姉妹がその背後から魔法で援護しており、優勢に戦ってはいた。
一方で、アルバとドグオンは地面に膝をついて、ナルファを介抱している。横たえられた弓使いはぐったりとしており、重症であることは遠目からでもすぐに分かった。
標的にされたということは明白だった。何が起こったのか正確には分からずとも、推測通りのことが起こったのだろう。
最速で戻ったつもりでも、やはりここまでの状況は読み切れなかった。
何より、シィーラがその場にいない。ショーラルの姿も見えなかった。後者はとりあえず放置しても、妖精がいないのは問題だ。
高度を上げて自分の姿を探す。
すると、少し離れた場所で魔物の一団と戦っているシィーラを発見した。
おそらく一人で囮となってあの場から引き離したのだろう。相手は猪型のルスフェだ。大型が多く、ナルファのそばで突進されると厄介だと判断した結果だろう。
すぐにシィーラのもとへと飛ぶ。
(すまぬ、待たせた!北東方面に奴らを集められるか?雷撃魔法で痺れさせるゆえ、一気に斬ってしまうがよい)
「ゼーちゃん!待ってたよ!うん、やってみる!」
いつもの間延びした受け答えではないことから、そこそこ追い詰められていたことを感じる。即応した動きに合わせて、こちらも準備をする。
妖精魔法は属性も自由が利いて非常に助かる。素早く魔法を構築して、その機会を待つ。
敵側も同様にその瞬間を再び待っていると思いながらも、今は目の前に集中するしかなかった。
「うりゃりゃりゃーん!」
相変わらずの不思議な雄たけびを聞きながら、ルスフェが誘導されていくのを確認する。魔剣での牽制の仕方もなかなか板についてきたようだ。適度に間合いを詰めながら、斬っては離れ手を繰り返す。複数を相手にしているため、深く刃を入れると次への動作が遅れるために浅くしか入らないが、それでもルスフェには有効だ。その一撃を嫌った動きに変わってゆく。5体ほどが固まって威嚇行動に移る。シィーラを強敵と見なしたのだろう。
魔物にも連携という概念はあり、獲物を追い詰めるための陣形らしきものを組むことさえある。その形ができつつあった今こそ好機だ。
(三秒後に放つ。3、2、1!)
シィーラはその合図に合わせて宙に跳び上がる。範囲魔法のために、地面に足がついていると同様に痺れる危険性があるためだ。何も言わずとも、この手の共感はさすがに阿吽の呼吸になりつつある。伊達に半年以上を共に戦っていない。
「BOOOOOOOOOO!!!!!」
ルスフェに魔法が直撃した。
次いで、上空からシィーラが魔剣を叩きつけるようにルスフェへとぶつける。痺れている魔獣は次々と屠られていった。なかなかのせん滅速度だ。シィーラは何事もなかったかのように終えてから、語りかけてくる。
「ゼーちゃん、ナルファが大変なのー。いきなりぶきゃーんってきて、じゃばばばって倒れちゃって、どいうことなんだろー?」
(推測はついておる。遠距離魔法でやられた可能性が高い。そして、その危険性は今もある。他の者も狙われていることを早く皆に伝えるがよい)
「遠距離魔法ー?遠くからってことー?そんな正確にできるのー?」
(うむ。例の調教した猿を通して、こちらの位置を特定しておった。一匹は排除したが、範囲は絞られたままじゃ。魔物で足止めされていることも監視されておれば、第二波を撃ってきても不思議ではない)
「にゅーん、まだ危ないのかー。その魔法の人を先に倒せないのー?」
(かなりの遠距離からということを考えると、一人ではなく複数人での大規模魔法相当のものじゃろう。今から探ってる暇もない。向こうの魔物を排除した後、皆を安全な場所に移すのが先決じゃ)
「了解ー。たくさんの誰かを守るのって難しいなー」
まったくその通りだと思いながら皆の元へ戻ると、事態は更に悪化していた。
魔物の数はかなり減らせていたものの、ドグオンとオキが倒れており、怪我人が増えている状況だった。
介抱しているレキの元へ急ぐ。
「何があったのー?」
「分からないわ!ただ、いきなりオキもドグオンも倒れ込んだから、どこからか魔法にやられたのかと思ったけど、全然そんな気配もなかったし、本当訳が分からないわ!」
大分混乱している。何が起こっているのか分からないということが恐怖を増長しているのだ。人は未知に弱い。
(遠隔魔法の可能性を伝えて、とにかく茂みの方へ怪我人を運ぶのじゃ。わしは魔物退治の支援をしてくる)
ロアーナ、ジャコブ、デデがまだ戦っている。アルバがその後ろで魔法支援をしているが、あまり有効な魔法を遣えている様子はなかった。攻撃魔法が得意ではないのだろう。その担当を変わる。
前衛役の三人も疲労で動きが鈍っているのは分かった。
相手にしている魔物はムルロで、熊型ゆえのパワー系だ。それが4、5体で徒党を組んでいるのだから苦戦するのも仕方がない。野生の動物が魔獣化した場合、その多くに友好的なのは炎だ。本能的に嫌う特性は根強く残っているのだろう。
すぐさま炎の矢を幾つも放つ。それだけでも大分動きを牽制できる。その隙を見逃すロアーナではなかった。
「うっしゃぁーー!!」
雄たけびを上げながら炎に怯んだムルロの一匹の腕を斬り飛ばし、勢いづく。
時間をかけている暇はないので、そのまま一気に畳みかけていく。本当の脅威はまだ去っていない。




